氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十五章 城にて

5 追及(メイド視点)

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5 追及(メイド視点)


 ローザは私の腕を掴んで猛然と歩き出した。衣装をかき分けるようにして部屋を抜け、扉を蹴破る勢いで開けた。衣装部屋から王妃の部屋に通じるドアだ。驚いたようにこちらを見る王妃とコカブ夫人が見えた。

「王妃様! 大変です」

 ローザは甲高い声で叫びながら、私を王妃たちの前に突き出した。私はつんのめるようにして王妃の足元に転がり込んだ。

「メイドが、盗みを働いておりました」

 私は呆然としてローザを見上げた。

 動揺はしたが、焦ってはいなかった。私は存外落ち着いて、この状況を見ていた。ローザの横顔は、飼い主に獲物を見せびらかす猫に似ていた。

 私をさらに落ち着かせたのは、それを唖然として見つめている王妃の顔だ。ローザの癇癪を、初めてご覧になったのだろう。

「落ち着いてローザ。何があったにせよ、そのように大声をあげて喚くものではありません」

 王妃はローザをたしなめる。ローザは私を指差す。

「この女はとんでもないあばずれで、盗人なのです」

 コカブ夫人と目があった。私は小さく首を振った。夫人は何も言わなかった。ローザと私を交互に見やる黒い瞳は、おどけるような光を帯びていた。

「言葉遣いには気をつけなさい、ローザ」
「お聞き苦しいことを申しました。お許しください。でもこれは事実なのです!」

 ローザは反省した様子もなく、その後もしばらく、耳を覆いたくなるような言葉を連発した。

 怒りに任せて語るローザの話は長い。話はトーマのことにまで及んだ。王妃は忍耐強く聞いていらっしゃる。

 いっそ私が説明したいくらいだ。十秒で済む。

 叱責を覚悟で私が口を開きかけた時、コカブ夫人が割って入った。 

「貴方がマリアを嫌っているのはよくわかりました。自分を見てくれない相手に複雑な感情を抱いていることも」
「えっ?」
「愛情不足ね。あとカルシウムも」

 ローザはきょとんとした。王妃は笑いを噛み殺したような顔をした。コカブ夫人は続けた。

「ただ、これ以上あなたの愚痴で王妃の時間を浪費しないでほしいわ。マリアをここに連れてきた理由が一向に見えないのだけれど」

 ローザはコカブ夫人の言葉を理解しきれないようだったが、問われるままに答えた。 

「メイドの分際で、ガラスケースの服を勝手に触っていました。私が見つけなかったらどうなっていたことか……」
「ガラスケースの服?」

 夫人と王妃は顔を見合わせた。

「青いベルベットの上に丁寧に仕舞われていたものです。宝飾類の収蔵されている奥の棚でございます」
「服って。もしかしてスケスケの……」
「はい、スケスケのレースの下着でございます」

 ローザの態度に呆れていた二人の表情が、不意に真剣味を帯びた。馬鹿馬鹿しい言葉の響きと、その表情とのギャップが奇妙だった。

「本当なの、マリア」

 コカブ夫人が私に尋ねた。私は、はいとお答えするしかなかった。

「それは今どこに」

 ローザが答えた。

「ガラスケースの中ですわ。持ち出そうとしておりましたので、私がすぐに戻させました」

 嘘ばっかり言ってる。私にも弁解のチャンスは来るだろうか。王妃様の許しを得ない限り、メイドは黙って聞いているしかない。

「スケスケシタギは元通り、ケースの中なのね」

 王妃はなぜかほっとしたように言った。コカブ夫人は足早に衣装部屋に入っていかれた。

「私が見つけなかったら、こっそり持ち出して売り捌こうとしていたのかも知れません」

 ローザは私を睨みつけながら言う。王妃はローザに言った。

「ローザ。もう一度、順を追ってお話しなさい」

 勢い込んで話そうとするローザに、王妃は付け足した。

「ただし推測ではなく、見たことだけをね」

 王妃にそう言われて、流石のローザも大人しく事実だけを語った。

 衣装部屋に入ると、奥で人の気配がした。近づいてみると、メイドがガラスケースを開けてスケスケシタギを眺めていた。声をかけると明らかに慌てた様子をした。問い詰めたが誤魔化そうとするので、ここに連れてきた、とローザは言った。

