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第四章 東海林美亜
〈一〉繋がり
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「信じるんですか?」
取調室を後にした尾城は、廊下を歩きながら河野に話しかけた。八尾の話には確かに一貫性はあったが、にわかには信じがたい内容で尾城には河野が信じているとは思えなかったのだ。
特に気絶している間に東海林卓が殺され、自分もあの倉庫に拉致されたというのは八尾にとって都合が良すぎる。もしこれで八尾が犯人だと示す証拠が見つかっても、彼は記憶にないと否定することができるのだ。その言い分が通用するかはまた別の話だが、八尾が否定し続ける限りは警察側も慎重に捜査を進めなければならない。
「頭ごなしに否定できる内容でもなかったからな。しかも真犯人に殺されるかもしれないっつって本人が協力的なんだ、一旦信じてると思わせといてもいいだろ」
河野の言葉を聞いて、尾城は自分の肩から力が抜けるのを感じた。そもそも力が入っていた自覚すらなかったが、無意識のうちに緊張していたのかもしれない。自分が信じていない八尾の話を河野が信じてしまっているんじゃないか――それが、何故か怖かったからだ。
そこまで考えると、尾城は八尾の言い分を信じることに対して自分がかなり否定的になっていることに気が付いた。それは容疑者の話を鵜呑みにしてはいけないだなんて当たり前の考えによるものではなく、もっと別の何かのせいだ。ならば一体何が――その答えは、考えたらすぐに分かった。
八尾の話はそのまま信じてはいけない気がする――彼の話を聞いている時に感じた、胸の中がつっかえるような気持ち悪さ。大したものではなかったため八尾の態度のせいだろうと気にも留めていなかったが、明確に言葉として思い浮かぶとどこか予感めいたもののようにも思えてくる。
自分の中でこの直感は結構強いものなのかもしれない。だから色々といつもと違う感覚がするのだろうと納得すると、尾城はすっきりとしたような表情で河野へと視線を向けた。
「信じてるふりをするってことは、ずっとここに置いておくんですか? まだ令状もないのに?」
「まさか。八尾自身が犯人じゃないと主張してる以上、いくら協力的だって言っても長時間置いとけるわけないだろ。後で家を調べる時についでに帰ってもらうよ。時間経ってから自分は無理矢理勾留されたって言い出すかもしれないしな」
確かにそれは面倒だ、と尾城は顔を顰めた。八尾の記憶がないという言い分を全て嘘だと決めつけるわけではないが、よくある言い逃れでもあるのだ。もし彼が記憶がないと嘘を吐いているのであれば、彼にとって都合が悪いことはすべて記憶からなくなってしまうのだろう。
「とりあえず八尾の家から何か出てくることを祈るしかないな。本当に真犯人がいるんだったら、八尾と東海林には何かしらの繋がりがあるはずだ」
「橘椿の件はどうするんです? 本物の方の」
ややこしいなと思いながら尾城は眉間に皺を寄せた。偽物の方を橘椿と呼ぶ気はないが、本物を呼ぶにしてもいちいち説明を付け足さないと齟齬を招く可能性がある。
河野はそんな尾城の気持ちに気付いたのか、「名前だけで分かるよ」と肩を竦めた。
「そっちは検死が進んでないから待つしかないだろ。それに橘と八尾に面識があることは分かってるんだ。八尾が本当に例のストーカーとは別人なのかは分からないが、先に繋がりが分からない東海林との関連を探るべきだろ」
確かにそうだ、と尾城は小さく頷いてみせた。これまでは八尾が東海林の事件とは無関係という可能性もあった。だから二人の間に繋がりが見つからなくても仕方がないと言うことができたが、もう違うのだ。八尾本人が自分は事件とは無関係ではないと証言している。彼の話がどこまで事実かは分からないが、これまでよりも東海林と関わりがある可能性は一気に高くなっていた。
「東海林と言えば――」
東海林と八尾の関係を考えようとした尾城の頭に浮かんだのは、数日前のことだった。
「あの親御さんは不憫ですね、子供二人ともこんなに早くに亡くすなんて。しかももう一人もあんな形だったし……」
「妹は自殺だったか」
「ええ。それに遺書もないからなんで死んだのかも分からないって」
尾城は手帳を取り出すと、そこに書かれたメモに目を通した。要点だけのそれは何の感情も感じられないが、自分がこれを書き留めていた時のことは今でも容易に思い出せる。
