氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十八章 叙勲の間

1 騎士道(モブ兵視点)

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1 騎士道 モブ兵視点


 今日の近衛兵舎は比較的穏やかな空気が漂っている。隊長が終日不在のためだ。先輩方は午前の修練が終わると、食事もそこそこにどこかへ消えていった。

 鬼だの何だの言うものの、隊長がいないと、僕はやっぱり寂しい。

 稽古場の掃除をしていると、外が急に騒がしくなった。

「おい誰かいるか!」
「はい!」

 出てみると、埃だらけ、傷だらけになった先輩たちがいた。

「どないしはりました?!」
「おおニケ! すぐに薬草と包帯をもってこい!」

 言われるままに、僕は急いで救護にあたった。

「敵襲ですか?」
「いいから黙って手当しろ!」

 打撲、擦り傷、鼻血……。剣による傷ではなさそうだ。

 僕が手当てしている間にも、肩を担がれながら戻ってくる者あり、脚を引きずってくる者あり。見たこともないような引っ掻き傷がたくさんついている人もいる。

「これは何の傷ですか」

 僕は先輩の額の傷を消毒しながら尋ねた。

「……鳥にやられた」
「鳥!」

 これはまた、どんな怪鳥だろう。武勇に優れた騎士たちを、こんなに疲弊させるなんて。

「でかい鳥ですか?」
「そりゃもう、バケモン並みだ」
「バケモン?!」
「巨大な人喰い鳥さ」
「ま、またまた……」

 僕は首を振る。そんなのが王宮に入り込んだなんて信じられない。すると別の先輩がやってきて、耳元で言う。

「本当だぜニケ、お前はいなくて幸運だった」
「目玉は三つ、頭は二つ……羽ばたき一つで竜巻を起こすんだから」
「ええっ?!」
「鎌のような爪で人を引っ掴んでは宙から投げ落としやがる」

