ルール

新菜いに

文字の大きさ
上 下
28 / 28
エピローグ

繰り返す

しおりを挟む
 旧校舎の近くに業者のものと思われる軽ワゴン車が止まっているのを見て、大倉はふうと溜息を吐いた。
 ここは壊してはいけないと石山に言ってあるにも拘わらず、現役を退いた彼の影響力が年々弱まっているせいでこうして時折解体業者が来てしまうのだ。しかもその石山も少し前に亡くなってしまったため、これからはその頻度は高くなるだろう。

「――あの、すみません」

 大倉は顔に笑顔を貼り付け、車から出てきた男に話しかけた。

「もしかしてこの校舎、とうとう壊すんですか?」
「ええ、そうです。今日は下見だけなんですけどね。――もしかして近隣の方でしょうか? 時期はまだ決まっていないのですが、その時は騒音などご迷惑をおかけしてしまうかもしれず……」
「いえいえ、いいんですよ。ここはよく若い子たちが肝試しに入っているみたいなのですけど、いい加減危ないなぁといつも思っていたので」

 業者の男は突然話しかけてきた大倉に少し驚いたような顔をしたものの、よくあることなのかすぐに愛想の良い笑顔を浮かべた。実際の解体作業に入った時のことを考えると、近隣の人間とはなるべく揉め事は起こしたくないのだろう。

「そういえばご存知です? ここ、地元では結構有名な怪談の舞台なんですよ」
「怪談ですか?」
「ええ。ここでかくれんぼをすると、少女の霊がいつの間にか参加しているっていう話なんですが」

 世間話を始めた大倉に、男は少し迷惑そうな表情を浮かべた。さっさと仕事を始めたいのに、厄介な人間に捕まってしまったとでも思っているのかもしれない。だが今後のことを考えると無下にあしらうこともできないようで、最初よりもぎこちなくなった愛想笑いで「かくれんぼですか」と言葉を返した。

「なら僕は大丈夫ですね。ここには仕事に来ているので」
「いえ、そうとは限らないですよ。下見ということは、奥まった場所に入るかもしれませんよね? それがその霊にかくれんぼをしていると見なされてしまうんです。そうしたら『もういいかい?』と聞かれるので、ちゃんと対応してあげないと大変なことに……」
「大変なこと、ですか?」

 男が興味を持ったのを見て、大倉は笑みを深めた。怪談や都市伝説を信じていない人間でも、自分の身の安全に関わることだと少しでも思えば自然と話を聞きたくなるものだ。

「ええ……『もういいかい?』と聞かれたら、『もういいよ』と答えてあげてください。そうしないと少女は怒って、んですよ」
「へえ……」

 男は半信半疑そうに見えたが、大倉はこれで十分だと思った。それほど怖がっていないからこそ、興味本位で答えることもあるだろう。答えた方が良いという情報もその行為を後押しするはずだ。
 それにこの男が自分の言ったとおりにしてくれれば楽なのは勿論だが、そうでなくてもまだチャンスはある。だからこそこれまでこの旧校舎は壊されずに残っているのだ。

「まあ、あくまで怪談ですから。実際に聞かれることはないと思うんですけどね」

 大倉はそう言って微笑みかけると、「そうですよね」と愛想笑いを返す男に別れを告げて歩き出した。


 § § §


(――あそこを壊そうとする方が悪い)

 公園をのんびりと歩きながら、大倉は眉間に力を入れた。
 あの場所にはまだ初音がいる。生前の娘にはきつく当たってしまった分、自分の生きている限りはあの子のための行動をしてやりたい――大倉は当時の自分の状況を思い返した。
 初音は変わった子だった。常に何かを見透かしたような目をしていて、それでいて親の言うことには一切異を唱えない。それがどこか馬鹿にされているような印象を与えるからか、夫は娘を嫌って自分の元を去ってしまった。
 娘のせいで夫を失った。さらに慰謝料も養育費もなく、仕事を掛け持ちしても娘と二人、なんとか生きていける程度の金しか稼げない。そんな苛立ちをすべて娘にぶつけてしまっていた自覚は当時からあった。それでも初音が文句を言わないから、許されていると思っていた。

 だが娘の死後、あの旧校舎を訪れて分かった。初音は自分をまだ許していない。許しているのであれば、あんなところに留まりはしない――だからこそ自分は、あの子を満たしてあげなければならないのだ。

 それなのに周りはあの旧校舎を壊そうとばかりする。『あそこにはがいるぞ』とどうにか石山に信じ込ませてこちら側に取り込んだが、今後はもう少しやり方を考えないと取り壊されるのも時間の問題となるだろう。