憔悴しきった壮年の大人二人。そんな相手を前にして、尾城の気持ちもまた張り裂けそうになったのだ。
§ § §
それは今から三日前のことだった。尾城は河野と共に、千葉県にある東海林卓の実家のマンションを訪ねていた。
勿論それは、彼を死に至らしめた犯人を調べるためだ。東京での東海林の身辺を洗ってもそれらしき人物は出てこなかったため、彼の上京以前の交友関係を両親に尋ねようと考えてのことだった。
「――高校までのお友達とは、今も付き合いがあると思います」
自宅のリビングに尾城達を通した東海林の母は、静かに口を開いた。父親の方はまだ話す気にならないのか、挨拶が済んでからずっと黙り込んでいる。
「中野に住んでるって言っても、電車ですぐですから。大学に入る時に家を出ましたけど、暫くは毎週末うちへ帰ってきて地元のお友達と遊んでいました」
「その方達と、今も?」
「多分、としか言えませんが。お通夜にも来てくれましたし」
そう言って母親が視線を向けた先には、マンションには珍しく仏壇があった。そこには東海林卓の他に、少女の写真も飾られている。レジャーに出かけた時の写真だろうか。動きやすそうな服装も、高い位置で結ばれたポニーテールも、活動的な雰囲気を漂わせていた。
その写真の中で少女は〝弾けるよう〟と表現できるくらいの満面の笑みを浮かべていた。恐らく一番楽しそうな写真を選んだのだろう。尾城はどことなく見覚えがある気がしたが、名前は浮かばなかった。
「あの、あちらは……?」
あそこに飾られているということは、恐らく――答えを察しながら尾城が尋ねると、東海林の母は「娘です」と力なく言った。
「あの子は高校生の時に……。さっき息子のお友達とのことを〝多分〟と言ったのも、美亜――娘のことが影響しています」
一息置いて、東海林の母は話を続けた。
「娘が亡くなったのは、息子が大学生になった後でした。警察は自殺だと言うんですけど、遺書もないから今でも信じきれなくて……息子も兄妹仲は良い方でしたから、相当ショックだったんだと思います。それまで毎週帰って来てくれていたのに、娘が亡くなってからは一気に頻度を落として……それでも娘の命日とか、お正月とか、節目の時期は顔を見せてくれていたので、いつかあの子の気持ちも落ち着けばいいなと思って見守っていたんです。そんな状態だったものですから、もう何年もあまり踏み込んだ会話ができていなくて……」
そこで東海林の母が言葉を詰まらせると、それまで黙っていた父親が「どうして……」と口を開いた。
「どうしてうちの子達ばっかり……! しかも卓は殺されたって……!」
そう悲痛に歪む男の顔が、尾城の胸を締め付ける。
「お願いします……絶対に犯人を捕まえてください……! あいつはずっと頑張ってきたのに、それを奪うなんてあんまりだ……!」
§ § §
東海林の自宅でのことを思い出して、尾城は気持ちが一気に暗くなった。ただでさえ親に子が殺されたという話をするのは辛いのに、それが娘まで既に亡くしている相手だったのだからなんと声をかけたらいいのか分からなくなる。
実際、東海林の父親に詰め寄られた尾城は何も言うことができなかった。犯人を見つけるのが自分の仕事なのだから、いつもであれば任せて欲しいと言うくらいできたはずだ。それなのに何も言えなかったのは、その言葉の重さを改めて実感してしまったからだった。
今更そんなことを思うだなんて情けなさすぎる――自分の弱さが嫌になって、尾城は慌てて首を振った。結局東海林の自宅では河野に助け舟を出してもらえてどうにか乗り切ることができた。それなのに今もまだそれを引き摺っているだなんて他でもない河野に思われたくない。
尾城は気持ちを切り替えるように話題を探すと、いつもの調子になるように声を作った。
「しかし高二かぁ……まあ、悩み多き年頃ではありますよね。高校生活では一番楽しい時期だと思いますけど」
東海林の妹の自殺した年齢を口にして、ほんの少しだけおどけてみせる。言ってから不謹慎だと怒られそうだと気付いたが、河野はそれよりも尾城の言っている意味の方が気になったらしい。「あ?」と無愛想な声を出しながら、片眉を大きく上げた。
「なんで一番楽しいんだよ」
「え? だって一年生はまだ勉強とか環境に慣れてないでしょ? で、三年になれば受験一色。一番遊べてイベントに集中できるのが高二じゃないっすか」
