氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十一章 妖精の家

7 火打石と小箱(妖精視点)下※

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7 火打石と小箱(妖精視点)下※


 月は出ているとはいえ、まだ辺りは薄明るく、空には紫と茜のグラデーションが広がっていた。人間たちの言う黄昏時。

 昼と夜のあわいの光のせいか、切り株に腰掛けるアリオトの仕草は、なんだかいつもより大人っぽく見えた。

「ここなら気付かれない」

 アリオトは俺の身体をそっと持ち上げて、自分の膝の上に置いた。バラ色の指先で、俺のアゴの下や背筋を柔らかくなでてくれる。

「せっかくの二人きりだよ、ピノ。少しの間だけ、変身を解いてくれない?」

 俺の心臓は急にどきどきしはじめた。そんな事を言われるとは思いもしなかったので、頭がぽーっとなった。

 俺は変身を解くと、至近距離でアリオトの顔を見つめた。アリオトは嬉しそうに俺に身をすり寄せた。肩と腿がぴったりとくっついて、温かい。

「お、オト?」
「ピノ……」

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。アリオトの顔が近付いてきたと思う間に、俺のくちびるが柔らかいものに包まれて濡れた。

「ん……」

 俺はアリオトを抱きしめて、角度を変えながら何度もキスをした。アリオトの方からキスをされたのは初めてだった。初めてからめた舌はとろけるように甘かった。

「ピノ……」

 はあはあと息を切らしながら、アリオトは俺の名前を呼んだ。

「ん、なあに?」
「ピノは僕とプリッツ、どっちが好きなの?」
「へ?!」
「僕は領主様もジュンも捨てて君を選んだんだよ。それなのに君は……。さっきだって、何度もプリッツとキスしてた」

 俺は唖然として返す言葉もなかった。

「も、もしかして、妬いてる?」

 アリオトはぱっと長いまつ毛を伏せて、恥ずかしそうに目を逸らした。

「そんなんじゃ、ないけどさ……」

 薄暮の空が、アリオトの表情を曖昧に翳らせていた。冷たい指先が俺の手に触れる。キスで濡れた唇を尖らせて、拗ねたように俯いている。

 待って待って? あのアリオトが、俺に妬いてる?!

「僕の方が好きって言ってくれたら……」

 アリオトは俯いたまま、指を俺の手から腕、首筋へと這い登らせて、ついに耳たぶにそっと触れた。

「ここ、舐めてあげる」
「あっ……」

 アリオトのささやき声がかすめただけで、俺の耳は燃えるように熱く尖ってしまった。

「な、舐めて……」
「まだだめ。質問に答えたら、だよ」
「オトの方が好き! ほら、これでいい?」

 アリオトはちろ、と俺の耳を舐めた。俺は身体中ゾクゾクしながらアリオトの背中に腕を回した。

「でも、やっぱりだめ」

 アリオトはくちびるを耳から少し離すと、俺の耳元でつぶやいた。

「証明して」
「しょう……めい?」
「言葉だけならなんだって言えるもの。本当に僕が一番だって証明してくれなくっちゃ……」

 ポーッとしたままアリオトの言葉の意味を考えてみたが、何も思いつかなかった。

「たとえば、誰も知らないピノの秘密を僕にだけ教えてくれたら、信じてもいいよ」

 俺はアリオトの綺麗な顔をぼんやりと見つめた。彼の青い瞳、金色の髪、薔薇色の頬、赤いくちびる。俺はそれを見るだけで心が躍り、身体に風が巡るような気持ちになる。

 だが夕闇の中で見ると、それはただの記憶の色彩のように感じる。目の前にあるのは、翳った誘惑の眼差しだけ。俺のアリオトは、こんな目をしただろうか。

「僕がこんなヤキモチ焼きだなんて、幻滅した?」

 アリオトは上目遣いに俺を見て言った。俺はまた腹の底からきゅうっと締め付けられるような悦びを感じる。

 それは、長年生きている間にとうに忘れかけていた類いの刺激。激しい欲望だった。

「幻滅なんかしないよ」

 俺はアリオトの髪を撫でた。

「俺の秘密が知りたいの?」
「うん。例えば……ピノの魔法の弱点とか」
「弱点?」
「うん。僕を信頼してなきゃ絶対に言えないはずだから」

 アリオトは俺の手を握って、目を伏せた。

「酷いこと頼んでるって分かってる。でも……僕、不安なんだ。全部を捨てて君のものになって、本当にいいのかなって。君が僕を嫌いになったらどうしよう。君に捨てられたら、僕はどうしたらいいんだろう」

 アリオトのまつ毛がまたたくと、一番星のような涙がひとしずく光って頬を転がり落ちた。

「分かった、言うよ」

 俺はアリオトの耳元で、妖精の弱点を告白した。

「妖精は鉄には弱い」
「鉄?」
「マーサのやつが俺を閉じ込めただろ。あれ、鉄のカゴだったからなかなか出られなかったんだ」

 それから牢屋のドアノブも鉄だった。だから一旦お菓子に変えたんだ。

「鉄に触れると俺の魔力は弱くなる」
「そう、なんだね」

 アリオトは満面の笑顔で俺に抱きついてきた。
 
「じゃあ、そうだな……火打石がいいかな」

 は?

「さあ、命令だよ! ピノ!」

 何が起きているのか分からなかった。名前を呼ばれた途端、俺の身体が金縛りをかけられたかのように硬くなる。

「ピノ、今すぐ火打石に姿を変えろ」

 アリオトは俺の名前を呼び、そして火打石になるように命じた。

「オト……!?」

 アリオトが、そんな事を俺に命じるはずはなかった。

 俺の名前を呼んで無理やり望まぬ姿に変えようなんて、そんなことをするはずがなかった。

 口調も違う、声も違う、目つきも、仕草もまるで違う。

「お前は誰だ?!」

 俺は叫んだが、何も音は出ない。身体はすでに冷たい火打石になっていた。

 天使のような微笑みを浮かべながら、アリオトは俺を拾い上げた。

 そして、ゆっくりとザクロの方へと歩き出した。

 ザクロは依然として地に突っ伏していた。アリオトはザクロの背後に近寄ると、右の脚をゆらりと持ち上げ、その大きな身体を蹴った。

 ザクロは声もなく雪の上に仰向けに倒れた。ザクロは祈っていたのではない、とうに気絶していたのだ。

 アリオトは倒れたザクロの胸元に手を突っ込んだ。そこから小さな小箱を取り出すと、蓋を開け、中に入っていた古い火打石を捨てた。

 空になった小箱は、今度は静かに俺の身体を飲み込んでいった。

 火打石の小箱は鉄でできていた。

 俺の意識は混沌として、やがて薄れていった。



















 


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