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高校生としての生活(2)
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最後の授業が体育であるせいか、どの男子生徒も陽気な笑顔を浮かべていた。体育教師のもとへ集った三組と四組の生徒は、クラス関係なく談笑しあう。
受験生であることを忘れたような笑みは十八歳よりも幼く、教師は「これから合同授業、サッカーを始めるが」と生徒たちに負けず大きな声を張り上げて、ルールを説明し始めた。
サッカーの簡単なルールを一通り説明した後、教師は生徒たちに二色のゼッケンを配った。三組が黄色、四組が赤で色分けされていた。
雪弥は、自分のクラスである四組の赤いゼッケンを、見よう見まねで着用しながら、サッカーのルールを頭の片隅で思い出していた。手で触ったら駄目で、足でボールを運んでゴールコートに入れる、といったことを口の中で二、三度繰り返す。
「おいおい。お前、もしかしてサッカーしたことないのか?」
雪弥の呟きを拾った暁也が、呆れ顔で片眉を引き上げた。「そんなんで大丈夫かよ」と続ける彼の隣で、修一は予想外の現実を受け入れられないといった表情だ。
正確にいえば、雪弥はサッカーという言葉を小耳に挟み、テレビでちらりと見たことしかなかった。小・中学校の授業で体育はあったのだが、勉学以外に全く興味がなかった彼は、ほとんど参加しなかったのだ。
飛び込みで参加する部活は、ほとんど武術関係であった。高校生になっても彼の目はスポーツに向くことがなく、バイト三昧の生活に体育と美術、音楽の授業を必ずすっぽかす問題児でもあったのである。
「いや、知っているとも。うん、でも進学校だったからサッカーの授業はなくて、筆記だけだったというか……」
後半の早口を雪弥が口ごもったとき、体育教師がホイッスルを慣らした。「始めるぞ、配置につけ」という言葉が上がり、それぞれの生徒たちがポジションを決めながらグラウンドに広がった。
四組は雪弥の転入によって一人分人数が多かったのだが、今日は一人欠席していたためメンバー数はちょうどだった。出来れば見学に回りたい雪弥だったが、風邪で休んだ生徒に「出席しろ」と思うわけにもいかず、修一と暁也に促されて渋々グラウンドに入る。
教師のベルの合図で試合が始まると、ボールを運び出した西田から、すかさず修一がボールを取り上げた。「あっ」という彼の言葉も聞かずに、修一はクラスメイトである四組の男子生徒にボールを回す。
それを受け取った眼鏡の男子生徒が、迷わず「暁也!」と叫んで細い足でボールを蹴り上げた。
「ナイス、委員長!」
にやり顔で、暁也がボールを胸でキャッチした。「今年は委員長じゃないよ!」と言い返す男子生徒の脇から、黄色いゼッケンを来た三組の生徒が飛び出す。彼らと同じ速さで駆け抜けてきたのは、修一を含んだ四組の生徒たちだ。
足にボールが着くと同時に、暁也が動き出した。「奴を止めろ!」と西田が叫んで三人の生徒と共に彼を取り囲むが、前に走り出ていた修一にパスが回ると、ボールはそんな四人の生徒たちの包囲網をあっさりと抜けた。
ちらりと目をやった修一のゼッケンがふわりと揺れ、西田の前髪が浮き上がる。
修一がにぃっと八重歯を覗かせて、対する西田が口の端を引き攣らせ見つめ合ったのは、ほんの僅かな時間だった。弾くように走り出した二人を見て、場はわっと盛り上がり、騒ぐ生徒たちにも目を止めずに試合は進む。
「待て、修一ぃ!」
「待ってたまるかっての」
歌うように答えた後、修一の足が素早く動いた。一瞬消えたボールを見失った生徒たちに、三組のゴールキーパーである長身の男子生徒、柔道部の円藤(えんどう)が叫ぶ。
「馬鹿ッ、早く暁也をマークしろ!」
西田が真っ先に空いたスペースへと目を向けたが、そのとき、既にボールを足で止めていた暁也の目は、真っ直ぐゴールコートに向いていた。
声変わりをしていない生徒が「奴はシュート率百パーだぞ」と叫び、西田が駆け寄りながら「くそっ、サッカー部だったらキャプテン並みだぜ!」と愚痴りながら走る。その後ろから坊主頭の生徒が続きながら、少々間が抜けた顔でぼやいた。
「つか、四組って大半帰宅部なのにチームプレーがすげぇんだよなぁ、なんでだろ?」
「俺が知るか!」
西田が野球部の佐野(さの)に怒鳴り返したとき、暁也が思いきりボールを蹴り飛ばした。