(次はどうしようか……)

 大倉が考えるように顔を上げると、前方から見覚えのある少年が歩いてくるのが見えた。少年もまた大倉に気付いたようで、「こんにちは」と言いながら近付いてくる。

「こんにちは。買い物帰り?」
「ええ、そうです。アイスが急に食べたくなって」

 そう言って少年ははにかみながら、手に持ったコンビニのビニール袋を掲げた。

「まだまだ暑いものね。暦上は秋のはずなのに……」
「温暖化ってやつですかね。今年は台風も多いですし」
「嫌ねぇ……。――そうだ、最近変わりはない?」

 大倉が尋ねると、少年は「変わりですか……」と考えるように視線を落とした。

「特にはないですね……友達の友達が家出したってくらいですけど、まあよくあることらしいですし。そういえばあの旧校舎、また行ったほうがいいですか? 初音ちゃんもそろそろ寂しいんじゃ……」
「もう行かなくていいわ。不思議なことは何度も体験するものじゃないでしょ?」

 にっこりと笑って言えば、少年も「そうですね」と笑みを零す。
 やはりこの子に頼んで正解だった――大倉は少し前の自分の判断を思い出した。三年ぶりに再会したこの少年は、昔から優しく、ルールを守る良い子だった。自分の言いつけどおり余計なこともしていないから、あの場所で一切怖い思いはしなかったのだろう。

(あの場所で怖い思いをするのは、悪い子だけでいい)

 歪みそうになる顔を誤魔化すように大倉が「アイス溶けちゃうわね」と笑うと、少年は思い出したように手に持ったビニール袋に視線を移した。この少年の性格ならば自分からは言わないだろうが、恐らく早く帰らなければならないと思っているはずだ。
 大倉は「長く引き止めちゃ駄目ね」と言いながら、少年の顔を見つめた。

「じゃあ、またね。正人君」

 大倉が笑顔で言えば、少年もまた「はい、失礼します」と笑みを返す。

「また今度面白い怪談があれば教えて下さい、玲子先生」




【 ルール・完 】
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

呪詛人形

斉木 京
ホラー
大学生のユウコは意中のタイチに近づくため、親友のミナに仲を取り持つように頼んだ。 だが皮肉にも、その事でタイチとミナは付き合う事になってしまう。 逆恨みしたユウコはインターネットのあるサイトで、贈った相手を確実に破滅させるという人形を偶然見つける。 ユウコは人形を購入し、ミナに送り付けるが・・・

敗者の街 Ⅱ ― Open the present road ―

譚月遊生季
ホラー
※この作品は「敗者の街 ― Requiem to the past ―」の続編になります。 第一部はこちら。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/33242583/99233521 イギリスの記者オリーヴ・サンダースは、友人ロデリック・アンダーソンの著書「敗者の街」を読み、強い関心を示していた。 死後の世界とも呼べる「敗者の街」……そこに行けば、死別した恋人に会えるかもしれない。その欲求に応えるかのように、閉ざされていた扉は開かれる。だが、「敗者の街」に辿り着いた途端、オリーヴの亡き恋人に関する記憶はごっそりと抜け落ちてしまった。 新たに迷い込んだ生者や、外に出ようと目論む死者。あらゆる思惑が再び絡み合い、交錯する。 オリーヴは脱出を目指しながらも、渦巻く謀略に巻き込まれていく…… ──これは、進むべき「現在」を切り拓く物語。 《注意書き》 ※記号の後の全角空白は私が個人的にWeb媒体では苦手に感じるので、半角にしております。 ※過激な描写あり。特に心がしんどい時は読む際注意してください。 ※現実世界のあらゆる物事とは一切関係がありません。ちなみに、迂闊に真似をしたら呪われる可能性があります。 ※この作品には暴力的・差別的な表現も含まれますが、差別を助長・肯定するような意図は一切ございません。場合によっては復讐されるような行為だと念頭に置いて、言動にはどうか気をつけて……。 ※特殊性癖も一般的でない性的嗜好も盛りだくさんです。キャラクターそれぞれの生き方、それぞれの愛の形を尊重しています。

友達アプリ

せいら
ホラー
絶対に友達を断ってはいけない。友達に断られてはいけない。 【これは友達を作るアプリです。ダウンロードしますか?→YES NO】

狙われた女

ツヨシ
ホラー
私は誰かに狙われている

マネキンの首

ツヨシ
ホラー
どこかの会社の倉庫にマネキンがあった。

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

黒絵馬 / 黒穢魔(クロエマ / クロエマ)

鏖(みなごろし)
ホラー
〜この書を読む者に呪いあれ〜

処理中です...