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容喙
〈二〉かくれんぼ
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翌日の深夜、蓮たちは件の旧校舎へと向かっていた。
昨日の夜にタケルから話を聞いた足でそのまま向かおうとしたのだが、暗い時間帯に古い建物に入るには流石に明かりなどの準備が必要だと気付き、一日時間を置いたのだ。
「そういや蓮、従姉妹は連れてこないのか?」
手に持った懐中電灯のスイッチをカチカチと鳴らしながらヒロが問いかける。音に合わせて点滅する明かりに嫌そうに目を細めた蓮は、「ああ」と低い声でそれに答えた。
「行きたそうにしてたけど普通に夜遅いしな。つーかそれやめろ、目がチカチカする」
「えー、女の子いた方が楽しいのに」
「だからカチカチすんなって言ってんだろ」
嫌がる蓮を面白がるようにヒロは懐中電灯を点けたり消したりと繰り返していたが、やがて蓮が本気で苛立ってることを悟ったのか、「わり」と取り繕うような笑みを浮かべてその手を止めた。
「好きにカチカチさせとけよ、蓮。こういうのってスイッチ使いまくると劣化早くなるって聞いたことあるから、後でヒロだけ明かりなしになるかもしれないじゃん」
「げ、マジで? 早く言えよ」
「俺はさっきからやめろって言ってただろ」
ヒロを睨みつけながら、蓮は大きな溜息を吐いた。
(あいつを連れてこなくて正解だったな……)
〝あいつ〟とはヒロも言っていた蓮の従姉妹のことだ。幼い頃は仕事で両親が不在がちだったこともあり、割と近所に住むその従姉妹の家に蓮はよく預けられていたため、彼女とは実の兄妹のような関係性にある。預けられる必要のなくなった今でも頻繁に連絡を取り合っており、蓮がよく一緒にいるタケルとヒロの二人とも面識があった。
だから蓮は三人でいる場に従姉妹を連れて行くことがあったが、今回はヒロがいるという理由でやめたのだ。
勿論、ヒロが従姉妹に何かをしたわけではない。ただタケルの話だけであれだけ怖がるのに、肝試し中にパニックでも起こされたら従姉妹の身の安全が確保できなくなるかもしれないと思ったのだ。
ヒロ自身に悪気はなくとも、ガタイの良い男子高校生が華奢な女子中学生に思い切りぶつかれば、怪我をするのは当然後者の方だ。蓮としては自分と違って両親に大事に育てられている従姉妹に怪我をさせるわけにはいかなかった。
「でもさ、あの子こういうの大好きじゃないの?」
「まあ好きだな。肝試しだけじゃなくて遊園地の絶叫系とか、秘密基地とか、そういうの大好物」
「……俺は別に二回目やってもいいけど?」
ニヤリと笑みを浮かべたタケルが蓮に視線を向ける。恐らく旧校舎内部が危険かもしれないから自分が従姉妹を連れてこなかったと考えているのだろう――あながち的外れでもない友人の考えを悟った蓮は口の中のピアスを舌でいじりながら、「……そん時はよろしく」と小さく呟いた。
「なんだよ、どういうことだよ」
タケルの意図を汲み取れなかったらしいヒロが不満げな声を上げる。
「今度は女の子も一緒に来ましょうって話」
「今度!? ……でも女の子いるのか」
ヒロはやはり二回も肝試しをしたくはないらしく、タケルの〝今度〟という言葉に嫌そうな大声を上げた。だが「女の子も一緒」という部分は彼にとってよほど魅力的なのか、葛藤するように眉間に力を入れる。
「女の子……あークソ、出会いがないもんなぁ……やっぱシチェーションが……」
(女の子っつっても、お前ももう会ったことあるけどな)
ヒロが自分の従姉妹をそういう対象として見ていないのは蓮も知っている。だから彼のこの葛藤は無駄なのだが、少し静かになっていいと思った蓮はそのまま放置して、タケルへと視線を移した。