 僕が震え上がっていると、突然、先輩方の頭がガクッと肩にめり込んだ。副隊長の拳が飛んできたのだ。

「嘘をつくな、馬鹿もん」

 周りは大笑い。僕はキョトンとして先輩方を見回した。

「たかがフクロウ一匹で、情け無い!!」
「副隊長……酷いじゃないですか、見てたんなら助けてくださいよ」
「ふざけるな! お前らは近衛の恥だ」

 嘆かわしいと言うように、副隊長は眉間を抑えた。一体何があったのだろう。

「このことは隊長に報告する」

 副隊長が言うと、先輩方は急に青ざめた。

「どうか……どうか隊長にだけは!!」
「隊長の小姓に手を出したんだ、決闘の覚悟ぐらいあるんだろう?」

 ……は? 僕は包帯を巻く手を止めた。

「手を出すなんて人聞きの悪い!」
「そうですよ、誤解です副隊長……!我々は彼を遠くから見守っていただけです!」

 僕は呆れ返った。

「先輩方、まさか、オトに何かしたんですか?!」

 サイテーや。手当なんかしてやるんじゃなかった。

「誤解だって! 俺たちは完全なる被害者なんだ」

 隊長の屋敷の前でオトを眺めていたところ、狂ったように攻撃的なフクロウが現れて、一同を襲ったのだとか。

「えっ?! じゃあ覗きをしたあげく、フクロウ一匹でこの体たらくってことっすか?」
「うっ、新人が傷心の俺たちに言葉のナイフを……」

 僕は救急箱を抱えたまま、薄目で先輩方を睨んだ。

「頼む、ニケ、はやく湿布をくれ」
「ご自分らでどうぞ」

 オトを案じてヒヤヒヤする僕に、昨夜、先輩方は何とおっしゃいましたっけ。

 少年愛と騎士道のなんたるか、夜通し延々と御高説くださったのは何処のどいつでしたっけ。

「“愛が剣に力を与える“んじゃなかったんすか」
「誰か助けてくれ、新人が塩をなすってくる……!」

 僕は手当てしながらこんこんと塩をなすりつづけた。

「鼻の下伸ばすにも程ってもんがありますよ。隊長が居ないからって……」
「ニケ、ちょっといいか」

 誰かに呼ばれて振り返ると、副隊長だった。

「こちらへ」

 副隊長は手招きすると、執務室に入って行った。なんだろう。僕は怪訝に思いながら後に続いた。

 背後から、やれやれなどと笑う声がする。ドアを閉めぎわに先輩方を睨みつけてやった。

 副隊長は、部屋の中央のデスクにもたれて苦笑していた。

「午後に王様の護衛があるのは知っているな」
「はい、大使館訪問の身辺警護ですよね」

 近衛が打撲や擦り傷だらけでは見栄えが悪い。何人かを任務から下ろすから、代わりに僕が護衛団に入れとおっしゃる。

「ぼ、僕が……護衛を!」

 嬉しい! 王様付きの護衛なんて初めてだった。

「喜んでお引き受けいたします!」
「出発は午餐の後だ。念入りに準備をしておくように」
「かしこまりました!」


***************


 午後の鐘が鳴る前には準備を整えて、誰よりも早く配置についた。

 王様専用の馬車がエントランスの前に到着する。馬車は王様用と王妃様の侍女たち用の二台。僕たち近衛兵は馬に乗ってその前後左右を囲むように並んだ。

 王宮の正面にはシンメトリーの植栽が美しい庭園が広がる。昼下がりの陽光に、噴水が金の飛沫をあげている。空を見上げ、初の護衛に張り切る僕の脚を、不意にとんとんと叩く者があった。

「よっ! 気合い入ってるねー!」
「トーマ様!」

 トーマ様は、僕が初の護衛である事に気付いて励ましてくれる。僕は素直に嬉しかった。

 赤い羽根のついた帽子をかぶり、余所行きに着飾ったトーマ様は目も覚めるように美しい。昨日あんな事……兵舎裏での手籠め事件……があったのに、トーマ様は全く気にした様子がない。だから僕もつい普通に接してしまう。

「王様は来てる?」
「まさか。だったらこれは何待ちですか」

 王がまだお見えでないと知るや、トーマ様はふらりと消えてしまった。城の裏手、厨房の方へ行ったみたいだ。外した隙に王様がいらしたらどうする気なのだろうと、僕の方がはらはらする。

 お菓子でもつまみに行っていたのだろうか、トーマ様は程なくして戻ってきた。あいも変わらず大した美青年ぶり。ただ、どうにも見過ごせない点がある。

「なんか……ほっぺに手形ついてないですか」
「えっ、目立ってる?」

 馬の上からでも分かるくらいには、くっきりと見えている。

「マリアに怒られた」

 おそらく、メイドさんだろう。

「なんでまた……つまみ食いでも咎められたんすか」
「マリアはジュンに気があると思う」

 まさかの痴情のもつれらしい。なんでそこに隊長が出てくるのやら、本当に訳がわからない。

「なんや知りませんけど、この短時間でなにをやらかしとんのですか」
「妬くなよ」
「やいてねーっす! 呆れてるんです!」

 ファンファーレが鳴った。王がお見えになった合図だ。僕は急に緊張して前を向く。

 王の隣には、王妃様の姿もある。トーマ様は、頬を赤く腫らしたまま、お二人が馬車に乗り込まれるのを手伝いに行った。

 王の馬車に王と王妃が乗り込まれた。続いて王のお気に入りであるトーマ様が乗り込んだ。従者が扉を閉めた。

 いよいよ出発や! 僕は丹田に力を込める。

 が、なかなか出発の合図が出ない。程なくして、馬車の扉が再び開く。派手な帽子をふわふわさせながらトーマ様が出てきた。

「トーマ、何をぐずぐずしておる」

 見かねた執事長がトーマ様に駆け寄る。トーマ様は苦笑いしながら言った。

「お二人きりの時間をご所望でして……」
「は…?」

 執事が絶句する。僕らは何も聞こえないふりをして前を向いている。

「どうも私はおじゃまのようですな」

 王が馬車の窓から顔を出した。

「すまんなトーマ、妬くなよ」
「妬いちゃいますよ」

 トーマ様は口を尖らせた。僕はドキッとした。王様のトーマ様へのご寵愛ってまさかそういう……?

