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第十章 すれ違いの先
41. 見えない真意
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――涼介さんは、どうして……。
帰宅途中に浮かんだ疑問が頭から離れない。蒼は涼介を疑うことに後ろめたさを抱えたまま、家に着いてからもずっと考え続けていた。
振礼島に住む人間が、蒼が子供の頃に観ていたアニメのキャラクターを知るはずがない。ビデオやDVDなどで観たのかもしれないが、朔の話では大抵の家にテレビはないらしい。
そうなると、涼介が二十年も昔のアニメを観る機会などあったのだろうか――このなんてことのないはずの疑問は何か嫌なものを孕んでいる気がして、蒼はどうにも落ち着かなかった。
今も人気の作品であれば、涼介が東京に出てきてから出会った可能性も考えられただろう。しかし蒼が好きだったアニメは割とマイナーなもので、本気で探そうと思わないと恐らく目にすることもないのだ。
――あの写真を、見たことがあった……?
子供の頃の蒼が、父親である染谷と共に写る写真。それを見たことのある人間であれば、彼女の子供の頃の髪型を知っていてもおかしくはない。だが、あの写真は染谷が持っていたもの――彼の最期の持ち物である、財布の中に入っていたものなのだ。
――涼介さんは父と面識があった? でも、振礼島で外部の人と会ったことはないって……。
実は涼介と染谷に面識があり、染谷が話の流れで写真を見せていた――これは不自然ではない。だが涼介の言葉を信じるのであれば、二人が振礼島で出会うことなど有り得ないはずだった。染谷が外部の人間ではないのなら涼介の言葉どおりとなるが、状況から考えて彼が島民として振る舞っていた可能性はとても低いだろう。
そうなると、涼介が嘘を吐いていることになる。本当は振礼島で外部の人間に会ったことがあるのに、会ったことはないと言ったのだ。
――何のために?
朔の話を聞いている限り、外部の人間に会ったこと自体は隠すようなものではなさそうだという印象を蒼は持っていた。
だから隠すとしたら、相手が誰かを知られたくなかったからではないか。例えば本当は染谷のことを知っていて、何か後ろめたいことがあったとしたら――涼介が自分を騙していたことを思うとおかしくはない、と蒼の眉間に皺が刻まれた。何があるのかは分からないが、涼介が染谷との繋がりを自分に知られたくないと思っているのであれば、誤魔化すこともあるかもしれない。
――あとは涼介さんが嘘を吐いていなかったとしても、まだ……。
蒼の問いは、“振礼島で外部の人間に会ったことがあるか”だった。その答えとして涼介は否定をしたが、振礼島の外で外部の人間に会ったことがあるという可能性は否定しきれない。
――振礼島の人って外に出てたのかな……?
あまり考えられなかったが、本土側の人間が振礼島に行く方法を知らないだけで、振礼島から本土へは割合簡単に来られたのかもしれない。現に朔などの生き残りは本土にいるのだ。まさか百キロの距離を泳ぐわけにもいかないし、何かしらの移動手段があったと考えるのが妥当だろう。
そこまで考えて、蒼はソファに座ったままくるっと後ろを振り返った。朔の驚いた顔が目に入ったが、それに構わず自分の質問を投げかける。
「振礼島の人って、割と簡単に島の外に出てたりしました?」
突然の質問に朔は目を瞬かせたが、やや考える素振りを見せてから「いや」と否定を口にした。
「基本的に出ねぇよ。本土から物資取って来る奴くらいのはずだ」
「……涼介さんは?」
「リョウ? ……多分出たことなかったんじゃねぇの?」
「そうですか……」
朔の答えにより、涼介が嘘を吐いていなかったという可能性は一気に低くなった。
蒼は再び前を向いてソファの上で膝を抱えると、テレビから流れる空虚な笑い声を気にも留めず、じっと虚空を見つめたまま涼介の行動に考えを巡らせる。
――もし涼介さんが嘘を吐いてまで自分と父の関係を隠したかったのだとしたら、私が娘だって気付いてる……?
