「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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学生として過ごす最後の…(1)

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 不審なベンツは見られず。

 いつも通り「本田雪弥」として登校した雪弥は、一時間目の授業が終わったタイミングで携帯電話に入ったその報告について、ぼんやり考えていた。

 学園に入る前、雪弥は夜狐を呼び出して夜蜘羅の乗った車を探らせた。しかし、返ってきた報告は「ベンツすら確認出来ず」というものだった。潜伏していたエージェントも誰一人として、該当するような車を目撃していないらしい。

 夜狐はあのとき、道路を歩いている雪弥を見つけてそばについていたと言った。逆に「いつ部屋を出たのですか」と尋ねられて、雪弥はまさに抓まれたような気分になった。

 その余韻は午前中いっぱい残った。けれど、もう会う事もないだろう、自分には関係のない男なのだと思うと、考えるのも馬鹿らしくなって悩むのをやめた。

 四時間目の授業も問題なく終えて、修一と暁也の話し声を聞きながら自分たちの教室へと戻る道を歩く。昼休みの時間を使ってナンバー1に連絡を取る予定もあったので、まずはこの少年たちを少しの間、自分から引き離す簡単な方法を思い浮かべる。

 おつかいに向かわせるのが手っ取り早いだろう。そう考えながら、戻ってきた教室の机に教科書をしまおうとしたところで、雪弥は自分の机の引き出しに、知らないメモ用紙が入っている事に気付いた。

 それは小さく折り畳まれており、中には綺麗な字でこう書かれていた。


『旧帆堀町会所で君を見たよ。放課後ショッピングセンターの交差点で待ってる。
                         常盤聡史』


 情報を引き出すために、本人に接触出来たらいいなと考えはいたが、まさか昨日の旧帆堀町会所の名が記載してあったのは予想外だった。どこまで見られたのはか気になるうえ、どういった意図で呼び出されているのか見当もつかない。
 
 彼は既に抹殺リストにも入っているものの、昨日の旧帆堀町会所の現場を見た、という文面からの呼び出しが個人的には気になった。走り書きからすると、一人で待っているという印象も受ける。

 殺すところを見ていたのなら、通常であればすぐにその当人と会おうというような考えにはならない気もする。

 目的は不明だが、ここで起こっている厄介な事件は今夜で全て終わる。作戦開始までは少しくらいなら時間も空いており、そのついでに今後役立つような情報を引き出す接触が図れる可能性もあるのなら、会う方が都合もいいのかもしれない。

 雪弥は冷静にそう思考していたが、無意識にその置き手紙を握り潰していた。

「どうした?」

 不意に修一に問われ、雪弥は、なぜ常盤からの手紙を潰したのか分からぬまま、それをポケットに押し込んで笑顔をとりつくろった。

 昼休みの時間になったというのに、そういえば移動教室の授業から真っすぐ一緒に教室に戻ってきたうえ、今も教室を飛び出す様子がない二人の少年に気付いて、素直に疑問を口にする。

「今日は走り出さないんだね」

 雪弥が小首を傾げると、暁也は「そばパンって気分じゃねぇし」とぶっきらぼうに言い放った。修一は八重歯を覗かせて「今日は普通に焼きそば買おうと思ってさ」と愛想良く答える。


 そばパンをゲット出来た三組の西田が、食堂の販売窓口で感動の声を上げたのはその頃であった。そこには珍しく常盤の姿もあり、彼は三組の男子生徒たちをやかましそうに横目で見たあと、弁当を一つ買って中庭へと向かった。

 そんな常盤が中庭で偶然、大学三年生の里久と居合わせて話しを始めた頃。


 雪弥は二人の少年たちに、今持ちあわせている五千円札を渡して「僕の分と併せて、君たちの好きなのを買ってきてもらってもいいかな」とやったあとで、先に屋上入口に立っていた。

