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白状してはダメですか。僕は……さよならなんて、したくなかった
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朝一番でカレンダーを眺めて、過ぎた日付にバツ印を付ける。
もうコスモスの季節が訪れていた。読み慣れた地方新聞では、今月に満開になるコスモスの見頃を伝えてもあった。
移ろう季節には、それぞれ沢山の匂いが溢れる。たとえば風の中には独特の空気が漂っていて、そこに潮の匂いや植物の香りを膨らませるのだ。目を閉じると、まだ残暑の残る日差しの下に揺れるコスモス畑が、その清潔にも似た香りを伴って瞼の裏に蘇ってきたりする。
カレンダーはもう九月に変わって、数日が過ぎた。
今月には、大切な日がある。
僕はそう思いながら、その大切な日付にマジックで赤い丸をつけると、会社へ向かうため鞄を手に取った。
「いってきます」
靴を履きながらそう言って、僕は相変わらず返事も待たずに玄関を出る。
その拍子に、ふと、素直じゃないんだから、と笑う妻の顔が思い出された。だって仕方ないじゃないか、と記憶の中の僕が不機嫌な声を上げるのも聞こえた。
あの頃、いってきます、のキスをするたび僕の顔は真っ赤になっていた。無理と言ったのに、彼女は「一回だけやってみましょうよ」と毎度可愛らしくねだるのだ。
いつだったか。タイミング悪くお隣さんに見られた僕は、電車に乗ってもしばらくは林檎みたいに真っ赤な面だったのを覚えている。
キスは嫌いじゃない。僕は、彼女がとても愛おしい。
けれど、ちょっと唇を重ねたり、すぐ隣にいる彼女が小首を傾げて僕を覗き込む時、自分たちが夫婦だと実感できる幸せにも僕は赤面した。そのおかげか、面白くもない顰め面を浮かべて、のぼせあがる感情を隠す方法には随分と長けたのだ。
会社で彼女の話題を振られても、もう平気だった。僕は普段クールな男だったが、僕の動揺した姿を見たいらしい上司には、彼女の件でうんざりするほど突かれたせいでもある。上手い切り返しで、それを逆手に取ってやったりしていた。
とはいえ、僕の上司は今、初孫にとても夢中だ。
恋する乙女の如く頬を赤らめ、だらしなく表情を緩めるその上司は五十ニ歳。彼が初孫の成長に喜々するのは全然構わないのだが、社員が個人で使用している携帯電話に、お孫さんの成長報告が書かれた写メールを一斉送信する事だけは、やめて欲しいと僕は思ってもいた。
◆◆◆
三十五歳の僕の周りには、独身と既婚が半分ずつ溢れている。同じ大学を卒業して同じ会社に勤めているのは、安樂(あだら)という男だった。
実を言うと僕とこいつは、だからもう随分長い付き合いになるのだ。彼は結婚五年目になるのだが、離婚状を突きつけられたうえ「しばらく実家に帰ります」と、奥さんにプチ家出をされたのは今回で七回目である。
「聞いてくれよ~、ユミちゃんが二日間も帰ってこなくてさぁ。戻ってきてもハグもキスも全力拒否で、喋ってもくれないんだよぉッ」
ビールジョッキを片手に、そうだらしない口調で泣き事を口にしたのは、勿論、安樂である。
大学時代からそうだったが、安樂は自分の一喜一憂の全てに僕を巻き込んだ。嬉しいから飲む、楽しいから飲む、悲しいから……、と感情的な理由が付くたび安い居酒屋で酒を飲むのだ。僕はやれやれと思いつつも、結局はこうして付き合ってしまう。
二人でいつも利用するのは、下町の小さな居酒屋という風をした『居酒屋あっちゃん』だ。定食はなく、つまみになるおかずとビールが置いてある。
狭い店内には、L字に折れた十人用のカウンター席があり、通路も狭める四人一組の座敷が四組あった。古びた畳みと木材で出来た内装は、どこか懐かしくてほっとするものがあり、店は歩道橋の裏手に隠れていて来店するほとんどが常連だった。
独り身の店主は、白髪まじりの角刈り頭をしていて、人柄の良さ滲んでいるような気安く話せる雰囲気を持った人だった。常連たちの大半は、安い男料理とビール目的というより、まばらにしか客のいない狭古い店内に、その店主を訪ねているみたいでもある。
僕らよりも十歳は年上そうなその店主は、すっかり安樂の顔を覚えていた。座敷に座っている他の三人の客に、追加注文された料理を出して戻って来ると苦笑いを浮かべた。目で「またかい」と訊かれた僕は、ビールを二つ注文しつつ肯き返す。
僕と安樂は、カウンター席に腰かけていた。目の前には、五種類のつまみが無造作に置かれている。僕の方はセットで注文した『おつまみ』がそのまま残っていたのだが、安樂の方はビールも料理も、僕の三倍ほどの速さで進んでいる状況だった。
いたたまれなくなった店主が、カウンター越しに料理を盛った小皿を差し出して、泣き言を続けている安樂を慰めた。
「やれやれ、元気出しなよ。ほら、焼き鳥、サービスだよ」
「うっうっうっ……おっちゃんは優しいなぁ」
安樂は凛々しい面長の顔と、一見すると頑固そうな印象もあるキリリとした眉をしていて、彼の彫りの深い目を『頼れる』と感想する顧客は多くいた。仕事面でも有能で営業成績もトップクラスなのだが、残念ながら第一印象のクールさを裏切る感情豊かな男だ。
会社一の感情が豊かな奴で、仕事以外では情けないくらい感情的な男だった。彼は仕事モードがプツリと切れると、たとえ好物のプリンを与えたとしても平気で男泣きをする。
長身でいかにも出来る男といった面をした彼が、少年のように泣いても可愛らしさはない。結婚する前に付き合っていた女性や、彼が狙っていた女性たちが離れていったのも、彼のそういう一面を知ってしまったからである。そこには男として同情する。
「でもユミさんは、お前の事を好きだって言っていただろう」
ポロ泣きの顔に呆れつつ、僕はそう言葉をかけてやった。
ユミさんは二つ年下の非常に気の強い美人で、安樂の涙も好きだと言って結婚した女性である。前回の喧嘩は、ニカ月前に起こっていたのだが、確か仲直りした際に「あんたのこと、本当に好きなのよ」と言われたと安樂から聞いたのを覚えている。
あの時、喧嘩後の和解について、鼻の下を伸ばした安樂から繰り返し聞かされた僕は、うんざりしつつ聞き手に徹して酒を飲んでいた。泣きつかれるよりは目立たないし、悪酔いする前に帰れるからいいだろう。つまり心境は、今より若干はマシだった。
彼は日頃から喜怒哀楽が多いものの、どうやら今回、安樂夫婦は記念すべき『七回目の大喧嘩』となったようだ。数時間前、会社を出た途端に安樂のビジネスマン風は崩れ去り、僕はビル前の往来ド真ん中で泣きつかれた。
話を聞いてくれるまで帰さないと脅され、それを聞いた周りの通行人にピンクな誤解をされ、そこでこの居酒屋に引っ張ってきたわけである。
プリン好きの馬鹿力め。たまには珈琲ゼリーくらい食えってんだ。
毎日プリン話も聞かされている僕は、苛々してそう思いながら、ビールをぐびりと喉に流し込んだ。とにかく、めいいっぱい食べて飲めば、隣にいる友人をぶっとばさずに済みそうな気がする。
「ユミちゃんさ。俺が他の女に目を奪われたって言って、話を聞いてくれないんだ……」
店主からの差し入れの焼き鳥をつまみながら、安樂はそう話す。
僕は口の端についてビールの泡を拭いながら、シクシクと泣いているその鬱陶しい横顔を見やった。
「安樂。お前って昔から、しょうもなく女好きだもんな」
「失敬な。ふっ、俺が今愛しているのはユミちゃんだけなんだぜ――」
「すみません塩焼き鳥一つお願いしま~す」
僕は、奴が決め顔で台詞を述べるのを遮って、ビールジョッキを軽く上げる。向こうで別客の注文を取り終わった店主が、愛想良く「あいよ」と声を上げた。
やや煙がこもっている店内には、小さな厨房から調理される食材の音や匂いが漂っていた。僕らの他には、先客でいた三人の男が座席に腰を降ろして、競馬とゴルフについて楽しげに話している。
奥の座席にいるのは、着崩したスーツを着た五十代ほどのふっくらとした男だ。彼の部下らしき四十代の男二人が、こちらに背を向けるようにして並んで座っている。そこでされている陽気な会話からは、親身な雰囲気が滲み出ていた。
泣き疲れたらしい安樂が、ビールジョッキに割り箸を突っ込んで意味もなくぐるぐると回した。僕は三人の客の明るい話題を背景にした彼を眺めながら、随分と温度差の激しい店内だなと思って、フッと力なく笑ってしまっていた。
すると、彼が夫婦喧嘩の原因についての話を再開した。
「俺はな、すげえ美人だなぁって見ただけなんだよ。ほら、美人だと男女関係なく目がいっちゃうの、分かるだろ?」
「おい。そもそもお前は、なんでビールを混ぜてんだよ。不味くなるぞ、冷えてるうちに飲め」
「それにさ、彼女はどこかユミちゃんに似ていたんだ。そう言ったのに、彼女ったら俺の話を全然聞いてくれなくてさ~……」
こちらの指摘をキレイに聞き流した安樂のビールは、冷えた汗をかいたジョッキの中で細かい気泡がぐるぐると舞っていた。
