「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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殺戮の夜が、くる(1)

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 埃臭い湿った空気に、暁也は鈍い頭痛を覚えながら目を覚ました。

 彼が薄暗さに慣れるまで、しばらく時間を要した。どうにか身体を動かそうと身をよじるが、重心が不安定でくらくらとした眩暈のため自由が利かなかった。

 ここは、どこだ。

 ぼんやりとした月明かりの反射に気付いた頃、ようやく彼の焦点が定まった。室内はひどく狭い。機材が置かれたテーブルと事務椅子、ポスターが立てられたダンボール箱とちぐはぐに物が積まれた鉄の棚。

 そこは、白鴎学園高等部の放送室であった。

 暁也は家を抜け出した先のショッピングセンターで、修一と落ち合ったことを思い出した。ぐらぐら揺れる頭に舌打ちし、鉛のような上体を無理やり起こす。

 狭い室内に目を配ると、ぼんやりと白さが分かる床に、自分以外にもう一人少年の姿があった。背番号の入ったTシャツを着た修一が、力なく横たわっていることに気付いて、暁也は一緒に襲われたのだったと思い出した。

「おい、大丈夫かッ」

 起きろよと続けたが、力の入らない喉から出たのは、自分でも驚くほどか細い声だった。暁也はどうにか修一のそばにつくと、彼を起こしにかかりながら記憶を手繰り寄せた。


 それぞれ家を抜け出して合流した暁也と修一は、ショッピングセンターから白鴎学園向けの路地を歩いていた。後ろで車が止まる音がし、慌ただしい二つの足音に気付いたとき背中に衝撃が走ったのだ。

 倒れ込む直前乱暴に襟首を引き寄せられ、口にハンカチを当てられた。必死に抵抗しながら修一を助けようと視線を向けた暁也は、グレーのスーツを着た男の後ろに常盤の姿を見ていた。彼の記憶は、そこでぷつりと途切れている。


「くそッ」

 一体何がどうなってんだよ、と暁也は忌々しげに口ごもった。

 鈍くなっていた身体の感覚が戻ってきたので、今度はもっと強く修一の身体を揺すった。すると、修一が重そうに瞼を押し上げた。ぼんやりとした瞳を暁也に向け、寝ぼけた声を上げながら目を凝らす。

「おい、修一。大丈夫か?」
「……大丈夫って……何が…………?」

 のそりと上体を起こすと、修一はふと顔を顰めて後頭部に手をやった。「頭痛ぇ、寝過ぎ?」と呟く彼に、暁也は「馬鹿野郎、周り見てみろよ」と声を潜めてそう言った。

 修一は、そこでようやく辺りを見回した。遅れて気付いたように、自分たちがいる場所の名を口にする。

「あれ? ここって放送室じゃん……」
「どうやら、俺たち連れ去られたみたいだぜ」
「え、なんで?」

 問われた暁也は、腕を組んで口を一文字に引き結んだ。しばらく考え、「お前、俺らを襲った奴を見たか」と尋ね返す。

 修一は首を傾げつつ、そういえばという顔をして「スキンヘッドを見たような気がする」と鈍痛が走る頭を抱えた。

「常盤の奴、とんでもないのに手を出してたみたいだな」
「ん~……そうかも…………」

 修一は悩ましげに答えたところで、ようやく頭がハッキリしたように目を見開くと、ガバリと頭を上げて暁也を見た。

「……なぁ暁也、俺たちってもしかして、余計なことしたかな?」
「……みたいだな」

 暁也は言葉を濁らせた。

「……気になるのは、なんで俺たちが連れて来られたかだな」

 暁也は身体の違和感がほとんど抜けていることに気付き、立ち上がるとまずは放送室の扉に手を掛けた。引き戸式のそれを開けようとしたが、どんなに力を入れてもびくともしない。

「放送室って、外鍵か?」

 暁也が尋ねると、修一は「俺外から覗いたことあるけど、入ったことないから分かんねぇ」と首を傾けた。

 暁也は「俺もさ」と顔をそらし、扉に一つだけの窓がある放送室をぐるりと見渡した。室内灯の電源を見つけてスイッチを押してみたが、うんともすんともいわなかった。

 やっぱ、主電源は落ちてんのか。

 暁也は難しい顔をして思案した。足に力が入ることを確認した修一が立ち上がり、ひょいと彼を覗きこむ。

「何考えてんの?」
「いや、放送室って点が気になってな……常盤の他に、もしかしたら学校の教師もグルなんじゃないか? もし俺たちを運んだのが大人の連中ってんなら、手引きしてる奴がいないと学園には入れないだろ。鍵が壊されてる形跡もないし」

 修一は、ひどく感心したように暁也を見た。「お前『走れ、探偵少年』みたいだなぁ」と顔をほころばせる。呆れて見つめ返した暁也は、「お前が言うやつって全部『走れ』シリーズばっかりだな」と肩を落とした。

 修一は「走れ、探偵少年」のことを語ろうと口を開きかけて、ふと思い出したように表情を明らめた。

「そうそう、その主人公、本当お前と似てんだよなぁ。警察の父親がいて、最新シリーズで人質になっちゃってさ――」

 言いかけて、不意に修一は言葉を切った。「あれ?」と呟く笑みがぎこちなく引き攣り、対する暁也も表情を強張らせる。

「…………もしかして」
「…………ビンゴかもしれねぇ」

 しばらく沈黙を置き、修一が「うそぉ!」と後ずさった。

 暁也はどうして父が「家にいろ」といっていたのか思い至って、舌打ちした。


「チクショー、事件が起こっているのは町中じゃなくて、この学校だったのか!」


 常盤が雪弥を学校に呼んだとき、なぜ気付かなかったと暁也は苛立った。そばにいた修一が「そんなとんでもない学校じゃなかったはずなのに、一体なんで」と驚愕する顔を振り返り、言葉早く話を切り出す。

「俺の家に集まっていた親父の同僚が、大きな事件を追ってると言っていた。常盤が違法薬物を持っていて、人攫いみたいな行動にまで関わってるところから立てられる推測としては……その一、常盤は俺の親父が県警察本部長の息子だって知ってるから、あのおっさんたちは警察の動きを警戒して、保険のために俺らを人質として捕まえた」

 暁也が「1」と言って指を立てるのを、修一は息を呑んで見守る。続いて、二本目の指が立てられた。

「その二、つまり人質を立てなきゃならないようなヤバイことが起こっている。その三、そのおっさん共が常盤に違法薬物を与えている連中だとすると、県警本部が動くくらいだから、他にも関わっている犯罪メンバーがあるとも推測される。その四、校内に自由に出入り出来ているということは、学園にも常盤以外に大人の共犯者がいるってことだろうな。――まぁ、そうすると明美先生のバッグに入っていた注射器、本当に麻薬関係だった可能性も高くなるけどな」

 そこで、二人はしばし沈黙した。

「で、でもさ、なんで学校なんだろ?」
「親父が直でこっちに来てるのも気になる。もしかしたら、何らかの取引が――」

 そのとき、一瞬薄暗い室内に光が流れて消えていった。

 暁也は反射的に振り返ると、小さなガラス窓がはめられた放送室の扉へと駆け寄り、そこから廊下に並ぶ窓の様子を観察した。三階視聴覚室と隣接する放送室は、南側へと続く「第一」「第二」音楽室などの移動授業用教室が並ぶ廊下にある。
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