「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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夜のゲームセンターの遭遇と、悲劇(1)

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 白鴎学園にある中庭を廊下の端からちらりと眺め、雪弥は暁也と修一が矢部に連行されるのを見送ったあと帰宅した。

 夜に町への探索を決行することに決め、風呂に入って缶ビールを一本飲んで後そのまま仮眠を取った。九時半に設定した携帯電話のアラームが鳴るまで、ぐっすりと就寝した。

 目覚めた夜の九時半は、窓が開けられたベランダから、今にも雨が降りそうな湿気の匂いが流れ込んできていた。汗が張り付くような心地悪さがある。外へ出ると風はなく、生温かく絡みつくような空気が満ちていた。

 雪弥が寝泊まりしているマンションは、第二住宅街にあった。茉莉海市は町と白鴎学園を置いて、四国山地へと続く北側に高級感ある一軒家が多い第一住宅街。海に近い南側にマンションなどの建物が並ぶ第二住宅街を置き、立て直された一軒家と鉄筋アパートが多く並ぶ第三住宅街が、町と学園に浸透するように散りばめられている。

 第二住宅街を抜けるとコンビニと判子屋を挟んで大通りが始まり、一本道はそのまま第一住宅街へと続く。茉莉海市は開拓地のため平坦であるが、白鴎学園はやや窪地となっている。

 第一住宅街の奥に位置したゆるやかな坂道に建てられた市役所や電力、水道局や公民館は大通りからも拝むことが出来るが、霜や霧がない晴れた日に限定されていた。

 一本道の大通りは、買い物客などで賑わう商業地帯である。建物は三階建ての高さまでとされており、通り中央の交差点にある「茉莉海ショッピングセンター」と看板が取りつけられた総合店が、最も固定客を持っていた。

 茉莉海市唯一のショッピングセンターは、一階に食品館、二階が電化製品、三階に雑貨や衣類用品が販売されていた。同じ広さの敷地を持った店に、パチンコ店とカラオケ店がある。

 居酒屋と飲食店に挟まれた二つの店の向かいには、小さなゲームセンターが置かれていた。大通りには年齢層に応じた衣類店と雑貨店が多く並び、八百屋などが通りの南側一帯を占めるように向かい合わせで続く。


 マンションを出た雪弥は、コンビニを通り過ぎて大通りへと足を踏み入れた。商店街へと進むと、客を呼び込むため自慢の商品を宣伝した声が飛び交っていた。


 九時四十五分を回った歩道は人の流れがゆるやかで、シャッターが降りた商店も目立った。道路には普通乗用車やトラックが行き交い、時々若者が乗った車体の低い軽自動車や、改造されたビックスクーターが響くエンジン音を上げて走り去っていく。

 少ない歩行者の中に溶け込んでいた雪弥は、緑と白のフードパーカーにスポーツウェアという軽装だった。

 少し生地の厚いパーカーは、内側に装着したシルバーのナイフと腰にある拳銃の存在を隠している。顔を隠すように深くかぶった帽子は、本人の証言しだいでは高校生や大学生にも見えなくはない雰囲気をまとうが、雪弥本人は「さすがに未成年に見えるほどの効果はないだろうなぁ」と思っていた。

 シャッターが多い店を越えると、大通りの交差点に茉莉海ショッピングセンターが腰を下ろしていた。東側に小さな雑貨店や若者向けの衣類ショップがあるが、どちらも夜十時の閉店準備が始まっていた。

 客足が落ちついた焼き肉屋やファミリーレストランを挟み、北側に向けて小さな居酒屋が並ぶばかりだ。そこには、陽気に顔を赤らめた中年の男性が数人、隣の小さなスナックに連れ添って入っていく光景も見られた。

 雪弥はショッピングセンターを通り過ぎると、カラオケ店とパチンコ店に面するゲームセンターへと向かった。十八、九歳から二十代の若者が店の前で談笑しており、中からは騒がしいゲーム音が漏れる。

 ゲーム店の開け放たれたガラス扉には、「深夜二時まで営業」と印字された紙と従業員募集広告が張り付けられていた。雪弥がまずそこに目をつけたのは、「一番若者が集まりやすい場所だよな」と楽観的に考えてのことで、ほとんど勘によるものだった。

 ゲームセンターにはたくさんのゲーム機が置かれており、店内には少年や青年たちの姿が目立った。リズムゲーム、レースゲーム、格闘ゲームに若者一同が熱を上げ、小さなプリクラ機器が三台並んだ場所からは少女や女性の足が覗く。

 様々な商品内容に別れたクレーンゲームは、男女問わず挑戦している様子が見られた。もっぱら注目を浴びていたのは、通信機能のついた対戦ゲームである。暇を持て余した観客が、それを遠目で眺めたり真近で応援するなど、奇妙な一体感が生まれていた。

 大半の客が数人連れで店を訪れ、ゲーム機の前に集まって楽しんでいる光景が目立った。個人で来ている若者は見られず、時々やかましそうな顔をした大人たちが通り過ぎながら、ゲームセンターの入口を覗きこんでいくばかりだ。

 雪弥は「帰ろうか」と話しながら擦れ違った少女たちや、お目当てのゲーム機へと移動する若者を避けながら店内を進んだ。

 鼓膜を叩くような音が溢れ返り、通常なら話し声を聞くことも難しい空間だったが、雪弥の聴覚では特に問題にはならなかった。クレーンゲームで人形ばかりとっていた中年男性に、三人の少年が「おっさんすげぇ」と感心する声も、それに対して男性がろれつも回らずに「そろそろ帰んな、もう十時前だぞ」といった言葉もきちんと聞こえていた。


「理香ぁ、こっちに来いよ」


 溢れる音の中から、ふと聞き覚えのある名を耳にして雪弥は立ち止まった。

 帽子を深くかぶり直して辺りを見回した。もう一度「理香ぁ」とだらしない口調が聞こえて、彼は音の位置を特定した。

 店内の奥にあるレースゲームに腰かけ、誰かを呼ぶように振り返る一人の男がいた。第三ボタンまで開けた赤いシャツに、派手な光沢の入った紫のスーツを着ている。彼は「スピードX」というレースゲームの肘置きに手を掛け、誰かを手招きしている様子だった。

 男が座っているゲーム機は、レースのリアリティーを増すため車体が傾いたり振動もするタイプのもので、暗室に大きめのスクリーンがついていた。本物のギア車と同じような操作が必要なため大人に人気がある。奥には他にもバイクレースゲーム、通信可能な麻雀ゲームなど大人向けのゲーム機が並んでいた。

 雪弥はストラップ人形が入ったクレーンゲーム前に滑り込み、ガラス越しに男を見つめた。

 男は細く伸びた胴体をしており、くすんだ肌色の顔の頬はこけ、剃られた眉は少しばかりしか残っていなかった。顔に張り付いた細い瞳は釣り上がり、薄ら笑いを浮かべる口からは覗いた歯は、今にも折れそうなほど小さい。

 男の瞳孔はどこか不安定で、笑い方もひどくふわふわとして、軽く酔ったような印象を与えていた。それはよく見慣れた薬物常習者のものに似ていて、溶けた歯をみる限り間違いなさそうだ。

 雪弥がそう思ったとき、一人の少女が彼の脇を通り過ぎて行った。彼女はそのまま男へと近付き、「どうしたのぉ?」と甘えた声を掛ける。
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