僕は呆れて、仏頂面で頬杖をついてこう言った。
「ようするに、お前が他の女に気をとられたのが悪い」
「おい、俺の話し聞いてたか?」
「僕はきちんと聞いてたさ」
先程聞き流された苛々を込めながら、僕はそう答えた。気分直しに枝豆を口に放り込んで、それを咀嚼しつつもごもごと言葉を続けた。
「つまり二人で歩いていたんだろ。それなのにお前は、その時ユミさんの隣にいながら、堂々と別の女の尻を目で追っちまったって事じゃないか。なら、お前が悪いよ」
割り箸から手を離した安樂が、憐れむように僕を見た。割り箸がビールジョッキの中で、流動しているビールに引かれるように、ゆっくりとグラスの縁を滑っていく。
ややあってから、彼かふうっと息を吐いてビールジョッキから割り箸を引き抜いた。その横顔は、『馬鹿なお前に教えてやるぜ』と悟りを得たような表情をしていた。
僕は、言葉もなく人を苛立たせる人間っているんだな、と思いながら見ていた。すると、奴が案の定、こんな言葉を切り出してきた。
「お前は分かっちゃいねえよ」
お前にだけは言われたくない。
そう言おうとした言葉は、目の前に塩焼き鳥が置かれてタイミングを見失った。安樂はビールを飲み干すと、店主に追加注文してまた一から話し始めた。
僕は彼の話を聞き流しながら、ふと、妻との間に多く起こっていた小さな喧嘩を思い出した。のんびりと構える僕に対して、彼女は不意に細かくなる場面があり、付き合っていた大学時代から何かと衝突していたものだった。
服の種類によって畳み方があり、衣装棚に掛ける上着も彼女の中では選別されていた。
その基準は、今でも全く分からない。いつも彼女は「どうして分からないのよ。これは、畳んじゃ駄目ッ」と言って、僕が持っていた洗濯物を取り上げたりした。だから、手伝っていた僕の方は、なんだか居心地が悪くなってしまうのだ。
掃除もきちんとする女性だった。大学から一人暮らしだった僕も、掃除や家事には長けている方だったのだが、彼女とは少々勝手が違っていて手順を一から説明される事があった。
元々身についていた掃除の仕方を変えるのは癪で、結婚後しばらくもすると全て彼女がやるようになった。僕は週に一回、トイレと風呂の清掃を担当するばかりだ。
どちらも、意地が強かったのだと思う。喧嘩なんてしないような大人しい二人だったから、怒鳴り声もない小動物同士のむっとした対立だったようにも思う。
思い返せば、はじめての旅行先も海か山で意見が割れたものだった。デートでは行き先なんて意地を張らなくても良かったのだけれど、初めてのお泊りとなると、彼女にも理想の形があったのかもしれない。
結婚式のプランでは、僕は彼女のお姫様のようなウエディングドレス姿が見たかったし、彼女は貴族のような格好をした僕を見たがって、互いに主張し合った。でも互いに「着て欲しい」「見たい」と素直に言えず、僕らは「女はこうであるべき」「男の人は普通こうじゃないかしら」と言い合ったわけだ。
多分、あの頃はまだ若かったんだろう。
彼女が素直な言葉を口にするようになったのは、いつの頃からだったろうか?
僕がそう思い返す中、隣では安樂が、ユミさんと喧嘩する前に行ったというホテルの話を始めていた。僕はそれも聞き流して、新しく出て来たビールを少し飲んで思いに耽る。
そうだ。彼女は結婚する事が決まってから、とても穏やかな顔をして笑うようになったのだった――と、そう思い出した。
小さな喧嘩が起こっても、僕らもまた安樂夫婦のように「ごめんなさい」「すまん」の言葉は出なかった。ただ、謝れない僕がどうしようかと悩んでいると、いつも彼女がそっとこちらを見上げて、ちょっと罰が悪そうに笑ったのだ。
――「お喋りがないと、つまらないね」
彼女がそう言って、ピリピリしていた空気がふっとなくなる。僕は、それにとても救われていたんだ。だから大きな喧嘩には発展しなかったのだと、今更のように気付いた。
「なあ、聞いてるか? どうやったら、ユミちゃんは俺を許してくれると思う?」
「うーん、そうだなぁ」
すっかり聞いていなかったが、僕は神妙な顔をしてビールを口にした。顔を赤らめた五十代のサラリーマンが二人入店してきて、店主に「いつものやつと、ビールを二つ頼むよ~」と呂律の回らない声を喜々として上げるのが聞こえた。
その二人の客は、足取りもおぼつかず座席へと座り込んだ。彼らはすぐに出て来たウィンナーのつまみに手を伸ばして、それを口に運ぶ。どちらも管理職の人間らしい話をしていて、厚ぼったい二人の男の口元でウィンナーの肉汁が弾けていた。
カウンターの中に戻った店主が、手際良く料理に取り掛かりながら、ふと安樂を見た。
「こういう時は、素直に謝ればいいんだよ」
「謝りましたよぉッ、なんべんも!」
そう安樂が間髪入れずに言った途端、わっと両手を顔に押し当てて再び泣き出した。競馬とゴルフの話から、株へと話題が移行していた三人の客が彼の方を覗き見て、そのうちの上座にいた一人が、唾を飛ばすほどに熱をこめてこう言った。
「女には素直に謝るしかねえ!」
その男は、新しく入ってきた客と同じくらい、ぐでんぐでんに酔いかけているようだった。凛々しい様子で拳を掲げて、「いいか若造!」と三十五歳の安樂に力強く言う。
「女には男の嘘なんてお見通しなんだ。愛してんなら、本気で謝らんと駄目だ」
腰を浮かせてそう力説した五十代の彼の向かい側で、部下らしき四十代の男二人が「うんうん」と肯く。ウインナーをつまんだ二人のサラリーマンは、会話を途切れさせて、暇を弄ぶようなだらしない座り方でこちらを傍観していた。
すっかり注目されてしまっている。僕は、今すぐ逃げ出したくなった。上司ほどの年齢の酔っぱらい男に喝を入れられた安樂が、鼻をすすって希望がちらつく目を彼へと向ける。
「それ、本当っすか? 謝ったら、ラブラブしてくれると思います?」
安樂が、助言を求めて情けない声で尋ねた。その男は「そうだとも」と自信たっぷりに答えてから、部下らしい二人との話しに戻っていった。
それを見届けた安樂は、ビールジョッキに残ったビールをぼんやり眺めた。僕が見守っていると唐突に「よし」と意気込んで顔を上げた。
「俺、ユミちゃんにとことん謝ってみるよ。声を大にして、俺はユミちゃん一筋なんだって事を伝える!」
…………まあ、それで一旦解決になるんなら、それでもいいか。
僕は隣でビールをちびちびと飲みながら、気の強い彼女が、大声でストレートに想いを告げられる事に関しては若干――いやかなりウザがっている事を思い出していた。この一件がきっかけで、これ以上に安樂の夫婦仲に問題が起こらなければいいのだが。
その時、またしても『居酒屋あっちゃん』の木戸が開いた。僕を含めた全員が、次は一体どの常連だろうかといった風に振り返る。
そこにいたのは、二人の若い女性だった。長い黒髪の女性が、笑みを浮かべつつ困ったように首を傾ける。
「あの、雑誌に載っていたので来てみたのですが……二人、大丈夫ですか?」
遠慮がちな声は、お喋りが止まった店内によく通った。彼女の後ろに立っていた癖毛のセミロングの女性は、ひどく小柄で薄化粧の顔は幼さも窺えた。どちらも店内の第一印象は悪くなかったようで、それぞれが期待感にドキドキしている初々しさを漂わせていた。
女性のお客さんなんて珍しい。僕がそう思っていると、雑誌の取材を受けて良かったと喜ぶ店主よりも先に、数分前に安樂に喝を入れた男がにんまりと笑って立ち上がってこう答えた。
「むさ苦しい男の店へようこそぉ!」
彼がシャツの下の贅肉を揺らしつつ、機敏にポーズまで取って歓喜を見せた。
おいおいおい。その第一声はないだろう、常連その1よ。
僕はそう思って、意見を求めるように隣の安樂を見やった。直前まで泣いて相談していた彼は、恋する乙女のようにうっとりとして「若くて美人だなあ」と呟いていて、奥さんの件はどうしたよと張っ倒したくなった。
「歓迎するよ、お客さんはビールかな?」
店主が愛想良く言うと、立ったままの中年男が「まっまっ、好きなところに座りなよ」と常連風に促して腰を下ろした。
すると、黙って様子を窺っていた二人のサラリーマンが、少し酔いが覚めたらしい顔つきで「この店の『お任せおつまみセット』、結構いけるぜ」とのんびりした口調で言う。それに便乗して、安樂が元気いっぱいに挙手すると「俺のオススメを教えてあげるよ!」とキラキラ輝く目で主張した。
僕は心底呆れてしまった。疲労感を覚えた拍子に、なんだか彼とはずっとこのような関係が続いていきそうな気もしてきて、自棄(やけ)になってビールをぐいっと喉に流し込んだのだった。
◆◆◆
安樂との飲み会の翌週いっぱい、くたびれるような残業に遭ってしまった僕は、土曜日の終業後に本屋へ寄って新刊本を買った。
サラリーマンが待ち焦がれる日曜日は、僕にとっても解放感溢れる貴重で素晴らしい休日だ。会社は第二、第四土曜日と日曜日以外に休みはなく、その上残業もかなりあるのでいつもくたくたになってしまう。
