「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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時期外れの転入生「本田雪弥」(1)

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 六月二十日月曜日、受験生が転入して来ると白鴎学園高等部は湧き立っていた。

 白鴎学園は私立の進学校である。新しい市に建つ有名な学園だったが、四国山地に囲まれた県の奥地にあるため、他県からの転入生は初めてのことだった。

 転入生は東京にあった国立高校から来たらしい、とどこからか情報が流れだし、三階の最上階にある三学年フロアでは、その話題で一層盛り上がっていた。

 白鴎学園は、少人数制教育をモットーとしている。もともと少子化地方であったこともあり、市の人口が増えたといっても一学年四クラスの二十四人で構成されていた。比率は男女半々であるが、大抵女子の数が男子より一人二人ほど上回ることが多い。

 朝の八時、ほとんどの生徒たちが登校してくると、三学年では転入生に関して様々な憶測が交わされた。

 進学争いの激しい国立で挫折した、テレビで聞くような壮絶な苛めに遭っていた、などあったが、東京の高級住宅街の住人で両親がお金を持っており、好きに学校を変えられる立場であるという意見が見事に一致していた。

「うちのクラスだ!」

 いつもは遅刻をするはずの男子生徒が、三年四組の教室に飛び込んで来たのは、学校の時計が八時二十分を打ったときであった。

 教室内は一瞬ざわめいたが、信憑性のない話だと女子生徒たちが批判した。「またいつものホラでしょ」とある女子生徒がいって教室がよそよそしい空気に包まれると、その男子生徒は負けじと声を張り上げてこう言った。

「職員室で確かに聞いたぜ、本当だって! しかも、転入生もいたんだ! 男だった!」

 その男子生徒が鞄を置く暇もなく、教室にいた女子生徒の半分が詰め寄った。

 どんな少年だったのか聞こうと、彼女たちは口々に疑問を投げかける。彼に歩み寄らなかった女子生徒たちや、その様子を伺っている男子生徒たちも興味津々で見守っていた。

「後ろ姿しか見えなかったけど、男にしては綺麗な髪してたな。ちょっと異国の血が入ってるっぽい感じで色素が薄くて、身長は低くない……真新しいうちの制服着てて……うん、なんか普通に真面目そうな感じ!」

 男子生徒がそう述べたとき、突然大きな音が上がって教室が静まり返った。窓側から二列目の、最後尾の席に座っていた男子生徒に注目が集まる。

 そこにいたのは、明かりで赤く映える短髪に、金のピアスをつけた少年だった。彼はブルーのブレザーではなく、黒の学ランを着用していた。高校指定の白から赤いシャツが覗き、一人だけ白鴎学園の生徒ではないような雰囲気を漂わせている。

 少年は鍛えられた引き締まった身体をしており、教室に入る生徒たちの平均よりも高い背丈をしていた。今にも噛みつきそうな鋭い瞳で一同を見渡す彼の机は、蹴られた衝撃で誰も座っていなかった前の席を押し上げている。

「お前ら、いちいち煩ぇぞ。ちったぁ静かにしろ」

 嫌悪感剥き出しの少年に、言葉もないまま生徒たちが息を呑んだ。

 彼の名前は金島暁也。素行が悪いと評判で、三学年生の中で唯一の不良である。高校二年生の頃、高知県高知市にある高校で問題を起こして転入してきた。

 彼が着ている学ランは、前に通っていた高校の物である。彼の父は高知県警本部長であり、コネで入って来たという噂が今でも絶えないでいた。編入試験では満点を叩きだしていたが、生徒たちはどこか疑うように遠巻きだった。

 暁也は天性の運動派でもあった。前の高校では、陸上競技大会においても優秀な成績を収めていた。それでも常に騒ぎを起こす問題児であったことに変わりはなく、転入早々「クソつまらない連中ばかりしか居やしねぇ」と発言し、喧嘩になった先輩たちを全員病院送りにしたという事件が起こった。それ以来、ある一人の生徒を除いて誰も彼には近寄らないのだ。

