氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

文字の大きさ
34 / 182
第五章 夏の屋敷

3 金の糸

しおりを挟む
3 金の糸



「そうだ!」

 僕は弾みをつけて、元気に立ち上がった。ジュンに頼み、短剣を貸してもらう。

「アリスのフリは、もうおしまいにしよう!」

 僕は、長いアリスの金髪を束ねてつかみ、その根本にナイフの刃を当てた。

「あっ、そんな乱暴な!」

 ジュンが僕の手からナイフを奪った。

「なんで止めるの。男に戻らせてくれる約束だったよね」
「それにしたって、ざんぎり頭はよろしくない……僕に任せてください」

 ジュンが天井まである大きな窓のカーテンを開けると、朝の光が広い部屋の奥まで差し込む。ジュンは埃よけの布を手早く外して行く。彫刻の施された衣装箪笥やドレッサー、全身鏡などがあらわれた。

「こちらへ」

 ジュンは僕を大きな鏡の前の椅子に座らせて、櫛で髪をそっと漉いてくれた。

「本当になめらかで、美しい髪ですね。ゆるく波打っていて。細いのに全くもつれない」

 ジュンは僕の髪の下に手を入れて、高く持ち上げた。髪は朝日を受けて水のように光り、さらさらとジュンの手を流れ落ちた。

「遊んでないで、切ってよ……」
「もったいないなあ」
「僕はもう、見るのもやだ」

 鏡の中の、長い髪の少女。ケイトの心を、呪いで縛りつけるおきゃま。目に焼き付けて、僕は自分を戒める。

「じゃあ、切りますよ」

 どこかで見つけてきたらしい細い鋏を手にして、ジュンはため息をついた。

「おねがいします」

 僕は目をつむる。しゃきっと静かな音と、髪が微かに揺れる感覚。

「こ、これは?」

 ジュンの戸惑った声に振り返る。

「どうしたの?」
「切った途端に、髪が……」
「ああ、金に変わったんだよ」

 ジュンは目を見開いた。

「何だって?」
「え……だって、前にも見せたでしょ」

 ケシ畑で助けてもらったお礼に、僕は一房髪を切って、ジュンにあげようとしたことがあった。不気味がられて、受け取ってもらえなかったけど。結局あれはどうしたっけ。

 ジュンは切り取った髪をためつすがめつして、純金だ、とつぶやいた。

「……僕はてっきり、手品か何かだと」

 そう言って僕の髪と、切り取られた髪とを見比べる。生えてる方はまだ、絹糸のように柔らかい。

「これも、妖精の贈り物だよ。あの時は信じてもらえないと思って誤魔化したけど」

 僕はジュンを見上げる。

「信じてくれた?」
「じゃあ……全部本当なんですか」
「たぶんね」

 ジュンは目を伏せて、僕の髪をなでた。

「ケイトが恋に落ちたのも……」
「氷の森の妖精の仕業だよ」

 僕の肩に乗っているジュンの手を、僕はぽんぽんと叩いた。



**********



 勢いよく頭を振る。髪が、頭が、首が、軽い!! 嬉しすぎる!

「ありがとうジュン!!」
「どういたしまして」

 僕は椅子から立って腕を上げ、高く高く、ぎりぎりと音がするほど伸びをする。ジュンは窓を開けてくれた。

 首筋を吹き抜けていく風が、すがすがしかった。ジュンが僕の肩や背に絡まる髪を払いのけてくれる。

「これも脱いでいい?」

 僕はドレスをかなぐり捨てる。ドレスがぱさっと音を立てて床に落ちた。

「見て。アリスの抜け殻」

 僕は腰に手を当てて仁王立ちし、抜け殻ーー床に散らばる金の糸とドレスーーを見下ろした。

 数日ぶりに、生まれたままの自分、ただの僕に戻った。鏡越しにジュンと目があってほほ笑む。ジュンはぱっと目を逸らして顔を赤らめた。

「服を、探してきましょう」

 そういうとジュンは部屋を出て行った。

 残された僕は窓辺に寄って、花の香りのする朝の風を胸いっぱいに吸い込んだ。

 風が吹くたびに、木々が柔らかに揺れる。

 ここは、夏の避暑のために造られた屋敷なのだろう。郊外の隠れ家といったところだ。

 古風な煉瓦造りの噴水とプールが爽やかな水音を立てている。その向こうには、オリーブや、スモモが植えられた果樹園が広がる。

 僕は下着姿のままバルコニーにでた。柵に肘をつき、髪を冷たい春風になぶらせる。目を閉じて、日差しを体いっぱいに浴びた。

 ふと振り返ると、部屋にはジュンが戻ってきていた。服を持ったまま立ち尽くして、声をかけるでもなく、僕を見つめている。

「素敵な庭だね」

 僕は振り返って、部屋の中のジュンに声をかけた。一緒に並んで眺めようと微笑みかけたのだが、ジュンは眩しそうに目をしかめた。

「……そんな格好では、風邪をひきますよ」
「平気だよ。お日様が当たって、むしろあったかい」

 手招きするが、ジュンは部屋の奥に引っ込んでしまった。僕は諦めて、部屋の中に入った。

 明るい庭から来ると、部屋が緑に沈んで見える。

 ベッドの上に僕のための服を整えてくれているジュンの背後に、僕はこっそり近づいた。

「わっ!」

 背後から飛びついて驚かす。

 ジュンは僕の方が驚く位の大声をあげて、畳んでいた服を取り落としてしまった。僕は大笑いである。

「な、何をするんですか!」
「ほら、あったかいだろ?」

 僕は抱きついたままジュンを見上げる。お日様に当たって温まった髪や手足をジュンに触らせたかったのだ。

「い……いけません!」

 ジュンは慌てたように僕の腕をふりほどいた。

「へ? なにが?」

 僕はジュンの反応にポカンとしてしまう。

「頼むから服を着て……」

 ジュンは力なく呟きながら、ベッドのそばにある寝椅子にどさりと腰掛けた。はああとため息をついて両手で顔を覆うと、そのまま動かなくなった。

 僕は心配になって、その隣に腰掛ける。

「ジュン? どうしたの?」

 髪をなでてやると、ジュンはビクッとしながら顔を上げた。真っ赤な顔をしている。

「顔が赤いよ。もしかして熱があるんじゃ……」

 額に当てようと伸ばした僕の手を、ジュンにすんでで掴まれ、ぐいと膝の上に下ろされてしまった。 

「いいから、服を! 着て、くだ、さい!」

 ジュンの形相に気圧されて、僕は大人しく服を着に行った。






 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

処理中です...