だから、時間に追われる事なくシーツを洗濯して、ゆっくりと服を干し、珈琲を飲みながら読書の出来る日曜日は貴重だった。疲れ果てた心身を回復する、絶好の機会なのである。
帰宅後、缶ビールを飲みながら、休日前くらいにしか出来ない夜更かしの読書に耽った。ふと、明日は気分転換に海浜公園へ散歩に出かける予定を思い立って、一人にやにやとして早々に床についた――はずだった。
一体何がどうなって、こうなってしまったのか。
待ち焦がれていた日曜日、僕はパスタを茹でながら慎重に考えていた。
鍋の中で湯の上に浮かぶオリーブオイルの粒が、秋へと移り変わる日差しの中キラキラと光っている。見慣れないマンションのキッチンは広く、カウンターの向こうに置かれた質の良い四人用の食卓には、安樂とユキミさんが腰かけている姿があった。
僕らより二つ年下のユミさんは、三十三歳とは思えないほど若い容姿をしている。街灯のアンケートで「二十六です」とサバを読んでも気付かれないくらいだから、誰の目にもそう見えるだろう。
ユミさんは美容会社に勤めていて、均等の取れた美しいプロポーションを持っており、背丈は百七十センチ近くあった。手入れが行き届いた赤み混じりのショートヘアーは、きりっとした彼女の端正なフェイスラインに合っている。
モデルのような彼女と並ぶと、長身の安樂もイケメン感が増して様になるのだから不思議だ。勤務中は彼も真面目な男にしか見えないので、彼らを知らない人間は、この夫婦のツーショットを羨望の眼差しで見送る事が多々あった。それを、僕は何度も見ている。
「俺の愛はお前一筋だ。俺にはお前しか見えない!」
「ふうん、それで? リョウコとアキコって誰よ」
うっとりとした表情で身を乗り出し、彼女の手を握る安樂とは対照的に、ユミさんは美麗な顔に刺すような冷気を帯びた表情をしていた。それを傍観している僕は、つい、美人が怒ると怖いという言葉を思い浮かべてしまう。
リョウコさんとアキコさんは、先週『居酒屋あっちゃん』にやってきた新入りである。共に二十七歳で、近くの印刷会社に勤める事務員だった。
店の雰囲気が気に入った彼女らと同様に、店主や安樂を含む常連客たちも、新規の客である彼女を気に入ってしまった。元々女好きの気がある安樂は、ナンパの如く二人とメールアドレスを交換し、そのアドレス帳を早朝、ユミさんに見つかってしまったのだ。
身の潔白を証明するためという口実で、僕は安樂の勝手な下らない判断で呼び出されて、昼食作りをさせられていた。
きっと大喧嘩に持ち込まないために、彼なりに考えた策略なのだろう。ユミさんは、確かに訪ねてきた僕を見て、一旦表情を和らげていた。しかし、その直後に忌々しげに安樂を睨みつけていた事を思い返すと、あまり緩和効果はないのではなかろうかとも思う。
こうして僕は、今、パスタを茹でている。
二人が付き合い始めた当初から、料理がてんで駄目な安樂の部屋で――当時は僕も彼も薄給だったから自炊だった――時々夕飯を御馳走していたから、妙な構図ではないのだろう。
何せ結婚後も互いの家族として交流は続いていたし、僕がここで料理を作っている風景は、見事に安樂夫婦の中に馴染んでしまっているわけで……。
いや、やはり妙だろう。
なんで日曜日に夫婦喧嘩ド真ん中の食卓を眺めながら、僕がこうして料理を担当しているんだよ。呼び出したあいつ、ほんと馬鹿んじゃないのか?
僕はパスタを茹でながら、難しい顔を上げて首を捻った。なぜ夫婦喧嘩の行われている彼らのマンションで、僕は貴重な日曜日の朝十時から昼食を作っているんだ?
「あんた、またナンパしたんでしょ。あたし以外の女に色目使うなって、散々言ったのに」
「本当に違うんだって。リョウコちゃんとアキコちゃんが『居酒屋あっちゃん』にこれからも通う事になって、それでついその場のノリでメル友になったんだけど、この辺の店をよく知らないっていうから、ついついやりとりが続いているというか――」
「何よ、その『つい』って? それで普通メールのやりとりまでする?」
ユミさんは、ジロリと険悪に睨みつける。
喋るたび自ら墓穴を掘っているというか、彼女の機嫌を損ねる言い方をしているとは気付かないのだろうか。
僕は安樂に対してそう思いながら、一度視線を下ろしてパスタの固さがもう少しであると確かめてから、再び食卓で向かい合う二人に目を戻した。
不意に、そのどこにでもあるような、向かい合う夫婦の光景にふっと気付かされた。
思えば僕と妻は、四人用の食卓でいつも並んで座っていた。素直じゃない僕は、安樂たちのように向かいあって座る事もあまり出来なかったな、と思い出した。
そこには、夫婦になっても初々しい気恥ずかしさもあったせいだろう。好きだとか愛しているだとか、真面目な話になると、いつも僕が先に身体の向きをそらしていた。
それでも僕は、彼女の声には一心に耳を傾けていて、一字一句を聞いてへらりと笑っていたのだ。
彼女は、とても料理が上手だった。男料理だった僕が、西洋、中華、和食と幅広く作れるようになったのも、彼女のおかげだ。安い食材で、美味しい料理を自宅で食べられるようになり、今では揃えたスパイスも慣れたように使える。
パスタは、硬過ぎても柔らかすぎてもいけない。鍋に入れたオリーブオイルは、吹きこぼれを抑えてくれるし、パスタをざるに引き上げた時にかける油と同じ効果を発揮する。
そう思い出しながら、僕は壁にかかっている時計を見た。鍋の中でかき混ぜていたパスタの硬さを、箸の先で確認して火を消した。
僕は、妻の手作りカルボナーラが好きだった。付き合い始めた頃、喫茶店でカルボナーラばかりを食べに行く僕に気付いて、スーパーで買い物をした後、彼女は安い材料で手軽に作れる、美味いカルボナーラを僕に披露してくれたのだ。
当時の僕は、すぐにその手順を覚えられなかった。二人で同棲を始めて、キッチンで彼女の料理風景を見てるうちに、自然と材料となる食材や調理方法が頭に入ってくるようになった。そして次第に、僕は彼女と一緒に食事を作る喜びを覚えていったのだ。
食卓いる安樂は、ユミさんの手を握ったまま、相変わらず歯が浮きそうな愛の言葉を熱心に語り聞かせていた。ユミさんは整った顔を冷たい彫刻のようにして、安樂を見やっている。
その様子をチラリと確認した僕は、小さく息を吐くと、広いキッチンに用意しておいた材料の中から『カルボナーラのソース』を一袋取ってフライパンに入れた。続いて濃厚なオレンジ色をしたチーズを一枚入れ、買って来たばかりの生クリームを開けて適量を流し込む。
火を付けてチーズを溶かしつつかき混ぜ、僕は並んでいる調味料から塩コショウを手に取って振りかけた。続いてウイスターソースを少量入れ、更にかき混ぜる。
フライパンの中で、材料が溶け込んでソースがとろとろになったところで、一旦味見をしてもう少しばかり生クリームを足した。それから、仕上げに水を切ったパスタを放り込んで強火でソースを絡めた。
「いい匂いね」
パスタをフライバンの中でソースと絡め始めてすぐ、ユミさんがほぅっと息を吐いてそう言った。
ふっと気付いて顔を上げると、すぐそばには安樂が立っていた。彼はどこか感心したように、僕が作業を続けているフライパンの中を覗き込んでいる。
「邪魔だ。あっちに行ってろよ」
話し合いは済んだのかという目で僕が睨みつけると、安樂は「だってさ」と情けない声で言って、弱った様子の目を僕の手元に落とした。
「ユミちゃんが、料理も出来るし家事もばっちりだし、もうお前と結婚すればって言うんだもん……。お前なら夜もいけそうだけど、でも美人顔とはいえ同じ男だし、やっぱりちょっと無理があるというか。その同棲生活には自信がないっていうか」
「何が『美人』だ、ぶっ飛ばすぞ」
「うん、ごめん。だからフライパンをこっちに向けようとしないで」
ぐすっ、と安樂が鼻をすする。そのしょんぼりとした目は、よくよく見れば少し泣いたであろう痕跡も見られた。一体僕が目を離していた僅かの間に、どんなダメージが与えらてそう至ったのか大変気になるところである。
どうやら安樂は、何かしらきつく言い負かされて気落ちしているらしい。僕はその間にもパスタ全体にソースを絡めていて、しっかり仕上げに乾燥バジルを振りかけた。
カウンターに肘をついてきたユミさんに指示されて、安樂が長身の図体を屈めるように三つの洋風皿を持ってきた。僕がそこにパスタを盛りつけ、買って来たパセリを最後に添えると、見守っていたユミさんがにっこりと微笑んだ。
「ほんと、料理が上手ねぇ」
「元々簡単にではあるけど、料理はやっていたから飲み込みが早かっただけですよ」
「うん、そんな感じはするわ。あの頃の『男の料理』も、とても丁寧で美味しかったもの」
安樂が先にパスタの盛られた二皿を食卓に運ぶ間も、ユミさんはキッチンに残ったカルボナーラを、どこか慈しむように見つめていた。
「それにね、あなたの指先って、彼女と同じ感じがするわ」
そう言われて、僕は視線を上げた。
ユミさんも目を上げてきて、僕らはしばらく見つめ合った。
