氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第四章 舞踏会

8 ワルツ(領主視点)

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8 ワルツ (領主視点)



「アリスさん」

 胸の高鳴りをなだめながら呼びかける。バルコニーの影はゆっくりと振り返った。優しい頬の周りで、柔らかな巻き毛が揺れる。

「ケイト……です」

 アリスさんはほっとしたように微笑んだ。

「ジュンに全て、聞きました」
「全て?」
「僕を助けに来てくださったんですね」

 さっきの変装の言い訳をしようか、それとも何事もなかったかのようにふるまおうか……そんなことを考えながらやってきた。でも。

「待ちくたびれたよ……」

 アリスさんの緊張を解いた笑顔に、小生の肩の力も抜ける。言い訳なんて、どうでもよくなってしまった。

 アリスさんが小さくくしゃみをした。くしゃみの仕草さえキュートすぎるのはさておき、夜風にこれ以上あたらせているわけにはいかない。

「中に入りましょう」

 アリスさんの手を取って、広間に入った。

 ワルツに乗せて、人々が楽しげにステップを踏んでいる。アリスさんは、彼らの舞踏を物珍しそうに眺めている。

「踊りますか?」

 アリスさんは首を振った。

「……舞踏会なんてはじめて見た」
「生まれて初めて?」
「うん」

 あんまり真剣に眺めているので、思わず吹き出してしまった。ステップを頭に入れようとしているのか、顎に手をやって、まるで推理でもしているみたいだ。

「なに?」

 笑っているのに気が付いたアリスさんが小生を見上げる。

「いや、ごめんなさい。あまりに目が鋭いから」
「ケイちゃん、踊りたかったら行ってきてね。ここで見てるから」

 ケイちゃん、と呼ばれたことにどきっとする。アリスさんはダンスを見るのに夢中だった。

「まさか。ダンスなんかより、貴方の傍にいたい」

 小生は、瞳に精一杯の思いを込めて、アリスさんを見つめる。

「あ、そうだよね、作戦が無駄になっちゃうもんね」

  ふぬぅ……!そうじゃないよ。作戦だからじゃない。本当に君のことが好きだからだよ。

「ごめんね。踊れればいいんだけど……」

 伏せたまなじりがほんのり赤い。

「踊ってみます? 一緒に」

 アリスさんはふるふると首を振るけど、その目は好奇心でいっぱいなのだ。

「僕がお教えしますよ」

 アリスさんの手をとって、人気のない鏡の間へ移った。アリスさんの手を僕の肩にかけさせ、そっと細い腰を抱きよせる。彼女はコルセットをしていなかった。青い果実のような身体の手触りに、一瞬理性が飛びそうになった。

 でも、彼女の一生懸命な表情を見てしまうと、ちゃんとダンスの手ほどきに集中しなくてはという気になる。1.2.3……とリズムをとりながら何度かステップを踏むうちに、アリスさんの表情はすっかり和らいで、くるくるとターンさえできるようになった。

「上手いよ! それだけできれば大丈夫。広間で踊ってみませんか」
「……できるかなあ」
「絶対大丈夫!」

 アリスさんの手を引いて、大広間に戻る。

「よし、行くよ」
「ひゃあ……」

 アリスさんを抱いて、踊る人たちの間にふわっと紛れ込む。あとは何も考えず、音の波に乗る。僕の視界に映るのはただ、アリスさんの上気した頬、波打つ髪、次第に明るく輝きだす瞳。

「上手だよ、アリスさん」

 曲が終わる。僕は彼女をぎゅっと抱きしめた。彼女は息を弾ませながら、僕の腕の中で嬉しそうにほほ笑む。

 愛しい。いくらぎゅうっとしてもたりない。柔らかくてしなやかな可愛い身体。可愛い顔。僕の胸のすぐそばで、ドキドキしている可愛い心臓。僕を見上げる可愛い目。全部、丸ごと食べてしまいたい。僕のくちびるは、彼女の小さなくちびるへ、自然と吸い寄せられていく。

「領主様……?」

 アリスさんの怯えたような声に、小生ははっと我に返る。吐息がかかるほどの距離、鼻先がすれすれまで近づいたところで、踏みとどまる。

 踊っている間、周りの目をまったく気にしていなかった。だが、小生とアリスさんの存在はとうに周囲の注目を集めていたようだ。あからさまな視線こそ飛んでは来ないが、僕らの一挙手一投足に、人々の関心のベクトルが向いているのを感じる。それが証拠に、半径一メートル以内には誰も近寄ってこないのだ。自然と道が空く。

「みんな、領主様のこと見てるね」
「まいったな。作戦は大成功みたいだけど……」

 人波の向こう、玉座に目をやる。父上と母上もこちらを見ていた。満足そうな顔をしている母上と、その母上を見てほほ笑んでいる父上。いつもお堅い表情の執事が、その横で満面の笑みをたたえていて、申し訳ないけどちょっと無気味だ。

「本当にいいのかな……」
「……えっ?」
「皆をだましてしまって」

 アリスさんも、母上の方を見ていた。 

「だましてなんかいませんよ」
「……」

 僕はまたアリスさんを抱きしめて、耳元にくちびるを寄せて囁く。彼女はその美しい切れ長の目を伏せる。

「そばにいてよ。ずっと」

 指先にそっと触れ、そのまま握りしめながら、小生は大きく息を吸った。

「アリスさん、どうか僕と……」

 その時だった。広間の灯りが消え、天井から、謎のミラーボールが現れた。母上が何やら合図をすると、奇妙な曲が流れ始めた。

「何、この曲……」

 会場の人々がざわついている。小生は耳が赤くなる。




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