「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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そして、雪弥は

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 自習時間となった四時間目の授業が始まって、二十分後。

 校長室から出た雪弥は、先に図書室に入っていた暁也たちとようやく合流した。ほとんど生徒のいない室内で、二人は「遅い」「遅いよ」と同時に言ってきて、雪弥はぎこちない笑みで言い訳を並べた。

 彼らが通常の読書や勉強をするはずがなく、なぜか修一から「走れサッカー少年」の一巻を押しつけられてしまった。暇潰しのようにページを読み進めていったが、内容は頭に入ってこなかった。

 先程の話し合いの件が、チラチラと脳裏を掠めて離れない。


 レッドドリームによって化け物かしてしまう反応を起こすためには、ブルードリームを一定に摂取する期間が必要である、とキッシュは語っていた。

 ロシアの一件と同様の事件ならば、国を脅かすレベルとしての処置がとられる。学園で出回っているブルードリームの摂取者が、里久のようにレッドドリームも配られる可能性を考えると、――そして、彼と同じ悲惨な末路を辿る可能性が高いとするのなら尚更だ。


 ヘロインを含むすべての違法薬物を押収し、事件に関わった関係者、容疑者全員がその対象である。最優先すべき事項は、危険な薬と組織の一掃だろう。

 雪弥は、気乗りしないまま思案した。修一が読んでいた本について暁也に話しを振り、図書室で自習していた三年生たちが呆れたように視線を寄こしてくる。気付いた暁也が睨みつけると生徒たちは慌てて座り直したが、修一は「走れサッカー少年」ついて熱く語り続けることを止めなかった。

「なぁ、やっぱ主人公がすごいだろ? しかも、結構泣かすんだよ」

 唐突に、修一がこちらを見てそう言った。

 不意打ちで面食らった雪弥が「ああ、そうだね」と視線を泳がせたとき、暁也がすっと立ち上がって「そろそろ授業終わるぜ」とそっけなく告げた。雪弥はそれに便乗するように時計を見やって「本当だ」と、修一との話を打ち切った。

 図書室を出ると、ちょうど授業終了を告げる重々しいチャイムが鳴った。「そばパン」と叫んで弾くように修一が走り出し、それに暁也が続く。

 雪弥は、呆気に取られて、元気のある少年組を見送った。「お前の分のもゲットしてくるからよ~!」という二人の声が、廊下から階段へと流れていったのが聞こえて、思わず苦笑してしまう。

 こうして見ると、やはり普通の高校生だ。自分とは全く違う。

 猛スピードで二人が駆け抜けた二学年の教室から、数秒後に「後に続け!」「今日はあの先輩に負けるなッ」と男子生徒たちが飛び出していった。男性教師が「三年の修一と暁也か」と目頭を押さえ、それから廊下を走る少年たちに「廊下は早歩きまで!」と一喝した。

 雪弥は、二学年で賑わう廊下の方へ足が進まず、図書室の前でしばらく立ち尽くしていた。ここは二人の言葉に甘えて、先に大回りして屋上にでも向かおうか、と呑気に考え直す。

 そのとき、胸ポケットで携帯電話が震えた。

 図書室の前に広がるスペースの取られたフロアへと入り、ベランダもない窓ガラスへと歩み寄りながら携帯電話を取り出したところで、雪弥は相手がナンバー1だと知って、わずかに眉根を寄せた。

 並んだ大窓からは、高等部校舎正門と運動場が一望出来た。雪弥はガラスに映った自分の顔越しにその風景を見下ろしながら、「はい、もしもし」と声を潜めて電話に出た。

『複数の情報源から、取引の時間が次の時刻だと判明した。明日の二十三時、我々は双方の組織及び関係者を一人残らず一掃する。そちらはナンバー4を現場指揮官とし、当現場には県警とエージェントをつける。対象者の処分や人員配置、詳しいことについては追って連絡する』

 雪弥は、心が静まっていくのを感じた。遠くで少年少女の賑やかな声を聞きながら、ガラス窓に額を押しつけて力なく唇を開く。しかし、言葉が出て来ずに一度口をつぐんだ。

 しばらく間を置いてから、ようやくといった様子で囁き返した。

「了解、現場指揮として、当日の県警の介入を許可。現場待機を指示、こちらは追って連絡を待つ」
『了解した。指揮権についてはこちらに一時委託を確認』

 ナンバー1は厳粛に返した後、言葉を切って声量を落とした。

『……私が現場指揮を取っても構わんぞ……』
「らしくない事を言いますね。僕は平気ですよ」
『そうか。…………詳しいことは、追って連絡する』

 雪弥は電話を切り、予測していた処分事項をぼんやりと思った。ナンバー4としての任務が行われることを想像し、それきりぷっつりと思考を止切らせる。

 賑やかな声が背中で溢れだし、雪弥はゆっくりと振り返って制服の少年少女を眺め見た。彼が考えている最悪の展開は、対象者すべての抹殺――ナンバー4に相応したそのような任務が、白鴎学園で行われることだった。

 雪弥は大回りする道を選ばず、幼なさが残る二学年の生徒たちの間を抜けるように廊下を進んだ。数人の生徒が不思議そうに目で追ったあと、何事もなかったかのように弁当を広げ始める。


「何か嬉しいことでもあったのかしら」

 教室から、見慣れない美麗な三学年の男子生徒を見ていた一人の女子生徒が、そう呟いた。転入生である彼の姿が教室の窓から見えなくなった頃、他の女子生徒たちも顔を見合わせる。

「そうじゃない? 嬉しそうに笑ってたし」

 それより、と女子生徒たちは話題を変えた。


 廊下を進んでいた雪弥の口元には、尾崎とはまた違う、穏やかで優しげな微笑が浮かんでいた。
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