氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

文字の大きさ
上 下
143 / 180
第二十二章 森のほとり

2 美しい生き物(継母視点)

しおりを挟む
2 美しい生き物(継母視点)



 アリオトはあたしがスケシタを口実に、彼をイチマルキウに売り飛ばしたことに気付いていた。

 イチマルキウの地下施設から逃げ出したという知らせは本当のようだ。しかも、アリオトの背後には近衛隊長も付いているらしい。これはかなりマズイ。

 だが、あたしが王宮のスケシタを盗もうとした理由よりも、なぜ自分を売ったのかと言うことのほうが、アリオトにとっては重大らしかった。

 今更、尋ねるほどのことかね。

 とはいえ、近衛が動いているであろう今、このバカのご機嫌をとっておくことはとても重要だった。

 私は必死で言い訳をする。行商人に騙されたのなんのと。

 なかなか信用しないアリオトだったが、ビョルンの名前を出した途端、その青い瞳には涙が浮かんだ。

 勘所を掴んだあたしは、ビョルンとの出会いを語り、愛を語る。それは多少の真実味を帯びた。

「あの人の子を捨てるはずないじゃないか!」

 そうして、とうとうアリオトは陥落した。

「お前の母をやり直させておくれ」

 すべてはあたしのシナリオ通り。アリオトは'母'の涙にほだされてくれた。

 アリオトは、今後はこの家で、さっきの少年たちと暮らすつもりらしかった。森のほとりの農家か何かだろう。

「ホクトちゃんに会ってあげておくれ。お前をひどく心配しているんだ。お前を追い出したあたしを恨んでいてね。何も食べない。あたしの処方する薬も、どうやら飲まずに捨てているようなのさ」

 これは全て本当のことだった。まあ、あたしの魔法でホクトちゃんは眠らせてあるし、死ぬことはないのだけど。

 とにかくホクトちゃんを餌に、アリオトをおびき出すことに成功した。アリオトとあたしは屋敷に帰ることになった。

 とはいえ昼の間は、あたしはこの部屋に監禁されるらしかった。

 夜まで待たねばならないのが少し疑問だった。理由を尋ねたが、答えはなかった。黒髪の生意気な少年は、明らかに何か隠している。

 あたしの滞在時間を引き延ばして、近衛か警吏に引き渡そうとでもしているのではないか。ふと、そんな疑念がよぎる。

「ザクロさん、起きてる?」

 そこへ昼食のスープをもってアリオトがやってきた。あたしは腰が痛いだの眠れないだのと泣き落として、アリオトをそばに来させた。

「少し、つもるお話をしようじゃないか」

 アリオトははじめこそ警戒していたものの、あたしの昔語りにいつしか笑みを浮かべた。

 あたしの膝の間に座らせ、抱きしめても嫌がらない。むしろ嬉しそうに身体を預けてくる。

 足元には、いつの間にか金と銀のヘビが這い寄ってきていた。意思を持った動きに、ピンとくるものがあった。使い魔だ。

 この家は何かおかしい。そこここに、なんらかのまじないの力を感じる。そもそもあたしを氷漬けにするなんて、ただのガキ一人で出来ることではなかった。

「よくあの人が歌った子守唄を覚えているかい?」

 あたしはアリオトをあやすフリをして、二匹のヘビを眠らせた。おかしなことにアリオトまで目をとろんとさせ始める。

 これほどの美貌の少年を手懐け、膝に侍らせることのできる者など、この世にそうそうないだろう。イチマルキウのパトロンたち、世の愛好家たちなら誰もが羨む状況だった。

 義理の息子でなければ、いたずらの一つでもしてやりたいところだ。無防備すぎる。愛して欲しいと言うのなら、もっと残酷なやり方で、愛してやってもよかったのだ。

 だが、矛盾するようだが、この子の美しさこそが、あたしにそれを許さなかった。眠るアリオトはそれだけで美術品のよう。あたしのなまじっかの美に対する知識が、その価値を傷つけることを許さない。

 今までだって、どんなにカッとしても、あたしはこの子の顔や身体に傷をつけたことはない。出来ないのだ。だから身体の代わりに、心をいたぶる。

 ビョルンもアリスも美しかったが、個性があった。だが、この子の美しさは無個性で、だからこそ、神のように完全だった。

 人々が自然界から神の意図を探り、到達した学問の粋を凝らして作られた古代の絵画彫刻。アリオトは、美を叡智で具現化したそれらに近かった。

 観念の中でしかお目にかかれぬような、理想の美少年。それが息をして、鼓動をして、あたしの膝の上にいる。

 世の人々がどんなに努力しても、こんなふうに無個性に、純粋に美しくはなれない。我々の美は、所詮個性の美、多様性の美にすぎないのだ。

 ヒトという生き物として最高に整った形態。何一つとして動かすことを許さない完璧な音階。それが彼だった。彼自身がもはや神秘でさえあった。

 この三日の間にアリオトの美には明らかに磨きがかかった。単に清潔になったとか、垢抜けたとか、そんなレベルの話ではない。

 どういうわけだか髪は抜けると同時に純金に変わる。水仕事で荒れていた手肌は、女のそれ以上にきめ細かくしなやかだ。


ーーこの三日間で何があったのか、知りたい。


 イチマルキウで何があったのか。近衛隊長はどこまでアリオトのことを知ったのか。この美貌の裏にはどんな秘密が隠されているのか。

 アリオトの口からの説明では要領を得ない。

 時間はなかった。ぐずぐずしている間に外堀をうめられ、あたしは近衛に捕えられるかもしれない。

 アリオトをそっとベッドに横たえる。赤子のようにあやしてやると、愛に飢えた子どもはまもなく目を閉じた。

 足元のヘビもトグロを巻いて、自らの腹の中に頭を埋めている。

 あたしはそっと呪いを唱えた。

「記憶を明かせ」

 眠るアリオトの脳裏に残る、この三日間の記憶が、白いモヤになって立ち昇る。

 あたしはそれを眺める。

 魔術とは実に便利なものだ。若い頃にこの技を習得し、磨いた自分に感謝せざるを得ない。

 鏡を手に取り、姿を確かめるのと同じ気軽さで、あたしは得難い情報を読み込むことが出来たのだ。


********************


 信じ難いことに、あたしの求めて止まない二つの宝ーースケシタも、美しい第二王子もーーこの愚かな少年はすでに完全にその手中に納めていた。

 たった三日で!

 この美貌があれば、この国の至宝すら、たった三日で手に入ったのだ!


ーーあたしの人生とは何なのだろう。


 あたしは全てを与えられた美しい子どもを傍に、暮れゆく空を眺め、ため息をついた。


ーー全てを一度は手に入れておきながら、この子は何をしているんだろう。


 アリオトは全てを手放して、今、あたしの醜い腕の中にいる。

 あたしはアリオトの髪を撫でた。

 この神の賜物である美を、あたら虚しく散るに任せて良いはずなどない。

 あたしなら、お前の美をこの広い世の光のもとに連れ出して、完全に使いこなすことが出来る。


 








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...