「そんな感じが、しますか」
「するわよ。私がどんなに見よう見真似でやっても、彼女みたいには出来ないから羨ましいわ。だから彼女の仕草や雰囲気が残っているあなたの料理を見て、食べるのが好きなの」
ユミさんはそう言うと、そっとカウンターから離れた。
安樂は説得に失敗したと思っているようだが、僕を召喚するという作戦も少しは功をなしたのか、彼女の機嫌は良くなっているようだった。しかし、ユミさん自身が弱っている彼の様子を楽しんでいるようだったので、僕はしばらく黙っている事にした。
全員が食卓についたところで、ユミさんの隣に移動した安樂が、楽しげにテーブルを覗き込んだ。
「ほんとに美味そうな匂いだなぁ。市販のソースで少しアレンジしても、クオリティが高いまんまってすげぇわ」
「パンでも焼けば良かったかしら。でも味付きパンなのよねぇ」
「今回は、そのままいただきましょう」
午後にでも、二人は和解後のデートがてら外食するだろうと分かっていたから、僕はそう言って『いただきます』を促した。
安樂に紹介されてから随分経つが、ユミさんに対する僕の敬語は健在だった。どうやら僕は、妻以外の女性とは敬語で話しているらしい。砕けた話し方をするのは、少ない男友達相手だけだと安樂に指摘されて、打ち解けても敬語交じりだと笑われた。
「なぁ、来週の休みは釣りに行こうぜ」
食事を始めて早々、フォークとスプーンを使いこなせない安樂が、箸でパスタをつまみながらそう提案してきた。
僕は眉を顰めると、胡乱げに「来週?」と反芻する。
「最近ご無沙汰だったろ。だからさ、川釣りに行こう」
「あら、来週はコスモスが見頃じゃなかったかしら? なら、そっちの方が先よ」
「ずっと釣りしてないんだぜ? 来週も天気がいいらしいしさ。なあ、行くだろ?」
安樂に意見を求められた僕は、肩を少し竦めて見せると、「その日は先約が入ってるんだ」と答えた。
「コスモス畑には、再来週明けにある祝日に行こう。きっと一番の見頃だと思う」
そう言って小さく微笑んだ僕を見て、安樂は露骨に顔を顰めた。ユミさんが彼を一瞥したあと、笑顔に戻って僕に向き直る。
「大切な日だものね。そうね、コスモスは再来週、三人で見に行きましょう」
「ふふっ今回はピクニックを兼ねて、一緒にお弁当でも作りましょうか?」
「あら、嬉しいわ。じゃあこの人には、オニギリを握ってもらおうかしらね」
ユミさんは楽しそうに笑った。不器用な彼独特の楕円でも丸でもない、歪で大きなオニギリを僕たちは忘れてはいなかった。
その時、安樂がようやく思い付いたような顔をして「あ、そうか」と声を上げた。
「早いなあ。もうそんな時期かあ。すまん、日付をうっかりミスってたわ」
彼はそうしみじみと呟くと、箸でつまんだパスタを口に入れてずるずると吸い込んだ。それを見たユミさんが「ラーメンじゃないんだから」とたしなめるのも構わず、彼はもぐもぐと咀嚼しながら、気が抜けそうな顔で宙を見やる。
大学時代、僕と妻と安樂の三人で、よくコスモス園に行った。小さな遊園地の一角にあったそのコスモス園は、次第に面積を広げられて、僕らが社会人として慣れた頃には都会で見られるコスモス畑として有名になった。
その頃、三人だった僕らは、安樂をきっかけにユミさんが加わって四人になった。
男二人に女二人の、馬鹿みたいに仲がいいカップルのダブルデートは、毎回飽きずに遊園地の南側に広がるコスモス園に寄るのが定番だった。毎年、そこのコスモスの時期が訪れると、僕らはまるで春が来たかのようにはしゃいだものだ。
そう思い返した僕は、ぼんやりと手元を見下ろした。
よく覚えている。隣の地区に面する太平洋の海から吹いて来る潮風が、コスモス畑に溢れたいい香りを時々巻き上げていっていた。ユミさんは、彼女とお揃いのふんわりとしたスカートを着て黄色い声を上げていて、安樂は『美女二人』の光景をすごく嬉しそうに見ていた。あの時僕は、妻の足を見ていいのは僕だけだと、声も出さずに彼に鉄拳を見舞ったのも覚えている。
きっかけは、コスモスが好き、と言った妻の一言だった。そうやって僕と安樂もコスモスの風景が好きになり、ユミさんも僕らの輪に加わった。
僕らは、現実から切り取られたようなコスモスの世界に目を奪われた。そこに溢れ返る花の香りだったり、暑さが少し和らいだ風の匂いだったり、そんな空気に包まれた場所がとても好きになったのだ。
ありきたりの『好き』だけを口にするのは容易い。けれど、その理由についての詳細をきちんと述べるのはとても難しい。
僕らが知っている言葉は限られていて、その感覚の全てを伝える術を、僕は持っていなかった。それでも、きっと皆と一緒に行くからこそ、コスモスの風景は美しいのだろうと答えられる。たとえ、もう四人で過ごす事は永遠にないと知っていても――。
つまり僕らは、あの暖かな時間が忘れられずにもいた。
◆◆◆
家に帰った時の「ただいま」を忘れた事はない。
何気ない日常で、当たり前のようにある「いってきます」も「いただきます」も「ごちそうさま」も、それでいて大切な言葉の一つなのだと僕は知っていた。
僕は、素直になれない男だった。真面目な顔をして正面から向き合い、気持ちをぶつける事も出来ない男だった。
安樂の家でパスタ料理を作った翌週末、カレンダーに赤い丸をつけた日がやってきた。僕はこの日、そんな自分の自尊心だとか意地だとか、その全てを忘れる。意図的して忘れようとしていた以前の努力はなんだったのかと呆れるほど、この日を素直に過ごせるようになったのは、どうしてだろう、と今でも少し考える。
毎年、この日はよく晴れた。
雨が降ったのは、僕が安樂のように初めて泣いた、四年前の一度だけだ。
今日も見事な晴れ空が広がっていた。陽が昇ったばかりの透明な青空を仰いで、僕はそっと目を細めた。雲も見当たらないその空は、地上との境も曖昧なまま膨らんでいるようにも見えるほど広く思えて、その色彩に吸い込まれて行きそうだった。
開け放ったベランダから、肺の奥深くまで息を吸い込む。そうすると、潮風と秋に穂をつける緑の香りがした。シーツとマット、洗濯物をベランダに干すと気分はますます良くなり、珈琲の味もとてもまろやかに感じる。
年に数回、僕は妻とじっと向かい合う。
妻は四年前にこの世を去った。三十一歳のまま、もう歳を取ることがない妻は、あの頃の美しいままに遺影の中から僕に微笑みかけている。
平成十八年九月十五日、享年三十一歳だった。彼女と同い年だったはずの僕は、もう三十五歳になっている。それを思いながら真面目に正座をして、背筋を伸ばして真っ直ぐに彼女を見つめる。そうやって雑念を追い出して、僕は彼女と素直に向かい合った。
こうして彼女と向かい合うたび、僕はいつも、彼女と過ごした多くの事を思い出した。笑いあった日々、いっぱい小喧嘩をしたこと、美味しい料理を食べて二人で並んで座ったこと、いつでも家で食べられるようになったカルボナーラ。
それでも、一番多く思い浮かぶのは、困らせてしまった彼女の顔だった。
最初から最期まで、僕は「ごめんね」も「ありがとう」もあまり言えなかった。なかなか素直さを出す事が出来なくて、言葉をぎこちなく態度にする。
きっと伝わっていないんじゃないかと悩むたび、彼女は僕に「分かっているから」と言って微笑んだ。僕は、僕の全てを受け止めてくれる彼女に甘えて、そうして多くの言葉をほとんど言えず呑み込んだまま、彼女を失ってしまった。
いつだって、別れは突然やってくる。病は、彼女を待ってくれなかった。
愛していた、失いたくなかった。それでも僕は、僕を愛してくれた彼女のためにも、この世界を一人きりでも歩んでいかなければならない。四年前の雨の日に、しっかりしろと僕を殴り飛ばした安樂とユミさんと、彼女の家族にもそれを誓っていた。
僕は十代だった彼女を、大学生の頃から知っていて、誰よりも一番長く一緒に過ごしたんだと思う。僕の中には、沢山の彼女が残されている。料理を作っている時だったり、服を畳んでいる時や食材を選んでいる時、ふと指先に彼女を感じる事がある。
共に過ごした日々は、とても幸せに満ちていた。だから、こうして彼女と素直に向かい合うたび、僕は心の中で、遠い空の向こうにいる彼女に話しかけるのだ。
いっぱい小さな喧嘩をしても、いつも歩み寄って仲直りの機会を与えてくれたのは、君だった。いってらっしゃいのキスも、本当はすごく幸せだった。
僕は、君をいっぱい困らせてしまったけど、本当はずっと、「ごめんね」を言う機会を探してもいたんだ。どうか病に負けてしまわないでと言って、苦しんでいる君を困らせて本当にごめん。
もう少しだけ一緒に生きたかったんだ。
さよならなんて、したくなかった。
「愛してるよ」
僕は、まっすぐ彼女の笑みを見つめ返して、静かに微笑んでその言葉を口にした。
本当は、もっと君に言いたかった。肌で伝わるだけじゃない想いを、君にもっと沢山伝えたかった。
愛してるよ、君が世界で一番好きだ。
