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第四章 舞踏会
1 舞踏会への潜入
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1 舞踏会への潜入
「で、君のジュリエットはどこ?」
「ここにはまだ。間もなくおいでになります」
ジュンがそう言うのとほぼ同時に、盛大なファンファーレが響いた。人々のさざめきが止む。大きな扉が開いて、ゆっくりと王妃様が入場してくる。モーセの出エジプトみたいに、人の波が広間の真中で分かれる。
「見えますか……あの方がケイトです」
「は?!」
みんなが腰をかがめて礼をしているなか、僕は思わず頭をあげてしまった。
「しーっ!」
「ちょ、今、誰を指して……」
ジュンに頭を押さえられてしまった。僕はジュンを小突く。
「……あ、あれは王妃さまだろ?」
「違います。その隣」
「隣?」
王妃様の隣に女の子なんかいたっけ? お辞儀しながら考える。
「ぐっ……やばいやばいやばい尊すぎる……今日の衣装めちゃめちゃ似合ってる……前髪も神ってる……」
ジュンが早口で呪文のようなうわごとをもらした。
もう頭をあげてもいいらしい。背の高いジュンには、人垣ごしでもケイトの姿が見えているようで、すでに瞳をうるうるさせている。
「……よく見えないんだけど、どの子?」
ジュンの視線を追って首を伸ばしてみるけど、背の低い僕には、王妃様たちしか見えない。
「え、見えませんか? あんなに輝いているのに! はっきり言って、今夜は神ビジュですよ。白地に金糸の縫い取りの衣装がお似合いすぎて私はもう萌え死にそうです」
確かに白い服のキラキラしい人がいるにはいるけど、それは、領主だし。もっと奥にいるのかな? ジュンにしがみついて、つま先立ちをする。
「ほら今、王妃様にひざまずいたでしょう! あれが領主様です!」
「そんなことは見ればわかるよ」
王妃様の合図で、ずんたったずんたったと華やかなワルツが流れ始めた。すると領主様が、笑顔を浮かべて一人壇上から下りてくる。
僕が「ケイト」の正体に気付いたのはその時だった。ジュンの目は、人々の花道の間を歩いてくる領主様の姿にロックオンされているのだ。
「おい、まさか……」
「ケイちゃん……今、救けに行くからね……」
「な……」
な、何を言っているんだ、この男は?
ジュンにしがみついたままフリーズした僕の視界を、ゆっくりと領主様が横切ってゆかれる。
「いいですね。この曲が終わったら、作戦通り、僕があの方をお連れします。あなたはそこのバルコニーに居てください。極力、誰にも話しかけられないように注意してくださいね」
「え、待って?」
ジュンは僕の手を振りほどいてどこかへ行こうとする。僕はさらにジュンの服の裾をつかむ。
「まってまってまってまって!」
僕はとんでもないことを引き受けてしまったんじゃないか?
「どうしたんです!?」
どうしよう。ここまで来て、事の重大さに気が付くなんて。
「ケイト=領主だなんて、君は、いつ、言ったのか? ケイト=男だなんて、君は、いつ、言ったのか? てゆーかそんな重要情報知らずにここまでついてきた僕はとんまなのかそれともなんなのか?」
「え?」
領主様を誘拐するお手伝いなんて、下手すりゃ国賊、指名手配で即お縄だぞ!!イチマルキウでスケスケシタギを買うほうがまだ罪がない!
「僕やっぱ無……」
「緊張なさってるんですね。大丈夫。計画通りやれば、絶対に大丈夫ですから。落ち着いて」
真剣そのもののジュンの顔を見ちゃうと、やめるなんて、絶対に言えなくて。
「あれ」
ジュンが身を乗り出して、領主様を見る。
「ど、どうした?」
「領主様の様子がおかしい」
ジュンは素早く、領主様と王様たちを交互に見やる。
腰をかがめた人々の花道を通り抜けた領主様は、扉の前で振り返ると優雅にお辞儀をした。
それが合図だったらしい。音楽が大きくなる。招待客たちは、手に手を取り合ってワルツを踊り始めた。
「えっ!?」
ジュンが、慌てたようすで会場を見回した。あっという間に、広間はくるくる回るお姫様たちの大海原と化した。
領主様はその様子を見渡してほほ笑むと、静かに広間を後にされた。その背後で、ゆっくりと重たい扉が閉ざされていく。
「ばかな。主役が消えるなんて! ケイちゃんてば、どういうつもりなんだ」
「……衣装でも直しに行ったんじゃないの?」
「いや。本来なら、まず領主が招待客と一曲踊るのが礼儀……」
ジュンが王様たちの方をふり仰ぐ。王様の側近たちがあわてた様子で立ち上がるのが見えた。領主様の消えた扉を見ている王様とお妃様の顔は、若干こわばっている。
執事らしき男が出口に向かおうとするのだけど、踊る人たちに阻まれてなかなか前に進めないみたいだ。
「……逃げた」
ジュンは、王様たち同様、ぽけーっとして、領主様の出て行った扉を見つめている。逃げた? 領主様が?