「そういやタケル、お前その旧校舎に行ったことあるのか?」
「いや、ないよ」
「下見も? お前だったらしてそうだけど」
蓮の知る限り、タケルは自分が言い出したことをする時は事前に準備をしっかりとしたがる傾向があった。だから今回も当然そうしているだろうと思っていたのだが、この口振りではそういうわけではないらしい。
「したかったんだけどな、一応一人で旧校舎行っちゃいけないらしいから」
「何それ?」
横からヒロが問いかける。もう自分の世界から帰ってきたようだ。
「多分あの怪談に関連してると思うんだけど、このへんの子供はそう言い聞かせられるらしいんだよ。一人で隠れちゃ駄目だって」
「はあ? つーか隠れるの前提かよ」
蓮だけでなく、ヒロとタケルもこの街の住民ではない。タケルの通う高校が近いため昨日の公園にはよく行くが、地域の噂話のような話には疎いのだ。
「なんかそうらしいよ。ほら、蓮も前会ったことあると思うんだけど、ヨウ君の友達でマサト君って人いたじゃん? あの人がこの辺の人で、そういうルールみたいなのがあるって言ってたんだって」
(〝ヨウ君〟って確か、タケルの中学の先輩だったか)
そういえば何度か顔を合わせたことがあるな、と蓮は記憶を辿った。
マサトという名前に関しては覚えがなかったが、友人経由で一度しか会ったことのない人間というのはよくいたし、そういう相手の名前はいちいち覚えていないためあまり気にならなかった。
「ってことは、あの怪談もそのマサトって人に聞いたのか?」
「いや、そこはヨウ君から。ヨウ君がマサト君から聞いたって」
「ややこしいな」
蓮が顔を顰めると、タケルは「まあ、元は誰から聞いたかはあんま関係ないでしょ」と言って笑った。
(確かにそうか……)
事実に基づいていようが完全なる創作だろうが、これから行う肝試しにはあまり関係がない。古い建物ならそれだけで雰囲気があるはずで、今回のように前情報として旧校舎にまつわる怪談を聞いていなくてもそれなりに楽しめるだろう。
そう考えながら蓮が納得していると、隣でヒロが「でもさぁ……」と口を開いた。
「その旧校舎っての、なんでまだ壊されてないわけ? 昨日の話が本当なら、人が死んだのにそれから何十年も放置されてるってことだろ?」
「壊されてりゃ行かずに済んだのにって?」
「ばッ……そうじゃねェよ!」
蓮がからかうように言えば、ヒロは慌ててその言葉を否定した。その行動が図星だと言っているようなものだと思ったが、何故壊されていないのかというのは蓮も気になったのは事実だ。ヒロをあしらいながらタケルを見ると、その視線を答えろという意味だと察した彼は肩を竦めた。
「それな、結構謎なんだよ。一応ヨウ君が聞いた噂によるとさ、壊す前の点検みたいなので入った人が、出てきた時にはやめようって言い出すらしい。そうするとどういうわけか取り壊しが中止になる。んで、その人もいつの間にか消えてる」
「いや意味分かんないんだけど」
「しょうがないだろ、あくまで噂なんだから。実際のところは多分誰も知らないんだよ。――あ、見えてきた」
タケルのその言葉に話を中断すると、蓮たちは彼の指す方へと目を向けた。
そこには夜の暗闇でも見て分かるくらい古い木造の建物があり、どことなく異質な雰囲気を放っているように感じられる。
「フェンスあんじゃん」
「大丈夫、大丈夫。入り口もあるから」
ヒロの言葉に答えながら、タケルは「こっち」と蓮たちを促した。
「えーっと、確かこの辺だって言ってたと思うんだけど……――お、あったあった」
草むらを漁っていたタケルの手には、一本のワイヤーが握られていた。フェンスと絡まるようになっているそれを解いていけば、人が通れるような切れ目が現れる。
「結構ここ入ってる奴らいんの?」
「そういうこと」
