氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

文字の大きさ
上 下
171 / 180
第二十五章 昼の森

2 白馬の王子様(妖精視点)中

しおりを挟む
2 白馬の王子様


 王子様はにっこり笑うと、僕に一歩近付いた。

「オトが、この森で三つの贈り物をもらったと聞きました。一つはこの純金の髪……」

 そう言いながら、手のひらの金の糸を僕に示した。

「もう一つは女子力という名の、あの泉」

 王子様は顔色も変えずに言う。僕のほうが真っ赤になった。

 おいピノ! 悲報! お前の恋敵はすでに、女子力のなんたるかを知っちゃってるぞ!

 それを知ってるっていうことは、要するに、彼とアリスちゃんは……そういう関係なんだろう。

「そして、男性からの愛」
「正確には、この国で一番ハンサムで権力があって賢い男の愛ね」

 言いながら、僕は気付いた。その男というのはきっと、この人だったんだ。綺麗で賢い王子様。第二王子といえば、ここシブヤの領主で、次期国王。

 でも、それなら逆に安心だ。

「その男の愛に関しては、報われないっていう条件つきだよ」
「ああ、オトもそんなことを言ってました。やはり、あなたがオトに贈り物をした妖精さんなんですね」

 ここまで来たら、頷くしかなかった。

「うん、そうだよ」
「彼を白鳥に変えてさらったのも、あなたですか」
「あー、えっと、それは正確には僕の相棒の方で……」
「相棒? その方は今、どこに」
「うー、ちょっと出掛けちゃって……」

 僕は口ごもる。すると王子様は必死の面持ちで、僕にひざまずいて言った。

「どうか、彼を返してくれませんか。もう一度彼に会えるなら、僕は何だってします」

 恋に病んだ真剣な瞳、その眩いことと言ったら。こんな素敵な人に想われて、嬉しくない人がいるはずない。

 僕は内心、ピノに同情した。可哀想なピノ! お前の恋敵は強敵だぞ。

 詰めが甘いんだよ、ピノは。この森ならば、権力者でも手が及ばない、だって? 残念でした。彼は血だらけになってここまで来てるよ。

「アリスちゃんを、返せって?」

 ああ、可哀想なピノ。

 夜通し氷面鏡のアリスちゃんに見惚れてたピノ。とうとう待ちきれずに、自ら人間界に飛び出したピノ。宝物みたいに、アリスちゃんの髪を撫でては、優しく見つめてたピノ。

 本当に、困ったやつだけど。

 僕はピノの相棒として、やっぱり味方になってやりたい。

「それは出来ないよ」
「なぜです」
「諦めな。君の愛は報われないことになってる」

 王子様はきょとんとした。

「言ったでしょ? 三番目の贈り物は、報われないって条件付きだって」
「ええ。でもそれは、この国で一番の権力と美貌と知力を持った男の話でしょう」

 王子様は、肩をすくめて言った。

「僕とは関係ありません」
「は?」

 僕は絶句した。何を言い出すのこの子。

「僕はその条件に当てはまる男ではありません」
「いや王子様!」

 さすがの僕も、これにはつっこまずにはいられなかった。

「えっ、なぜ僕が王子だと分かったんです」
「ファラダに聞いたんだよ。てか、今それはどうでもよくてだね……」
「あなたのおっしゃるように、僕は王子です。だから、確かにこの国で権力を与えられている者の一人ではあります。でも、その贈り物とやらのせいで彼を愛したわけではありません」

 僕は頭を抱えた。

「一応聞こうか。なんでそう言い切れるわけ?」
「いやだって、まず僕なんかがその条件に当てはまるはずないですし」

 うわあ、言ったわ。

「あのね、君さ……自分がどれだけ恵まれてるか分かってる? 権力に美貌に知性。儚い命の人間が、願ってやまない三つのものを、君は生まれながらに持ってるんだぜ?」
「いえ、僕は愚かです。美しくもない。権力だって見かけだけ。その条件に当てはまりそうな人は他に沢山います」

 僕はもう、開いた口が塞がらない。ドン引きだ。マイペースな王子様は顔を赤らめて、さらに言った。

「第一、僕の愛はすでに報われてるんです」
「は?」
「オトは、僕を愛していると言ってくれました。優しい愛のこもった目で、僕を見てくれました。誓いを、交わしました」

 まったく、困ったもんだ。人間ってやつは物事を、いくらでも自分の都合のいいように解釈できる生き物なんだ。

 ピノ、僕は、お前の味方をしてやる。僕ははっきりそう決めた。

「じゃあさ、王子様。僕と賭けをしない?」
「賭け?」
「自分がアリスちゃんと本当に愛しあってるっていうなら、それを証明してみてよ」
「どういうことですか」
「君の持ってる権力も美貌も知力も、ぜーんぶ無くしてみよう。それでも彼と愛しあえるか、僕に見せてよ」

 王子様は困惑の表情を浮かべた。

「さすがに何もかも失うのは困る?」

 僕は微笑んだ。人間の不安げな顔って、何でこんなに可愛いんだろう。

「ええと、いえ、構わないです。でもそれは、具体的にはどうすればいいかと……」

 これにはずっこけた。王子様の困惑は、僕が想像してたのとはちょっと違う方向の困惑だったっぽい。

「彼を返してくれるなら何でもするって、言ったよね」
「はい」

 王子様はきっぱりと頷いた。

「彼のそばにいられるなら、僕は何も要りません」
「うん、いいね。そうこなきゃ」

 人間の愛ってやつの激しさには驚かされる。この夢のように美しい王子様の想いは、千年生きる妖精様も顔負けの重さだ。

 限りある命を、賜物を、ほんの一瞬の逢瀬のために、燃やし尽くそうというのだから。

「まってね……僕がとびきりの愛の試練を用意してやる」

 僕は腕まくりして考える。どんな魔法にしようかな。足を引っ張るだけじゃ勿体無い。せっかくだから、楽しませてほしい。感動させて欲しい。

 僕はおもむろに、王子様の額に手をかざして言った。

「口を開けばヒキガエル」
「ひ、ヒキガエル?」

 よし、降りてきた。ヒキガエルはマストでしょ。

「誰にも正体は話せない」

 王子様はひざまずいたまま、僕の言葉を真剣に聞いている。まるで従順な子犬、迷子の子羊。ああ、そして、本当にイケメン。

「君の知性と美貌と権力は、この国で最低のレベルに堕ちる」

 勿体無いな。今のままなら、アリスちゃんにこれ以上ないくらいお似合いなのに。

「その代わり、アリスちゃんのそばにはいられるようにしてやるよ」

 王子様の鳶色の瞳は、それを聞いた瞬間、きらきらと輝いた。なんでそんなに嬉しそうなんだよ。僕は何だか切なくなる。

 ピノの恋敵とはいえ、この純粋な王子様にも、一筋のチャンスは残してやろう。そうでなくちゃフェアじゃないし、見ていてワクワクしないからね。

「三日後の日暮れまでに、アリスちゃんと真実の愛のキスをすること。それが出来たら、君の勝ち。アリスちゃんは君のものだ。君にかかった呪いも解ける」

 王子様は頷いた。

「本当にいい? ぜんぶ、失っても」
「構いません」
「オッケー。じゃあ、行くよ?」

 あ、ピノには事後報告でよかったかな。一瞬迷ったけれど、もう遅い。

 僕の放った魔法で、王子様の麗しい姿は、みるみる変化していった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...