88 / 110
富川学長、夜の学園で(1)
しおりを挟む
仲間に引き入れたい人間がいる、と富川が聞いたのは夕刻時だった。
高等部校舎から尾崎が出でいったことを確認してずいぶん経った頃、前触れもなく常盤から電話が掛かってきたのだ。尾崎が留守の間に鍵を換えた放送室を使うと告げながら、常盤は興奮気味にまくしたてた。
富川は大金と女、地位と権力以外には興味がなく「好きにしろ」と許可を出した。彼は今回の取引に対して円滑にサポートしている常盤を、尾賀から紹介された藤村たちよりも買っていた。
わざと目の前で明美と身体を重ねたことがあったが、常盤は構わずに薬を教え込んだ女子大生を犯し始めた。優等生の皮下に強い悪意を秘めていることを知ってから、富川は常盤をひいきしていた。
父が国会議員を勤めていた富川は、ろくな学生時代を送ってこなかった。中学生の頃に女と酒に溺れ、高校生になると集団で強姦を楽しんだ。盗撮、暴行、覚せい剤、麻薬に対して抵抗がない姿は、今の常盤と同じであったと富川は思っていた。
富川は大学を出て教師の職に就いたが、少年を抱く楽しみも覚えていた。その行為は止まらず、性欲のためなら対象は少年少女と問わなかった。成長段階の子供から大人まで幅広く、ベッドで少年同士が戯れる様子を眺めて興奮することが一番のお気に入りだった。
暴力団が経営していた売春店は、金を出せば富川の欲求をすべて満たしてくれた。常連となっていた富川は、そこで佐々木原という店主と顔見知りになり、彼の雇い主だった榎林と面識を持った。性癖が似ていた二人はすぐ意気投合し、共に肉欲を楽しむ仲となった。
それから十二年の歳月が流れた今年の五月、富川は榎林の紹介で尾賀と出会った。大金と共に女と権力がついてくる榎林の誘いは魅力的だったが、尾賀とビジネスをすることに富川は賛成できなかった。高知市で顔を合わせた尾賀の、他人を見下す態度や物言いがひどく鼻についたのだ。
「部下として藤村組を用意してあるので、対応は彼らに任せたらいい」
そう榎林に提案されたが、富川は渋った。尾賀と顔を会わせた二十分間、早口で一方的に自慢話やうんちくを聞かされて、彼はうんざりしていたのだ。傲慢ではあっても、榎林は礼儀を欠かない男だった。自分こそが偉いというような尾賀を、富川は人間的に好きになれなかった。
富川が儲け話に乗り気になったのは、尾賀との連絡掛かりとして明美が送られてきてからだった。下心をくすぐる容姿もさながら、彼女は最高のテクニシャンであった。
これまでに感じたこともない強い快楽を富川に与え、常に彼の性欲を満たして悦ばせた。明美に「あなたは顎で指示するだけでいいのよ、他は全部、尾賀たちがやってくれるんだから」と聞かされ、富川は今回の取引に協力することを決めた。
誰かに従うことが嫌いな人間であったが、富川は大きな権力の前では腰を低く構えた。彼は「どうすれば自分が優位な位置にいられるのか」よく理解していた。場所を提供し、藤村と尾賀たちに全部任せていれば大きな利益を得られる。怖いほど良い条件だと富川は考えた。
富川は、ヘロインを持ってくる李には「これからもいいビジネスをしましょう」と愛想を振ったが、鼻につく尾賀は出来るだけ藤村に押し付けていた。
尾賀には大きな暴力団や他の権力者の後ろ盾があることを知っていたが、いつものように「親睦を深めて私に利益を」とすることも出来なかった。「分かっているのかね」「だから私は初めからそういっているね」「こうじゃないかね」と尾賀に意見を押し付けられるたび、富川は反吐が出そうなほどの嫌悪感を覚えた。
午後十時を回った頃、覚せい剤パーティーが大学校舎二階で行われる中、富川は学長室で神妙な表情を浮かべていた。薄暗い照明ばかりがぼんやりと灯った室内では、秒針が刻む音が響き渡っている。
港で会った李に「迎えなんぞ要らんわい!」と追い返された明美は、数十分前に一旦学園へと戻って来ていた。電話越しで事情を聞いた富川が「一度戻って来い」と指示したのだ。
明美はどこか様子がおかしかった。いつもの気丈な表情は不安に曇り、学長室にやってくるなりこうこぼした。
「ねぇ、富川。本当に今夜は大丈夫なのよね?」
今まで尾賀と売買していたお前なら分かるだろう、と富川は返したが、明美は納得しなかった。「そうだけど」と言葉を濁し、「嫌な予感が消えないのよ」と珍しく弱々しげだった。
「確かに鴨津原の件も、いつも通り報道規制もしっかりされているわ。尾賀の後ろに大きな権力が持った連中がいることも十分に分かってるけど、なんだか胸騒ぎが止まらないのよ」