「お美しいお妃様とご一緒に旅ができるなんて……王様は果報者ですな」

 ああ、そう言う意味か。僕は胸を撫で下ろす。最近の先輩方やトーマ様のせいで、僕は頭がおかしくなっているみたいだ。

「と言う訳なんで、僕は留守番いたしましょう」
「バカを言うな、お前も馬で行けばいいこと」

 トーマ様は王のお気に入りの侍従として両陛下の馬車に同乗することになっていたのだけれど、ご不調から回復したばかりの王妃様に遠慮して降りたようだ。

「馬? 馬車じゃないんですか」
「お前一人のために馬車を用意する訳がなかろう!」
「えっ、あちらの侍女たちの馬車は?」
「お前と同乗はさせん!」

 これはトーマ様の日頃の行いのせい。馬で行くしかなさそうだ。

「誰か取り急ぎ馬を……!」

 執事の指示で厩番が慌ただしく駆け出して行ったが、今から支度するのでは時間がかかりすぎるだろう。

 僕が副隊長を見ると、副隊長も僕を見ていた。副隊長はすごく気の毒そうな顔で僕に頷いた。僕はため息を押し殺して馬を降りた。

 執事の頭越しに、トーマ様がハッと目を見開くのが見えた。

「……いや、いいことを思いつきました」

 僕が執事長に声をかけようとするのを遮るように、トーマ様は大声で言った。

「私は御者席に座りましょう!」
「御者は足りておる」
「いや、詰めればもう一人くらい座れるでしょう!」

 執事殿は、何を言っているのかという表情で全く取り合う様子がない。僕は泣く泣く執事殿に声をかけた。

「どうぞ、この馬をお使いください」

 執事長は僕を振り返った。

「おお、気がきくのう」

 執事長は僕の可愛い黒馬の手綱を受け取った。

「いや、馬は要りません! ね!」

 僕の心中を察してくれているのだろう。トーマ様は御者席によじ登らんばかり。

「何をふざけておる。さっさと乗らんか。これ以上遅れるわけにはいかん」
「なら、先に行ってください。私は馬が用意出来次第のんびり追いかけますから」

 トーマ様はあれこれ言ってくださったが、結局執事長は首を縦に振らなかった。

「ごめんよ、ニケ。こんな事になるとは」

 馬に跨ろうとして足を止め、トーマ様は本当に申し訳なさそうに言った。僕は笑った。そのお気持ちだけで十分だ。

「早くお乗りください。僕はまたいくらでも機会はあります」
「この埋め合わせは必ず……」

 トーマ様は、僕の肩に腕を回し、隊長にそっくりな綺麗な顔を僕に近付けてきた。

「いりませんいりません!」

 僕は慌ててトーマ様を馬の方に押しやった。埋め合わせなんて言って、また手籠めにされるのはごめんだ。

 王様の出発を告げるファンファーレが鳴った。隊列が進み出した。

「道中お気をつけて」
「ニケ……迷惑をかけついでに、頼みがあるんだ」
「え?」

 変わったついでもあったもんだが、トーマ様のいつになく深刻な顔に、僕はツッコミを控えた。

「マリアの様子を見ておいてくれないか」

 トーマ様はまだ何か言いたげだったが、執事長がやってくると口をつぐんだ。

「早く行かんか、トーマ!」

 トーマ様は僕の肩を一つ叩くと、馬にひらりとまたがって行ってしまった。取り残された僕は、大事な質問をし忘れたことに気がついた。

 マリアって誰っすか、トーマ様……。

 

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