ならば、いつ気付いたのか。機会があるとすれば、ミハイルの死に際に居合わせた自分の素性を調べた時だ。涼介がどこまで詳しく調べたかは分からないが、名字が違うにも拘わらずその関係性に気が付いたのであれば、相当詳細まで調べていると考えられた。
――だとすれば当然、父の死も知っているはず……。
もしかしたら涼介は染谷の死について何か知っているのではないか。知っているからこそ、知らないふりをしたのではないか。
そう考えると、蒼の中にすとんと落ちるものがあった。だとすれば何故、それを隠す必要があったのか。
――私を振礼島から遠ざけるため……?
涼介の目的は、蒼をレオニードから逃がすこと。最初からそうだったとは限らないが、朔の話を聞く限りでは今の涼介にはその目的があるはずだ。
だからその障害となるものは排除したいはずだと考えられた。例えば染谷の死と振礼島に何らかの関係があった場合、それを知った自分はどうするか――梃子でも動かないだろう、と考えるまでもなく思い浮かんだ自分の行動に蒼は苦笑を漏らした。
父親の死という話題は、知り合ってすぐに出すものでもない。涼介が蒼に話すタイミングを見計らっている時に、その性格を知れば隠す判断を下しても不思議ではなかった。
――まさか、父の死に直接関わってるだなんてことは流石にないよね……。
最後の可能性としてまだそれが残っていたが、蒼はその考えを追い払った。レオニードと同類ならともかく、昼間見た涼介は普通の男性そのものだったのだ。加えて、あれだけ朔と親交の深そうな涼介をこれ以上疑いたくはなかった。
今はまだ彼らの関係は以前と同じではないかもしれないが、それは時間が解決するだろう。朔にとって気を許せる人間を疑うというのは、今の蒼にはできるはずもなかった。
§ § §
都内某所、東京ということを忘れさせるような雑木林の中に、その建物はあった。少し古い洋館で、雑木林の入り口に構えた門からは直接中を見えないようにするためか、門から洋館までは少し曲がった道になっている。洋館の周りの草木は手入れされており、そこが今も管理された場所だということは一目瞭然だった。
その洋館の一室に、大きさの異なる革張りのソファが三脚置かれた、談話室と思われる部屋があった。唯一の一人掛けのソファに大柄な白人男性が腰掛けており、その左手にある二人掛けのソファには、茶髪の日本人男性の姿がある。
「リョウスケ、例の女どうなった?」
白人男性が見た目にそぐわない流暢な日本語で傍らの男性――涼介に問いかける。
「んー? ちゃんとやってるよ」
涼介はリラックスした様子でスマートフォンをいじりながら、自分への質問に答えた。
「でもまだ生きてるんだろ?」
「まあね」
「なら連れてこい」
予想外の言葉に涼介の視線が手元のスマートフォンから白人男性へと移る。「は?」と疑問の声を上げながら、その言葉の意図に思考を巡らせていた。
「贄にちょうどいいだろ?」
そういうことか――涼介は頭がすっと冷えるのを感じながら、誤魔化すための言葉を探した。
「……確かにね。ただちょっと面倒でさ」
「何が?」
「あの子、イヴァンと繋がってるだろ? どんな関係かはまだ分からないけど、下手すりゃまた親父さん怒らせるんじゃない?」
本当はもっと怒らせるかもしれない関係性を持っているのだが、そこまで教えてやる義理はない――そんなことを内心考えながら、涼介は困ったような表情を作って言葉を続けた。
「レオニードだってさ、これ以上動きにくくなったら面倒だろ?」
涼介の言葉に、白人男性――レオニードが「へぇ?」と大袈裟に肩を竦める。しかしその顔にはニヤリと深い笑みを浮かべており、困るどころが楽しそうにすら見えた。
「なら、その関係とやらをさっさと吐かせりゃいいだろ?」
「中々手強くてね。ま、急ぐよ」
――……本当に急がないとな。
レオニードの気がそれほど長くないことを知っている涼介は、朔がうまく蒼を説得してくれるだろうか、と重たい溜息を吐いた。
帰宅途中に浮かんだ疑問が頭から離れない。蒼は涼介を疑うことに後ろめたさを抱えたまま、家に着いてからもずっと考え続けていた。
振礼島に住む人間が、蒼が子供の頃に観ていたアニメのキャラクターを知るはずがない。ビデオやDVDなどで観たのかもしれないが、朔の話では大抵の家にテレビはないらしい。
そうなると、涼介が二十年も昔のアニメを観る機会などあったのだろうか――このなんてことのないはずの疑問は何か嫌なものを孕んでいる気がして、蒼はどうにも落ち着かなかった。
今も人気の作品であれば、涼介が東京に出てきてから出会った可能性も考えられただろう。しかし蒼が好きだったアニメは割とマイナーなもので、本気で探そうと思わないと恐らく目にすることもないのだ。
――あの写真を、見たことがあった……?