そのタイミングで学生を集め終わった常盤が戻って来て、「じゃあ念のために、俺がもう一度見てくるから」と提案しその話は終わった。戻って来る際には藤村と一緒であることを告げて常盤は出て行き、尾賀と合流予定の時間まで、明美が彼の代わりに覚せい剤パーティー会場に入ることになったのだ。
そうやって大学の学長室に一人残された富川は、予約したホテルでの楽しい夜を期待して思い浮かべていたのだが、ふと、先程の明美の様子が思い起こされて小さな警戒心を覚えた。
警察にマークされていないだろうな。
富川は懸念したが、事件も起こらない茉莉海市でそれはないだろう、とすぐ冷静になった。この学園で取引が行われることは初めてなので、明美は少し神経質になっていて、きっとそれは自分も同じなのだ。
そのとき、彼の携帯電話が細々と震えた。富川は常盤からの着信であることを確認すると、電話に出るやいなや「どうだ」と開口一番に尋ねた。危惧すべき事態はあまり想定していなかったが、念には念を、と彼はいつになく慎重になった。
『特に変わった様子はないよ。月末だからかな、金曜日の割に静かなものさ』
常盤は先程、らしくない様子だった明美に、自分が町の様子を見て来てあげるよといって町に足を運んでいた。電話越しに聞こえる彼の声は、夕刻から変わらず浮わついている。仲間に引き入れる人間が「殺しも平気な奴さ」と語ったときと同じ口調だった。
一体どんな奴なんだと富川は訝しがったが、藤村のように平気で暴力をふるい、常盤のように利口で賢い人材であれば構わないと思っていた。
高等部校舎から尾崎が出でいったことを確認してずいぶん経った頃、前触れもなく常盤から電話が掛かってきたのだ。尾崎が留守の間に鍵を換えた放送室を使うと告げながら、常盤は興奮気味にまくしたてた。
富川は大金と女、地位と権力以外には興味がなく「好きにしろ」と許可を出した。彼は今回の取引に対して円滑にサポートしている常盤を、尾賀から紹介された藤村たちよりも買っていた。
わざと目の前で明美と身体を重ねたことがあったが、常盤は構わずに薬を教え込んだ女子大生を犯し始めた。優等生の皮下に強い悪意を秘めていることを知ってから、富川は常盤をひいきしていた。
父が国会議員を勤めていた富川は、ろくな学生時代を送ってこなかった。中学生の頃に女と酒に溺れ、高校生になると集団で強姦を楽しんだ。盗撮、暴行、覚せい剤、麻薬に対して抵抗がない姿は、今の常盤と同じであったと富川は思っていた。
富川は大学を出て教師の職に就いたが、少年を抱く楽しみも覚えていた。その行為は止まらず、性欲のためなら対象は少年少女と問わなかった。成長段階の子供から大人まで幅広く、ベッドで少年同士が戯れる様子を眺めて興奮することが一番のお気に入りだった。
暴力団が経営していた売春店は、金を出せば富川の欲求をすべて満たしてくれた。常連となっていた富川は、そこで佐々木原という店主と顔見知りになり、彼の雇い主だった榎林と面識を持った。性癖が似ていた二人はすぐ意気投合し、共に肉欲を楽しむ仲となった。
それから十二年の歳月が流れた今年の五月、富川は榎林の紹介で尾賀と出会った。大金と共に女と権力がついてくる榎林の誘いは魅力的だったが、尾賀とビジネスをすることに富川は賛成できなかった。高知市で顔を合わせた尾賀の、他人を見下す態度や物言いがひどく鼻についたのだ。
「部下として藤村組を用意してあるので、対応は彼らに任せたらいい」
そう榎林に提案されたが、富川は渋った。尾賀と顔を会わせた二十分間、早口で一方的に自慢話やうんちくを聞かされて、彼はうんざりしていたのだ。傲慢ではあっても、榎林は礼儀を欠かない男だった。自分こそが偉いというような尾賀を、富川は人間的に好きになれなかった。
富川が儲け話に乗り気になったのは、尾賀との連絡掛かりとして明美が送られてきてからだった。下心をくすぐる容姿もさながら、彼女は最高のテクニシャンであった。
これまでに感じたこともない強い快楽を富川に与え、常に彼の性欲を満たして悦ばせた。明美に「あなたは顎で指示するだけでいいのよ、他は全部、尾賀たちがやってくれるんだから」と聞かされ、富川は今回の取引に協力することを決めた。
誰かに従うことが嫌いな人間であったが、富川は大きな権力の前では腰を低く構えた。彼は「どうすれば自分が優位な位置にいられるのか」よく理解していた。場所を提供し、藤村と尾賀たちに全部任せていれば大きな利益を得られる。怖いほど良い条件だと富川は考えた。
