383 / 401
第2部 第1章 はぐれ梁山泊極端派【私の思い出に決着を……。】
第41話 獣と和解せよ。
しおりを挟む「ううう、あああ! 許さないぃぃぃ!」
さっきまで荒ぶっていた獣のエルはまだその場にいる。本来のエルが元の姿に戻ったというわけではなく、分離したという表現が正しいのだろう。未だに呻き声を上げているわけだが、分離してからさらに不安定になっているようだ。
「ごめん。一緒に戦うとは言ったけど、アレは私の手で葬らせて欲しいの。いいかな?」
「やりたいようにすればいいさ。でも、大丈夫? 醜い自分の姿を見るのは辛くなるんじゃないの?」
俺から見ても結構キツいと思うのに、本人が自分の姿を、しかも、醜く化け物になったものを見るのはそうとう辛いんじゃないだろうか?
「大丈夫。これは必ず私の手で決着をつけないといけないことだから。」
アレはある意味、彼女がため込んでいた負の感情が具現化したような物だ。だからこそ体内にデーモン・コアがあったとき、それをそのまま表面化させたから、あんな姿になった。彼女に罪はないが、それだけ追い詰められていたから、おぞましい姿になった。俺が助けてなかったら、殺戮の獣と化していたのは間違いない。
「お前は絶対に許さない! 私みたいなのは幸せになれるわけがないんだぁ!」
気を取り戻し、というより、エルが一人で立ち向かうと宣言したことに反応しているみたいだ。苦しんでいない自分の姿を見て、それが許せなくなったのだろう。獣のエルは大鎌を本体に取られてしまったので、素手で襲いかかろうとしている。
「いいよ、許さなくても。怒りの全てを私にぶつけてみなさい!」
「わかった気になって、えらそうなことをいうなぁぁぁ!」
全てを受け止める前提で、迎え撃つ構えをとるエルに対して、獣のエルが全速力で立ち向かっていく。手足の爪を縦横無尽に振るい、本物を攻撃する。その嵐のような攻撃をエルは優雅ささえ感じさせる動きでかわし、ときには受け流している。
「当たらないいぃ! どうしてぇ?」
獣のエルは攻撃が当たらないことに戸惑っている。本物のエルが強いということもあるが、獣のエルがさっきよりも弱体化しているのが大きな原因だろう。テクニックの要素が全部なくなってしまっているんだ。戦闘技術は今のエルになってから身に付けた物なので、本物が分離したときに全部持っていかれてしまったんだろうな。力とか速さだけの身体能力しか頼る物がない状態だ。こんな状態で勝てるはずがない。
「当たれば、あなたの気は済むの? だったら本当にやってみる?」
エルは間合いを離し、言葉だけではなく実際に構えを解き、無防備な状態になった。その姿を見た獣のエルは当然戸惑い、攻撃の手を止めた。そして、次第に怒りを露わにしていった。
「ふざけてるの? 余裕があるからって、なめくさってぇぇぇ!」
獣のエルは猛然と襲いかかる! エルはそれでも、避けようとも、受け止めようともしていない。本当にそのまま攻撃を受けようとしている。一瞬止めに行こうかと思ったが、彼女を信じることにした。彼女の意志を尊重した。
(ドスッ!!)
獣のエルの爪が本体のエルを容赦なく貫いた。まともに刺し貫いている。これはどう見ても致命傷だ。本当に攻撃を無防備なまま、その身に受けてしまった。
「どうだっ! これでお前は死ぬはずだ!」
「……ぐ、がはっ! 流石に痛いね……。死にそうだよ。でも……、」
見るからに放っておけば、瞬く間に死んでしまいそうな状態になっている。口からは大量に吐血し、苦しそうにしている。そんな状態でも目は死んでいない。死に対する恐れが感じられない。まだ死なない、まだまだ生きていくという意志が感じられる。
「これぐらいはまだ耐えれる。もっと痛い経験はこの前にしたところだから。それに……もっと痛い経験をしてきた人を知っているから。」
「そんなものが何になるっていうんだぁ! お前はこのまま死ぬしかないんだぁ!」
「でも、本当に痛いのはあなたの方じゃない? 辛くて、苦しくて、悲しくて。」
「う、うるさい! 黙れ!」
獣のエルは明らかに怯んでいる。相手に致命傷を与え、端から見ても、勝ったも同然の状態なのに。でも、本体のエルの言葉を聞いて、その言葉に怯み、凶悪な体の特徴も次第にしぼんでいっている。どんどん元のエルの姿に戻りつつある。
「もう一人で苦しまなくていいよ。こんな私たちを認めてくれる人がいるから。安心して戻ってきて。」
「苦しまなくていい……? 本当に……?」
獣のエルは完全に元の姿に戻ってしまった。本体のエルを刺し貫いていた長い爪も消え失せた。そこまで戻って安心したのか、本体のエルは苦しんでいた自分の分身を抱きしめ、優しく抱擁した。その瞬間、二人は眩しい光に包まれ、元の一人へと完全に戻った。受けた傷も元通りになり、元気な姿に戻った。
「やったな、エル!」
「出来たよ、私! 自分の痛みを受け入れることが出来た。」
俺はエルに駆け寄り抱きついた。今はとにかく彼女の勝利を祝福したかった。とうとう、自分のトラウマを乗り越えたんだ!
「ば、馬鹿な! ありえない! こんなことがあっていいはずがない!」
蛇の魔王はうろたえていた。自分の企みが俺たち二人に砕かれてしまったからだろう。想定外の出来事だったのだろう。
「肥大化させたトラウマを乗り越え、吸収してしまうとは! 想定外だわ。……だが、私にはまだ策がある。まだ、終わりではないわよ。あなたたちの悪夢は残念ながら、まだ続くのよ。」
まだ何かあるっていうのか? エルの本体は救出した。後は過去の記憶を取り戻すだけ……そうか! 他の記憶はラヴァンの手の中にある。それを何とかしないと、元のエルには戻れないということか?
「ホホホ、良かったわ。あの魔術師のお坊ちゃんがここで役に立つなんてね。取るに足らない物でも保険代わりにしておいた事に助けられたわ。というわけで、私の策はまだ盤石よ。覚悟しなさい!」
蛇の魔王は俺たちの前から姿を消した。ラヴァンがいるところへ行ってしまったんだろうか?
「行きましょう。みんなにも会わないといけないし。」
俺は無言で頷き、異空跋渉で空間の裂け目を作り、エルと一緒にそこへ飛び込んだ。次に行く場所が最終決戦の地だ。そこで全ての決着をつけてやる!
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説

望んでいないのに転生してしまいました。
ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。
折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。
・・と、思っていたんだけど。
そう上手くはいかないもんだね。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻き込まれた薬師の日常
白髭
ファンタジー
商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる