「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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私立白鴎学園と潜入前の準備(3)

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「そんな子たちが覚せい剤とかやってたら、尾崎って人、すごく悲しむだろうなぁ……」

 学園のパンフレットや保護者向けの資料には、「未来がある子供たち」という言葉がいくつも出てくる。これまで聞かされた話や資料からすると、尾崎という男が、どれほど子供を大切にして教育にあたっているのかが分かる。

 とはいえ、スピードやシャブといった言葉で薬物の危険性を見落とし、大きな事件とは知らずに巻き込まれる学生が多いのも事実なのだ。

 最も多くの覚せい剤検挙者が出た、二〇〇五年の一万三五四九人のうち、未青年者は四三五人いた。中学生から無職まで幅はあるが、最も多いのが高校生と大学生である。

 今回の事件は、最終的に警視庁を中心に事件が収拾するのかも分からないので、出来るだけそんな生徒が出ないことを望んでしまう。もし、特殊機関側が最後を締めるとしたならば、一掃という言葉の中には「抹殺処分」も含まれるからだ。

 雪弥は部屋に戻ると、書類を拾い上げてページをめくった。

 「本田」と書かれた自分の偽名字をちらりと頭に入れ、その下の欄へと視線を滑らせる。

 本来、潜入捜査はフルネームごと偽名になるのだが、「別に雪弥でも構わないでしょう」と彼が面倒臭がってから名字だけがそうなった。ニックネームを名として使用する者もおり、本当の名を記載していても返って「偽名だろう」と思われるので、特に争論にはならなかったのだ。

「……情報収集にいられる立場の確保、学園で覚せい剤を配っている者がいる可能性があるので、共犯者から情報を収集するため声を掛けられやすい生徒の設定……国立高校から転入し勉学に関して悩みを抱いている学生を演じる…………」

 しばらく、考えるような素振りで雪弥は黙り込んだ。

 意味もなく書類を前後に揺らし、自分が演じるべき学生像を思い浮かべる。学力を偽ることは平気だったが、平均的な運動神経という点があまり理解出来なかった。

「……まぁ、周りの子たちを見て、同じようなレベルに合わせればいいか」

 そう考えて、雪弥は指示が記載されたページを再確認した。

 学園で尾崎理事――高等部の校長である尾崎とは、面識があるような行動を見せてはならない。指示があるまで自身の携帯電話や機器は持ちこまないこと。支給してある携帯電話に登録してある『グレイ』という人間はナンバー1を指し示す。指示によって行動を起こす場合、開始の合図は『夜が降りる』。

 文面には、常に「指示を待て」が記されていた。

 雪弥は吐息とともに肩をすくめ、茉莉海市と学園の見取り図を広げた。学園の倉庫と同じように、茉莉海市の地図にも赤い印が入っている。そこはコンテナが置かれている港で、定期的に大型船が来るばかりの場所だった。綺麗に整備されたといっても、そこは茉莉海市ができる前とあまり変わってはいない。

 国外からの麻薬密輸。中国経由。

 地図には赤い字で、そう走り書きされていた。
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