短篇集 日常のくすり

糸田造作

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短編集

肝試し

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 小高い山の上にお墓がある。添えられている花は途絶えたことがなく、お墓も綺麗に掃除してあり、蜘蛛の巣が張っている墓石が多い墓地の中では目立っていた。

ミンミンという擬音に濁点をつけられるほどセミが鳴いている日。
男は大学で出会った友人を地元へ誘い、肝試しを楽しもうと暗闇の中、懐中電灯を持ち、山を登っていた。肝試し。ビルや街灯の光で夜でも昼間のように明るいこの社会では時代遅れと感じるこのイベントを思いついたのには訳があった。

 男は真面目で誠実な人柄であったが、生い立ちは貧乏であった。過去、国立大学を目指したが叶わず、就職に良いからと地方から私立大学に通っていた。受験当時は、「日本史の勉強は暗記だけじゃない!」と語っていた先生の言葉を信じていたが、不合格を知った後、最後の最後は暗記じゃないかと感じざるを得なかった。そして入学後、周囲の友達との経済的格差を感じながら日々を過ごしていた。ファッション、食事、遊び、お金は使えば使うだけ楽しめるというボンボン特有の比例式を毎日見せつけられ、嫌気と共に男の嫉妬心は反比例で膨れ上がっていた。そんな時、都内に住む友人から男の地元に行きたいと言われ、快諾した。お金がなくとも楽しめることを証明したかったのだ。

「だいぶ雰囲気があるね、怖いな」
友人がそう話しながら隣を歩く姿を見て男は内心喜んだ。お金というガードを無くせば、ボンボンも所詮人間なのだ。人間の本能には逆らえまい。暗闇は貧富の差をなくし、人々を平等にさせる。そんなことを考えながら山を登っていくと墓地に出た。同時に男は冷や汗をかいた。

 ここに山があることは知っていた。しかし、貧乏な生い立ち故、外で遊ぶより家の手伝いやアルバイトをして地元で育った男は今日までこの山に入ったことなどなかったのだ。ましてや山の中に墓地があるとは知らなかった。先刻まで隣の友人を内心で嘲笑うことに夢中になっており、感じずにいたが、急に現れた墓地が男を恐怖に引き込んだ。

「雰囲気あるだろ」
恐怖心を友人に見透かされないため、男はなんとか声を出した。 

「確かに。あれ?あのお墓だけなんか大きいね」
友人が光を向けた先には他のより大きな墓石が立っていた。男は近寄ると墓石に「十久保家之墓」と刻んであることに気がつき、驚きと親近感を感じた。というのもこの男の苗字も「十久保」であり、この苗字は珍しく、日本で数十家しかいないということを学校の宿題でやった時に覚えていたからだ。

「これ僕の先祖のお墓なんだよね」
男は友人に言った。実際は全く知らないお墓だが、ここは男の地元であり、奇跡的に苗字も一緒であるため、友人も信じるに違いない。何よりも、他より大きく豪華であり、友人は自分を名家の家柄だと感心するだろうと企んだ。

「すごい立派なお墓なんだね、君が名家出身だとは知らなかったよ。」
友人は目を丸くして男の方を向いた。企み通り感心して信じた様子の友人を見て男は満足した。その後、満足感に浸りながら恐怖心などつゆ知らず、男は友人と墓地を周った。

宿に戻ると友人は肝試しをとても楽しかったと語った。特に墓地の話になると興奮しながら言った。
「あれは本当に君のご先祖のお墓なのかい。立派だったなあ」
男はドキっと心臓を掴まれたような気がした。
「本当だよ、あれは僕の先祖のお墓だよ」
男は嘘がばれるのを恐れ、心臓をドキドキさせながら少し語気を強めて言った。 

すると友人はケラケラと笑い、落ち着いて話した。
「僕は日本史専攻でね、君の地元を聞いた時に授業で学んだあの有名なキリシタン大名『久保家』が治めていた土地だったから一度来てみたかったんだよ。当時のキリシタンの弾圧でお墓なんてないと思っていたけど、まさか今でも立派に残っていたとはね。」

男は訳が分からなかったが、この友人に先ほどから心臓を握られているような気がしてならず、動揺しながら言った。
「何を言ってるんだ、あれは『十久保家之墓』と刻んであったじゃないか。」

友人はそっと答えた。
「いや、違うよ。あれは十字架のマークの下に『久保家之墓』と書いてあったのさ。家紋の下に苗字があるように、日本のキリシタンは家紋の代わりに十字架を刻むのさ。つまり、君は十字架のマークと漢数字の十を見間違えたのさ。」

男は赤面し、冷や汗では収まらないほどの汗が身体中の毛穴から吹き出したような気がした。

肝試しはこちらの負けである。

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