子供の頃の蒼が、父親である染谷と共に写る写真。それを見たことのある人間であれば、彼女の子供の頃の髪型を知っていてもおかしくはない。だが、あの写真は染谷が持っていたもの――彼の最期の持ち物である、財布の中に入っていたものなのだ。
――涼介さんは父と面識があった? でも、振礼島で外部の人と会ったことはないって……。
実は涼介と染谷に面識があり、染谷が話の流れで写真を見せていた――これは不自然ではない。だが涼介の言葉を信じるのであれば、二人が振礼島で出会うことなど有り得ないはずだった。染谷が外部の人間ではないのなら涼介の言葉どおりとなるが、状況から考えて彼が島民として振る舞っていた可能性はとても低いだろう。
そうなると、涼介が嘘を吐いていることになる。本当は振礼島で外部の人間に会ったことがあるのに、会ったことはないと言ったのだ。
――何のために?
朔の話を聞いている限り、外部の人間に会ったこと自体は隠すようなものではなさそうだという印象を蒼は持っていた。
だから隠すとしたら、相手が誰かを知られたくなかったからではないか。例えば本当は染谷のことを知っていて、何か後ろめたいことがあったとしたら――涼介が自分を騙していたことを思うとおかしくはない、と蒼の眉間に皺が刻まれた。何があるのかは分からないが、涼介が染谷との繋がりを自分に知られたくないと思っているのであれば、誤魔化すこともあるかもしれない。
――あとは涼介さんが嘘を吐いていなかったとしても、まだ……。
蒼の問いは、“振礼島で外部の人間に会ったことがあるか”だった。その答えとして涼介は否定をしたが、振礼島の外で外部の人間に会ったことがあるという可能性は否定しきれない。
――振礼島の人って外に出てたのかな……?
あまり考えられなかったが、本土側の人間が振礼島に行く方法を知らないだけで、振礼島から本土へは割合簡単に来られたのかもしれない。現に朔などの生き残りは本土にいるのだ。まさか百キロの距離を泳ぐわけにもいかないし、何かしらの移動手段があったと考えるのが妥当だろう。
そこまで考えて、蒼はソファに座ったままくるっと後ろを振り返った。朔の驚いた顔が目に入ったが、それに構わず自分の質問を投げかける。
「振礼島の人って、割と簡単に島の外に出てたりしました?」
突然の質問に朔は目を瞬かせたが、やや考える素振りを見せてから「いや」と否定を口にした。
「基本的に出ねぇよ。本土から物資取って来る奴くらいのはずだ」
「……涼介さんは?」
「リョウ? ……多分出たことなかったんじゃねぇの?」
「そうですか……」
朔の答えにより、涼介が嘘を吐いていなかったという可能性は一気に低くなった。
蒼は再び前を向いてソファの上で膝を抱えると、テレビから流れる空虚な笑い声を気にも留めず、じっと虚空を見つめたまま涼介の行動に考えを巡らせる。
――もし涼介さんが嘘を吐いてまで自分と父の関係を隠したかったのだとしたら、私が娘だって気付いてる……?