真っ直ぐに飛んだボールが西田と佐野、後ろから駆け寄っていた黄色いゼッケンの生徒たちを通り過ぎる。慌てて振り返った西田は、そのボールがゴールコートをそれることに気付いて安堵したが、ただ一人、四組のゴールコート辺りでそれを傍観していた雪弥は「あ」と声を上げた。
「もーらいっ!」
楽しげな声が上がった瞬間、悪戯っ子の笑みを浮かべた修一が飛び出していた。
あっと叫ぶ三組の面々に構わず、迷うことなくボールを蹴る。円藤が素早く反応して動いたが、威力のあるボールは彼の大きな手をすり抜けて、ゴールコートを突き上げた。
途端に四組が歓声の声で湧いた。三組である黄色いゼッケンの少年たちが「あぁぁぁ」と落胆と絶望の声を上げ、西田が「チクショー、先に一点取られたッ」と歯噛みして呻いた。
四組のゴールキーパー、三学年一の身長と体重を持った相撲取り候補・森重が「本田君……」と囁く声にも気付かず、雪弥は修一と暁也のコンビプレーに悠長な口笛を一つした。
クラス全体を見渡して「仲がいいんだなぁ」とのんびり呟く雪弥の後ろで、「まぁね……」と答える森重は神妙な面持ちである。
スポーツ試合が再開すると、いつもは謙遜されている暁也もすっかりクラスに溶け込む。
四組は修一と暁也が中心で動き、三組は西田と佐野が走り回った。特に声を上げていたのは、三組の西田と円藤で、四組はどこか遊び楽しんでいるような笑顔と会話が飛び交っていた。
「委員長、パス!」
「だから暁也君、何度も言ってるけど、俺は委員長じゃなくて佐久間(さくま)だよ!」
「つか委員長! 暁也じゃなくて俺にプリーズ!」
「君もか、君もなのか修一君!?」
「こら委員長! 大人しく俺にボールを渡せ! この西田(にしだ)俊成(としなり)、恩は必ず返す男だ!」
「君は三組でしょうが! しかもッ、僕が委員長だったのは二年であって、今は委員長じゃないんだってば!」
四組の黄色いゼッケンを着た眼鏡の男子生徒、佐久間(さくま)誠(まこと)は、双方のクラスから委員長と連呼されて突っ込みが絶えない。
生徒たちがグラウンドの中盤で騒ぎたてるのを、雪弥は欠伸一つ構えて眺めていた。体育教師から注意を受けた彼は、現在、ゴールコートから三メートルの距離にずれただけの場所にいた。それ以上進む様子も見られないので、四組の生徒たちは、雪弥にゴールコートの守りを任せて敵コートへと乗り出している。
「うん、なんかファインプレーって感じだね」
「…………本田君」
声を掛ける森重の表情は、やはり複雑だ。雪弥は先程から、こちらに生徒が駆けて来ると、さりげなく動いている振りをして端に寄っているのだ。
受験生であることを忘れたような笑みは十八歳よりも幼く、教師は「これから合同授業、サッカーを始めるが」と生徒たちに負けず大きな声を張り上げて、ルールを説明し始めた。
サッカーの簡単なルールを一通り説明した後、教師は生徒たちに二色のゼッケンを配った。三組が黄色、四組が赤で色分けされていた。
雪弥は、自分のクラスである四組の赤いゼッケンを、見よう見まねで着用しながら、サッカーのルールを頭の片隅で思い出していた。手で触ったら駄目で、足でボールを運んでゴールコートに入れる、といったことを口の中で二、三度繰り返す。
「おいおい。お前、もしかしてサッカーしたことないのか?」
雪弥の呟きを拾った暁也が、呆れ顔で片眉を引き上げた。「そんなんで大丈夫かよ」と続ける彼の隣で、修一は予想外の現実を受け入れられないといった表情だ。
正確にいえば、雪弥はサッカーという言葉を小耳に挟み、テレビでちらりと見たことしかなかった。小・中学校の授業で体育はあったのだが、勉学以外に全く興味がなかった彼は、ほとんど参加しなかったのだ。
飛び込みで参加する部活は、ほとんど武術関係であった。高校生になっても彼の目はスポーツに向くことがなく、バイト三昧の生活に体育と美術、音楽の授業を必ずすっぽかす問題児でもあったのである。
「いや、知っているとも。うん、でも進学校だったからサッカーの授業はなくて、筆記だけだったというか……」
後半の早口を雪弥が口ごもったとき、体育教師がホイッスルを慣らした。「始めるぞ、配置につけ」という言葉が上がり、それぞれの生徒たちがポジションを決めながらグラウンドに広がった。
四組は雪弥の転入によって一人分人数が多かったのだが、今日は一人欠席していたためメンバー数はちょうどだった。出来れば見学に回りたい雪弥だったが、風邪で休んだ生徒に「出席しろ」と思うわけにもいかず、修一と暁也に促されて渋々グラウンドに入る。
教師のベルの合図で試合が始まると、ボールを運び出した西田から、すかさず修一がボールを取り上げた。「あっ」という彼の言葉も聞かずに、修一はクラスメイトである四組の男子生徒にボールを回す。