大好きな君を、いっぱい困らせてしまって、ごめん。
僕は君が好きたった満開のコスモス畑を、今年も三人で見に行って、あの日の君に会いに行く。
もうコスモスの季節が訪れていた。読み慣れた地方新聞では、今月に満開になるコスモスの見頃を伝えてもあった。
移ろう季節には、それぞれ沢山の匂いが溢れる。たとえば風の中には独特の空気が漂っていて、そこに潮の匂いや植物の香りを膨らませるのだ。目を閉じると、まだ残暑の残る日差しの下に揺れるコスモス畑が、その清潔にも似た香りを伴って瞼の裏に蘇ってきたりする。
カレンダーはもう九月に変わって、数日が過ぎた。
今月には、大切な日がある。
僕はそう思いながら、その大切な日付にマジックで赤い丸をつけると、会社へ向かうため鞄を手に取った。
「いってきます」
靴を履きながらそう言って、僕は相変わらず返事も待たずに玄関を出る。
その拍子に、ふと、素直じゃないんだから、と笑う妻の顔が思い出された。だって仕方ないじゃないか、と記憶の中の僕が不機嫌な声を上げるのも聞こえた。
あの頃、いってきます、のキスをするたび僕の顔は真っ赤になっていた。無理と言ったのに、彼女は「一回だけやってみましょうよ」と毎度可愛らしくねだるのだ。
いつだったか。タイミング悪くお隣さんに見られた僕は、電車に乗ってもしばらくは林檎みたいに真っ赤な面だったのを覚えている。
キスは嫌いじゃない。僕は、彼女がとても愛おしい。
けれど、ちょっと唇を重ねたり、すぐ隣にいる彼女が小首を傾げて僕を覗き込む時、自分たちが夫婦だと実感できる幸せにも僕は赤面した。そのおかげか、面白くもない顰め面を浮かべて、のぼせあがる感情を隠す方法には随分と長けたのだ。
会社で彼女の話題を振られても、もう平気だった。僕は普段クールな男だったが、僕の動揺した姿を見たいらしい上司には、彼女の件でうんざりするほど突かれたせいでもある。上手い切り返しで、それを逆手に取ってやったりしていた。
とはいえ、僕の上司は今、初孫にとても夢中だ。
恋する乙女の如く頬を赤らめ、だらしなく表情を緩めるその上司は五十ニ歳。彼が初孫の成長に喜々するのは全然構わないのだが、社員が個人で使用している携帯電話に、お孫さんの成長報告が書かれた写メールを一斉送信する事だけは、やめて欲しいと僕は思ってもいた。
◆◆◆
三十五歳の僕の周りには、独身と既婚が半分ずつ溢れている。同じ大学を卒業して同じ会社に勤めているのは、安樂(あだら)という男だった。
実を言うと僕とこいつは、だからもう随分長い付き合いになるのだ。彼は結婚五年目になるのだが、離婚状を突きつけられたうえ「しばらく実家に帰ります」と、奥さんにプチ家出をされたのは今回で七回目である。
「聞いてくれよ~、ユミちゃんが二日間も帰ってこなくてさぁ。戻ってきてもハグもキスも全力拒否で、喋ってもくれないんだよぉッ」
ビールジョッキを片手に、そうだらしない口調で泣き事を口にしたのは、勿論、安樂である。
大学時代からそうだったが、安樂は自分の一喜一憂の全てに僕を巻き込んだ。嬉しいから飲む、楽しいから飲む、悲しいから……、と感情的な理由が付くたび安い居酒屋で酒を飲むのだ。僕はやれやれと思いつつも、結局はこうして付き合ってしまう。
二人でいつも利用するのは、下町の小さな居酒屋という風をした『居酒屋あっちゃん』だ。定食はなく、つまみになるおかずとビールが置いてある。
狭い店内には、L字に折れた十人用のカウンター席があり、通路も狭める四人一組の座敷が四組あった。古びた畳みと木材で出来た内装は、どこか懐かしくてほっとするものがあり、店は歩道橋の裏手に隠れていて来店するほとんどが常連だった。
独り身の店主は、白髪まじりの角刈り頭をしていて、人柄の良さ滲んでいるような気安く話せる雰囲気を持った人だった。常連たちの大半は、安い男料理とビール目的というより、まばらにしか客のいない狭古い店内に、その店主を訪ねているみたいでもある。
僕らよりも十歳は年上そうなその店主は、すっかり安樂の顔を覚えていた。座敷に座っている他の三人の客に、追加注文された料理を出して戻って来ると苦笑いを浮かべた。目で「またかい」と訊かれた僕は、ビールを二つ注文しつつ肯き返す。
僕と安樂は、カウンター席に腰かけていた。目の前には、五種類のつまみが無造作に置かれている。僕の方はセットで注文した『おつまみ』がそのまま残っていたのだが、安樂の方はビールも料理も、僕の三倍ほどの速さで進んでいる状況だった。
いたたまれなくなった店主が、カウンター越しに料理を盛った小皿を差し出して、泣き言を続けている安樂を慰めた。
「やれやれ、元気出しなよ。ほら、焼き鳥、サービスだよ」
「うっうっうっ……おっちゃんは優しいなぁ」
安樂は凛々しい面長の顔と、一見すると頑固そうな印象もあるキリリとした眉をしていて、彼の彫りの深い目を『頼れる』と感想する顧客は多くいた。仕事面でも有能で営業成績もトップクラスなのだが、残念ながら第一印象のクールさを裏切る感情豊かな男だ。
会社一の感情が豊かな奴で、仕事以外では情けないくらい感情的な男だった。彼は仕事モードがプツリと切れると、たとえ好物のプリンを与えたとしても平気で男泣きをする。
長身でいかにも出来る男といった面をした彼が、少年のように泣いても可愛らしさはない。結婚する前に付き合っていた女性や、彼が狙っていた女性たちが離れていったのも、彼のそういう一面を知ってしまったからである。そこには男として同情する。
「でもユミさんは、お前の事を好きだって言っていただろう」
ポロ泣きの顔に呆れつつ、僕はそう言葉をかけてやった。
ユミさんは二つ年下の非常に気の強い美人で、安樂の涙も好きだと言って結婚した女性である。前回の喧嘩は、ニカ月前に起こっていたのだが、確か仲直りした際に「あんたのこと、本当に好きなのよ」と言われたと安樂から聞いたのを覚えている。
あの時、喧嘩後の和解について、鼻の下を伸ばした安樂から繰り返し聞かされた僕は、うんざりしつつ聞き手に徹して酒を飲んでいた。泣きつかれるよりは目立たないし、悪酔いする前に帰れるからいいだろう。つまり心境は、今より若干はマシだった。
彼は日頃から喜怒哀楽が多いものの、どうやら今回、安樂夫婦は記念すべき『七回目の大喧嘩』となったようだ。数時間前、会社を出た途端に安樂のビジネスマン風は崩れ去り、僕はビル前の往来ド真ん中で泣きつかれた。
話を聞いてくれるまで帰さないと脅され、それを聞いた周りの通行人にピンクな誤解をされ、そこでこの居酒屋に引っ張ってきたわけである。
プリン好きの馬鹿力め。たまには珈琲ゼリーくらい食えってんだ。
毎日プリン話も聞かされている僕は、苛々してそう思いながら、ビールをぐびりと喉に流し込んだ。とにかく、めいいっぱい食べて飲めば、隣にいる友人をぶっとばさずに済みそうな気がする。
「ユミちゃんさ。俺が他の女に目を奪われたって言って、話を聞いてくれないんだ……」
店主からの差し入れの焼き鳥をつまみながら、安樂はそう話す。
僕は口の端についてビールの泡を拭いながら、シクシクと泣いているその鬱陶しい横顔を見やった。
「安樂。お前って昔から、しょうもなく女好きだもんな」
「失敬な。ふっ、俺が今愛しているのはユミちゃんだけなんだぜ――」
「すみません塩焼き鳥一つお願いしま~す」
僕は、奴が決め顔で台詞を述べるのを遮って、ビールジョッキを軽く上げる。向こうで別客の注文を取り終わった店主が、愛想良く「あいよ」と声を上げた。
やや煙がこもっている店内には、小さな厨房から調理される食材の音や匂いが漂っていた。僕らの他には、先客でいた三人の男が座席に腰を降ろして、競馬とゴルフについて楽しげに話している。
奥の座席にいるのは、着崩したスーツを着た五十代ほどのふっくらとした男だ。彼の部下らしき四十代の男二人が、こちらに背を向けるようにして並んで座っている。そこでされている陽気な会話からは、親身な雰囲気が滲み出ていた。
泣き疲れたらしい安樂が、ビールジョッキに割り箸を突っ込んで意味もなくぐるぐると回した。僕は三人の客の明るい話題を背景にした彼を眺めながら、随分と温度差の激しい店内だなと思って、フッと力なく笑ってしまっていた。
すると、彼が夫婦喧嘩の原因についての話を再開した。
「俺はな、すげえ美人だなぁって見ただけなんだよ。ほら、美人だと男女関係なく目がいっちゃうの、分かるだろ?」
「おい。そもそもお前は、なんでビールを混ぜてんだよ。不味くなるぞ、冷えてるうちに飲め」
「それにさ、彼女はどこかユミちゃんに似ていたんだ。そう言ったのに、彼女ったら俺の話を全然聞いてくれなくてさ~……」
こちらの指摘をキレイに聞き流した安樂のビールは、冷えた汗をかいたジョッキの中で細かい気泡がぐるぐると舞っていた。
僕は呆れて、仏頂面で頬杖をついてこう言った。
「ようするに、お前が他の女に気をとられたのが悪い」
「おい、俺の話し聞いてたか?」
「僕はきちんと聞いてたさ」