 自分に都合の悪いところは、ちゃんとかいつまんで話せるらしかった。

「では実際にマリアが持ち出した所は見ていないのね。貴方が見たのは、彼女がこれに触っていた場面だけ」
「ええ、ですが、そもそも奥は宝飾品のエリア。そこにメイドが立ち入ること自体、ありえないことです。もしかしたら、王妃様のジュエリーにも手をつけていたかも知れませんわ」

 そこへコカブ夫人が戻ってきた。

「スケシタは元通りよ。よかったわ。ところで、これは何かしら。棚の下に散らばっていたの」

 夫人の手には私の落としてきた包み布があった。ジュン殿が厳重にスケシタをくるんでいたものだ。

「それは……」

 ローザは口ごもって私を見た。私はこの包装を解いてスケシタを棚にしまっていたところだったのだが、ローザはそこを見ていなかったらしい。

「マリアのものかしら」

 王妃に問われ、私は、はいと言った。コカブ夫人に促され、私は説明した。

「昨夜、私はその下着の修繕を行いました。生地が傷まないよう、そちらの布や革で何重にも包んで持ち運んでおりました」

 ジュン殿の名前を出すつもりはなかった。

「修繕を終え、ケースに戻すところで、ローザ様にお咎めを受けました」

 ジュン殿はすぐに自分の名前を出せと仰ってくださったが。そんなことをするくらいなら、私は最初からこんな話を引き受けたりしない。しくじった責任は全て自分が被る覚悟だった。

「まあ、マリア。勝手に持ち出すなんて。王妃はこれが無くなったと思って、ずっと心配していらっしゃったのよ……」
「申し訳ございません」

 コカブ夫人によれば、ここ数日の王妃のご不調の原因は、まさにこの下着の紛失であったそうだ。コカブ夫人を極秘で呼び出したのは、この下着が消えたことを相談するためだったと仰る。

 私はそのことに驚いた。たかが下着一枚で、どうしてそこまで。

「これを修繕したのは昨夜だと言ったわね」
「はい」

 コカブ夫人は王妃に向かって言った。

「確かに、新品同様に修繕されていたわ……」

 まあ、と王妃はつぶやいた。

「誰に頼まれたの」
「……私の一存です」

 私はコカブ夫人の目を見て答えた。コカブ夫人は私の言葉を信じてはいないようだった。

「これが消えたのはあの舞踏会の夜。それから三日は経っているはずよ」

 私は内心ギョッとする。私は三日もこれを無断で持ち出したことになってしまうのだ。王妃に多大な心配をかけてまで……。

「まあ! 三日間もこれを持ち出して、あなた、何に使っていたの?」

 蚊帳の外だったローザが息を吹き返した。

「これでトーマを誘惑したに違いありませんわ!」

 ローザの口撃は止まらない。

「このメイドは、恐れ多くも王宮で保管されていたスケシタを用いて、男をたぶらかしていたのですわ!」
「推測でものを言うのはおやめと言ったはずですよ、ローザ」
「推測ではございません! 昨日、深夜をまわった時間に、私は廊下で彼女の姿を見ました。その場にはトーマもおりました。このことは、領主様もご覧になりましたわ!」
「ケイトが?」

 流石の王妃も、領主様の登場には驚いたようだった。ローザは領主様に硬く口止めされたことを忘れてしまっているようだ。

「まったく……深夜に廊下に勢揃いして、何をしているの。この城の若い人たちときたら」

 コカブ夫人は呆れたように言った。

「マリア、本当のことをお言い。誰かに修繕を頼まれたのね」
「私の一存でございます」
「貴方はそんなことをする質じゃないでしょう」

 信頼を裏切るのは辛かった。

「……美しい刺繍に魅せられました」

 俯きがちに答える。流石に苦しい言い訳だろうか。

「王妃様にそれほどまでご心配をおかけしていたとは存じませんでした。心からお詫び申し上げます」

 嘘は苦手だけれど、これは本当の気持ちだった。

 コカブ夫人に連れられて、私は王妃の部屋を出た。

 罰は覚悟していた。鞭打ち、そしておそらくクビだろう。

 貴族にこき使われる毎日には、辟易していたのだ。そんな日々も、これできっと終わる。楽になる。

 それなのに涙が込み上げる。忙しい毎日が、私はそれなりに好きだったんだろう。

 

 





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