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第1章 英雄と竜帝

第11話 勇者、思索中。

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(これはどうも、雲行きが怪しくなってきたな。)

 討伐隊一行は竜帝の眷属の襲撃を退けたものの、被害者を多数出してしまう結果となった。その死傷者は三分の二にもおよび、戦力は半数以下となっていた。そのため、リーダーであるヴァルは方針を変え、討伐隊のメンバーを厳選し少数精鋭で竜帝に決戦を挑むことになった。負傷者もしくは戦意を喪失した者については出発地点の村に退却させることとした。ロアに関しては、当然、引き続き討伐隊メンバーに残るはめになった。

(……俺も帰りてえなあ。戦意喪失してんんだけどなあ。)

 退却組を羨ましそうに眺めつつ、録でもないことを考えていた。とはいえ、飛竜を撃退する様を他のメンバーに見られてしまったからには、退却という選択肢は最初からなかったのである。彼は一体の飛竜としか戦っていなかったが、その一体を実質、たった一人で撃退してみせたのである。しかも2回の攻撃で、2止めの攻撃では飛竜の頭部を両断してしまっている。その姿を目の当たりにしたメンバーからは「さすが勇者殿」と称賛されたのである。こうも御輿を担がれてしまっては逃げることも叶わなかった。しかも、ヴァルはこうも言っていた。

「竜帝討伐はこの私、ヴァル・ムングと勇者殿無くしては、成し遂げられまい。」

というぐらいに担ぎ上げられてしまっていた。

(なんだよ、あいつ俺を持ち上げすぎだっての。草を刈るみてえに竜を倒しまくった自分と一緒にするなっての!)

 ヴァルに対しての不満は積もるばかりであった。それにあの不穏な気配に関しても気になるところではあった。クルセイダーズの二人が懸念していたことと何か関係はあるのだろうか。実のところ、ロアはその事についての事情はさっぱりであった。

 出立の前夜、宿で二人がそれらしいことについて話をしていたのだが、断片的にしか内容はわからなかった。そのときの彼はどうやり過ごすか、どう逃げおおせるかということばかり考えていたので、二人の会話内容等ほとんど頭に入ってこなかった。しかも、初めて聞く単語ばかりだったので余計にである。

(……確か、血のなんとかって言ってたっけ?それでなんか、良からぬ事をしてるんだったっけ?)

 断片的に覚えていた単語を思い出す。それを使って何か企てている、という事までしか思い出せなかった。肝心なところを聞いていなかった。それだけは非常に後悔していた。

(そういや、元の勇者ってどんな人だったんだろうな?)

 討伐隊最終メンバーに抜擢された理由についても疑問点がある。もちろん自分自身の活躍も理由の一つではあるだろうが、元の勇者の名声も手伝っているのではないかとも思い始めていた。勇者が今までどんな活躍をしてきたのかはさっぱりわからない。何しろ、初対面直後に息絶えてしまったのだから。討伐隊メンバーに聞けば早いのであろうが、ロアの素性が素性だけに、それは自らの墓穴を掘ることになりかねない。

(でも、今まで俺が勇者としてやり過ごせているのは何なんだ?)

 それが最大の疑問であった。ヴァル・ムングが何かを企てているとか、竜帝を討伐できるのかどうかということより、遥かにだ。背格好に関しては大差無いように思えた。しかし、顔は違うはずである。なのに、勇者として受け入れられている。

(ファルやジュリアは勇者を昔から知ってるみたいだし、ヴァルは?あいつ、最初、また会ったとか言ってなかったか?)

 明らかに勇者は討伐隊主要メンバーとは面識があったようである。どこの馬の骨とも知れない彼を勇者として認識している。理由として考えられるのは、もしかすると……、

(この頭冠か?)

 頭冠をさわりながら、考えてみる。もしかしたら、元の勇者は顔の印象が薄く、この頭冠だけで認識されていたのでは?身に付けていた服装が普段と違っていただけで他人と認識されていたなんて話は良くあることである。実際、ロアにもそういう経験はあった。勇者に関しても同じことが言えるのではないか?ロアはそう結論付けることにした。多少の疑問点はあるにはあるのだが……。

(しかし、あの技が使えたのは何だったんだろうな?)



「……おい!落ちるぞ!何してんだ!」

 そこで一気に思考の中から現実に引き戻される。気が付くと、眼前には崖が迫っていた。あと一歩、踏み出せば奈落の底である。

「うおああっ!落ちる落ちるう!」

 素っ頓狂な声を上げて、慌てて進行方向を反らせようとするが、空中へと踏み出そうとしていた足はいうことを聞いてくれなかった。

(勇者、滑落死する!)

 ロアの頭にはそんな言葉がよぎった。レンファさんもう一度会いたかった……、今までの事が走馬灯のように頭に浮かぶ。

「ぐえっ!」

 足元の感覚が無くなると同時に首もとに圧迫感が伝わり、蛙のような悲鳴をあげる。

「まったく!世話の焼ける!」

 ジュリアがすかさず、戦槌を使ってロアのマントに引っ掻けたのである。そのまま、彼を引っ張り上げる。勢い余って、空中を舞い、付近の岩へ激突する。

「げほっ、げほっ!痛ってえ!」

 ロアはゲホゲホとむせこみながら岩にぶつけた部分をさすっている。

「感謝なさい!死ぬよりマシでしょ。」

 ジュリアは彼に感謝を求めた。危うく命を落としそうになったところを助けたのだから当然の権利である。

「何やってんだよ。竜帝と戦う前に死ぬなんて洒落になんねえぞ。」

 彼の言うことは最もである。勇者が滑落死したとあっては、飛竜の犠牲になったメンバーに面目がたたない。

「それにしても、どんどん先に進むのも難しくなってきてねえか?」

「当然だろ。ほぼ前人未到の地に足を踏み入れているんだからな。」

 この地に足を踏み入れた者がいないわけではない。恐らく数多くの冒険者、狩猟者は今までいただろう。だが、帰還者はほぼ皆無に等しかった。太古から竜帝の住処であることは知られているが、実際に見た者はいないと言われている。それほど、この山に入ることは死を意味していた。

「それなのになんで、あいつは迷わずに進んでんだ?」

 ヴァルは迷うこと無く、自ら先導し歩みを進めている。直感だけで進んでいるのだろうか?

「あいつには竜の気配が分かるんだとよ。それこそどれだけ離れていようとな。」

「ほんと、あいつ、やべーな。人智を超越してるぜ。」

 戦闘力も常人離れしているが、気配を探る力も常軌を逸している。彼に対して身を隠すのは不可能ではないのかと思えるほどに。

「なんでも、竜の場合は強すぎるから分かりやすいんだそうだ。その上をゆく竜帝なら尚更なんだろうな。逆に弱すぎる対象は察知できないそうだぞ。」

 まるで自分の脅威ではないものは存在していない、取るに足らないと感じているのではないだろうかとも思える。末恐ろしい男である。

「さあ!いつまでも、へたりこんでないで、さっさと行くわよ!」

 ジュリアに崖から引き上げてもらってから、ずっとそのまま話し込んでいたのだ。先は長い。その場に留まっている時間などないのだ。

「あいつのお手前拝見といこうじゃないか。」

 ロアは先頭にいるヴァルを目をやりつつ立ち上がった。
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