「……追わなくていいよな?」
「あ、いえ! 行きましょう!」
領主の出て行った扉は、押してもびくともしなかった。外側からかんぬきを掛けられてしまったらしい。
ジュンは人ごみをかき分けながら大広間を抜けて、隣の鏡ばりの広間から廊下に出た。王様の側近らしき人たちもジュンの後を追ってやってきた。
「ジュン様! 今までどちらへ? 午前の祝典にもおいでにならず……」
執事らしき人がジュンに声をかける。僕はそっと壁に寄って気配を消した。
「そんなことより! 領主様はどうされたのだ」
「わかりません。急に出て行ってしまわれて……」
「何か変わったご様子はなかったのか?」
側近たちは首を振る。
「本日の領主様はご機嫌も麗しく……」
「我々に対しても常に笑顔を絶やさず、実に朗らかにお過ごしで……」
皆の話が終わらないうちに、ジュンが舌打ちして髪をかきあげた。おお、結構な迫力。側近たちは一様に口をつぐんでしまった。
「式典嫌いのあの方が、朗らかだったって? そりゃ、何か企んでらっしゃる証拠じゃないか」
「……申し訳ありません!」
さっき見た領主様は、優等生然とした笑顔を浮かべてたけど、あれに騙されちゃいけないらしい。
広間に入ってくる時も出ていく時も、慇懃に振る舞っておきながら、内心逃げ出してやろうって思ってたわけか。
それで実際に、並みいる家臣たちをまいて颯爽と消えてしまった。
廊下にはすでに領主様の影も形もない。
「で、君のジュリエットはどこ?」
「ここにはまだ。間もなくおいでになります」
ジュンがそう言うのとほぼ同時に、盛大なファンファーレが響いた。人々のさざめきが止む。大きな扉が開いて、ゆっくりと王妃様が入場してくる。モーセの出エジプトみたいに、人の波が広間の真中で分かれる。
「見えますか……あの方がケイトです」
「は?!」
みんなが腰をかがめて礼をしているなか、僕は思わず頭をあげてしまった。
「しーっ!」
「ちょ、今、誰を指して……」
ジュンに頭を押さえられてしまった。僕はジュンを小突く。
「……あ、あれは王妃さまだろ?」
「違います。その隣」
「隣?」
王妃様の隣に女の子なんかいたっけ? お辞儀しながら考える。
「ぐっ……やばいやばいやばい尊すぎる……今日の衣装めちゃめちゃ似合ってる……前髪も神ってる……」
ジュンが早口で呪文のようなうわごとをもらした。
もう頭をあげてもいいらしい。背の高いジュンには、人垣ごしでもケイトの姿が見えているようで、すでに瞳をうるうるさせている。
「……よく見えないんだけど、どの子?」
ジュンの視線を追って首を伸ばしてみるけど、背の低い僕には、王妃様たちしか見えない。
「え、見えませんか? あんなに輝いているのに! はっきり言って、今夜は神ビジュですよ。白地に金糸の縫い取りの衣装がお似合いすぎて私はもう萌え死にそうです」
確かに白い服のキラキラしい人がいるにはいるけど、それは、領主だし。もっと奥にいるのかな? ジュンにしがみついて、つま先立ちをする。
「ほら今、王妃様にひざまずいたでしょう! あれが領主様です!」
「そんなことは見ればわかるよ」
王妃様の合図で、ずんたったずんたったと華やかなワルツが流れ始めた。すると領主様が、笑顔を浮かべて一人壇上から下りてくる。
僕が「ケイト」の正体に気付いたのはその時だった。ジュンの目は、人々の花道の間を歩いてくる領主様の姿にロックオンされているのだ。
「おい、まさか……」
「ケイちゃん……今、救けに行くからね……」
「な……」
な、何を言っているんだ、この男は?