「ほー、そういうもんか」
「そうですよ。でもまあこの高校、進学校ってほどでもないようなので三年生でも楽しいかもしれませんけどね。卒業後就職する生徒も多いみたいですし……」
無事気持ちを切り替えられたことに安堵しながら話していた尾城だったが、話しながら妙な感覚を覚えて思わず言葉を止めた。
これは既視感だ――そう思い至ると、何に対する既視感なのか必死に思考を巡らせる。急に黙り込んだ自分に河野が訝しげな目を向けているのは分かっていたが、この後に続くであろう彼の問いに答えるためにも、その正体を知る方が先決だった。
「どうした?」
「いえ……ああ、そっか。そういえばこの高校の名前見覚えあるんだ」
尾城の視線の先には、手帳にメモされた東海林美亜の高校の名前があった。
「そりゃあるだろ、調べてんだから」
「そうじゃなくて最近の話ですよ。いつだったかな……――あ!」
「んだよ、うるせぇな」
「さっき見たんですよ、これ! 八尾の個人情報聞いてる時に!」
「は?」
意味が分からないとばかりに顔を顰める河野を横目に、尾城は自分の記憶を手繰り寄せた。
確か八尾から話を聞いている最中のことだ。彼が東京ではなく千葉県出身だと知った時に、話の流れで通っていた高校の名前を聞いていたのだ。その時も聞き覚えがあるとは思ったが、職業柄色々な学校名に聞き覚えがあるのは当然だと思って気にしなかった。だが今は何故あの時気付かなかったのかと自分を怒鳴りつけたくてしょうがない。
尾城は興奮と苛立ちを抑えながら、未だ自分の言葉を待つ河野へと向き直った。
「だから、八尾もこの高校の卒業生なんです! しかも東海林卓の妹と同い年……もしかして、妹繋がりとかじゃないですか?」
尾城が言うと、河野からは「なんで今更言うんだよ!」と叱責が飛んできた。
取調室を後にした尾城は、廊下を歩きながら河野に話しかけた。八尾の話には確かに一貫性はあったが、にわかには信じがたい内容で尾城には河野が信じているとは思えなかったのだ。
特に気絶している間に東海林卓が殺され、自分もあの倉庫に拉致されたというのは八尾にとって都合が良すぎる。もしこれで八尾が犯人だと示す証拠が見つかっても、彼は記憶にないと否定することができるのだ。その言い分が通用するかはまた別の話だが、八尾が否定し続ける限りは警察側も慎重に捜査を進めなければならない。
「頭ごなしに否定できる内容でもなかったからな。しかも真犯人に殺されるかもしれないっつって本人が協力的なんだ、一旦信じてると思わせといてもいいだろ」
河野の言葉を聞いて、尾城は自分の肩から力が抜けるのを感じた。そもそも力が入っていた自覚すらなかったが、無意識のうちに緊張していたのかもしれない。自分が信じていない八尾の話を河野が信じてしまっているんじゃないか――それが、何故か怖かったからだ。
そこまで考えると、尾城は八尾の言い分を信じることに対して自分がかなり否定的になっていることに気が付いた。それは容疑者の話を鵜呑みにしてはいけないだなんて当たり前の考えによるものではなく、もっと別の何かのせいだ。ならば一体何が――その答えは、考えたらすぐに分かった。
八尾の話はそのまま信じてはいけない気がする――彼の話を聞いている時に感じた、胸の中がつっかえるような気持ち悪さ。大したものではなかったため八尾の態度のせいだろうと気にも留めていなかったが、明確に言葉として思い浮かぶとどこか予感めいたもののようにも思えてくる。
自分の中でこの直感は結構強いものなのかもしれない。だから色々といつもと違う感覚がするのだろうと納得すると、尾城はすっきりとしたような表情で河野へと視線を向けた。
「信じてるふりをするってことは、ずっとここに置いておくんですか? まだ令状もないのに?」
「まさか。八尾自身が犯人じゃないと主張してる以上、いくら協力的だって言っても長時間置いとけるわけないだろ。後で家を調べる時についでに帰ってもらうよ。時間経ってから自分は無理矢理勾留されたって言い出すかもしれないしな」
確かにそれは面倒だ、と尾城は顔を顰めた。八尾の記憶がないという言い分を全て嘘だと決めつけるわけではないが、よくある言い逃れでもあるのだ。もし彼が記憶がないと嘘を吐いているのであれば、彼にとって都合が悪いことはすべて記憶からなくなってしまうのだろう。
「とりあえず八尾の家から何か出てくることを祈るしかないな。本当に真犯人がいるんだったら、八尾と東海林には何かしらの繋がりがあるはずだ」
