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第九章 侍従
6 多忙な彼女(侍従視点)
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6 多忙な彼女 (侍従視点)
マリアは普通に厨房にいて、ジャガイモの皮を剥いていた。
「ねえなんで平然とジャガイモの皮なんかむいてるの」
「なんでって、仕事だもの」
厨房の面々がくすくす笑う声がする。
「俺に何か言うことはないの」
「は?」
「……ちょっとフアナ、この人どう思う?」
向かいで作業しているフアナに泣きつく。フアナは苦笑する。
「マリア、トーマはね、夜通しあなたを心配していたのよ」
「そうだそうだ」
マリアが俺を見た。目があっただけでドキッとして、このトーマともあろう者がひるんでしまった。やっぱり、マリアは特別だと感じる。
「……」
マリアはため息をつくと、裸にしたジャガイモを桶に放り込んで、また次のイモを手に取った。見つめ合いながら言葉を待つが、するすると伸びていくのはイモの皮ばかり。
「いや無言かい!」
フアナが吹き出した。
「なんとか言ったらどうなんだよ……心配させてごめんね、とか。仕事が長引いたのよ、とか。私も会いたかったわ、とかさあ!」
「ああもう、うるさい人ねえ……」
「ちょっと来て」
あまりに埒があかないので、俺はマリアの手をつかんで厨房から連れ出した。料理番達がひゅうとはやしたてる。
「あらまあ、大変ねマリア」
「ごめん、ちょっとこの人黙らせてくる」
マリアは俺に引っ張られながら厨房の皆に声をかけた。ごゆっくりと笑う声が返ってくる。
*****
城壁まで来ると俺はマリアにギュッと抱きついた。
「やめて、こんなところで」
誰も居ないから大丈夫なのに、マリアはそれでも、城の窓から見えるかもしれないから嫌だと言う。
「昨日、どこ行ってたの」
「どこでもいいでしょう」
「よくない」
「実家よ、実家……」
「嘘ばっか。オヤジさんに会ったけど、帰ってないって言ってたぜ」
「ねえ……私のこと探し回ってたって本当なの? 私、束縛してくる男は大嫌い」
「知ってるよ」
俺はマリアに縋りついたまま小声で言った。
「でも、会いたくて探しちゃうんだよ、つい……」
マリアの目にちょっと同情の色が浮かんだ。俺はすかさずキスをした。
「なんか今日のマリア、綺麗だ……」
しばらくするとマリアの方も乗ってきた。壁に体を押し付けてくちびるを貪り合う。
「水車小屋行きたい」
「だめよ」
「なんで。いいだろ……ちょっとだけ」
お堀に続く小川には公共の粉挽き小屋がある。が、使用料が高いせいか、城の者以外は誰も寄りつかない。格好の逢引きスポットなのだ。
「私、厨房を抜けてきてるのよ」
「ごゆっくりって言われたじゃん。大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわよ……また何を噂されるか」
胸をそっと揉みながら、スカートに膝を割り込ませる。マリアは俺の手をピシャリと叩いた。本気の拒絶にあって、俺は悲しくなった。
「あなたと噂になるのは本当に嫌なの」
「俺は構わないよ」
「あなたは構わなくても……」
マリアは長いまつ毛を伏せた。
「どうせ、私のことだって飽きたらポイなんでしょ」
マリアがこんなことを言うのは珍しかった。
「私だけじゃないくせに」
「君だけだよ」
「だったらどうして、私は侍女たちの目の敵にされなきゃいけないわけ」
「え? なんのこと」
「まあ、そんなことにも察しがつかないのね。名探偵が聞いて呆れる」
マリアはサッとスカートをはたいて、厨房に戻ろうとする。
「ねえ、俺何かした?」
「付いて来ないで」
俺はなりふり構わずマリアに追いすがった。背後から抱きつくと、マリアも流石に足を止めた。
「侍女たちと、何かあったの?」
顔を覗き込むと、マリアは苦笑して、何にもないわと言った。俺は昨日から心配で心配で、どうしても聞かずにいられなかったことを聞いた。
「じゃあ、男?」
「は?」
「昨日は別の男と外泊したとか……」
「何それ、最低!私のことなんだと思ってるの?」
せっかく和らいだマリアの表情がまた険しくなった。そのおっかない顔を見て、ほっとしている俺がいた。
「違うならいい……君の反応が見たかっただけ」
俺が笑うと、マリアは拍子抜けしたようだった。
「よかったあ」
俺はマリアをぎゅうっと抱きしめた。
「……王妃様のお使いに出てたの」
マリアは小声で言った。
「王妃様の?」
意外な答えだった。
「そういうのは普通、侍女が行くものだろ」
「そうなのよね……」
マリア自身、どうして自分が頼まれたのかわからないと首をかしげた。
「どこに行かされたの」
一晩帰ってこなかったところを見ると、それなりの距離があるところまで行かされたのだろう。