富川は、ヘロインを持ってくる李には「これからもいいビジネスをしましょう」と愛想を振ったが、鼻につく尾賀は出来るだけ藤村に押し付けていた。
尾賀には大きな暴力団や他の権力者の後ろ盾があることを知っていたが、いつものように「親睦を深めて私に利益を」とすることも出来なかった。「分かっているのかね」「だから私は初めからそういっているね」「こうじゃないかね」と尾賀に意見を押し付けられるたび、富川は反吐が出そうなほどの嫌悪感を覚えた。
午後十時を回った頃、覚せい剤パーティーが大学校舎二階で行われる中、富川は学長室で神妙な表情を浮かべていた。薄暗い照明ばかりがぼんやりと灯った室内では、秒針が刻む音が響き渡っている。
港で会った李に「迎えなんぞ要らんわい!」と追い返された明美は、数十分前に一旦学園へと戻って来ていた。電話越しで事情を聞いた富川が「一度戻って来い」と指示したのだ。
明美はどこか様子がおかしかった。いつもの気丈な表情は不安に曇り、学長室にやってくるなりこうこぼした。
「ねぇ、富川。本当に今夜は大丈夫なのよね?」
今まで尾賀と売買していたお前なら分かるだろう、と富川は返したが、明美は納得しなかった。「そうだけど」と言葉を濁し、「嫌な予感が消えないのよ」と珍しく弱々しげだった。
「確かに鴨津原の件も、いつも通り報道規制もしっかりされているわ。尾賀の後ろに大きな権力が持った連中がいることも十分に分かってるけど、なんだか胸騒ぎが止まらないのよ」
そのタイミングで学生を集め終わった常盤が戻って来て、「じゃあ念のために、俺がもう一度見てくるから」と提案しその話は終わった。戻って来る際には藤村と一緒であることを告げて常盤は出て行き、尾賀と合流予定の時間まで、明美が彼の代わりに覚せい剤パーティー会場に入ることになったのだ。
そうやって大学の学長室に一人残された富川は、予約したホテルでの楽しい夜を期待して思い浮かべていたのだが、ふと、先程の明美の様子が思い起こされて小さな警戒心を覚えた。
警察にマークされていないだろうな。
富川は懸念したが、事件も起こらない茉莉海市でそれはないだろう、とすぐ冷静になった。この学園で取引が行われることは初めてなので、明美は少し神経質になっていて、きっとそれは自分も同じなのだ。
そのとき、彼の携帯電話が細々と震えた。富川は常盤からの着信であることを確認すると、電話に出るやいなや「どうだ」と開口一番に尋ねた。危惧すべき事態はあまり想定していなかったが、念には念を、と彼はいつになく慎重になった。
『特に変わった様子はないよ。月末だからかな、金曜日の割に静かなものさ』
常盤は先程、らしくない様子だった明美に、自分が町の様子を見て来てあげるよといって町に足を運んでいた。電話越しに聞こえる彼の声は、夕刻から変わらず浮わついている。仲間に引き入れる人間が「殺しも平気な奴さ」と語ったときと同じ口調だった。
一体どんな奴なんだと富川は訝しがったが、藤村のように平気で暴力をふるい、常盤のように利口で賢い人材であれば構わないと思っていた。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蒼緋蔵家の番犬 3~現代の魔術師、宮橋雅兎~
百門一新
ミステリー
雪弥は、異常な戦闘能力を持つ「エージェントナンバー4」だ。里帰りしたものの、蒼緋蔵の屋敷から出ていってしまうことになった。思い悩んでいると、突然、次の任務として彼に「宮橋雅兎」という男のもとに行けという命令が出て……?
雪弥は、ただ一人の『L事件特別捜査係』の刑事である宮橋雅兎とバディを組むことになり、現代の「魔術師」と現代の「鬼」にかかわっていく――。
※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

蒼緋蔵家の番犬 2~実家編~
百門一新
ミステリー
異常な戦闘能力を持つエージェントナンバー4の雪弥は、任務を終えたら今度は実家「蒼緋蔵家」に帰省しなければならなくなる。
そこで待っていたのは美貌で顰め面の兄と執事、そして――そこで起こる新たな事件(惨劇)。動き出している「特殊筋」の者達との邂逅、そして「蒼緋蔵家」と「番犬」と呼ばれる存在の秘密も実家には眠っているようで……。
※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる