「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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エージェント4は兄の存在に頭を抱える(3)

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 雪弥は短く息をつくと、自分の腕を掴む修一の手をそっとほどいた。

「僕は、まだ図書室に行ったことがないんだよ」
「そうなのか? 転入して来たとき放課後残ってたからさ、そんとき行ったのかと思ってた」
「校内を散策していただけだよ」

 雪弥は答えて肩をすくめた。やんわりと崩した表情を浮かべていたものの、二人の少年から視線をそらすその瞳は、あの夜、ゲームセンターで見掛けた常盤という男子大学生を思い浮かべていた。

 実をいうとニ日前から、雪弥は今事件の共犯者である、三年一組の常盤と接触を図ろうとしていた。修一と暁也の目を盗んで彼の姿を探したが、常盤は常に歩き回っているようで、その姿を見掛けることもなかった。

 実際にブルードリームを配っている本人に会ったほうが、仕事が遥かに進むだろうと雪弥は考えていた。ナンバー1からの連絡が来る前に、さらなる情報を仕入れたかったのだが、今のところ目標は達成できていない。


 常盤は、高等部側で唯一動いている協力者である。先日「シマ」と呼ばれていた男との会話を思い返すと、薬の意図は知らずとも、取引についてはよく知っているはずだと推測される。

 そうすると、五月に起こった土地神の噂や怪談騒動も、取引現場となる学園から人払いするため、常盤と理香が動いたのではないかという憶測も浮かんだ。


 前もって準備を早急に進められて今に至るのだとしたら、やはり大学学長の富川は、常盤の後に協力者として傾いたという憶測も立ち始める。何故なら「シマ」は彼の名前を出した際、常盤よりも信頼していないような口振りだったからだ。

 保険医の明美が着任した頃と、事が起こり始めた時期について考え直すと、その線が強いような気もした。彼らを上手いように使っている別の大きな組織がいるとしたら、明美自身が寄越された仕掛け人の一人だ、と考えてもおかしくない。

 蓋を開けてみたら、どんどん厄介で複雑になっていく感じがするな。

「なぁ、お前が図書室行くっていうなら俺も付き合うぜ。『走れサッカー少年』の新刊出てるって聞いたし」

 考え事をしていた雪弥は、「え、ああ」と言いながら反射的に言葉を探した。

「えっと、図書室って混んでないかなぁと思ってさ……」
「混んではないと思う。三年はほとんど教室で自習してる奴が多いんだ。先週の自習もそんな感じだった」

 地理の沢田(さわだ)先生がまた風邪をこじらせて自習になってさ、と修一は頭をかいた。「若いんだけど一年中体調が悪くて、おっさんみたいな先生」と彼は評して暁也へと話を振った。

「なぁ、あんま人いないと思うし、暁也も行こうぜ」
「おう、行く」

 暁也は間髪入れずに答え、雑誌を閉じると机から足を降ろした。

 二人の少年はそうして、すでに校内の全てを把握している雪弥を図書室へと案内するべく立ち上がったのだった。

             ※※※

 図書室は高等部校舎の中央に位置しており、三階にある広々とした視聴覚室の真下にその部屋を構えていた。

 校舎は中央に一階から学食、図書室、視聴覚室と続くが、どれも全く同じ面積と間取りを持っている。進学校のため図書室には専門書なども数多く揃えられ、置いてある本のジャンルも児童文学から大人向けの単行本と幅広い。

「あのさ、一組の常盤って生徒知ってるかな」

 東側の階段を降り、二学年の教室前を図書室へと向けて進みながら、雪弥はさりげなく尋ねてみた。

 真っ先に反応したのは暁也だった。彼は嫌な物を見るように振り返り、「俺はあの秀才野郎が嫌いだ」と開口一番に吐き捨てた。口を開こうとした修一から常盤をフォローする言葉を読みとると、彼は一睨みで黙らせてこう続けた。

「かなり性質が悪いって感じがする。あいつには関わらない方がいい。しかも、優等生ぶって裏で相当女遊びしてるみたいだぜ? この前あいつ、パチンコ店の裏手にいたのバイクで見掛けたけど、女とキスしてた」
「嘘だろ? だってあいつ、学年一番の優等生じゃん」
「嘘じゃない。何考えてんのか分かんねぇし、いろいろとやばい事やってそうだぜ。学校では特につるんでる奴はいないみたいで、この前は一人で図書室にいるの見かけたけどな」

 思い出して語る暁也に、修一が顔を顰めた。

「お前が図書室に?」
「俺の意思じゃねぇよ。矢部から逃げてたんだ」

 暁也は舌打ちをして言葉を切った。

 雪弥は「そろそろナンバー1から連絡が来てもいい頃なんだけどなぁ」と内心呟きつつ、近づいてきた図書室へ視線を滑らせた。

 常盤少年のことは気に掛かったが、夜狐に頼んだ調査の返答もないことに疑問を募らせる。里久にレッドドリームを渡した人物の情報を調べ、雪弥とナンバー1に報告することが夜狐の新たな任務に加わっていたのだ。

 ほんと、どっちも一体何してんだか。

 雪弥が頭をかいたとき、三音の階層が違う音が校内に流れた。それは、校内放送を知らせる音で、暁也が図書室のドアに掛けていた手を止め、修一も「珍しいな」と呟いて足を止める。


『三年三組の本田雪弥君、今すぐ事務室へ来て下さい。繰り返します、三年三組の――』


 修一と暁也が、揃って雪弥を振り返った。

「…………呼ばれてるけど、なんかしたの?」
「…………事務室なら書類とかじゃねぇかとは思うが」

 お前、何か出し忘れてる物とかあるか、と暁也は尋ねた。すぐに校内放送の意図に気付いていた雪弥は、ぎこちなく視線をそらして答える。

「えぇっと、うちの親すごく忙しいから、編入願書に書き忘れがあったのかもしれないな、うん、そうだと思う」

 雪弥は、二人の少年に「先に図書室に入っていてね」と伝えて、その場をあとにした。
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