「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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碧眼のエージェント「殺し合い」で高等部校舎を進む(2)

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「多分、学生を引き取りにきた組織側の連中、なんだろうなぁ」

 そう呟いた矢先、廊下の先からこちらを窺う敵意と殺気に気付いた。体中に手術痕のある白衣の連中とはあまり顔を会わせたくない気持ちが強いものの、出来るだけ瞬殺する方向で考え、気を引き締めた。

 そのとき、タイミング悪く胸ポケットの携帯電話が震えた。雪弥は「こんなに時に誰だよ」と思いつつ、コート下から携帯電話を取り出した。視線を注意深く正面に向けたまま、着信画面も確認せず小型無線マイクのついていない左耳へと押し当てる。

「はい、もしも――」
『なぜ私からの連絡をとらないのか、聞かせてもらおうか』

 もしもし、と言い掛けた雪弥の言葉を遮り、皮肉と嫌味たっぷりの声が強い口調でそう告げてきた。

『当主からの電話は取っておきながら、しかも自分から掛け直しておきながら私からの電話は堂々と無視か。きちんとした理由と言い訳を述べる時間をくれてやろう。兄である私は兄弟には寛容な男だ、三十字以内で答えろ』

 返す暇も与えない、相変わらずの話しっぷりに雪弥は頭を抱えた。

 よりによって、このタイミングで蒼慶かよ。

 蒼緋蔵家長男からの着信を取ったことに後悔を覚えながら、雪弥は引き攣りかけた口元から、諦めたように力を抜いた。その間にも、人体改造を受けているサングラスの男が二人、銃口を向けて奥から飛び出してきた。

 雪弥は先に発砲された一発をひらりとかわすと、取り出した銃の引き金を二回引いた。額の中心を撃ち抜かれた男たちは、やはり悲鳴一つ上げることなくどさりと床に倒れ込む。

 やはり生きた人形みたいだ、と思いつつ、雪弥は溜息をもらした。

「あのね、兄さん。僕は今仕事中でして――」
『貴様の意見など聞いていない』

 またこれかよ。

 雪弥は顔を顰めて携帯電話を離すと、忌々しい声を発するそれを横目に見やった。いっそこのまま切ってしまおうか、と考えながら携帯電話を持ち直そうとしたとき、右耳にはめた無線マイクから暁也の声が響いた。

『雪弥、お前んとこに赤いのが向かってんぞ!』
「ああ、うん、了解」
『誰と話している。貴様はいつもそうやって――』

 雪弥は敵が近づいてくる気配を感じ取り、携帯電話を耳から離した。「また始まったよ」と苦々しげに見降ろす受話器からは、口を挟めないほどのマシンガントークが流れている。

 雪弥はふと、今一番の解決策を思いついた。

 しばらく落ち着けそうにないし、兄さんにはそのまま話させよう。切ったらあとが怖いし、どうせあと数分間は喋り続けるだろう。

 雪弥は、通話中の携帯電話をそのまま胸ポケットに戻した。十数メートル先にある二階へと続く階段から、同じような容姿と体格にさせられた大男たちが下りてくるのが見えて、歩き出しながら、心臓と頭部に狙いを定めて銃を連射した。


 何人いるかなんて数えなかった。降りてくる数だけ引き金を引き続けていると、銃弾が半分以下になった低度で動く反応が階段から消えた。


 なんだ、案外少ないな。雪弥は歩き出しながら、右耳にそっと触れた。

「そっちはどう?」
『屋上口は平気さ。ただ三階に数が集まっているっつうか……』
『二階の奴らは動きが早くって、三階はとろいって感じ! えっと、その、だから俺らは大丈夫! 武器だってあるし、いざとなったら自分の身は守れるからさ』

 修一の陽気な声は掠れていた。しかし、すぐに暁也がトランシーバーを奪い取って『おい』と続ける。

『お前の方こそ、怪我したら承知しねぇぞ』

 ふと、その声が柔らかく耳をついた。

 雪弥は、何故かすぐに答えられなくて、少しの間を置いたあと、ただ「うん」と答えて手を離した。

 歩きながら彼は、修一からの報告にあった動きが早いという標的について、スーツ男よりもスピードがダントツにあった白衣野郎を思い返し、つい「きっとあいつ等だろうなぁ」と呟いてしまう。自称学者という李の情報を思い出すと、きっと人体実験用の人間を欲しがっているところのメンバーなのだろう。

 暗殺者に白衣なんて悪趣味だ、と雪弥はしみじみ思った。殺人を行うとき、返り血が目立つ白い服を着る連中の気が知れない。

 つまり、変態だ。

 雪弥はそう一言で結論付けた。大きな死体を四つ踏み越えて階段を上る。途中二階フロアから飛び降りてきた白衣の男がいたが、目も向けずに彼の顎下から銃弾を撃ち込んだ。

 脳天が吹き飛んだ男の身体がよろけるのを眺め、銃を持っていた右手で軽く払いのける。階段の壁に、男の身体が叩きつけられてめり込み、大砲を打ち込んだような風圧に髪をなびかせる雪弥の隣で、コンクリートが大きく凹んで押し潰れた。

 上部に広がる二階フロアから数人の足音を感じ、雪弥は軽々と跳躍して二階へと降り立った。銃を持った右手で舞い上がったネクタイをスーツの中へと戻す際、触れたシャツに赤が染みこんだ。

 足音と人の気配に向かって進み始め、雪弥はふと、屋上にいる少年たちが気になった。

 無線に出た修一も暁也も強がりを見せていたが、銃の経験は一度もないのだ。身を守るために持たせているとはいえ、初めて手にした武器で人間を撃つことは難しいように思われた。

「……大丈夫かなぁ」

 そのとき、不意に無線が繋がった。


『初めまして、ナンバー4。異名スナイパーの元ナンバー二十一です。屋上の子供たちは私にお任せ下さい』


 饒舌な口調だった。彼は『今作戦に置いての規律を破ってしまいましたが、お咎めを受けるべきでしょうか』と冗談交じりで、ひどく現場に慣れたように茶化し尋ねてくる。

 雪弥は笑いを含んで「いいや」と答えた。

「そちらも元上司の命でも受けているのだろう? こちらとしても助かるよ。二人の子供たちを宜しく、元ナンバー二十一」
『滅相もございません』

 紳士口調の流暢な声には、思い当たる人物があった。悟って可笑しくなり、雪弥は一人ふふっと笑みをこぼしてしまう。

 なるほどね、と彼が唇の端を引き上げたとき、二学年の教室を突き破った者たちがあった。跳躍するように凄まじい速度でやってくる白衣の男は、一斉にその数を七にまで増やす。天井や壁、ガラス窓や床に四肢を置いて跳躍する姿は、人間とは程遠いものだった。

 腕時計は十一時八分を指していた。

 雪弥は「やれやれ」と男たちに向き直る。

 さて、今度は一般人じゃない相手に腕慣らしと行きますか、と雪弥は銃をコートの下にしまった。白衣の男たちが両手に持ったメスは、窓から差し込む月明かりを受けて鋭利な刃先を光らせている。

 迫りくる男たちが、こちら目掛けて飛び込むように一斉に飛び上がる様子を、雪弥は明日の天気を伺うように見つめた。前髪の暗がりに、浮かんだ碧が淡く光る。

 それはすうっと瞳孔を細め、残酷な殺戮者の冷たさを纏った。
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