「これ以上は言えないわ。硬く口止めされているの。だから、絶対、誰にも言わないで。私は実家にいたことにして」
「わかった。誰にも言わない」
マリアはようやく微笑んでくれた。昨日からずっと、秘密を一人で抱えて不安だったのだろう。俺はマリアを抱きしめて髪を撫でた。
口にはしなかったが、俺は、なんとなく嫌な予感がした。侍女にも頼めないようなお使いとは何なのだろう。しかも行き先は極秘ときている。
昨日から王妃様はご気分がすぐれないとも聞いている。王の耳にも入っていない王妃の動きには、若干不穏なものを感じた。
口封じのことを考えた時、貴族の子女である侍女よりも、メイドの方が都合がいい。下働きの娘ならば、解雇しても飛ばしても、いくらでも替えが利く。それが宮廷人の思考だ。
「ねえマリア。今後、王妃様からまた何か言いつけられたら、すぐに俺に言うんだよ」
「どうして?」
「どうしてって……俺がまたストーカーになってもいいの?」
マリアはくすくすと笑いながら俺の胸に顔を埋めた。俺は力一杯マリアを抱きしめる。
「さて……仲直りしたところで、水車小屋に行こうか」
「だから、無理だってば」
マリアは厨房での仕事をフアナにだいぶ肩代わりしてもらったことを、悪いと思っているらしかった。俺はマリアの、そういう生真面目なところが好きだ。
「じゃあそれが終わったら来て……待ってるからさ」
「ごめん、それも無理なの。その後、お仕立ての依頼もあって……」
メイドと付き合ったのは初めてだったけど、改めて、俺たちよりよっぽど働いてるなと感心させられてしまう。
「はあ……それは何時に終わるの」
「わからないわ。お屋敷に来るように言われてるだけだから、見てみないことには……。まあ、泊まりがけってことはないでしょうけど」
「じゃあ来るまで待ってる」
「だめよ。そんなことされたら集中できないし。あんなところに夜通しいたら風邪ひいちゃうわよ」
でも心配だしなあ。と俺が渋っていると、マリアはため息をついて言った。
「わかった、じゃあ、終わったらあなたの部屋に行くわ」
「えっ?!」
マリアの積極的な発言に思わず顔が赤くなった。いつも俺が言い出してマリアは渋々っていうスタンスだったのに。俺は意外と不意打ちに弱いらしい。
「お休みを言いに行くだけよ? 変なこと考えないで」
「いや……考えるでしょ」
マリアは赤い顔をして、俺の肩をペシっと叩いた。
「とにかく!待ちぼうけしたり騒いだり探し回ったり……そういう馬鹿なことはしないで、おとなしく部屋にいなさいねってこと!」
「了解。万全の体制を整えておくから」
マリアは俺を突き飛ばすと、走り去っていった。
マリアは普通に厨房にいて、ジャガイモの皮を剥いていた。
「ねえなんで平然とジャガイモの皮なんかむいてるの」
「なんでって、仕事だもの」
厨房の面々がくすくす笑う声がする。
「俺に何か言うことはないの」
「は?」
「……ちょっとフアナ、この人どう思う?」
向かいで作業しているフアナに泣きつく。フアナは苦笑する。
「マリア、トーマはね、夜通しあなたを心配していたのよ」
「そうだそうだ」
マリアが俺を見た。目があっただけでドキッとして、このトーマともあろう者がひるんでしまった。やっぱり、マリアは特別だと感じる。
「……」
マリアはため息をつくと、裸にしたジャガイモを桶に放り込んで、また次のイモを手に取った。見つめ合いながら言葉を待つが、するすると伸びていくのはイモの皮ばかり。
「いや無言かい!」
フアナが吹き出した。
「なんとか言ったらどうなんだよ……心配させてごめんね、とか。仕事が長引いたのよ、とか。私も会いたかったわ、とかさあ!」
「ああもう、うるさい人ねえ……」
「ちょっと来て」
あまりに埒があかないので、俺はマリアの手をつかんで厨房から連れ出した。料理番達がひゅうとはやしたてる。
「あらまあ、大変ねマリア」
「ごめん、ちょっとこの人黙らせてくる」
マリアは俺に引っ張られながら厨房の皆に声をかけた。ごゆっくりと笑う声が返ってくる。
*****
城壁まで来ると俺はマリアにギュッと抱きついた。
「やめて、こんなところで」
誰も居ないから大丈夫なのに、マリアはそれでも、城の窓から見えるかもしれないから嫌だと言う。
「昨日、どこ行ってたの」
「どこでもいいでしょう」
「よくない」
「実家よ、実家……」
「嘘ばっか。オヤジさんに会ったけど、帰ってないって言ってたぜ」
「ねえ……私のこと探し回ってたって本当なの? 私、束縛してくる男は大嫌い」
「知ってるよ」
俺はマリアに縋りついたまま小声で言った。
「でも、会いたくて探しちゃうんだよ、つい……」
マリアの目にちょっと同情の色が浮かんだ。俺はすかさずキスをした。
「なんか今日のマリア、綺麗だ……」
しばらくするとマリアの方も乗ってきた。壁に体を押し付けてくちびるを貪り合う。
「水車小屋行きたい」
「だめよ」
「なんで。いいだろ……ちょっとだけ」