先程聞き流された苛々を込めながら、僕はそう答えた。気分直しに枝豆を口に放り込んで、それを咀嚼しつつもごもごと言葉を続けた。
「つまり二人で歩いていたんだろ。それなのにお前は、その時ユミさんの隣にいながら、堂々と別の女の尻を目で追っちまったって事じゃないか。なら、お前が悪いよ」
割り箸から手を離した安樂が、憐れむように僕を見た。割り箸がビールジョッキの中で、流動しているビールに引かれるように、ゆっくりとグラスの縁を滑っていく。
ややあってから、彼かふうっと息を吐いてビールジョッキから割り箸を引き抜いた。その横顔は、『馬鹿なお前に教えてやるぜ』と悟りを得たような表情をしていた。
僕は、言葉もなく人を苛立たせる人間っているんだな、と思いながら見ていた。すると、奴が案の定、こんな言葉を切り出してきた。
「お前は分かっちゃいねえよ」
お前にだけは言われたくない。
そう言おうとした言葉は、目の前に塩焼き鳥が置かれてタイミングを見失った。安樂はビールを飲み干すと、店主に追加注文してまた一から話し始めた。
僕は彼の話を聞き流しながら、ふと、妻との間に多く起こっていた小さな喧嘩を思い出した。のんびりと構える僕に対して、彼女は不意に細かくなる場面があり、付き合っていた大学時代から何かと衝突していたものだった。
服の種類によって畳み方があり、衣装棚に掛ける上着も彼女の中では選別されていた。
その基準は、今でも全く分からない。いつも彼女は「どうして分からないのよ。これは、畳んじゃ駄目ッ」と言って、僕が持っていた洗濯物を取り上げたりした。だから、手伝っていた僕の方は、なんだか居心地が悪くなってしまうのだ。
掃除もきちんとする女性だった。大学から一人暮らしだった僕も、掃除や家事には長けている方だったのだが、彼女とは少々勝手が違っていて手順を一から説明される事があった。
元々身についていた掃除の仕方を変えるのは癪で、結婚後しばらくもすると全て彼女がやるようになった。僕は週に一回、トイレと風呂の清掃を担当するばかりだ。
どちらも、意地が強かったのだと思う。喧嘩なんてしないような大人しい二人だったから、怒鳴り声もない小動物同士のむっとした対立だったようにも思う。
思い返せば、はじめての旅行先も海か山で意見が割れたものだった。デートでは行き先なんて意地を張らなくても良かったのだけれど、初めてのお泊りとなると、彼女にも理想の形があったのかもしれない。
結婚式のプランでは、僕は彼女のお姫様のようなウエディングドレス姿が見たかったし、彼女は貴族のような格好をした僕を見たがって、互いに主張し合った。でも互いに「着て欲しい」「見たい」と素直に言えず、僕らは「女はこうであるべき」「男の人は普通こうじゃないかしら」と言い合ったわけだ。
多分、あの頃はまだ若かったんだろう。
彼女が素直な言葉を口にするようになったのは、いつの頃からだったろうか?
僕がそう思い返す中、隣では安樂が、ユミさんと喧嘩する前に行ったというホテルの話を始めていた。僕はそれも聞き流して、新しく出て来たビールを少し飲んで思いに耽る。
そうだ。彼女は結婚する事が決まってから、とても穏やかな顔をして笑うようになったのだった――と、そう思い出した。
小さな喧嘩が起こっても、僕らもまた安樂夫婦のように「ごめんなさい」「すまん」の言葉は出なかった。ただ、謝れない僕がどうしようかと悩んでいると、いつも彼女がそっとこちらを見上げて、ちょっと罰が悪そうに笑ったのだ。
――「お喋りがないと、つまらないね」
彼女がそう言って、ピリピリしていた空気がふっとなくなる。僕は、それにとても救われていたんだ。だから大きな喧嘩には発展しなかったのだと、今更のように気付いた。
「なあ、聞いてるか? どうやったら、ユミちゃんは俺を許してくれると思う?」
「うーん、そうだなぁ」
すっかり聞いていなかったが、僕は神妙な顔をしてビールを口にした。顔を赤らめた五十代のサラリーマンが二人入店してきて、店主に「いつものやつと、ビールを二つ頼むよ~」と呂律の回らない声を喜々として上げるのが聞こえた。
その二人の客は、足取りもおぼつかず座席へと座り込んだ。彼らはすぐに出て来たウィンナーのつまみに手を伸ばして、それを口に運ぶ。どちらも管理職の人間らしい話をしていて、厚ぼったい二人の男の口元でウィンナーの肉汁が弾けていた。
カウンターの中に戻った店主が、手際良く料理に取り掛かりながら、ふと安樂を見た。
「こういう時は、素直に謝ればいいんだよ」
「謝りましたよぉッ、なんべんも!」
そう安樂が間髪入れずに言った途端、わっと両手を顔に押し当てて再び泣き出した。競馬とゴルフの話から、株へと話題が移行していた三人の客が彼の方を覗き見て、そのうちの上座にいた一人が、唾を飛ばすほどに熱をこめてこう言った。
「女には素直に謝るしかねえ!」
その男は、新しく入ってきた客と同じくらい、ぐでんぐでんに酔いかけているようだった。凛々しい様子で拳を掲げて、「いいか若造!」と三十五歳の安樂に力強く言う。
「女には男の嘘なんてお見通しなんだ。愛してんなら、本気で謝らんと駄目だ」
腰を浮かせてそう力説した五十代の彼の向かい側で、部下らしき四十代の男二人が「うんうん」と肯く。ウインナーをつまんだ二人のサラリーマンは、会話を途切れさせて、暇を弄ぶようなだらしない座り方でこちらを傍観していた。
すっかり注目されてしまっている。僕は、今すぐ逃げ出したくなった。上司ほどの年齢の酔っぱらい男に喝を入れられた安樂が、鼻をすすって希望がちらつく目を彼へと向ける。
「それ、本当っすか? 謝ったら、ラブラブしてくれると思います?」
安樂が、助言を求めて情けない声で尋ねた。その男は「そうだとも」と自信たっぷりに答えてから、部下らしい二人との話しに戻っていった。
それを見届けた安樂は、ビールジョッキに残ったビールをぼんやり眺めた。僕が見守っていると唐突に「よし」と意気込んで顔を上げた。
「俺、ユミちゃんにとことん謝ってみるよ。声を大にして、俺はユミちゃん一筋なんだって事を伝える!」
…………まあ、それで一旦解決になるんなら、それでもいいか。
僕は隣でビールをちびちびと飲みながら、気の強い彼女が、大声でストレートに想いを告げられる事に関しては若干――いやかなりウザがっている事を思い出していた。この一件がきっかけで、これ以上に安樂の夫婦仲に問題が起こらなければいいのだが。
その時、またしても『居酒屋あっちゃん』の木戸が開いた。僕を含めた全員が、次は一体どの常連だろうかといった風に振り返る。
そこにいたのは、二人の若い女性だった。長い黒髪の女性が、笑みを浮かべつつ困ったように首を傾ける。
「あの、雑誌に載っていたので来てみたのですが……二人、大丈夫ですか?」
遠慮がちな声は、お喋りが止まった店内によく通った。彼女の後ろに立っていた癖毛のセミロングの女性は、ひどく小柄で薄化粧の顔は幼さも窺えた。どちらも店内の第一印象は悪くなかったようで、それぞれが期待感にドキドキしている初々しさを漂わせていた。
女性のお客さんなんて珍しい。僕がそう思っていると、雑誌の取材を受けて良かったと喜ぶ店主よりも先に、数分前に安樂に喝を入れた男がにんまりと笑って立ち上がってこう答えた。
「むさ苦しい男の店へようこそぉ!」
彼がシャツの下の贅肉を揺らしつつ、機敏にポーズまで取って歓喜を見せた。
おいおいおい。その第一声はないだろう、常連その1よ。
僕はそう思って、意見を求めるように隣の安樂を見やった。直前まで泣いて相談していた彼は、恋する乙女のようにうっとりとして「若くて美人だなあ」と呟いていて、奥さんの件はどうしたよと張っ倒したくなった。
「歓迎するよ、お客さんはビールかな?」
店主が愛想良く言うと、立ったままの中年男が「まっまっ、好きなところに座りなよ」と常連風に促して腰を下ろした。
すると、黙って様子を窺っていた二人のサラリーマンが、少し酔いが覚めたらしい顔つきで「この店の『お任せおつまみセット』、結構いけるぜ」とのんびりした口調で言う。それに便乗して、安樂が元気いっぱいに挙手すると「俺のオススメを教えてあげるよ!」とキラキラ輝く目で主張した。
僕は心底呆れてしまった。疲労感を覚えた拍子に、なんだか彼とはずっとこのような関係が続いていきそうな気もしてきて、自棄(やけ)になってビールをぐいっと喉に流し込んだのだった。
◆◆◆
安樂との飲み会の翌週いっぱい、くたびれるような残業に遭ってしまった僕は、土曜日の終業後に本屋へ寄って新刊本を買った。
サラリーマンが待ち焦がれる日曜日は、僕にとっても解放感溢れる貴重で素晴らしい休日だ。会社は第二、第四土曜日と日曜日以外に休みはなく、その上残業もかなりあるのでいつもくたくたになってしまう。
だから、時間に追われる事なくシーツを洗濯して、ゆっくりと服を干し、珈琲を飲みながら読書の出来る日曜日は貴重だった。疲れ果てた心身を回復する、絶好の機会なのである。
