【第1部完結】勇者参上!!~東方一の武芸の名門から破門された俺は西方で勇者になって究極奥義無双する!~

Bonzaebon

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第2部  第1章 はぐれ梁山泊極端派【私の思い出に決着を……。】

第14話 翁曰く。~いくうばっしょう~

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『そしたら…………今度は私の番でいい?』

 亮人と礼火が手を握りながら二人の元へと帰ってくるなり、氷華は亮人の腕をそっと胸元へと抱き寄せる。その力は普段とは違い、か弱いものだった。

『先にお姉ちゃんがデートしても大丈夫だよ。楽しんできてね』

『ありがと、シャーリー』

 普段とは違う氷華の姿に亮人は首を傾げる。そこには明らかに普段とは違う氷華がいるからだ。いつもは姉のような安心感がある彼女だが、今亮人の前にいるのは一人の少女だった。それも気弱な少女。

「うん…………いこっか」

『……………………』

 小さく頷く彼女の手を引きながら、亮人は歩き始める。少しでも力を入れて抱きかかえてしまえば壊れてしまいそうな彼女の気持ちが流れ出ているように見える。

「氷華……さっきから調子でも悪いの?」

『……………………………』

 亮人の問いかけに対して氷華は顔を横に振るだけ。ただ、そこにはクシャクシャになりかけている綺麗な顔があった。

「そっか…………」

 手を引きながら亮人は周りを見渡す。午後三時、周りには人が多い。人気がない場所を探すなり、ゆっくりと歩を進める。

「ちょっとこっち来て?」

 俯き続ける彼女は誘導されるがままに歩く。歩いた先は非常階段だった。

「氷華? 午後から調子が変だけど、何かあったの?」

『…………さっき』

「さっき?」

『………………………………』

「大丈夫、ゆっくりでいいから話して?」

『午前中、シャーリーと一緒に買い物に行ったときに他の人に能力を使おうとしたの』

「うん……それで?」

『私、亮人に嫌われるようなことをして……それがずっと引っかかって。それに前は自分が妖魔だって意識してたから町にも行かずに、ずっと一人で過ごしてきて、それが亮人と暮らし始めて自分が人間みたいに思えてきて。なんで私って妖魔なの? 本当は人間で亮人と一緒にいたいのよっ!! あとっ、最近私との進展もないし、心配なのよっ!! シャーリーも礼火はあれだけ素直に亮人にアプローチできてるのに、私はあまりできてない。なんかわかんないけど焦ってるのよっ!! もうっ、頭の中がごちゃごちゃでしんどいのよ!!』

 さっきまでの表情はどこに行ったのやら、亮人の前にいるのは普段の氷華だ。ちょっと理不尽でありながらも、亮人を楽しませてくれる女子。亮人にとってかけがえのない大切な存在。彼女との出会いから生活が変わった。

「そんな風に感じてたの?」

『そうよっ!!』

 氷華の瞳からは涙が流れる。
 ここ二か月間の思い出を思い出している彼女の不安げな顔へと手を触れる。

「人か妖魔かなんて、関係ないでしょ?」

 屈託のない亮人の表情と言葉に偽りはなかった。
 ただ、その言葉が聞きたかった。
 氷華の瞳から流れる涙は地面へと触れれば氷となって割れる。一粒一粒落ちるたびに小さな破砕音が非常階段に響き渡る。
 嗚咽している氷華。言葉にはならない、爆発している彼女の感情が亮人の胸も濡らしていく。
 静寂が占める空間の中で亮人は氷華の煌びやかな髪を梳く。彼女の頭を自分の胸へと優しく押し当てるように。
 少しの時間が経過すれば、氷華の嗚咽はなくなっていた。

『ごめん…………ちょっと自分が怖くなったの……』

「そっか……氷華?」

『…………なに?』

 目尻を赤くしながらもクリっとした目の氷華は目の前の亮人へと視線を向ける。ただ、向けるけれど亮人のことが見えなかった。いや、正直に言えば見えていた。ただ、氷華はまた目を閉じたのだ。
 氷華の目の前にいた亮人は彼女の口を優しく温かく塞いでいたのだ。

 嬉しいな……ずっとこうしてたい……。

 心の中で呟く氷華は亮人の体を抱きしめる。亮人も氷華と一緒に強く体を抱きしめた。
 数秒、数十秒と時間は流れる。
 強く抱きしめられていたお互いの体をゆっくりと離す。

「これが俺の気持ちだよ……ただ、ごめん。他にも大切にしたい子もいるんだ。ちゃんと責任は取る。どんな形になってでも……だから、今はこれだけで我慢してほしい」

『うん…………わかってるよ。これは私の我儘だから……亮人が大切にしたいことは私も大切にしたい。本当にね…………亮人とずっとにいたいから……』

「ごめん……」

『謝らないでよ、私が悪者みたいじゃない』

「そうだね、氷華は悪者だ」

 お互いに笑顔を浮かべた。たったの数分の出来事だったが、その時間は濃密で濃厚だった。

『それじゃ、デートの続きするわよ?』

 今度は氷華が亮人の手を強く握る。
 彼女の冷たい手。
 ただ、そのひと時の彼女の手には温もりがあった。確かに彼女の手には温もりがあった。そのことに、その時の亮人は気づかずにいたのであった。

「あと、アプローチは……その、しっかりできてるから大丈夫だと思うよ。毎日、すごくドキドキしてるし、正直あれだけされてたら、我慢できなくなりそうだから……逆にもうちょっと優しくしてほしいな」

 照れくさそうに頬を掻く亮人の姿に氷華も照れくさそうに頬を赤らめるのであった。
 二人が非常階段から屋内へと入る時、そこにはいるはずもないであろう生物が彼らを見つめていた。そして、それは影の中へと吸い込まれるかのようにその場から消えていく。

『二人も契約しているなんて……私にピッタリですね……』

 と、その生物からは小さな声で紡がれたのだった。
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