お堀に続く小川には公共の粉挽き小屋がある。が、使用料が高いせいか、城の者以外は誰も寄りつかない。格好の逢引きスポットなのだ。
「私、厨房を抜けてきてるのよ」
「ごゆっくりって言われたじゃん。大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわよ……また何を噂されるか」
胸をそっと揉みながら、スカートに膝を割り込ませる。マリアは俺の手をピシャリと叩いた。本気の拒絶にあって、俺は悲しくなった。
「あなたと噂になるのは本当に嫌なの」
「俺は構わないよ」
「あなたは構わなくても……」
マリアは長いまつ毛を伏せた。
「どうせ、私のことだって飽きたらポイなんでしょ」
マリアがこんなことを言うのは珍しかった。
「私だけじゃないくせに」
「君だけだよ」
「だったらどうして、私は侍女たちの目の敵にされなきゃいけないわけ」
「え? なんのこと」
「まあ、そんなことにも察しがつかないのね。名探偵が聞いて呆れる」
マリアはサッとスカートをはたいて、厨房に戻ろうとする。
「ねえ、俺何かした?」
「付いて来ないで」
俺はなりふり構わずマリアに追いすがった。背後から抱きつくと、マリアも流石に足を止めた。
「侍女たちと、何かあったの?」
顔を覗き込むと、マリアは苦笑して、何にもないわと言った。俺は昨日から心配で心配で、どうしても聞かずにいられなかったことを聞いた。
「じゃあ、男?」
「は?」
「昨日は別の男と外泊したとか……」
「何それ、最低!私のことなんだと思ってるの?」
せっかく和らいだマリアの表情がまた険しくなった。そのおっかない顔を見て、ほっとしている俺がいた。
「違うならいい……君の反応が見たかっただけ」
俺が笑うと、マリアは拍子抜けしたようだった。
「よかったあ」
俺はマリアをぎゅうっと抱きしめた。
「……王妃様のお使いに出てたの」
マリアは小声で言った。
「王妃様の?」
意外な答えだった。
「そういうのは普通、侍女が行くものだろ」
「そうなのよね……」
マリア自身、どうして自分が頼まれたのかわからないと首をかしげた。
「どこに行かされたの」
一晩帰ってこなかったところを見ると、それなりの距離があるところまで行かされたのだろう。
「これ以上は言えないわ。硬く口止めされているの。だから、絶対、誰にも言わないで。私は実家にいたことにして」
「わかった。誰にも言わない」
マリアはようやく微笑んでくれた。昨日からずっと、秘密を一人で抱えて不安だったのだろう。俺はマリアを抱きしめて髪を撫でた。
口にはしなかったが、俺は、なんとなく嫌な予感がした。侍女にも頼めないようなお使いとは何なのだろう。しかも行き先は極秘ときている。
昨日から王妃様はご気分がすぐれないとも聞いている。王の耳にも入っていない王妃の動きには、若干不穏なものを感じた。
口封じのことを考えた時、貴族の子女である侍女よりも、メイドの方が都合がいい。下働きの娘ならば、解雇しても飛ばしても、いくらでも替えが利く。それが宮廷人の思考だ。
「ねえマリア。今後、王妃様からまた何か言いつけられたら、すぐに俺に言うんだよ」
「どうして?」
「どうしてって……俺がまたストーカーになってもいいの?」
マリアはくすくすと笑いながら俺の胸に顔を埋めた。俺は力一杯マリアを抱きしめる。
「さて……仲直りしたところで、水車小屋に行こうか」
「だから、無理だってば」
マリアは厨房での仕事をフアナにだいぶ肩代わりしてもらったことを、悪いと思っているらしかった。俺はマリアの、そういう生真面目なところが好きだ。
「じゃあそれが終わったら来て……待ってるからさ」
「ごめん、それも無理なの。その後、お仕立ての依頼もあって……」
メイドと付き合ったのは初めてだったけど、改めて、俺たちよりよっぽど働いてるなと感心させられてしまう。
「はあ……それは何時に終わるの」
「わからないわ。お屋敷に来るように言われてるだけだから、見てみないことには……。まあ、泊まりがけってことはないでしょうけど」
「じゃあ来るまで待ってる」
「だめよ。そんなことされたら集中できないし。あんなところに夜通しいたら風邪ひいちゃうわよ」
でも心配だしなあ。と俺が渋っていると、マリアはため息をついて言った。
「わかった、じゃあ、終わったらあなたの部屋に行くわ」
「えっ?!」
マリアの積極的な発言に思わず顔が赤くなった。いつも俺が言い出してマリアは渋々っていうスタンスだったのに。俺は意外と不意打ちに弱いらしい。
「お休みを言いに行くだけよ? 変なこと考えないで」
「いや……考えるでしょ」
マリアは赤い顔をして、俺の肩をペシっと叩いた。
「とにかく!待ちぼうけしたり騒いだり探し回ったり……そういう馬鹿なことはしないで、おとなしく部屋にいなさいねってこと!」
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