 遅刻の常連である暁也が、朝のホームルームが始まる礼前の教室にいることを不思議に思いながらも、生徒たちは細々と会話をして席に戻った。暁也は「ふん」と鼻を鳴らして、蹴り飛ばした机を足で元の位置に引き寄せる。

 暁也も他の生徒たちと同じように、東京からの転入生とあって「少しは骨がある奴が来るのではないか」と小さいながらに期待していた。しかし、話を聞いてその可能性がないことに気付いたのが、彼には面白くなかった。

「まぁまぁ、落ちつけよ、暁也」

 隣の席に座っていた少年が、暁也の苛立ちを気にする様子もなく声を掛けた。芯からスポーツ少年である比嘉修一だ。

 修一はクラスの人気者で、勉強はいまいち出来ないが運動神経はずば抜けていた。受験生になった今年、先週行われた試合を最後にサッカー部を引退し、最近はスポーツ誌を読むことにはまっている。

 というのも、修一はあまりの成績の低さを心配され、両親と教師の判断から、いち早く部活動から卒業させられたのだ。本人も成績結果を受け入れた素振りは見せたものの、「まぁ卒業してもサッカーはするし」とどこか開き直ってもいた。

 一匹狼のような暁也も、修一の事は嫌いではなかった。茉莉海市に引っ越す事に嫌気が差していたが、白鴎学園で修一と出会ってから、ここに暮らして学園に通うことへの感じ方が少し変わった。

 二年生の頃は別々のクラスだったが、三年生で同じクラスになってからは、サボらずほぼ毎日登校することが続いている。体育や課外授業にも参加しなかった暁也が、「俺行くんだけど、お前も行くよな」という修一の一言で参加が決定するパターンも多かった。

 暁也は修一の言葉に鼻を鳴らしただけで、何も答えなかった。修一は不機嫌そうな彼の地顔を真っ直ぐに見つめ、その表情とは裏腹の心情をあっさり見破ったように「お前も、転入生気になるよな」と小麦色の顔に無邪気な笑みを浮かべ、右側の八重歯を覗かせた。

「別に、興味ねぇよ」

 暁也は机に足を乗せ、椅子に背をもたれながら無愛想に答えた。修一はその態度にもこれといって気まずさは見せず、「俺は楽しみだけどなぁ」と言ってスポーツ誌の続きを読み始める。

 修一のおかげで緊張がほぐれた教室に、普段と変わらない音量の会話が戻り始めた。先程と同じ話題だが、馬鹿騒ぎのレベルではない。

「……おい」

 そんな教室の様子を眺めながら、暁也がぶっきらぼうに口を開いて友人を呼んだ。片手で持ってきたパンを器用に引き出しに入れていた修一が、「何?」と答えて振り返る。

「…………読み終わったやつ、貸せ」
「ああ、いいぜ」

 修一は気前よく笑って、パンを押し込んだ引き出しに積み上げられている雑誌を一つ取り出した。スポーツに興味がある人間に悪い奴はいない、というのが彼のモットーであった。

 そんな単純な思考と行動力を持ち、スポーツと食べ物以外興味を示さない修一の引き出しは、すっかりスポーツ雑誌と食べ物入れに成り果てていた。教科書やノートは、いつも彼の足元に積み上げられている状況だ。

 その現状を目の当たりにするたび教師が嘆くという、教師泣かせの机は、三年四組にはもう一つある。まるで誰の席でもないかのような、何も入っていない机を所有している暁也である。

 稀に修一からもらった食べ物が入っているが、暁也の勉強道具は、鞄と一緒にロッカーに詰め込まれていた。上下二つ分のロッカーに押しやられた教材たちを見て、教師たちが眩暈と悲しみを同時に覚える傑作が、そこには仕上がっていた。
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