「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

文字の大きさ
上 下
43 / 110

夜のゲームセンターの遭遇と、悲劇(3)

しおりを挟む
「えへへ、常盤先輩じゃないですかぁ」

 理香は二年生である。つまりやってきた少年は、高等部の三年生であるらしい。

 そう把握する雪弥の正面で、ガラスの中のクレーンが、小さな人形を一つ掴んでゆっくりと持ち上げる。

「おう、どうした常盤。物(ブツ)が切れたのか?」
「シマさん、声が大きいですよッ」

 常盤と呼ばれた少年が、周りの目を気にしたように焦った声色で男を制した。雪弥が操作したゲーム機では、テルテル坊主に小さな手足をつけたような白い人形が、クレーンで移動を続けている。

 誰もがゲームに夢中らしいと確認した常盤が、一転したように自信の窺える顔で「映画館の方にいなかったから、どこに行ったんだろうって捜しちゃったよ」と、男と自分はタメ口で話せる信頼関係である、と言わんばかりの口調で話し始めた。

「大学の方は順調だけど、こっちは全然駄目だね。声を掛けようにも、そんな連中なんて一人もいやしないし、二年生くらいにいないかなと思って回ってはみたけど、そういうのには興味がなさそうで」

 すると、男の方がゲームを理香に任せて、彼へと身体を向けた。

「高校じゃあ、やたらと声を掛けるのもまずいだろ。そっちには理事が帰ってきてるしな。若いのがいいと言われているが、大学生でも十分若いだろ。お前は話した通り、明美(あけみ)と一緒に理事の行動をチェックして、何かあれば富川(とみかわ)学長に知らせろ。ブツは配れそうなら配れ。とくにかく約束通り、三十人以上は集めなきゃいけねぇからな」

 落ちてきた人形を拾い上げた雪弥は、反対側へと回ってガラス越しに三人を見た。

 シューティングゲームをする理香と、シマと呼ばれた紫スーツの男の隣には、やはり白鴎学園高等部の制服を着た男子生徒がいた。常盤という少年の顔に見覚えはないが、白い肌が目を引く生徒だった。

 黒に近い茶髪は癖がなく、薄い顔立ちは大人しそうな印象を覚える。しかし、長い前髪の間から覗く一重の切れ長な瞳は、怒りや不満を隠し持っているようにも見えた。

「常盤、物がなくなったら必ず俺たちか富川学長に言えよ。絶対、青い奴は飲むな」

 どこか含むように告げたシマは、面白そうに笑っていた。常盤が「分かってますよ」と反論するように言いながら、辺りを慎重に伺ったあと話しを切り出す。

「で、あいつらからもらったあの青い奴、いったい何なのさ? 効き目が少ないし効果も短い、でも考えようによっては便利な物にも見えるんだけど」

 伺われたシマが「さぁな」と、肩をすくめる。

「取引対象に飲ませろとしか言われてねぇし、俺らにも分からねぇよ。ビジネスで、ずかずか尋ねるわけにゃあいかねぇだろ? ただ、『絶対に飲むな』と言われたんだ。何か裏があるんだろう。俺ぁ青いやつを受け取るとき、あいつらの鞄に赤い別の物があることにも気付いたぜ。何に使うのかは分からねぇが、――そうだな、一言で片づけるんなら嫌な予感がする、だから絶対にやるなってことだ」

 常盤が、シマの言葉を聞いて「それこそ納得出来ないし分からない」というような顔をしたが、理香がゲームを一緒にやりたいとシマにせがんで、話しは終わりになった。


 常盤が苛立ったようにレースゲームを始めたタイミングで、雪弥はその場を切り上げる事にした。ストラップの紐がついた小さな人形を、そのままクレーンゲーム機に置いて帰ろうとして、ふと手を止める。

 どのキャラクターかも分からない、その人形の間抜け面を見ていると、なんだか愛着が湧いて連れて帰る事にした。パーカーの腹部についているポケットにしまい、そこに両手を差しいれたままゲームセンターを出る。

