「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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目撃した少年たちは、動き出す(5)

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 え、警察? つか、スーツってことは刑事か?

 なぜうちを尋ねてきたのだろう、と修一は訝しがった。ドラマの刑事に憧れを抱いていたが、口から飛び出たのは露骨に怪訝そうな言葉だった。

「うちに何の用ですか? こんな遅い時間から」

 思わず、修一は押し売りを断る母の口調で唇を尖らせた。すると、顰め面に口をへの字に曲げた男が、「修一君だね?」と愛想もなく尋ねてきた。

 無精髭を生やした四十代の彼は、修一がドラマで見るようなよれよれのスーツにノーネクタイ姿であった。強いニコチンの匂いを漂わせていたが、隣の若い男はびしっと着込んだスーツ姿で毅然として立っている。

 修一は、だらしなく立った無精髭の男をしばらく見上げ、ぶっきらぼうに「そうですけど」と答えた。

「あ~……俺は捜査一課の澤部、で、こっちが」

 言い掛けて、澤部と名乗った男は、霞む視界を凝らすように隣の男を見た。まるで、同じ署で働いていながら全く面識がないといった様子である。

 若い風貌の男は、緊張したように澤部から視線をそらすと、真っ直ぐに修一へと向き直って胸を張るように背筋を伸ばした。

「同じく、茉莉海署の新田岸(にたぎし)であります!」

 新しく配属された部下なのかな、と修一は思いながら「はぁ、そうなんですか」と上辺で返した。新田岸の声を煩わしそうに聞いた澤部が、視線を落としながら少し薄くなった頭部へと手を伸ばして「あ~」とぎこちなく言葉を繋いだ。

「この辺に俺たちが追ってる容疑者がいて、なんか変わった様子とかなかったかな」
「特にないですけど」
「そうか、うん、さっきみたいに誰かも確認せずに開けないようにな。犯人確保までしばらく外出は控えて欲しいんだが、今からどこかに行こうなんて考えちゃいないよな?」

 おう、深夜徘徊はいかんぞー、と男はほとんど棒読みで言った。

 言い方はぶっきらぼうで投げやりだったが、耳に障るような声色ではない。修一は悪い人ではないのだなと思い、二言三言適当に答えて扉を閉めた。警察が行った後に家を出ればいいか、と楽観視して携帯電話と鍵をポケットに入れた。


 しかし、数分後、玄関の覗き穴を見た彼は「どうしよう」と悩んだ。


 男たちはこちらに背を向け、囁き合って立ち話をしていたのだ。澤部と名乗った男の方は、はすぐに煙草をくわえて去っていったのだが、新田岸は動く様子もなく比嘉家の扉前に立った。まるで見張られているような気もしたが、多分、気のせいなのかもしれない。

「うん、だって俺の玄関前を張る意味なんてないもん」

 単純思考でそう思った。ならば何故、新米刑事のような彼が玄関前で、こちらに背を向けて直立不動しているのだろうかといえば分からない。自分は刑事ではないのだから、そんなこと分かるはずないじゃん――というのが修一の感想だった。

 とはいえ理解している事は一つある。

 彼らは事件を追う正義の味方で、だから、ここは素直に従った方がいいのだろう。

 修一は、一般市民の安全性を考慮しているであろう刑事を思って、のそのそと部屋へ引き返した。二十四時間頑張ってるんだもんなぁ、とドラマを思い出して携帯電話を取り出す。

 暁也に「今日は出られそうにないかも」とメールを打とうとしたとき、突然着信が入った。修一が慌てて通話ボタンを押すと、けたたましい音がワンコールも鳴らずにぷつりと切れた。

「うん、俺だけど」
『お前んところに、警察来てるか?』
「暁也のところにも来てるのか?」

 修一は部屋の奥へと自然に足を進めながら、ふと思い出して彼に話を振った。

「なぁなぁ、暁也。お前雪弥のこと何か知ってるか?」

 数秒遅れで暁也が『は?』と怪訝そうな声を上げたが、修一は構わずに「俺さ」と続けた。

「雪弥のこと何も知らないなぁって事に気付いてさ。好きな事とか嫌いな事とか、趣味とか家族の事とか」
『…………そういえば、俺も分からねぇな』

 修一がベランダ前で足を止めたとき、暁也が『そんなことより』と低く囁いた。誰にも聞かれたくないように潜められる声は、痺れを切らしたようにこう続けた。

『お前、大人しく家で待機しようとか思うんじゃねぇぞ。抜け出せ。俺たちにはやらなくちゃいけない事があるんだ。容疑者が逃げてるっつっても、外出歩いてる人間が巻き込まれるなんて、あんま聞いたことねぇだろ』
「お前、まだ雪弥のこと疑ってんの? どうせ常盤の待ちぼうけで終わるって」
『なんだよ、お前は常盤にクスリ止めろっていうんじゃなかったか?』

 そう言われて使命感に似た気力が蘇り、修一の頭にスイッチが入った。

 雪弥は優しくていい奴だ。常盤のことはよく知らないけれど、話し合って悪いことをやめさせられるのなら、それにこした事はない。

 そう考えながら、修一は「うん、そうだよ」と断言した。なんだ暁也も同じ気持ちだったのかと、平和な単純思考で勝手に解釈し、意気揚々と答える。

「勿論そうするに決まってるじゃん」
『よし、その意気だぜ、修一。ひとまずは家を抜け出して合流しよう。学校行くまでに色々と話して決めようぜ』


 暁也と会話を終えると、修一は思い立ったら即行動の長所を発揮した。


 携帯電話を操作すると耳に当てて、ベランダに出て下の階にあるベランダを覗きこんだ。そこからトルコ行進曲が聞こえることを確認すると、電話が繋がるまでしばらく待つ。

 数秒のコール音が続いた後、聞き慣れた声が陽気に『よお、どうした?』と応えた。それは下の階にいる幼馴染の武田で、その声は相変わらず弾むような心地よさで耳に入ってくる。

「ベランダ伝って、お前んとこに降りてもいいか? ついでに、その下の階のベランダにもお世話になりたいんだけど」
『お、去年見つかって封印したあの技を今解禁するつもりか? 俺は勿論いいけどよ、トモ兄んところもか?』
「裏から出たいなぁと思ってさ」

 そう答えている間にも、下のベランダに人影が覗いた。筋肉で引き締まった長身の少年が、ベランダから修一を見上げてくる。

 小麦色の肌に堀りの深い顔を持った彼は、武田だった。やや吊り上がった大きな瞳で二回ほど瞬きをすると、『別に理由は聞かねぇけどさ』と逆立った髪を力なくかき、『でもよ』と言って彼は続けた。

『トモ兄、コンビニのバイトだから今いないぜ? まっ、彼女からもらったプランター壊さなきゃオーケーだろ。俺んところは親父もお袋もまだ帰ってきてねぇから、いつでも来いよ。外に出るんだったら靴も忘れんなよ』
「おう、感謝するぜ」
『いいってことよ』 

 二人は、同時に歯を見せて親指を立てる仕草をした。笑んだ顔には陽気さが覗き、その瞳は悪戯好きの活気を溢れさせてきらきらとしていた。
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