それはある意味安全が保証されているようなものだった。蓮とタケルの会話を聞いたヒロが少し安心したような顔をしたのもそのためだろう。
(まあ、建物が壊れる心配をあまりしなくていいのは楽か)
安全が保証されてしまうと肝試しとしての怖さは減ってしまう気がしたが、心霊現象以外の余計な心配をせずに集中できると考えれば悪くはないのかもしれない――蓮がその場で考えていると、いつの間にか先に進んでいたらしいタケルが「早く早く」と自分を急かす声が聞こえてきた。
「ああ、今行く」
膝ほどの高さの雑草が生い茂る中を進んでいくと、やがて土だけの地面に変わった。誰かが手入れをしているようには見えないことから、ここは雑草が生えにくいのだろう。
(土を固めてるから? でも雑草ってコンクリにも生えるよな……土でも人がよく通るところは生えないけど、ここでそれはないだろうし……)
僅かな違和感が残ったが、勉強のできる方ではないと自覚している蓮は考えることをやめた。どうせ自分の知識を振り絞ったところで納得の行く答えが出ないことは分かりきっているのだ。そういう現象があるとだけ理解していればいい。
それよりも、と蓮は視線を上げた。目の前にはこれから入ろうとしている旧校舎がある。遠目で見た時よりも更に古びて見えたが、今にも崩れそうというほどではないためそちらの心配は不要そうだ。
「そういえばさっきの一人で入っちゃ駄目ってやつ、この辺だと教えられるってことは地元じゃ有名な怪談なのか?」
ふと思い出し、蓮はタケルに尋ねた。
「いや、怪談自体はそうでもないみたいだよ。マサト君も久々に会った昔の習い事の先生に聞いたっつってたかな」
「なんで先生が怪談するんだよ」
「かくれんぼしてやってくれって頼まれたらしいんだよ」
「はあ?」
会話をしている間にも、タケルは既に割られていた扉のガラスの隙間から腕を差し入れて鍵を開けていた。
「ヨウ君たちもかくれんぼして帰ってきたんだって。たまにああして遊んでやらないとハツネチャンが可哀想だって」
「おい待て、ハツネチャンって本当にいるのか?」
タケルの発言に、ヒロが顔を引き攣らせる。
「いるらしいよ。ま、これからそれを確かめるってことで」
そう言って笑うと、タケルは「どうぞ」と恭しい態度で蓮たちを扉の奥へと促した。
「何も見えないな……」
呟きながら、蓮は懐中電灯のスイッチを入れた。するとそれに倣うように、タケルとヒロの方からカチッという音が続く。
深夜の旧校舎は、僅かな月明かりさえも入らず完全な暗闇だった。
今のように三人で懐中電灯をつければそれなりに明るいが、一人離れて別のところを照らそうとすると一気に暗くなる。その程度の明かりでは足元の散らかった校舎内を十分に照らすことはできず、蓮は従姉妹を連れてこなくてよかった、と内心で改めて安堵していた。
「――いやいやいやいや絶対無理だろこれ」
聞こえてきた早口に、蓮は声の主の方へと目をやった。そこには案の定ヒロが大きな身体を縮こませて立っていて、中止を求めるようにタケルに無理だと訴えていた。
「無理じゃないって。ちょっとかくれんぼするだけじゃん」
「ってことは一人になるだろ!? 馬鹿かお前!」
「ヒロよりはマシだよ。それに一人になるのはもう少し後だし」
「いや後だろうが関係――」
「どういうことだ?」
気になる言葉に、文句を言おうとしたヒロを遮って蓮がタケルに問いかけた。
「さっき言っただろ? 一人で隠れちゃ駄目って。だから一人になるのは鬼だけなんだよ」
「そういうことなら分かるけど……でもそれって一人で入るなってことじゃねーの?」
「それがさぁ、ヨウ君もマサト君と一緒に隠れたって言ってて。ハツネチャンに会うためにはやっぱそういう手順は守るべきじゃん?」
そこまで言うと、タケルは「というわけで」と蓮とヒロの顔を順番に見やった。
「まずは全員でどっかに隠れようか」