帰宅後、缶ビールを飲みながら、休日前くらいにしか出来ない夜更かしの読書に耽った。ふと、明日は気分転換に海浜公園へ散歩に出かける予定を思い立って、一人にやにやとして早々に床についた――はずだった。
一体何がどうなって、こうなってしまったのか。
待ち焦がれていた日曜日、僕はパスタを茹でながら慎重に考えていた。
鍋の中で湯の上に浮かぶオリーブオイルの粒が、秋へと移り変わる日差しの中キラキラと光っている。見慣れないマンションのキッチンは広く、カウンターの向こうに置かれた質の良い四人用の食卓には、安樂とユキミさんが腰かけている姿があった。
僕らより二つ年下のユミさんは、三十三歳とは思えないほど若い容姿をしている。街灯のアンケートで「二十六です」とサバを読んでも気付かれないくらいだから、誰の目にもそう見えるだろう。
ユミさんは美容会社に勤めていて、均等の取れた美しいプロポーションを持っており、背丈は百七十センチ近くあった。手入れが行き届いた赤み混じりのショートヘアーは、きりっとした彼女の端正なフェイスラインに合っている。
モデルのような彼女と並ぶと、長身の安樂もイケメン感が増して様になるのだから不思議だ。勤務中は彼も真面目な男にしか見えないので、彼らを知らない人間は、この夫婦のツーショットを羨望の眼差しで見送る事が多々あった。それを、僕は何度も見ている。
「俺の愛はお前一筋だ。俺にはお前しか見えない!」
「ふうん、それで? リョウコとアキコって誰よ」
うっとりとした表情で身を乗り出し、彼女の手を握る安樂とは対照的に、ユミさんは美麗な顔に刺すような冷気を帯びた表情をしていた。それを傍観している僕は、つい、美人が怒ると怖いという言葉を思い浮かべてしまう。
リョウコさんとアキコさんは、先週『居酒屋あっちゃん』にやってきた新入りである。共に二十七歳で、近くの印刷会社に勤める事務員だった。
店の雰囲気が気に入った彼女らと同様に、店主や安樂を含む常連客たちも、新規の客である彼女を気に入ってしまった。元々女好きの気がある安樂は、ナンパの如く二人とメールアドレスを交換し、そのアドレス帳を早朝、ユミさんに見つかってしまったのだ。
身の潔白を証明するためという口実で、僕は安樂の勝手な下らない判断で呼び出されて、昼食作りをさせられていた。
きっと大喧嘩に持ち込まないために、彼なりに考えた策略なのだろう。ユミさんは、確かに訪ねてきた僕を見て、一旦表情を和らげていた。しかし、その直後に忌々しげに安樂を睨みつけていた事を思い返すと、あまり緩和効果はないのではなかろうかとも思う。
こうして僕は、今、パスタを茹でている。
二人が付き合い始めた当初から、料理がてんで駄目な安樂の部屋で――当時は僕も彼も薄給だったから自炊だった――時々夕飯を御馳走していたから、妙な構図ではないのだろう。
何せ結婚後も互いの家族として交流は続いていたし、僕がここで料理を作っている風景は、見事に安樂夫婦の中に馴染んでしまっているわけで……。
いや、やはり妙だろう。
なんで日曜日に夫婦喧嘩ド真ん中の食卓を眺めながら、僕がこうして料理を担当しているんだよ。呼び出したあいつ、ほんと馬鹿んじゃないのか?
僕はパスタを茹でながら、難しい顔を上げて首を捻った。なぜ夫婦喧嘩の行われている彼らのマンションで、僕は貴重な日曜日の朝十時から昼食を作っているんだ?
「あんた、またナンパしたんでしょ。あたし以外の女に色目使うなって、散々言ったのに」
「本当に違うんだって。リョウコちゃんとアキコちゃんが『居酒屋あっちゃん』にこれからも通う事になって、それでついその場のノリでメル友になったんだけど、この辺の店をよく知らないっていうから、ついついやりとりが続いているというか――」
「何よ、その『つい』って? それで普通メールのやりとりまでする?」
ユミさんは、ジロリと険悪に睨みつける。
喋るたび自ら墓穴を掘っているというか、彼女の機嫌を損ねる言い方をしているとは気付かないのだろうか。
僕は安樂に対してそう思いながら、一度視線を下ろしてパスタの固さがもう少しであると確かめてから、再び食卓で向かい合う二人に目を戻した。
不意に、そのどこにでもあるような、向かい合う夫婦の光景にふっと気付かされた。
思えば僕と妻は、四人用の食卓でいつも並んで座っていた。素直じゃない僕は、安樂たちのように向かいあって座る事もあまり出来なかったな、と思い出した。
そこには、夫婦になっても初々しい気恥ずかしさもあったせいだろう。好きだとか愛しているだとか、真面目な話になると、いつも僕が先に身体の向きをそらしていた。
それでも僕は、彼女の声には一心に耳を傾けていて、一字一句を聞いてへらりと笑っていたのだ。
彼女は、とても料理が上手だった。男料理だった僕が、西洋、中華、和食と幅広く作れるようになったのも、彼女のおかげだ。安い食材で、美味しい料理を自宅で食べられるようになり、今では揃えたスパイスも慣れたように使える。
パスタは、硬過ぎても柔らかすぎてもいけない。鍋に入れたオリーブオイルは、吹きこぼれを抑えてくれるし、パスタをざるに引き上げた時にかける油と同じ効果を発揮する。
そう思い出しながら、僕は壁にかかっている時計を見た。鍋の中でかき混ぜていたパスタの硬さを、箸の先で確認して火を消した。
僕は、妻の手作りカルボナーラが好きだった。付き合い始めた頃、喫茶店でカルボナーラばかりを食べに行く僕に気付いて、スーパーで買い物をした後、彼女は安い材料で手軽に作れる、美味いカルボナーラを僕に披露してくれたのだ。
当時の僕は、すぐにその手順を覚えられなかった。二人で同棲を始めて、キッチンで彼女の料理風景を見てるうちに、自然と材料となる食材や調理方法が頭に入ってくるようになった。そして次第に、僕は彼女と一緒に食事を作る喜びを覚えていったのだ。
食卓いる安樂は、ユミさんの手を握ったまま、相変わらず歯が浮きそうな愛の言葉を熱心に語り聞かせていた。ユミさんは整った顔を冷たい彫刻のようにして、安樂を見やっている。
その様子をチラリと確認した僕は、小さく息を吐くと、広いキッチンに用意しておいた材料の中から『カルボナーラのソース』を一袋取ってフライパンに入れた。続いて濃厚なオレンジ色をしたチーズを一枚入れ、買って来たばかりの生クリームを開けて適量を流し込む。
火を付けてチーズを溶かしつつかき混ぜ、僕は並んでいる調味料から塩コショウを手に取って振りかけた。続いてウイスターソースを少量入れ、更にかき混ぜる。
フライパンの中で、材料が溶け込んでソースがとろとろになったところで、一旦味見をしてもう少しばかり生クリームを足した。それから、仕上げに水を切ったパスタを放り込んで強火でソースを絡めた。
「いい匂いね」
パスタをフライバンの中でソースと絡め始めてすぐ、ユミさんがほぅっと息を吐いてそう言った。
ふっと気付いて顔を上げると、すぐそばには安樂が立っていた。彼はどこか感心したように、僕が作業を続けているフライパンの中を覗き込んでいる。
「邪魔だ。あっちに行ってろよ」
話し合いは済んだのかという目で僕が睨みつけると、安樂は「だってさ」と情けない声で言って、弱った様子の目を僕の手元に落とした。
「ユミちゃんが、料理も出来るし家事もばっちりだし、もうお前と結婚すればって言うんだもん……。お前なら夜もいけそうだけど、でも美人顔とはいえ同じ男だし、やっぱりちょっと無理があるというか。その同棲生活には自信がないっていうか」
「何が『美人』だ、ぶっ飛ばすぞ」
「うん、ごめん。だからフライパンをこっちに向けようとしないで」
ぐすっ、と安樂が鼻をすする。そのしょんぼりとした目は、よくよく見れば少し泣いたであろう痕跡も見られた。一体僕が目を離していた僅かの間に、どんなダメージが与えらてそう至ったのか大変気になるところである。
どうやら安樂は、何かしらきつく言い負かされて気落ちしているらしい。僕はその間にもパスタ全体にソースを絡めていて、しっかり仕上げに乾燥バジルを振りかけた。
カウンターに肘をついてきたユミさんに指示されて、安樂が長身の図体を屈めるように三つの洋風皿を持ってきた。僕がそこにパスタを盛りつけ、買って来たパセリを最後に添えると、見守っていたユミさんがにっこりと微笑んだ。
「ほんと、料理が上手ねぇ」
「元々簡単にではあるけど、料理はやっていたから飲み込みが早かっただけですよ」
「うん、そんな感じはするわ。あの頃の『男の料理』も、とても丁寧で美味しかったもの」
安樂が先にパスタの盛られた二皿を食卓に運ぶ間も、ユミさんはキッチンに残ったカルボナーラを、どこか慈しむように見つめていた。
「それにね、あなたの指先って、彼女と同じ感じがするわ」
そう言われて、僕は視線を上げた。
ユミさんも目を上げてきて、僕らはしばらく見つめ合った。
「そんな感じが、しますか」
「するわよ。私がどんなに見よう見真似でやっても、彼女みたいには出来ないから羨ましいわ。だから彼女の仕草や雰囲気が残っているあなたの料理を見て、食べるのが好きなの」