 ナンバー1と連絡を取るため、修一と暁也をしばらく自分から引き離したのである。屋上扉には鍵が掛かっていたが、修一が来るまで待つ選択肢はなかった。雪弥は一秒ほど扉を眺め、躊躇なくドアノブに右手を振り降ろした。

 わずかに金属音が上がったあと、辺りは静けさに包まれた。

 ドアノブから壁にかけて何かがめり込んだような亀裂が入り、虫も殺せない顔で強行突破された鍵は、見事に機能を失って右にも左にもくるくると回るようになった。ドアノブごと切り落としたらさすがに不審がられるだろう、と彼なりに考えての結果だった。

 雪弥は屋上へ出ると携帯電話を取り出し、後ろ手でそっと扉を閉めた。雲一つない青空を眩しそうに見やり、携帯電話を耳に当てて歩き出す。

 しばらくコール音が続き、前触れもなくぷつりと途切れた。


『今夜の作戦事項がすべて決まった。今、時間はあるか』


 低い男の声が響いた。ナンバー1である。雪弥は「大丈夫ですよ、どうぞ」と言いながら歩み続けた。

『先日死亡した榎林を含むメンバー、および里久に関してはすでにエージェントが成り変わって現地に入っている。今日取引に関わる組織は、東京の丸咲金融会社第一支店の尾賀、白鴎学園大学部学長富川、藤村組、そして中国からの密輸業者であり、裏で自称科学者を名乗っている李の四者だ。藤村組に関しては、事務所に残ったメンバーを容疑者としてあげる。他の処分リストはすでに作成済みだ』

 雪弥が上空を飛ぶ鳥へと目を向けたとき、ナンバー1は一度言葉を区切った。『ちゃんと聞いているだろうな』と声を掛けられ、雪弥は空を仰ぎながら「いい天気ですよねぇ」とそのままの心境で返した。

 電話越しに大きな舌打ちが響き、咳払いのあとナンバー1の説明が再開した。

『二十三時に集まるメンバーはリーダー藤村、富川学長、尾賀、李の四人とその部下だろう。何人集まるかは分からんが、一時間前には大学校舎にてブルードリーム使用者の大学生が全員集まる情報は掴んでいる。我々は、取引の材料に使われるのではないかと踏んでいる』
「自称科学者、というのが気になりますね」
『うむ、実はそれだ。李は中国マフィアの間でも有名な狂人でな、人体実験で殺した人間の総数は不明らしい。彼の歳は不明だが、おおよそ七十前後の老人だと噂されている。腕がいいのか知らんが、確実な原料の仕入れ先と、中国に大量の顧客と友人を持っているようだ。現在出回っているブルードリームの提供者で、人体実験用に若い人間が欲しいのではないか、と推測される』
「ずいぶんな変態野郎みたいですね」

 雪弥の口汚い言葉を無視し、上司は『実験体を引き渡すことで、ヘロインを安く買えるという手筈なんだろう』と自身の推測をあっさり口にして、話の先を続けた。

『藤村組は暴力団紛いの小さな詐欺集団だ。富川はただの学長にすぎん。尾賀はこの地域の人間とは一つの接点もなかったようだから、恐らく表社会ではも人脈がある榎林側が、今回の話を持ちかけたのだと思う。李から買い取るときは格安で手に入り、売る時は純粋純白の相場にあった高金額。一夜にして、藤村組と富川は大金を得るわけだ』

 ナンバー1が、皮肉気に笑った気配がした。雪弥は屋上の塀に身体を預け、「じゃあ」と疑問を投げかける。

「こっちで新しいタイプのブルードリームを配られていた学生たちは、みんな取引で差し出される用だったんですね。そうとは知らずに、全員が『パーティー』に集まるわけですか」
『作戦が実行されれば、里久に成り変わっているエージェントはそこから退出するがな』

 同じ特殊機関の人間であろうと、作戦が始動されたら学園敷地内からの撤退が決められていた。事が終わるまで、彼らは学園敷地外で待機していなければならない。
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