タケルが自分の顔を下から照らせば、ヒロの方から「ひっ」と小さな悲鳴が上がった。
昨日の夜にタケルから話を聞いた足でそのまま向かおうとしたのだが、暗い時間帯に古い建物に入るには流石に明かりなどの準備が必要だと気付き、一日時間を置いたのだ。
「そういや蓮、従姉妹は連れてこないのか?」
手に持った懐中電灯のスイッチをカチカチと鳴らしながらヒロが問いかける。音に合わせて点滅する明かりに嫌そうに目を細めた蓮は、「ああ」と低い声でそれに答えた。
「行きたそうにしてたけど普通に夜遅いしな。つーかそれやめろ、目がチカチカする」
「えー、女の子いた方が楽しいのに」
「だからカチカチすんなって言ってんだろ」
嫌がる蓮を面白がるようにヒロは懐中電灯を点けたり消したりと繰り返していたが、やがて蓮が本気で苛立ってることを悟ったのか、「わり」と取り繕うような笑みを浮かべてその手を止めた。
「好きにカチカチさせとけよ、蓮。こういうのってスイッチ使いまくると劣化早くなるって聞いたことあるから、後でヒロだけ明かりなしになるかもしれないじゃん」
「げ、マジで? 早く言えよ」
「俺はさっきからやめろって言ってただろ」
ヒロを睨みつけながら、蓮は大きな溜息を吐いた。
(あいつを連れてこなくて正解だったな……)
〝あいつ〟とはヒロも言っていた蓮の従姉妹のことだ。幼い頃は仕事で両親が不在がちだったこともあり、割と近所に住むその従姉妹の家に蓮はよく預けられていたため、彼女とは実の兄妹のような関係性にある。預けられる必要のなくなった今でも頻繁に連絡を取り合っており、蓮がよく一緒にいるタケルとヒロの二人とも面識があった。
だから蓮は三人でいる場に従姉妹を連れて行くことがあったが、今回はヒロがいるという理由でやめたのだ。
勿論、ヒロが従姉妹に何かをしたわけではない。ただタケルの話だけであれだけ怖がるのに、肝試し中にパニックでも起こされたら従姉妹の身の安全が確保できなくなるかもしれないと思ったのだ。
ヒロ自身に悪気はなくとも、ガタイの良い男子高校生が華奢な女子中学生に思い切りぶつかれば、怪我をするのは当然後者の方だ。蓮としては自分と違って両親に大事に育てられている従姉妹に怪我をさせるわけにはいかなかった。
「でもさ、あの子こういうの大好きじゃないの?」
「まあ好きだな。肝試しだけじゃなくて遊園地の絶叫系とか、秘密基地とか、そういうの大好物」
「……俺は別に二回目やってもいいけど?」
ニヤリと笑みを浮かべたタケルが蓮に視線を向ける。恐らく旧校舎内部が危険かもしれないから自分が従姉妹を連れてこなかったと考えているのだろう――あながち的外れでもない友人の考えを悟った蓮は口の中のピアスを舌でいじりながら、「……そん時はよろしく」と小さく呟いた。
「なんだよ、どういうことだよ」
タケルの意図を汲み取れなかったらしいヒロが不満げな声を上げる。
「今度は女の子も一緒に来ましょうって話」
「今度!? ……でも女の子いるのか」
ヒロはやはり二回も肝試しをしたくはないらしく、タケルの〝今度〟という言葉に嫌そうな大声を上げた。だが「女の子も一緒」という部分は彼にとってよほど魅力的なのか、葛藤するように眉間に力を入れる。
「女の子……あークソ、出会いがないもんなぁ……やっぱシチェーションが……」
(女の子っつっても、お前ももう会ったことあるけどな)
ヒロが自分の従姉妹をそういう対象として見ていないのは蓮も知っている。だから彼のこの葛藤は無駄なのだが、少し静かになっていいと思った蓮はそのまま放置して、タケルへと視線を移した。
「そういやタケル、お前その旧校舎に行ったことあるのか?」
「いや、ないよ」
「下見も? お前だったらしてそうだけど」