ユミさんはそう言うと、そっとカウンターから離れた。
安樂は説得に失敗したと思っているようだが、僕を召喚するという作戦も少しは功をなしたのか、彼女の機嫌は良くなっているようだった。しかし、ユミさん自身が弱っている彼の様子を楽しんでいるようだったので、僕はしばらく黙っている事にした。
全員が食卓についたところで、ユミさんの隣に移動した安樂が、楽しげにテーブルを覗き込んだ。
「ほんとに美味そうな匂いだなぁ。市販のソースで少しアレンジしても、クオリティが高いまんまってすげぇわ」
「パンでも焼けば良かったかしら。でも味付きパンなのよねぇ」
「今回は、そのままいただきましょう」
午後にでも、二人は和解後のデートがてら外食するだろうと分かっていたから、僕はそう言って『いただきます』を促した。
安樂に紹介されてから随分経つが、ユミさんに対する僕の敬語は健在だった。どうやら僕は、妻以外の女性とは敬語で話しているらしい。砕けた話し方をするのは、少ない男友達相手だけだと安樂に指摘されて、打ち解けても敬語交じりだと笑われた。
「なぁ、来週の休みは釣りに行こうぜ」
食事を始めて早々、フォークとスプーンを使いこなせない安樂が、箸でパスタをつまみながらそう提案してきた。
僕は眉を顰めると、胡乱げに「来週?」と反芻する。
「最近ご無沙汰だったろ。だからさ、川釣りに行こう」
「あら、来週はコスモスが見頃じゃなかったかしら? なら、そっちの方が先よ」
「ずっと釣りしてないんだぜ? 来週も天気がいいらしいしさ。なあ、行くだろ?」
安樂に意見を求められた僕は、肩を少し竦めて見せると、「その日は先約が入ってるんだ」と答えた。
「コスモス畑には、再来週明けにある祝日に行こう。きっと一番の見頃だと思う」
そう言って小さく微笑んだ僕を見て、安樂は露骨に顔を顰めた。ユミさんが彼を一瞥したあと、笑顔に戻って僕に向き直る。
「大切な日だものね。そうね、コスモスは再来週、三人で見に行きましょう」
「ふふっ今回はピクニックを兼ねて、一緒にお弁当でも作りましょうか?」
「あら、嬉しいわ。じゃあこの人には、オニギリを握ってもらおうかしらね」
ユミさんは楽しそうに笑った。不器用な彼独特の楕円でも丸でもない、歪で大きなオニギリを僕たちは忘れてはいなかった。
その時、安樂がようやく思い付いたような顔をして「あ、そうか」と声を上げた。
「早いなあ。もうそんな時期かあ。すまん、日付をうっかりミスってたわ」
彼はそうしみじみと呟くと、箸でつまんだパスタを口に入れてずるずると吸い込んだ。それを見たユミさんが「ラーメンじゃないんだから」とたしなめるのも構わず、彼はもぐもぐと咀嚼しながら、気が抜けそうな顔で宙を見やる。
大学時代、僕と妻と安樂の三人で、よくコスモス園に行った。小さな遊園地の一角にあったそのコスモス園は、次第に面積を広げられて、僕らが社会人として慣れた頃には都会で見られるコスモス畑として有名になった。
その頃、三人だった僕らは、安樂をきっかけにユミさんが加わって四人になった。
男二人に女二人の、馬鹿みたいに仲がいいカップルのダブルデートは、毎回飽きずに遊園地の南側に広がるコスモス園に寄るのが定番だった。毎年、そこのコスモスの時期が訪れると、僕らはまるで春が来たかのようにはしゃいだものだ。
そう思い返した僕は、ぼんやりと手元を見下ろした。
よく覚えている。隣の地区に面する太平洋の海から吹いて来る潮風が、コスモス畑に溢れたいい香りを時々巻き上げていっていた。ユミさんは、彼女とお揃いのふんわりとしたスカートを着て黄色い声を上げていて、安樂は『美女二人』の光景をすごく嬉しそうに見ていた。あの時僕は、妻の足を見ていいのは僕だけだと、声も出さずに彼に鉄拳を見舞ったのも覚えている。
きっかけは、コスモスが好き、と言った妻の一言だった。そうやって僕と安樂もコスモスの風景が好きになり、ユミさんも僕らの輪に加わった。
僕らは、現実から切り取られたようなコスモスの世界に目を奪われた。そこに溢れ返る花の香りだったり、暑さが少し和らいだ風の匂いだったり、そんな空気に包まれた場所がとても好きになったのだ。
ありきたりの『好き』だけを口にするのは容易い。けれど、その理由についての詳細をきちんと述べるのはとても難しい。
僕らが知っている言葉は限られていて、その感覚の全てを伝える術を、僕は持っていなかった。それでも、きっと皆と一緒に行くからこそ、コスモスの風景は美しいのだろうと答えられる。たとえ、もう四人で過ごす事は永遠にないと知っていても――。
つまり僕らは、あの暖かな時間が忘れられずにもいた。
◆◆◆
家に帰った時の「ただいま」を忘れた事はない。
何気ない日常で、当たり前のようにある「いってきます」も「いただきます」も「ごちそうさま」も、それでいて大切な言葉の一つなのだと僕は知っていた。
僕は、素直になれない男だった。真面目な顔をして正面から向き合い、気持ちをぶつける事も出来ない男だった。
安樂の家でパスタ料理を作った翌週末、カレンダーに赤い丸をつけた日がやってきた。僕はこの日、そんな自分の自尊心だとか意地だとか、その全てを忘れる。意図的して忘れようとしていた以前の努力はなんだったのかと呆れるほど、この日を素直に過ごせるようになったのは、どうしてだろう、と今でも少し考える。
毎年、この日はよく晴れた。
雨が降ったのは、僕が安樂のように初めて泣いた、四年前の一度だけだ。
今日も見事な晴れ空が広がっていた。陽が昇ったばかりの透明な青空を仰いで、僕はそっと目を細めた。雲も見当たらないその空は、地上との境も曖昧なまま膨らんでいるようにも見えるほど広く思えて、その色彩に吸い込まれて行きそうだった。
開け放ったベランダから、肺の奥深くまで息を吸い込む。そうすると、潮風と秋に穂をつける緑の香りがした。シーツとマット、洗濯物をベランダに干すと気分はますます良くなり、珈琲の味もとてもまろやかに感じる。
年に数回、僕は妻とじっと向かい合う。
妻は四年前にこの世を去った。三十一歳のまま、もう歳を取ることがない妻は、あの頃の美しいままに遺影の中から僕に微笑みかけている。
平成十八年九月十五日、享年三十一歳だった。彼女と同い年だったはずの僕は、もう三十五歳になっている。それを思いながら真面目に正座をして、背筋を伸ばして真っ直ぐに彼女を見つめる。そうやって雑念を追い出して、僕は彼女と素直に向かい合った。
こうして彼女と向かい合うたび、僕はいつも、彼女と過ごした多くの事を思い出した。笑いあった日々、いっぱい小喧嘩をしたこと、美味しい料理を食べて二人で並んで座ったこと、いつでも家で食べられるようになったカルボナーラ。
それでも、一番多く思い浮かぶのは、困らせてしまった彼女の顔だった。
最初から最期まで、僕は「ごめんね」も「ありがとう」もあまり言えなかった。なかなか素直さを出す事が出来なくて、言葉をぎこちなく態度にする。
きっと伝わっていないんじゃないかと悩むたび、彼女は僕に「分かっているから」と言って微笑んだ。僕は、僕の全てを受け止めてくれる彼女に甘えて、そうして多くの言葉をほとんど言えず呑み込んだまま、彼女を失ってしまった。
いつだって、別れは突然やってくる。病は、彼女を待ってくれなかった。
愛していた、失いたくなかった。それでも僕は、僕を愛してくれた彼女のためにも、この世界を一人きりでも歩んでいかなければならない。四年前の雨の日に、しっかりしろと僕を殴り飛ばした安樂とユミさんと、彼女の家族にもそれを誓っていた。
僕は十代だった彼女を、大学生の頃から知っていて、誰よりも一番長く一緒に過ごしたんだと思う。僕の中には、沢山の彼女が残されている。料理を作っている時だったり、服を畳んでいる時や食材を選んでいる時、ふと指先に彼女を感じる事がある。
共に過ごした日々は、とても幸せに満ちていた。だから、こうして彼女と素直に向かい合うたび、僕は心の中で、遠い空の向こうにいる彼女に話しかけるのだ。
いっぱい小さな喧嘩をしても、いつも歩み寄って仲直りの機会を与えてくれたのは、君だった。いってらっしゃいのキスも、本当はすごく幸せだった。
僕は、君をいっぱい困らせてしまったけど、本当はずっと、「ごめんね」を言う機会を探してもいたんだ。どうか病に負けてしまわないでと言って、苦しんでいる君を困らせて本当にごめん。
もう少しだけ一緒に生きたかったんだ。
さよならなんて、したくなかった。
「愛してるよ」
僕は、まっすぐ彼女の笑みを見つめ返して、静かに微笑んでその言葉を口にした。
本当は、もっと君に言いたかった。肌で伝わるだけじゃない想いを、君にもっと沢山伝えたかった。
愛してるよ、君が世界で一番好きだ。
大好きな君を、いっぱい困らせてしまって、ごめん。
僕は君が好きたった満開のコスモス畑を、今年も三人で見に行って、あの日の君に会いに行く。
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