ならば、いつ気付いたのか。機会があるとすれば、ミハイルの死に際に居合わせた自分の素性を調べた時だ。涼介がどこまで詳しく調べたかは分からないが、名字が違うにも拘わらずその関係性に気が付いたのであれば、相当詳細まで調べていると考えられた。
――だとすれば当然、父の死も知っているはず……。
もしかしたら涼介は染谷の死について何か知っているのではないか。知っているからこそ、知らないふりをしたのではないか。
そう考えると、蒼の中にすとんと落ちるものがあった。だとすれば何故、それを隠す必要があったのか。
――私を振礼島から遠ざけるため……?
涼介の目的は、蒼をレオニードから逃がすこと。最初からそうだったとは限らないが、朔の話を聞く限りでは今の涼介にはその目的があるはずだ。
だからその障害となるものは排除したいはずだと考えられた。例えば染谷の死と振礼島に何らかの関係があった場合、それを知った自分はどうするか――梃子でも動かないだろう、と考えるまでもなく思い浮かんだ自分の行動に蒼は苦笑を漏らした。
父親の死という話題は、知り合ってすぐに出すものでもない。涼介が蒼に話すタイミングを見計らっている時に、その性格を知れば隠す判断を下しても不思議ではなかった。
――まさか、父の死に直接関わってるだなんてことは流石にないよね……。
最後の可能性としてまだそれが残っていたが、蒼はその考えを追い払った。レオニードと同類ならともかく、昼間見た涼介は普通の男性そのものだったのだ。加えて、あれだけ朔と親交の深そうな涼介をこれ以上疑いたくはなかった。
今はまだ彼らの関係は以前と同じではないかもしれないが、それは時間が解決するだろう。朔にとって気を許せる人間を疑うというのは、今の蒼にはできるはずもなかった。
§ § §
都内某所、東京ということを忘れさせるような雑木林の中に、その建物はあった。少し古い洋館で、雑木林の入り口に構えた門からは直接中を見えないようにするためか、門から洋館までは少し曲がった道になっている。洋館の周りの草木は手入れされており、そこが今も管理された場所だということは一目瞭然だった。
その洋館の一室に、大きさの異なる革張りのソファが三脚置かれた、談話室と思われる部屋があった。唯一の一人掛けのソファに大柄な白人男性が腰掛けており、その左手にある二人掛けのソファには、茶髪の日本人男性の姿がある。
「リョウスケ、例の女どうなった?」
白人男性が見た目にそぐわない流暢な日本語で傍らの男性――涼介に問いかける。
「んー? ちゃんとやってるよ」
涼介はリラックスした様子でスマートフォンをいじりながら、自分への質問に答えた。
「でもまだ生きてるんだろ?」
「まあね」
「なら連れてこい」
予想外の言葉に涼介の視線が手元のスマートフォンから白人男性へと移る。「は?」と疑問の声を上げながら、その言葉の意図に思考を巡らせていた。
「贄にちょうどいいだろ?」
そういうことか――涼介は頭がすっと冷えるのを感じながら、誤魔化すための言葉を探した。
「……確かにね。ただちょっと面倒でさ」
「何が?」
「あの子、イヴァンと繋がってるだろ? どんな関係かはまだ分からないけど、下手すりゃまた親父さん怒らせるんじゃない?」
本当はもっと怒らせるかもしれない関係性を持っているのだが、そこまで教えてやる義理はない――そんなことを内心考えながら、涼介は困ったような表情を作って言葉を続けた。
「レオニードだってさ、これ以上動きにくくなったら面倒だろ?」
涼介の言葉に、白人男性――レオニードが「へぇ?」と大袈裟に肩を竦める。しかしその顔にはニヤリと深い笑みを浮かべており、困るどころが楽しそうにすら見えた。
「なら、その関係とやらをさっさと吐かせりゃいいだろ?」
「中々手強くてね。ま、急ぐよ」
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