蓮の知る限り、タケルは自分が言い出したことをする時は事前に準備をしっかりとしたがる傾向があった。だから今回も当然そうしているだろうと思っていたのだが、この口振りではそういうわけではないらしい。
「したかったんだけどな、一応一人で旧校舎行っちゃいけないらしいから」
「何それ?」
横からヒロが問いかける。もう自分の世界から帰ってきたようだ。
「多分あの怪談に関連してると思うんだけど、このへんの子供はそう言い聞かせられるらしいんだよ。一人で隠れちゃ駄目だって」
「はあ? つーか隠れるの前提かよ」
蓮だけでなく、ヒロとタケルもこの街の住民ではない。タケルの通う高校が近いため昨日の公園にはよく行くが、地域の噂話のような話には疎いのだ。
「なんかそうらしいよ。ほら、蓮も前会ったことあると思うんだけど、ヨウ君の友達でマサト君って人いたじゃん? あの人がこの辺の人で、そういうルールみたいなのがあるって言ってたんだって」
(〝ヨウ君〟って確か、タケルの中学の先輩だったか)
そういえば何度か顔を合わせたことがあるな、と蓮は記憶を辿った。
マサトという名前に関しては覚えがなかったが、友人経由で一度しか会ったことのない人間というのはよくいたし、そういう相手の名前はいちいち覚えていないためあまり気にならなかった。
「ってことは、あの怪談もそのマサトって人に聞いたのか?」
「いや、そこはヨウ君から。ヨウ君がマサト君から聞いたって」
「ややこしいな」
蓮が顔を顰めると、タケルは「まあ、元は誰から聞いたかはあんま関係ないでしょ」と言って笑った。
(確かにそうか……)
事実に基づいていようが完全なる創作だろうが、これから行う肝試しにはあまり関係がない。古い建物ならそれだけで雰囲気があるはずで、今回のように前情報として旧校舎にまつわる怪談を聞いていなくてもそれなりに楽しめるだろう。
そう考えながら蓮が納得していると、隣でヒロが「でもさぁ……」と口を開いた。
「その旧校舎っての、なんでまだ壊されてないわけ? 昨日の話が本当なら、人が死んだのにそれから何十年も放置されてるってことだろ?」
「壊されてりゃ行かずに済んだのにって?」
「ばッ……そうじゃねェよ!」
蓮がからかうように言えば、ヒロは慌ててその言葉を否定した。その行動が図星だと言っているようなものだと思ったが、何故壊されていないのかというのは蓮も気になったのは事実だ。ヒロをあしらいながらタケルを見ると、その視線を答えろという意味だと察した彼は肩を竦めた。
「それな、結構謎なんだよ。一応ヨウ君が聞いた噂によるとさ、壊す前の点検みたいなので入った人が、出てきた時にはやめようって言い出すらしい。そうするとどういうわけか取り壊しが中止になる。んで、その人もいつの間にか消えてる」
「いや意味分かんないんだけど」
「しょうがないだろ、あくまで噂なんだから。実際のところは多分誰も知らないんだよ。――あ、見えてきた」
タケルのその言葉に話を中断すると、蓮たちは彼の指す方へと目を向けた。
そこには夜の暗闇でも見て分かるくらい古い木造の建物があり、どことなく異質な雰囲気を放っているように感じられる。
「フェンスあんじゃん」
「大丈夫、大丈夫。入り口もあるから」
ヒロの言葉に答えながら、タケルは「こっち」と蓮たちを促した。
「えーっと、確かこの辺だって言ってたと思うんだけど……――お、あったあった」
草むらを漁っていたタケルの手には、一本のワイヤーが握られていた。フェンスと絡まるようになっているそれを解いていけば、人が通れるような切れ目が現れる。
「結構ここ入ってる奴らいんの?」
「そういうこと」
それはある意味安全が保証されているようなものだった。蓮とタケルの会話を聞いたヒロが少し安心したような顔をしたのもそのためだろう。
(まあ、建物が壊れる心配をあまりしなくていいのは楽か)