ジュンにしがみついたままフリーズした僕の視界を、ゆっくりと領主様が横切ってゆかれる。
「いいですね。この曲が終わったら、作戦通り、僕があの方をお連れします。あなたはそこのバルコニーに居てください。極力、誰にも話しかけられないように注意してくださいね」
「え、待って?」
ジュンは僕の手を振りほどいてどこかへ行こうとする。僕はさらにジュンの服の裾をつかむ。
「まってまってまってまって!」
僕はとんでもないことを引き受けてしまったんじゃないか?
「どうしたんです!?」
どうしよう。ここまで来て、事の重大さに気が付くなんて。
「ケイト=領主だなんて、君は、いつ、言ったのか? ケイト=男だなんて、君は、いつ、言ったのか? てゆーかそんな重要情報知らずにここまでついてきた僕はとんまなのかそれともなんなのか?」
「え?」
領主様を誘拐するお手伝いなんて、下手すりゃ国賊、指名手配で即お縄だぞ!!イチマルキウでスケスケシタギを買うほうがまだ罪がない!
「僕やっぱ無……」
「緊張なさってるんですね。大丈夫。計画通りやれば、絶対に大丈夫ですから。落ち着いて」
真剣そのもののジュンの顔を見ちゃうと、やめるなんて、絶対に言えなくて。
「あれ」
ジュンが身を乗り出して、領主様を見る。
「ど、どうした?」
「領主様の様子がおかしい」
ジュンは素早く、領主様と王様たちを交互に見やる。
腰をかがめた人々の花道を通り抜けた領主様は、扉の前で振り返ると優雅にお辞儀をした。
それが合図だったらしい。音楽が大きくなる。招待客たちは、手に手を取り合ってワルツを踊り始めた。
「えっ!?」
ジュンが、慌てたようすで会場を見回した。あっという間に、広間はくるくる回るお姫様たちの大海原と化した。
領主様はその様子を見渡してほほ笑むと、静かに広間を後にされた。その背後で、ゆっくりと重たい扉が閉ざされていく。
「ばかな。主役が消えるなんて! ケイちゃんてば、どういうつもりなんだ」
「……衣装でも直しに行ったんじゃないの?」
「いや。本来なら、まず領主が招待客と一曲踊るのが礼儀……」
ジュンが王様たちの方をふり仰ぐ。王様の側近たちがあわてた様子で立ち上がるのが見えた。領主様の消えた扉を見ている王様とお妃様の顔は、若干こわばっている。
執事らしき男が出口に向かおうとするのだけど、踊る人たちに阻まれてなかなか前に進めないみたいだ。
「……逃げた」
ジュンは、王様たち同様、ぽけーっとして、領主様の出て行った扉を見つめている。逃げた? 領主様が?
「……追わなくていいよな?」
「あ、いえ! 行きましょう!」
領主の出て行った扉は、押してもびくともしなかった。外側からかんぬきを掛けられてしまったらしい。
ジュンは人ごみをかき分けながら大広間を抜けて、隣の鏡ばりの広間から廊下に出た。王様の側近らしき人たちもジュンの後を追ってやってきた。
「ジュン様! 今までどちらへ? 午前の祝典にもおいでにならず……」
執事らしき人がジュンに声をかける。僕はそっと壁に寄って気配を消した。
「そんなことより! 領主様はどうされたのだ」
「わかりません。急に出て行ってしまわれて……」
「何か変わったご様子はなかったのか?」
側近たちは首を振る。
「本日の領主様はご機嫌も麗しく……」
「我々に対しても常に笑顔を絶やさず、実に朗らかにお過ごしで……」
皆の話が終わらないうちに、ジュンが舌打ちして髪をかきあげた。おお、結構な迫力。側近たちは一様に口をつぐんでしまった。
「式典嫌いのあの方が、朗らかだったって? そりゃ、何か企んでらっしゃる証拠じゃないか」
「……申し訳ありません!」
さっき見た領主様は、優等生然とした笑顔を浮かべてたけど、あれに騙されちゃいけないらしい。
広間に入ってくる時も出ていく時も、慇懃に振る舞っておきながら、内心逃げ出してやろうって思ってたわけか。
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