それを受け取った眼鏡の男子生徒が、迷わず「暁也!」と叫んで細い足でボールを蹴り上げた。
「ナイス、委員長!」
にやり顔で、暁也がボールを胸でキャッチした。「今年は委員長じゃないよ!」と言い返す男子生徒の脇から、黄色いゼッケンを来た三組の生徒が飛び出す。彼らと同じ速さで駆け抜けてきたのは、修一を含んだ四組の生徒たちだ。
足にボールが着くと同時に、暁也が動き出した。「奴を止めろ!」と西田が叫んで三人の生徒と共に彼を取り囲むが、前に走り出ていた修一にパスが回ると、ボールはそんな四人の生徒たちの包囲網をあっさりと抜けた。
ちらりと目をやった修一のゼッケンがふわりと揺れ、西田の前髪が浮き上がる。
修一がにぃっと八重歯を覗かせて、対する西田が口の端を引き攣らせ見つめ合ったのは、ほんの僅かな時間だった。弾くように走り出した二人を見て、場はわっと盛り上がり、騒ぐ生徒たちにも目を止めずに試合は進む。
「待て、修一ぃ!」
「待ってたまるかっての」
歌うように答えた後、修一の足が素早く動いた。一瞬消えたボールを見失った生徒たちに、三組のゴールキーパーである長身の男子生徒、柔道部の円藤(えんどう)が叫ぶ。
「馬鹿ッ、早く暁也をマークしろ!」
西田が真っ先に空いたスペースへと目を向けたが、そのとき、既にボールを足で止めていた暁也の目は、真っ直ぐゴールコートに向いていた。
声変わりをしていない生徒が「奴はシュート率百パーだぞ」と叫び、西田が駆け寄りながら「くそっ、サッカー部だったらキャプテン並みだぜ!」と愚痴りながら走る。その後ろから坊主頭の生徒が続きながら、少々間が抜けた顔でぼやいた。
「つか、四組って大半帰宅部なのにチームプレーがすげぇんだよなぁ、なんでだろ?」
「俺が知るか!」
西田が野球部の佐野(さの)に怒鳴り返したとき、暁也が思いきりボールを蹴り飛ばした。
真っ直ぐに飛んだボールが西田と佐野、後ろから駆け寄っていた黄色いゼッケンの生徒たちを通り過ぎる。慌てて振り返った西田は、そのボールがゴールコートをそれることに気付いて安堵したが、ただ一人、四組のゴールコート辺りでそれを傍観していた雪弥は「あ」と声を上げた。
「もーらいっ!」
楽しげな声が上がった瞬間、悪戯っ子の笑みを浮かべた修一が飛び出していた。
あっと叫ぶ三組の面々に構わず、迷うことなくボールを蹴る。円藤が素早く反応して動いたが、威力のあるボールは彼の大きな手をすり抜けて、ゴールコートを突き上げた。
途端に四組が歓声の声で湧いた。三組である黄色いゼッケンの少年たちが「あぁぁぁ」と落胆と絶望の声を上げ、西田が「チクショー、先に一点取られたッ」と歯噛みして呻いた。
四組のゴールキーパー、三学年一の身長と体重を持った相撲取り候補・森重が「本田君……」と囁く声にも気付かず、雪弥は修一と暁也のコンビプレーに悠長な口笛を一つした。
クラス全体を見渡して「仲がいいんだなぁ」とのんびり呟く雪弥の後ろで、「まぁね……」と答える森重は神妙な面持ちである。
スポーツ試合が再開すると、いつもは謙遜されている暁也もすっかりクラスに溶け込む。
四組は修一と暁也が中心で動き、三組は西田と佐野が走り回った。特に声を上げていたのは、三組の西田と円藤で、四組はどこか遊び楽しんでいるような笑顔と会話が飛び交っていた。
「委員長、パス!」
「だから暁也君、何度も言ってるけど、俺は委員長じゃなくて佐久間(さくま)だよ!」
「つか委員長! 暁也じゃなくて俺にプリーズ!」
「君もか、君もなのか修一君!?」
「こら委員長! 大人しく俺にボールを渡せ! この西田(にしだ)俊成(としなり)、恩は必ず返す男だ!」
「君は三組でしょうが! しかもッ、僕が委員長だったのは二年であって、今は委員長じゃないんだってば!」
四組の黄色いゼッケンを着た眼鏡の男子生徒、佐久間(さくま)誠(まこと)は、双方のクラスから委員長と連呼されて突っ込みが絶えない。
生徒たちがグラウンドの中盤で騒ぎたてるのを、雪弥は欠伸一つ構えて眺めていた。体育教師から注意を受けた彼は、現在、ゴールコートから三メートルの距離にずれただけの場所にいた。それ以上進む様子も見られないので、四組の生徒たちは、雪弥にゴールコートの守りを任せて敵コートへと乗り出している。
「うん、なんかファインプレーって感じだね」
「…………本田君」
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