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三章 理事長からの新業務(2)
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午後の授業が始まった校舎内は静かだった。教室内の防音設備が整っているおかげで、教室近くの階段にも静寂が満ちている。
風紀委員会室にリューを残して出たサードは、生徒たちのいる授業棟を避けて、一階にある保健室を目指した。
向かう途中、教員室の開いた扉から、数人の中年男性の談話が聞こえてきた。彼らの話題は、来週から提案の募集が開始される新入生歓迎会についてだった。
近いうちには、百年に一度『次期皇帝たち』と戦う悪魔が降臨する。それなのに平和なもんだよなぁと思いながら、サードは気配を消してそこを通り過ぎた。
その時、背後に迫る何者かの動きを感知して足を止めた。
こちらに向かって伸ばされた手を、気配で察して咄嗟に払いのける。相手のみぞうちに軽く拳を叩き込むと同時に、足を払って廊下に転がせた。
相手が廊下に伏したところで、サードはその姿を目に留めて戦闘モードを解いた。思わず、心底うんざりするという表情で苦々しく呟く。
「……またお前かよ、会計」
「え、えへへ、どうも~……」
長い身体を折って、痛む腹を抱えたユーリスが、震える手でそう挨拶してきた。
「い、苺のショ、ショートケーキがあるから、お誘いに……」
「お前、馬鹿なのか? それとも暇なの?」
「馬鹿はあなたですよ、風紀委員長。今回において、ユーリス先輩はただの盾です」
後ろから、すっかり苦手になってしまった刺しかない声が聞こえてきた。
振り返ったサードは、途端に「うげ」と声をもらしてしまった。そこには、こちらが正当防衛で意識を反らした一瞬に回りこんだレオンがいて、汚物を見るような蔑む目でこちらを見ていた。
というか、お前らはなんでここにいるんだよ。
サードは一気に疲労感覚えて、額に手をやった。
「つか、先輩に向かって堂々と捨て駒宣言とか、ないわぁ……」
「元より、先輩に敬意を払わないあなたよりマシです」
学園の生徒のトップは、生徒会長と風紀委員長の二名であり、学年や貴族間の上下関係にも左右されない立場となっている。けれど、レオンがそう言ってくるのは、恐らくはこちらが貴族枠でもないのが気に食わないせいなのだろう。
考えるのは面倒なので、そういう事にしておこう。こういう相手の嫌味は、聞き流すに限る。
サードは、心の中で勝手に納得すると、一つ頷いてから尋ねた。
「分かった。とりあえず訊くけど、お前ら暇なのか?」
「何が『分かった』のか理解出来ませんし、二言目が先程と同じですよ」
「別にいいだろ、一番聞きたい本心だ。つか、生徒会と同じように風紀委員会も『業務休憩』があるんだから、そっちのケーキはそっちで勝手に食えばいいだろ」
「ショートケーキは私物です。ちなみに私はクリームが苦手ですので、注文者であるエミルとは味の趣味が合いません」
「そんなの聞いてねぇよ」
というか、そうか、エミルが個人的に用意したケーキなのか……
あいつは訳が分からん生き物だよな、と、サードは腕を組んで首を捻ってしまう。昨日の見回りの際、寮に向けて歩くエミルを見掛けたのだが、またしても背中に、例の桃色の人形を背負っていたのである。
何度見ても奇妙な光景であるのだが、周りの生徒たちは尊敬と、そして異性を見るような好意の眼差しを向けていてゾッとしたものだ。
「つか、あいつなんなの? 会長補佐、昨日も変な形のヌイグルミを背負ってたけど、あれでちゃんと仕事出来るのか?」
「――…………兎」
「なんだって?」
何事かをポツリと呟いたレオンが、眉一つ動かさないまま「いいえ、何も」と首を軽く左右に振ってから、こう言ってきた。
「生徒会と風紀委員会の情報交換をかねつつ、交友を深めようという会長の広い心遣いです。有り難く従ってもらいます」
「おい。脅迫に聞こえるのは俺の気のせいか?」
なんて性質の悪いヤローなんだ。
そこで、痛みから復活したユーリスが立ち上がった。レオンとの間に挟まれてしまったサードは、両者共にこちらの味方ではないという、実に居心地の悪い嫌な状況を脱するべく素早く言い訳を考えた。
「…………悪ぃけど、俺、ちょっと保健室に用があるから――」
