反省の意

糸田造作

文字の大きさ
上 下
1 / 1

反省の意

しおりを挟む
ここはどこだ。
男は目を覚まし、心の中で呟いた。
理解できるのは、視界が布地のようなもので遮られており、自分が仰向けの状態でいることだった。しかし、縛られているわけではなかった。

動けない。
不気味な金属音が遠くから微かに聞こえ、心臓を動かすことだけに集中しなければ恐怖で止まってしまうのではないかと思われた。そもそも、急に知らない場所で目を覚まし、目隠しされた状態で手足を自由に動かせる人間など、ドラマや映画の中にしかおらず、現実には恐怖と不安で呼吸することで精一杯なのである。

これからどうなるんだろうか。
男は大企業の会社員であった。彼の成績一つ一つが直接日本経済に関わると言っても良いほど大きな会社である。日々、プレッシャーに押しつぶされそうな中、なんとか今まで続けてこれたのは奇跡といっても良かった。

魔が差したんだ。
毎日眠れない様なストレスと不安から、会社の情報を渡せば、今後仕事をしなくとも遊んで暮らせる程の大金を用意してくれるというライバル会社に勤める友人の言葉に目が眩み実行した。夜遅くまで残業していると見せかけ、会社のデータを盗んだのだ。子供は夜遅くまで外にいては行けないが、会社員は夜遅くまで働いていると仕事熱心と思われるらしい。子供の頃に戻りたい。そんなことを思ってデータを盗み出したのが男の覚えている最後の記憶だった。

この音は何だ。
水の流れる様な濁音が聞こえるや否や頭にぶっかけられた。知らない液体をかけられた時程、危険を感じる時はない。男は反射的に叫び声をあげた。嫌だ、死にたくない。ストレスで魔が差したとはいえ、日本有数の企業で長年働いてきたんだ。日本経済を動かしてきたんだ。なぜその自分がこんな所で殺されなければならないのか。せめて抵抗してから死んでやる。そう腹を括ると男の中に力が戻り、視界を遮る布を取り、身体を起き上がらせた。

「申し訳ございません。熱かったでしょうか。」
心配そうな目を向けている相手を見て、男は全てを理解した。

美容院である。
会社のデータを盗んだ後、姿をくらまそうとして変装を考えたのだ。その第一歩として髪型を変えるために美容院に来ていたのだった。しかし、散髪中、美容師さんと会話をするうちに自分の悪行がバレやしないかという不安が募り、とうとうシャンプー台に移動し、美容師さんが準備をするために離れた少しの間に気を失ってしまったのだった。

「大丈夫です。少し驚いてしまって。
ただ、散髪後で本当に申し訳ないのです  が、、、」

明日会社に辞表を出そう。
男は少年時代に反省を意を表すために坊主にしたことを思い出した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【完結】お暇ならショートでも。

カトラス
大衆娯楽
 読了時間3分から15分程度のショートショートと短編集です。  作品ジャンルはSF・ファンタジー・恋愛・コメディー・ホラー・青春等々。    ※ おおまかなジャンルは作品タイトル横に記載していますのでお好きなジャンル試しにお読みくださいませ。  全作品、おちありきのエンタメ、大衆娯楽目指して書いております。  どうぞ、通勤通学の合間や休憩時間など、ちょっとした隙間時間に読んでくださると嬉しいですね。  7月開催 ドリーム小説大賞エントリーしてますので良ければ応援お願いいたします(^^♪

私は短編小説を書くため、先生のおしりをねらうことにした

卯月幾哉
大衆娯楽
「短編が書けない? ――おしりを決めて一直線さ」 女子大生の芽依は、小説家の千里の元でアルバイトをしている。短編小説の書き方について訊ねた芽依は、千里からそんなアドバイスを受けるのだが……。 小説にまつわるドタバタワンシーンコメディ。 ※他サイトにも投稿しています。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

処理中です...