安全が保証されてしまうと肝試しとしての怖さは減ってしまう気がしたが、心霊現象以外の余計な心配をせずに集中できると考えれば悪くはないのかもしれない――蓮がその場で考えていると、いつの間にか先に進んでいたらしいタケルが「早く早く」と自分を急かす声が聞こえてきた。
「ああ、今行く」
膝ほどの高さの雑草が生い茂る中を進んでいくと、やがて土だけの地面に変わった。誰かが手入れをしているようには見えないことから、ここは雑草が生えにくいのだろう。
(土を固めてるから? でも雑草ってコンクリにも生えるよな……土でも人がよく通るところは生えないけど、ここでそれはないだろうし……)
僅かな違和感が残ったが、勉強のできる方ではないと自覚している蓮は考えることをやめた。どうせ自分の知識を振り絞ったところで納得の行く答えが出ないことは分かりきっているのだ。そういう現象があるとだけ理解していればいい。
それよりも、と蓮は視線を上げた。目の前にはこれから入ろうとしている旧校舎がある。遠目で見た時よりも更に古びて見えたが、今にも崩れそうというほどではないためそちらの心配は不要そうだ。
「そういえばさっきの一人で入っちゃ駄目ってやつ、この辺だと教えられるってことは地元じゃ有名な怪談なのか?」
ふと思い出し、蓮はタケルに尋ねた。
「いや、怪談自体はそうでもないみたいだよ。マサト君も久々に会った昔の習い事の先生に聞いたっつってたかな」
「なんで先生が怪談するんだよ」
「かくれんぼしてやってくれって頼まれたらしいんだよ」
「はあ?」
会話をしている間にも、タケルは既に割られていた扉のガラスの隙間から腕を差し入れて鍵を開けていた。
「ヨウ君たちもかくれんぼして帰ってきたんだって。たまにああして遊んでやらないとハツネチャンが可哀想だって」
「おい待て、ハツネチャンって本当にいるのか?」
タケルの発言に、ヒロが顔を引き攣らせる。
「いるらしいよ。ま、これからそれを確かめるってことで」
そう言って笑うと、タケルは「どうぞ」と恭しい態度で蓮たちを扉の奥へと促した。
「何も見えないな……」
呟きながら、蓮は懐中電灯のスイッチを入れた。するとそれに倣うように、タケルとヒロの方からカチッという音が続く。
深夜の旧校舎は、僅かな月明かりさえも入らず完全な暗闇だった。
今のように三人で懐中電灯をつければそれなりに明るいが、一人離れて別のところを照らそうとすると一気に暗くなる。その程度の明かりでは足元の散らかった校舎内を十分に照らすことはできず、蓮は従姉妹を連れてこなくてよかった、と内心で改めて安堵していた。
「――いやいやいやいや絶対無理だろこれ」
聞こえてきた早口に、蓮は声の主の方へと目をやった。そこには案の定ヒロが大きな身体を縮こませて立っていて、中止を求めるようにタケルに無理だと訴えていた。
「無理じゃないって。ちょっとかくれんぼするだけじゃん」
「ってことは一人になるだろ!? 馬鹿かお前!」
「ヒロよりはマシだよ。それに一人になるのはもう少し後だし」
「いや後だろうが関係――」
「どういうことだ?」
気になる言葉に、文句を言おうとしたヒロを遮って蓮がタケルに問いかけた。
「さっき言っただろ? 一人で隠れちゃ駄目って。だから一人になるのは鬼だけなんだよ」
「そういうことなら分かるけど……でもそれって一人で入るなってことじゃねーの?」
「それがさぁ、ヨウ君もマサト君と一緒に隠れたって言ってて。ハツネチャンに会うためにはやっぱそういう手順は守るべきじゃん?」
そこまで言うと、タケルは「というわけで」と蓮とヒロの顔を順番に見やった。
「まずは全員でどっかに隠れようか」
タケルが自分の顔を下から照らせば、ヒロの方から「ひっ」と小さな悲鳴が上がった。
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