氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第四章 舞踏会

5 意地悪なおつかい

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5 意地悪なお使い


「あ、あれ……」
「アリスさん?」

 ずるずるとそのまましゃがみこみそうになる僕を、ケイちゃんが支えてくれた。

 僕の腰を抱きよせるケイちゃんの腕は、固くて力強い。

「大丈夫ですか?」
「なんだろ……急にめまいがした」
「少し座りませんか」

 ケイちゃんに抱えられてバルコニーのベンチに座った。

 小一時間ぶりに、涼しい新鮮な空気に触れた。夜風に、すっと身体が軽くなる。

「ああ、ごめん。ケイちゃんは、隠れてなきゃいけないのに……」
「私ならもう大丈夫ですから」

 ケイちゃんの瞳は、アリスだけを映してる。それをみたら、また胸がひゅんひゅんしてきた。

「あそこで、どれくらい立っていたんですか?」
「一時間くらいかな」
「そんなに? いったいどうして?」
「ん……実を言うとね……待ち合わせしてたの」

 ケイちゃんの手にきゅっと力が入った気がして、僕は顔を上げた。

「そ、それは男性?」

 僕は用心しながらこくりとうなずく。

「恋人……ですか?」

 僕は黙ってケイちゃんを見つめた。

 つやのある栗色の髪に、意志の強そうな眉、よく動く鳶色の明るい瞳。

 間違いない。僕は君の事を知ってたよ。君の事ばっかり話してくれる友達がいたから。

 僕は、君をずっと待っていたんだ。

「手、見せて」

 僕はケイちゃんの手をとった。滑らかで、とても下働きでこき使われているとは思えない手。

「メイドさんなのに、どうしてこんなに手が綺麗なの?」
「そっ……れは、ゴム手すれば余裕ですよ?!」
「ほー。あれ、これはペンだこ?」
「いやそれは、なんだろ、多分、生まれつき……」

 ケイちゃんは僕が何を聞いても、苦し紛れに弁解した。頑なにメイドのフリをする。自白させるのは無理みたい。

 僕は吹き出しそうになるのをこらえて、ケイちゃんの首筋に顔を寄せる。

「ア、アリスさ……」

 女の子みたいになだらかな、白い首筋。だけど、やっぱり近くで見ると筋肉の程よく乗った、男の子の体をしてる。

 背が高いし、横顔も凛々しくてかっこいい。

 僕はちゅっと音を立てて、ケイちゃんのうなじにキスしてみた。

 どうしても本当のことを言わないから、ちょっといたずらをしてみたくなったんだ。

「ふぁ……っ!」

 ケイちゃんが首をすくめて飛び上がる。完全に男の子の声が出てる。僕はおかしくてたまらない。

 ケイちゃんは慌てて僕の両肩をつかみ、自分から遠ざけた。

「もっ、もう行かないとっ……!」

 どこにも行かないでって言いたかったけど、言葉が出てこない。代わりに僕はケイちゃんの手をそっと握った。

 ケイちゃんは瞳を潤ませた。

「仕事に……戻らなきゃ」

 繋いだ指から、力を抜いた。それでも、僕たちの手が離れることはなかった。

 僕たちの間に何が起こっているのだろう。

 僕が目を上げると、彼の指が力なく応える。僕の体は甘い痺れに貫かれる。

 彼の肩に頭を乗せる。胸が小さく震えている。鼓動が伝わってくる。

 つないだ指を深く絡めても、もう嫌がらなかった。「冷たい」と言って、両手で包んでくれた。

「あなたを一時間も待たせるなんて、何かよほどのことがあったんでしょうか」

 声が、低い。思わず顔を上げる。

「僕だったら、あなたがこんなになるまで待たせたりしないのに」
「……え?」

 胸が震える。

「あ、いや、私が男ならの話ですよ?! いやその、私が女なら……じゃない! アリスさんなら、一時間も放置されたら怒って帰っちゃうだろうな」

 ケイちゃんはボロを出したことにあわててしまって、アリスの手をぶんぶん振りながら言いつくろう。

 ああもう、何なんだよ……。不器用すぎて可愛い……。

 それでばれないとでも思ってるのかな?気付かないふりしてるこっちがバカみたいだ。

 もう笑いがこらえきれなくて、僕は顔を背ける。 

「アリスさんは、よっぽどその方のことが好きなんですね……」

 もだえるくらい可愛く思ってる僕の気も知らずに、ケイちゃんの声は、悲しそうに震えた。

 きれいな眉がしょぼん、と下がっていく。ほんとにわかりやすい。

 どういう訳でメイドになってるのか知らないけれど、僕の前では、演技なんかしないでいいよって伝えたい。

 とはいえ、ここまで頑張って女装しているケイちゃんに、なんて切り出せばいい? 恥かしい思いはさせたくなかった。

 そこで、僕はケイちゃんにあるお使いを頼むことにした。

「ケイちゃん。お願いがあるの」
「え?」
「私の待ち人を、呼んできてくれないかな?」

 大きな瞳の中に、失望の影がゆらめくのがみえた。アリスと2人きりの世界に、終わりが来たと思ったのだろう。

 でも、その後にはすぐに、優しいほほ笑みが現れた。

「あなたの頼みとあれば」

 アリスの残酷なお願いを、ケイちゃんは笑顔で引き受けた。

 でも目を見れば、それは、作り笑いだって分かった。

 僕はいつの間にか、ザクロさん以上にいじわるな、最悪のおきゃまになってしまったみたいだ。

 だって。彼がアリスに向けている切ない眼差しに、同情するどころか、ますます胸が高鳴ってるんだ。

 アリスのために彼がちゃんと傷ついてくれているのが、なぜか嬉しかったんだ。

 本当ならここで、全て打ち明けてやればいいんだ。僕は男で、君を助けるために女装して待ってたんだって。

 それなのに僕はもったいぶって、彼におかしなお使いをさせようとしている。我ながら最低。

 だけどさ。

 舞踏会が終われば、僕もアリスも、君の前から消えてしまうんだから。これくらいの意地悪、許してほしい。

 事実がわかるまでのほんの少しの間だけでも、君に、アリスを想って苦しんでほしいんだ。

「その方の居場所に心当たりはおありですか?」
「……庭園の奥の、あずまやを見てきてほしいの」
「お名前は」
「それは……あなたが行けば、分かると思うから」

 名前も教えずに、空っぽのあずまやに行かせて、ただ、男を呼んでこいだなんて。無茶なお使い。僕はまるでザクロさんみたいなことしてる。

「かしこまりました」

 メイドさんは、そう言って立ち上がった。

「ケイちゃん」

 バルコニーから僕が呼ぶと、庭園へ続く階段を下りていたケイちゃんの足が止まった。

「『本当の名前を教えて』って」

 ケイちゃんがゆっくり振り返る。

「その人に伝えて」

 月明かりだけでは、ケイちゃんの顔はもうよく見えなかった。

 僕の意地悪なお使いの意図、領主様に、ちゃんと通じますように。






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