氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十五章 昼の森

1 白馬の王子様(妖精視点)上

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1 白馬の王子様(妖精視点)上



 どんなもんよ、この自慢のソリは。

 宵の満月を背景に、鼻スレスレで兎を旋回させて、ザクロをびびらせてやった。

 向こうでアリスちゃんに何かしたら、このプリッツ様が許さないぞ。っていう牽制のつもり。

 ピノは可愛いイタチの格好なんかしちゃって、アリスちゃんの首にベッタリときてる。

 寂しくなんかないさ。今夜はせっかく口うるさいピノがいないんだ。まっすぐ帰るのもなんだから、あちらこちらで冬眠ボケした動物たちに、挨拶といたずらを振り撒いていく。

 散々遊んで、明け方近くなった。僕は意気揚々、樹氷を蹴立てて我が家に帰った。

 そこで、異変に気付いた。僕らの隠れ家のまえに、見知らぬ馬が繋がれている。雪のように白い美人さんだ。

 僕は指を鳴らしてソリを消すと、白いお馬さんに話しかけた。

「こんな所に何の用?」

 白い美人さんは、礼儀正しく僕に挨拶し、王宮の馬、ファラダと名乗った。シブヤ王家の第二王子を乗せて、はるばる人探しにやって来たと言う。

「シブヤの王子様だって? こんな所まで誰を探しに来たの」

 王子様の大事な想い人をだと、ファラダは言った。

「想い人!」

 王宮のお馬さんは、品がいい。言葉遣いも雅びなことだ。月夜の森で王子様が、白馬に乗って恋人探しか。ずいぶんロマンチックだな。

「で、その王子様はどちらに?」

 主人はあなたの家の中で休ませてもらっています、とファラダ。右も左も分からない森のなかに灯りが見えたので、大変恐縮ながら、寄せていただきました。

「なるほどね、了解だよファラダ。それじゃあ僕は、入って、王子様にご挨拶するとしよう。君はここにいていいからね。あ、でもそれじゃあ寒いでしょう」

 僕はスナップを鳴らして、ファラダの周りに小さな馬小屋を拵えてあげた。もちろん、水と新鮮な馬草もたっぷりだ。僕は綺麗で礼儀正しいファラダがすっかり気に入ったからね。特別のおもてなしだ。

 さて、僕が小屋の中にはいると、留守番していたシマエナガが待ち侘びたように、僕のところへ飛んできた。王子様は上の階にいるという。

 とってもハンサムで、綺麗で、いい匂いなんだと大騒ぎ。二階には、さっきまでザクロとオトが使っていた寝室がある。僕はドキドキしながらドアを開けた。

「あのう、ただいま帰りましたー」

 ドアを開けて目に飛び込んできたのは、素敵な王子様……のブーツの底だった。

「あ、いてっ!」

 がつっとベッドの下で盛大に頭を打つ音。痛そう。

「あの……人ん家で、一体何をしてるんですか?」

 王子様らしき人はベッドの下に入り込み、何やら床を物色していたのだ。 

「あっ、すみません! ここにお住まいの方ですか」

 王子様の声は、ベッドの下からくぐもって聞こえた。サーベルを付けた長い足が、ずりずりとベッドの下から後ろ向きに這い出してきた。

 僕は呆気に取られて、王子様のお尻を眺めていた。王子様激推しだったシマエナガも、流石に鳴りをひそめている。ま、まあ、お尻に関しては確かに締まって形がいいね。

「ごめんなさい、道に迷って……お留守だと知りながら上がり込んでしまいました」

 王子様は、ぐしゃぐしゃになった頭をはたきながら言った。もさあっと埃が舞った。

 いい匂いってシマエナガくん、これは獣と藁の匂いだぞ。王子様のお召しになっているのは、どう見ても厩の下男の着るような粗末なマントだ。

「ぼ、僕らのベッドの下で何を?」

 僕はもう不審感丸出しで尋ねた。ピノがいてくれたらな。ちょっと僕には、なんて突っ込めばいいやらわからないよ。

 その時ようやく、王子様はこっちを振り返った。

「大変失礼を……」

 目と目が合ったその瞬間、王子様への不信感なんてどこかへ吹き飛んでしまった。

「かっ……!」

 かっかっかっ、かっこいい……! 僕はすっかり、王子様の美しさに心を撃ち抜かれてしまった。

 栗色の滑らかな髪をかきあげれば、その下に現れたのはまさに夢の王子様。陶器のように艶やかなかんばせ、凛々しい眉、樹液みたいな飴色の瞳。

 不恰好なマントでも覆い隠せない、スラリとした背筋としなやかな首、均整の取れた長い手足。

「すみません実は、この家の至る所に、これが落ちているのを見つけて……」

 王子様は、僕の目がハートマークになっているのにも気付かないのか、マイペースに話を進めた。

「僕の探している人のものだと思うのですが……」

 王子様の綺麗な手のひらには、数本の細い金の糸が乗っていた。

「そ、それは……」

 僕はハッとする。王子様の手にしているそれは、アリスちゃんの髪の毛じゃないか。僕らの魔法で、抜けた途端に純金に変わるんだ。

 床に落ちているそんなものを、王子は目ざとくも、すでに何本も拾い集めていた。

「ここに、金髪碧眼の超絶美少年が訪ねてはきませんでしたか?」

 王子様が恋におち、夜通し必死で探しているのは、僕らのアリスちゃんに違いなかった。

「あ、ええっと……」

 王子様は僕の返事も聞かずに、彼の愛しい「想い人」の特徴を、詳細に、弾丸のごとく語りはじめた。

「一言に碧と言っても、グレーがかった、えもいわれぬように美しい青い瞳で。神秘的な森の湖のような影を纏っています」

 僕は割って入ることもできず、ただただ王子様の一人語りを聞いていた。やっぱりこんな時、ピノがいてくれたらなあ……。

「笑うと天使のように可愛くて、透き通った肌からはスズランみたいな香りがします。背丈は僕の胸の辺りで……」

 その時ふと、あることに気付き、僕はゾッとして王子様を眺めた。この人のアリスちゃんへの執着は、相当だぞ。

 さっきから、恍惚としたようにアリスちゃんの話をずううっとしてるってだけでもすごいんだけどさ。僕をゾッとさせたのは、それだけじゃないんだ。

 王子様のマントは破れて引っ掻き傷だらけ。手も足も、よく見りゃ血だらけなんだ。綺麗なお顔にも、頬に一筋の切り傷が……。

「ねえ、怪我してるじゃないか」
「え、ああ、これですか」

 それもそのはず。アリスちゃんを守るために、僕らは森の入り口に、人間よけのイバラを生やしていたんだ。おいそれと森には入ってこれないはずだった。

「イバラはどうしたの? 何でここまでこれた?」
「しばらく無闇に剣で刈っていたんですが、キリがなくて。そのうち、ファラダにはイバラが全く反応しないことに気付きました。無心になって武器を置いたら、意外とすんなり入れました」

 僕はびっくりした。僕らのイバラを攻略した人間なんて初めてだったから。

「あなたは、この森の妖精さんですね?」
「な、なぜそれを?」

 王子様はにっこり笑った。




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