 歩き出した雪弥は、使い慣れた携帯電話をポケットから取り出しながら、建物の裏手へと回った。

                ※※※

『で、お前はその人形を飼う事にしたわけか』
「まぁ、そうなりますね」

 人のないゲームセンターの裏手で、雪弥は静まり返ったアパートを見上げながらそう囁いた。

 電話の相手は、上司であるナンバー1だった。しばらく空いた間の中で、彼がどこか呆れたように息を吐き出す音が続いた。

『……まぁ、大学の学長が協力者だということは予想範囲内だったがな』
「でしょうね」
『しかし、気になるのは話の中であった『取引』だな。青と赤の覚せい剤に関しては、うちでブルードリームとレッドドリームの名が上がっている』
「またややこしい感じの名前が出てきましたね」
『ややこしいどころじゃないかもしれんぞ。今早急に調査をすすめているが、いろいろと厄介そうだ』

 雪弥は、腕時計へと視線を落とした。時刻は午後十時を過ぎている。

「長居はできないので、一旦ここで切りますね」
『うむ、引き続き調査を頼む。こちらも、情報がまとまり次第連絡する。あと、飼うんだったらその人形の名も考えておけ』
「了解」

 雪弥は電話を切り、ズボンのポケットにしまった。パーカーの腹ポケットに入れられたままの左手は、頭が大きい間抜け面の人形に触れたままである。


 白鴎高校に勤務する大学学長の富川と、高等部にいる「明美」という女。高校生の常盤と理香に、組織の一人らしい男「シマ」。


 ナンバー1に報告した際、雪弥は、建築事務所として借りられている建物にシマという男が所属している小さな組織がある事を聞いた。今年茉莉海市に入ってきた「シマ」らは、千葉で詐欺の疑いを掛けられた「藤村事務所」のメンバーであった。

 大手企業子会社が持っている建築業の名で登録され、表向きは新城(あらしろ)忠志(ただし)という男が率いる建築事務所となっているが、本物の新城忠志が、茉莉海市に入った形跡は一つもない。

「ん~…………、名前かぁ」

 動物にしろ人形にしろ、飼うからには名をつけろとナンバー1は述べたが、雪弥はこれまでペットを飼った経験がなかったので、つける名が全く思い浮かばなかった。とりあえずはと思い、ポケットから人形を取り出して、しっくりとくる名を考えてみる。

 携帯電話ほどのサイズをした人形は、小さな手足とふっくらとした頭をしていて、小さく膨れた腹まで、持て余すところなく白い生地ぎっしりに綿が詰められていた。のんきな丸い目と笑みを作る三角の口だけで、耳も尻尾も鼻の凹凸もないストラップ人形である。

 雪弥はしばらくそれを眺め、意味もなく左右にゆっくりと揺らせた。「のんきな顔だよなぁ」と感想を呟いたところで、ふと名前を思いついた。

「そうだ、白豆にしよう」

 雪弥は、白豆と呼ぶことにした人形をパーカーの腹ポケットにしまった。路地を南へと向けて歩き出したとき、ズボンの左ポケットに入れていた携帯電話が震え出す。

 画面を確認すると、ナンバー1からだった。雪弥は、目新しい情報でもあったのだろうか、と訝しみながら電話を取った。

「はい、もしもし」
『私だが』

 低い声色が笑むように震え、雪弥は怪訝そうに眉を潜めた。

 ぶっきらぼうに「なんですか」と問いかけてみると、ナンバー1がしばらく喉の奥で笑いを堪えるような間を置いて言った。

『お前、名は付けたか』
「あ、絶対偵察機で見てましたね」
『いや、見とらん見とらん。リザが保証するぞ』

 不意に電話の相手が秘書のリザに変わり、『はい、見ておりませんわ』と涼しげに答える。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

この世界に生きていた男の話

百門一新
現代文学
 二十八歳の「俺」は、ある日、ふらりと立ち寄ったBARで一人の男に語り聞かせる。それは、四ヶ月前までこの世界に生きていた男の話――  絶縁していた父が肝臓癌末期で倒れ、再会を果たした二十代そこそこだった「俺」。それから約六年に及ぶ闘病生活を一部リアルに、そして死を見届けるまでの葛藤と覚悟と、迎えた最期までを――。 ※「小説家になろう」「カクヨム」などにも掲載しています。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純一
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

処理中です...