「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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高校生、始まりました(2)

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 雪弥は、胃がきりきりと痛むような居心地の悪さを堪えた。味も分からぬまま、ゆっくりとメロンパンを食べ進める。

 素性がばれるような財布や携帯は、ナンバー1の指示通りマンションに置いてきた。現在ポケットに入っているのは、小銭と札を一緒に入れるタイプの小さな財布と、『グレイ』だけが登録された替わりの携帯電話だけである。

 現在の潜入状況だと、言動と行動に気をつければ「二十四歳になるおっさん」だとばれる可能性はないだろう。念のため、同じ大人である教師との対話は避けた方がいいかも……と、雪弥は苺牛乳で渇いた喉を潤した。

「なぁ、雪弥」
「え? ああ、何?」

 腕時計も置いてきたし大丈夫だろう、と自分を落ちつかせていた雪弥は、コンマ数秒遅れで返事をした。修一は顔をこちらに向けたまま、オレンジジュースの紙パックから伸びているストローをくわえている。

「やっぱり新しい学校だと、落ちつかないだろ」
「え、うん、そうだね。落ちつかないな」

 雪弥は、答えながら視線をそらした。無線で代わりに話してくれる部下がいればいいのに、と心の中で呟きながら次の言葉を探す。

 そんな彼の思考を中断したのは、陽気な少年の声であった。

「大丈夫! すぐに慣れるさ」

 そう言った修一は、無邪気な笑みを覗かせて新しいパンへと手を伸ばした。次は大きめのクリームパンである。顔いっぱいに笑みを浮かべたその表情は幼く、体格が大人に近いとはいえまだまだ子供だ。

 雪弥はすぐに「そうだね」と答えたかったのだが、慣れるという言葉には頷けず、ぎこちない笑みで沈黙を取り繕った。それは無理だろ、と言いかけた口を素早く別の言葉に置き換える。

「えっと、そうだね。僕は内気で人見知りだから、君がいてくれて心強いよ」
「お? そうか?」

 修一はまんざらでもなさそうに言って、クリームパンの入った袋を景気良く開けた。先程食べたチョコパンの袋は、風で飛ばないように腿の下に挟まれている。

 雪弥は半分になったメロンパンを持ったまま、中央に広げられている食糧へと視線を落とした。

 焼きそばパンが三つ、チョコチップメロンパン、カメの形をしたクリームパン、アンパン、梅オニギリが二つ、鮭オニギリが三つ、野菜と卵のサンドイッチお菓子のポッキーとジャガリコが一つ……

「それ、全部食べるつもり?」

 目で数えるのをやめて尋ねてみると、修一はクリームパンにかぶりついたまま「当然」と答えた。

 成長期か、なるほど……つい二十四歳目線からの感想が浮かんだ雪弥は、世代間を感じる独白をした自分にダメージを受けた。意識次から次へと若い子との差暴露しそうな予感にかられて、自己判断で思考をとめる。


 しばらくすると、屋上の扉が開いて暁也が姿を現わした。

 彼は乱暴に扉を締めると鍵を掛け、苛立ったような足取りでやって来た。眉間に刻まれた深い皺は、傍から見てもわかるほど彼の気持ちを見事に物語っている。


「やあ。その、さっきぶり……」
「おう」

 雪弥に短く答え返し、暁也は二人の間にどかっと腰を降ろした。「荒れてんなぁ」と修一がクリームパンを頬張りながら述べると、彼は思い出したように険悪な表情で舌打ちした。

「指導教員の樋口(ひぐち)の野郎が、性懲りもなくまた俺を呼び出しやがってよ……つか、矢部の野郎もしつこい!」

 暁也はもう一度舌打ちし、持ってきた缶ジュースを開けた。

 進路調査表すら出していない暁也は、今日も生活態度を含めた事について、三学年の生徒指導を担当している樋口に呼び出されていた。樋口は科学を担当している教師で、病気がちで今にも死にそうな弱々しい口調で説教をする、という変わった男である。

 呼び出しに素直に応じない生徒を、体力もない樋口のもとへと連行するのはいつも矢部の役目だった。彼もまた不健康そうな男なのだが、片足が悪いという事情を上回る教育熱意を秘めているようだ。

「先生たちだって、逃げるから追って来るんだぜ? 素直に話し聞けばいいじゃん。暁也頭いいのに勿体ねぇって。ちゃんと進学する大学決めとけよ」

 お前ならどこでも行けるじゃん、と修一はクリームパンの最後の欠片を口に放り込んだ。そんな彼を横目に見つめる暁也の顔には、怪訝そうな表情が浮かんでいる。

「ふん、お前のことも探してたぜ?」
「俺は矢部先生の話も、樋口先生の話もちゃんと聞いてるぜ? まぁ毎回同じことばっかりだけど。もう少し成績上げないと、どこにも行けないんだってさ」

 他人事のようにあっさり述べた修一は、口元を引き攣らせる暁也にも気付かずにジュースを口にした。雪弥はそんな少年たちのやりとりを聞きながら、口に残ったメロンパンを苺牛乳で流して一息ついた。

 会話が途切れた三人の間に、強い風が吹き抜けた。日差しで熱を持った髪の中が冷えていく心地良さに、雪弥は自然と頭上の空を仰いで目を細めた。

 穏やかな時間の流れをぼんやりと思い、苺牛乳を足の間に置いて両手を後ろにつく。体勢を少し崩しただけなのに、朝から緊張し続けていた身体が休まるのを感じた。

 暁也が修一から梅オニギリを受け取り、ふと怪訝そうな顔を雪弥へと向けた。

「何か話せよ」

 唐突な要求である。雪弥は視線を戻すと、「突然言われてもなぁ」と小さく苦笑した。

 その様子を見ていた修一が、満足そうに腹をさすりながら口を開く。

「無理言うなよ、暁也。雪弥は、内気で人見知りらしいから」
「へぇ、そうかい」

 聞き入れた様子もなく答え、暁也はオニギリを食べ始めた。修一の言葉に一つの信憑性も感じていない顔である。

 雪弥は「これから、そうだと思ってもらうようにしていけばいいか」と気楽に考えて二人に向き直った。自分の仕事をこなすためでもあるが、多くの少年少女に溢れて落ち着かない中で息抜き場所の確保も最優先だと考えて、まずはさりげなく言葉を切り出す。

「君たちは、いつもここに来ているの?」
「うん、そう」
「僕も、これからお邪魔してもいいかな」
「大歓迎さ。な、いいだろ? 暁也」

 修一が問い掛けると、オニギリを食べ進めていた暁也が「好きにしろ」と短く言った。

 情報収集も必要だが、怪しまれないことがまずは大切である。すぐに情報収集を始めても怪しまれるだろうし、雪弥は先程の話の流れを思い返して、話しかけ易い修一に声を掛けた。

「受験生だけど、進学の件はまだ決めていないの?」
「うん? 俺? 進学とか全然考えてないなぁ。就職でもしようかなって思ってんだけど……ほら、俺頭悪いし」
「転入して来たばっかで、こいつがそれ、分かるわけねぇだろ」

 当然なことを口にした暁也に、雪弥は「その通りだね」と本心から口にして苦笑いを浮かべた。世代も違う見知らぬ少年ではあったが、なぜだが修一が放っておけず自然と言葉を続ける。
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