「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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目撃した少年たちは、動き出す(3)

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 階段から降りた暁也は、振り返った男たち一同に見つめられて「なんだよ?」と思わず顔を顰めた。こうしてきちんと顔を合わせるのは、高知市に住んでいたとき以来だ。

「暁也君、これからバイク……?」

 若手時代から面識のある阿利宮が言い、暁也は怪訝そうに眉を持ち上げて「そうだけど?」と答えた。

 阿利宮は、まるでそれがまずい事でもあるように言葉を詰まらせた。リビング出入り口に向かって内田がけだるそうに「金島さ~ん、息子さんっすよ~」と声をかけると、床を叩くような足音が聞こえてきて、全員の目がそちらへと向いた。

 圧倒的な雰囲気をまとった父が姿を現し、集まっていた男たちが、言葉もなく通路を開けた。

 父から仕事の瞳を向けられることが初めてだった暁也は、思わず息を呑んで彼を見上げた。室内にはどこか緊迫した空気があることに気付き、足元からすうっと萎縮するような緊張感をどうにか堪える。

「ちょっと、バイク飛ばして来る」

 久しぶりに父に投げかけた声は、喉から絞り出してようやくしか出て来なかった。屈強な体格を持った父を今一度確認し、暁也は思わず「こんなに大きい親父だったのか」と思ってしまった。

 すると、目の前に壁のように立つ父――金島本部長がこう言った。

「外出は禁止だ。今日は大人しくしていなさい」

 強い口調に、暁也は反論しかけて口をつぐんだ。リビング奥から出てきた母が、今にも泣きそうな顔で「暁也、お父さんの言うことをちゃんと聞いて」と懇願したのだ。

 暁也はわけが分からず、自分へと視線を向ける男たちを見回した。

「いったい、どうなって――」
「これは命令だ、暁也。今すぐ部屋に戻りなさい」

 父親ぶった物言いだ、暁也はカッとなった。

 こちらを見下ろす父に強い怒りを覚え、階段の柵にヘルメットを打ちつけて睨み上げた。苛立ちは一気に膨れ上がり、彼は不満と憤りで持っていたバイクの鍵を握りしめて叫んだ。

「あんたはそうやって、俺に説教ばっかりだ! こっちの話も聞かない癖に! 一体何がどうなってるのかくらい、話してくれてもいいだろ!」

 そのとき、悲痛に歪みかけた顔をそらすように父が踵を返した。わずかに横顔を暁也に向け、ただ一言「部屋に戻りなさい」と静かに告げて歩き出す。

 そこへ身を割りこませたのは、阿利宮だった。

「大きな事故があってね、容疑者が逃走しているから、今日は大人しくしていて欲しいんだ。いいね?」
「大きな事件が起こってて、安全のため家にいた方がいいってことっすよ」

 毅梨と澤部が父に続いて玄関から出て行くのを目で追い、内田が面倒だと言わんばかりの半眼を暁也に向けた。阿利宮が「この馬鹿ッ」と振り返るが、内田はバリバリと豪快に頭をかいて続ける。

「阿利宮さん、遠まわし過ぎますよ。はっきり言ってやった方がいいんじゃないすか? 俺らは大きな事件の犯人を追っていて、住民は出来るだけ外出を控えてもらうように声掛けてるって」

 内田は言って、阿利宮に垂れた瞳をじろりと投げ寄こした。

 目があった阿利宮は、その視線に含まれる意図に気付いたように顔を上げて、「そ、そうだね」と自身に言い聞かせるように口にして暁也へと向き直った。

「内田さんの言う通りなんだ。犯人確保まで内密なことなんだけど……暁也君のお母さんにも、鍵を掛けておくようにって言ってあるから」

 阿利宮と内田は母に挨拶をすると、すぐ外へと出て行ってしまった。

 玄関に阿利宮の部下二人が残ったことに違和感を覚え、暁也は自分の部屋へと引き返しながら腕時計を見て舌打ちした。「こんなときに何てバッドタイミングだよ」と父が関わっているらしい事件を忌々しく思った。

 本部長の息子だから厳重なのか。

 うちの近くで容疑者確保に向けて作戦が進んでいるせいか。

 その二通りの考えが思い浮かび、雪弥が常盤に会いに行かない可能性も考えてみた。しかし、どう転ぶか分からない状況の中で、自分が理想とするパターンを期待するのはあまりにも愚かで危険なことであり、そわそわと心配して無駄な時間を過ごすよりは、やはり当初の予定通り先手を打って動く方がいいだろうという結論に達した。


 暁也は部屋に戻ると、自宅から抜け出す作戦を立てた。ふと、修一の住居にも外出控えの告知が回っていたらと想像した。

 修一は馬鹿に素直で真面目なところもあるので、素直に外出を控えるかもしれない。


 暁也は「抜け出せ」と提案するつもりで彼に電話をかけた。うちみたいに刑事が玄関先で待機しているわけじゃないだろうし、きっと簡単だろう。とにかく家を出て、外で落ち合うのが最優先だ。それから学校に向かう。

 もし警察が回ってきていたとしても、注意を無視してそのまま家を出ればいいだけの話だと暁也は思った。

                  ※※※

 修一の家は、第三住宅街の北側にあった。そこは賃金が安く、高さの低いアパートやマンションが並ぶ一帯である。

 修一が家族と三人で住んでいるアパートは大通りの近くにあり、玄関からは茉莉海市ショッピングセンター、ベランダからは北西向けに白鴎学園の校舎がちらりと見えた。

 三階建てのアパート「エンジェル留美」は、一つの階に四世帯の、合計十二世帯が入居している。こじんまりとした台所と、畳部屋がついた2LDKの三〇二号室が修一の住まいだ。

 真下の階に当たる二〇二号室には、高校二年生まで同じクラスだった幼馴染の武田(たけだ)弘志(ひろし)が父と二人で暮らしている。彼の父は運送会社で帰りが遅く、修一は武田と一緒に過ごすことが多かった。

 暇になればお互いの部屋を行ったり来たりと過ごし、大抵夕飯は修一の部屋で共に食べる。武田の父と修一の両親は仲が良く、プライベードでの付き合いも多々あったからだ。

 修一にとって、ドラマや映画、ニュースの中だけだと思っていた違法薬物を、常盤が持っていたことは大きな驚きだった。この前見たドラマの影響で「保険の先生が麻薬をやってるかも」と勘違いしたときと比べ物にならないほど、本物がやりとりされている現場には緊張した。

 まるで、自分の方が悪いことをしているようにドキドキが止まらなかった。常盤が動いた際、弾かれるようにその場を飛び出したのは、度胸が据わった冷静沈着な暁也も同じである。

 なんというか、直感的に、あれはダメな物だと思った。

 はじめて「明美先生」のことを暁也に相談したとき、修一は「そんな安易な代物じゃないんだぜ」と言われた。常盤が本物の薬物を雪弥に押し付けるのを見て、その言葉の意味がなんとなく分かった。違法薬物は実物を見たこともない修一でも、想像以上に危険な存在感を放っていたからだ。
 
 覚せい剤や麻薬は身体をボロボロにする、やめさせなきゃ。
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