「睡眠不足? それなら生徒会室でケーキを食べて、少し眠ったらいいよ」
「さっきの一回目の業務休憩で、しっかり仮眠取ったばっかりだっつーの!」
思わず声を荒上げたサードは、我に返り咳払いを一つした。自分よりも若干視線の高い左右の生徒会役員たちを睨みつけ、はっきりと断言する。
「いいか、俺は別に気分が悪いわけじゃない」
「じゃあ保健室に用はないじゃないですか。行きますよ、風紀委員長」
「…………」
確かに、理由がないまま保健室を訪れるというも、おかしな話である。
彼らとは予想外の遭遇だったし、前もって言い訳を考えていなかったのは誤算だった。しかし、少し考えて、あることに気付く。
「……待てよ。睡眠不足も体調不良の一つじゃね?」
「寝足りないということでしたら、保健室に迷惑をかけずに、生徒会室で仮眠なさい。風紀委員会室と違って、きちんと仮眠室が備え付けられていますからね」
「だからッ、なんでそういう結論になるんだよ!」
そう訴える間にも、レオンに襟首を掴まれてしまっていた。騒ぎを聞きつけた三人の教員が、職員室から顔を覗かせてレオンに引き摺られるサードに目を留めた。
するとレオンが、一旦足を止め、銀縁眼鏡を押し上げて「先生方」と表面上だけ敬意の払われた声色でこう告げた。
「これは理事長が指示された、生徒会と風紀委員会の交友作業の一環ですので、気になさらないようお願いします」
「なんだ、そうなのか」
「理事長だったら仕方ないな」
「あの人の考えることは、よく分からんからな」
集まった三人の教員たちが、途端に揃って「ははは」と呑気な笑い声を響かせた。
驚きを通り越して顔面の神経が固まったサードに、一人の中年男性の教員が朗らかな様子でこう続けた。
「サリファン。お前のバカ力で、侯爵と宰相の子息様に怪我をさせるなよ~」
「いやいやいや、教師ならちょっとくらい助けようとする心意気を見せるべきところだろ!?」
「先生は、最近のお前の方が少し可愛くて好きだぞ~」
「俺はお前なんて知らねぇよッ」
「そりゃあ、お前は授業に出ないからな。俺は去年から引き続き学年主任で、お前のクラスの担任なの。よろしくな」
「んなの知るかあああああああ!」
サードの叫びも虚しく、レオンはユーリスにも手伝わせて容赦なく生徒会室へと連行した。
風紀委員会室にリューを残して出たサードは、生徒たちのいる授業棟を避けて、一階にある保健室を目指した。
向かう途中、教員室の開いた扉から、数人の中年男性の談話が聞こえてきた。彼らの話題は、来週から提案の募集が開始される新入生歓迎会についてだった。
近いうちには、百年に一度『次期皇帝たち』と戦う悪魔が降臨する。それなのに平和なもんだよなぁと思いながら、サードは気配を消してそこを通り過ぎた。
その時、背後に迫る何者かの動きを感知して足を止めた。
こちらに向かって伸ばされた手を、気配で察して咄嗟に払いのける。相手のみぞうちに軽く拳を叩き込むと同時に、足を払って廊下に転がせた。
相手が廊下に伏したところで、サードはその姿を目に留めて戦闘モードを解いた。思わず、心底うんざりするという表情で苦々しく呟く。
「……またお前かよ、会計」
「え、えへへ、どうも~……」
長い身体を折って、痛む腹を抱えたユーリスが、震える手でそう挨拶してきた。
「い、苺のショ、ショートケーキがあるから、お誘いに……」
「お前、馬鹿なのか? それとも暇なの?」
「馬鹿はあなたですよ、風紀委員長。今回において、ユーリス先輩はただの盾です」
後ろから、すっかり苦手になってしまった刺しかない声が聞こえてきた。
振り返ったサードは、途端に「うげ」と声をもらしてしまった。そこには、こちらが正当防衛で意識を反らした一瞬に回りこんだレオンがいて、汚物を見るような蔑む目でこちらを見ていた。
というか、お前らはなんでここにいるんだよ。
サードは一気に疲労感覚えて、額に手をやった。
「つか、先輩に向かって堂々と捨て駒宣言とか、ないわぁ……」
「元より、先輩に敬意を払わないあなたよりマシです」
学園の生徒のトップは、生徒会長と風紀委員長の二名であり、学年や貴族間の上下関係にも左右されない立場となっている。けれど、レオンがそう言ってくるのは、恐らくはこちらが貴族枠でもないのが気に食わないせいなのだろう。
考えるのは面倒なので、そういう事にしておこう。こういう相手の嫌味は、聞き流すに限る。
