氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十六章 翳りゆく部屋

3 面影と秘密 上

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3 面影と秘密 上


 僕が記憶の魔法について語るのを、ジュンは真剣な顔で聞いていた。

 催淫効果のある酒に、幻覚を生む霧。副作用としての記憶喪失。

 記憶の魔法が、イチマルキウの地下施設に使われていることは明らかだった。

「僕、ザクロさんから、記憶の魔法を解く方法を聞き出してくる」
「いけません、危険です」

 ジュンは首を振った。

「でも、上手くすればイチマルキウの子供たちを助けることができるかもしれないよ」
「ザクロさんが、あなたに魔法のことを教えるはずがないじゃないですか」
「大丈夫、秘策はあるんだ……」

 僕はホクトくんのことを考えていた。彼の協力があれば、きっと出来る。実の息子のホクトくんなら、ザクロさんから色々聞き出せるんじゃないだろうか。

「大丈夫なわけないでしょう!」

 ジュンは少し怒ったように僕の肩を掴んだ。

「ザクロさんは、貴方を娼館に売ろうとした人なのですよ。のこのこ帰ったりしたら、今度はあなたをどんな目に……」

 ジュンは僕と目が合うと、そこで言葉を切った。僕は慌てて目を何度もしばたたいて、勝手に込み上げる涙を追い払った。

「もし、どうしても帰るというなら、私も一緒に」

 ややあって、ジュンは低い声でそう言った。

「近衛のお仕事はどうするの」
「構いません。全てを捨てても、あなたと行きます」

 僕はびっくりしてジュンを見た。まるで、ケイトみたいなことを言うから。

「ジュン……? 君は領主様を置いていけないだろ?」

 ジュンは顔を赤らめた。

「領主様のためにも、ザクロ夫人とビョルン殿について、知りたいことがあるのです」
「どういうこと?」
「貴方のお父様のことを調べていて、気になることが多々ありました」

 ジュンは諸侯会議の後、僕の父さんについて色々情報を集めてくれたそうだ。
 
「オト。貴方は、ビョルン殿が王の親友でいらした事をご存知でしたか?」
「えっ?!」

 そんな話、一度も聞いたことがなかった。

「知らない……本当なの、それ?」
「これは長年王宮に勤める者たちも含め、皆が口を揃えて言っていたことです。おそらく事実かと」

 ジュンの話によれば、父さんは若い頃、王宮に出入りする商人ギルドの代表の一人だったそうだ。王様とは年も近く、意気投合し、プライベートでも一緒に過ごすことが多かったという。

「思い当たる節はありませんか」
「王宮のことにずいぶん詳しいんだなって思う時もあったけど。王様のことは何も話さなかったよ」

 僕は信じられない気持ちでジュンの話を聞いていた。

「では、お母様のことは?」
「えっ、母さんのこと?」
「ご両親は王宮で出逢われたとか、そんな話はされていましたか?」
「えーっと、どうかな、聞いたことないけど……」

 僕はかすかな記憶を頼りに、優しくてよく笑う人だったこと、病気で僕が幼い時に亡くなったことを話した。

 母さんのことになると、僕はいつも胸がいっぱいになる。でも、母さんの人生について僕が説明出来ることは、ほとんどなかった。

「父さんがいうには、僕は母さんにそっくりらしい……でも、どうかな。父さんは自分より大きなザクロさんのことも母さんにそっくりなんていう人だから」
「それはそれは……」

 ジュンはちょっと笑った。

「母さんの過去は何にも知らないんだ」

 なんだか悔しい。母さんの子守唄とか、笑顔とか、温かさとか……言葉にできない記憶なら沢山あるのに。

「僕の母さんは王宮にいた人だったの?」

 ジュンは困ったように眉をひそめて、頭をかいた。

「その可能性が高いかと。ただ、ご両親のお考えがあって、貴方には伏せられていたのかもしれません。それを、私が推測であれこれ言っていいものか……」
「構わないよ、父さんと母さんのことなら、どんなことだって知りたい」

 もう、本人に直接聞くことは、どんなに願ったところで出来ないのだから。僕は頼み込むようにして、ジュンに話の先を促した。

「これはあくまで、噂と推測に過ぎないのですが……」

 ジュンは躊躇いがちに話し始めた。

「ビョルン殿は、ある日突然、王宮への出入りを禁じられたのだとか」
「そうなの? 一体どうして……」
「はっきりとした理由は明かされてないようです。それが憶測を呼び、宮廷内には何通りもの噂が広まったようです」
「噂って、たとえばどんな?」

 父さんが追放された理由については、様々な噂があった。

 一つ目は、王妃と密通していたことが分かり、王の怒りに触れたという説。

 二つ目は、結婚を報告に来た父さんに、王が嫉妬したという説。

 三つ目は、王妃の侍女と、身分違いの恋に落ち、王妃の怒りに触れたという説。

「まことしやかに語られている説は大体この三つでしょうね……」

 僕は呆然としながらジュンの話を聞いていた。どれが本当だとしても、父さんの人生は波瀾万丈だったことになる。

「一つ目の説は、考えにくいんじゃないかな……」

 僕は言った。お人好しで誰に対しても誠実だった父さんが、親友の妻である王妃様と「密通」するなんて考えられない。

「根拠がおありなんですか」
「だって……父さんはそんなことするような人じゃないし、母さんのことを宝物みたいに愛していたんだから……」

 根拠はそれだけ。でも、ジュンは否定せず、頷いてくれた。

「私もそう信じたい。この説が本当なら、ケイトにも厄介なことが出てきますから」

 唐突にケイトの名前が出たので、僕はきょとんとしてしまった。

「どうして?」
「ビョルン殿と王妃にそうした関係があったとすると、時期的に、ケイトは王の血を引いていない可能性が出てくるんです。さらに、あなたとケイトは血の繋がった兄弟ということになってしまう」

 僕は唖然とした。正直、ついて行けてない。

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