サードは、心の中で勝手に納得すると、一つ頷いてから尋ねた。
「分かった。とりあえず訊くけど、お前ら暇なのか?」
「何が『分かった』のか理解出来ませんし、二言目が先程と同じですよ」
「別にいいだろ、一番聞きたい本心だ。つか、生徒会と同じように風紀委員会も『業務休憩』があるんだから、そっちのケーキはそっちで勝手に食えばいいだろ」
「ショートケーキは私物です。ちなみに私はクリームが苦手ですので、注文者であるエミルとは味の趣味が合いません」
「そんなの聞いてねぇよ」
というか、そうか、エミルが個人的に用意したケーキなのか……
あいつは訳が分からん生き物だよな、と、サードは腕を組んで首を捻ってしまう。昨日の見回りの際、寮に向けて歩くエミルを見掛けたのだが、またしても背中に、例の桃色の人形を背負っていたのである。
何度見ても奇妙な光景であるのだが、周りの生徒たちは尊敬と、そして異性を見るような好意の眼差しを向けていてゾッとしたものだ。
「つか、あいつなんなの? 会長補佐、昨日も変な形のヌイグルミを背負ってたけど、あれでちゃんと仕事出来るのか?」
「――…………兎」
「なんだって?」
何事かをポツリと呟いたレオンが、眉一つ動かさないまま「いいえ、何も」と首を軽く左右に振ってから、こう言ってきた。
「生徒会と風紀委員会の情報交換をかねつつ、交友を深めようという会長の広い心遣いです。有り難く従ってもらいます」
「おい。脅迫に聞こえるのは俺の気のせいか?」
なんて性質の悪いヤローなんだ。
そこで、痛みから復活したユーリスが立ち上がった。レオンとの間に挟まれてしまったサードは、両者共にこちらの味方ではないという、実に居心地の悪い嫌な状況を脱するべく素早く言い訳を考えた。
「…………悪ぃけど、俺、ちょっと保健室に用があるから――」
「睡眠不足? それなら生徒会室でケーキを食べて、少し眠ったらいいよ」
「さっきの一回目の業務休憩で、しっかり仮眠取ったばっかりだっつーの!」
思わず声を荒上げたサードは、我に返り咳払いを一つした。自分よりも若干視線の高い左右の生徒会役員たちを睨みつけ、はっきりと断言する。
「いいか、俺は別に気分が悪いわけじゃない」
「じゃあ保健室に用はないじゃないですか。行きますよ、風紀委員長」
「…………」
確かに、理由がないまま保健室を訪れるというも、おかしな話である。
彼らとは予想外の遭遇だったし、前もって言い訳を考えていなかったのは誤算だった。しかし、少し考えて、あることに気付く。
「……待てよ。睡眠不足も体調不良の一つじゃね?」
「寝足りないということでしたら、保健室に迷惑をかけずに、生徒会室で仮眠なさい。風紀委員会室と違って、きちんと仮眠室が備え付けられていますからね」
「だからッ、なんでそういう結論になるんだよ!」
そう訴える間にも、レオンに襟首を掴まれてしまっていた。騒ぎを聞きつけた三人の教員が、職員室から顔を覗かせてレオンに引き摺られるサードに目を留めた。
するとレオンが、一旦足を止め、銀縁眼鏡を押し上げて「先生方」と表面上だけ敬意の払われた声色でこう告げた。
「これは理事長が指示された、生徒会と風紀委員会の交友作業の一環ですので、気になさらないようお願いします」
「なんだ、そうなのか」
「理事長だったら仕方ないな」
「あの人の考えることは、よく分からんからな」
集まった三人の教員たちが、途端に揃って「ははは」と呑気な笑い声を響かせた。
驚きを通り越して顔面の神経が固まったサードに、一人の中年男性の教員が朗らかな様子でこう続けた。
「サリファン。お前のバカ力で、侯爵と宰相の子息様に怪我をさせるなよ~」
「いやいやいや、教師ならちょっとくらい助けようとする心意気を見せるべきところだろ!?」
「先生は、最近のお前の方が少し可愛くて好きだぞ~」
「俺はお前なんて知らねぇよッ」
「そりゃあ、お前は授業に出ないからな。俺は去年から引き続き学年主任で、お前のクラスの担任なの。よろしくな」
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サードの叫びも虚しく、レオンはユーリスにも手伝わせて容赦なく生徒会室へと連行した。
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