「橘椿の件はどうするんです? 本物の方の」
ややこしいなと思いながら尾城は眉間に皺を寄せた。偽物の方を橘椿と呼ぶ気はないが、本物を呼ぶにしてもいちいち説明を付け足さないと齟齬を招く可能性がある。
河野はそんな尾城の気持ちに気付いたのか、「名前だけで分かるよ」と肩を竦めた。
「そっちは検死が進んでないから待つしかないだろ。それに橘と八尾に面識があることは分かってるんだ。八尾が本当に例のストーカーとは別人なのかは分からないが、先に繋がりが分からない東海林との関連を探るべきだろ」
確かにそうだ、と尾城は小さく頷いてみせた。これまでは八尾が東海林の事件とは無関係という可能性もあった。だから二人の間に繋がりが見つからなくても仕方がないと言うことができたが、もう違うのだ。八尾本人が自分は事件とは無関係ではないと証言している。彼の話がどこまで事実かは分からないが、これまでよりも東海林と関わりがある可能性は一気に高くなっていた。
「東海林と言えば――」
東海林と八尾の関係を考えようとした尾城の頭に浮かんだのは、数日前のことだった。
「あの親御さんは不憫ですね、子供二人ともこんなに早くに亡くすなんて。しかももう一人もあんな形だったし……」
「妹は自殺だったか」
「ええ。それに遺書もないからなんで死んだのかも分からないって」
尾城は手帳を取り出すと、そこに書かれたメモに目を通した。要点だけのそれは何の感情も感じられないが、自分がこれを書き留めていた時のことは今でも容易に思い出せる。
憔悴しきった壮年の大人二人。そんな相手を前にして、尾城の気持ちもまた張り裂けそうになったのだ。
§ § §
それは今から三日前のことだった。尾城は河野と共に、千葉県にある東海林卓の実家のマンションを訪ねていた。
勿論それは、彼を死に至らしめた犯人を調べるためだ。東京での東海林の身辺を洗ってもそれらしき人物は出てこなかったため、彼の上京以前の交友関係を両親に尋ねようと考えてのことだった。
「――高校までのお友達とは、今も付き合いがあると思います」
自宅のリビングに尾城達を通した東海林の母は、静かに口を開いた。父親の方はまだ話す気にならないのか、挨拶が済んでからずっと黙り込んでいる。
「中野に住んでるって言っても、電車ですぐですから。大学に入る時に家を出ましたけど、暫くは毎週末うちへ帰ってきて地元のお友達と遊んでいました」
「その方達と、今も?」
「多分、としか言えませんが。お通夜にも来てくれましたし」
そう言って母親が視線を向けた先には、マンションには珍しく仏壇があった。そこには東海林卓の他に、少女の写真も飾られている。レジャーに出かけた時の写真だろうか。動きやすそうな服装も、高い位置で結ばれたポニーテールも、活動的な雰囲気を漂わせていた。
その写真の中で少女は〝弾けるよう〟と表現できるくらいの満面の笑みを浮かべていた。恐らく一番楽しそうな写真を選んだのだろう。尾城はどことなく見覚えがある気がしたが、名前は浮かばなかった。
「あの、あちらは……?」
あそこに飾られているということは、恐らく――答えを察しながら尾城が尋ねると、東海林の母は「娘です」と力なく言った。
「あの子は高校生の時に……。さっき息子のお友達とのことを〝多分〟と言ったのも、美亜――娘のことが影響しています」
一息置いて、東海林の母は話を続けた。
「娘が亡くなったのは、息子が大学生になった後でした。警察は自殺だと言うんですけど、遺書もないから今でも信じきれなくて……息子も兄妹仲は良い方でしたから、相当ショックだったんだと思います。それまで毎週帰って来てくれていたのに、娘が亡くなってからは一気に頻度を落として……それでも娘の命日とか、お正月とか、節目の時期は顔を見せてくれていたので、いつかあの子の気持ちも落ち着けばいいなと思って見守っていたんです。そんな状態だったものですから、もう何年もあまり踏み込んだ会話ができていなくて……」
そこで東海林の母が言葉を詰まらせると、それまで黙っていた父親が「どうして……」と口を開いた。
「どうしてうちの子達ばっかり……! しかも卓は殺されたって……!」
そう悲痛に歪む男の顔が、尾城の胸を締め付ける。
「お願いします……絶対に犯人を捕まえてください……! あいつはずっと頑張ってきたのに、それを奪うなんてあんまりだ……!」
§ § §
東海林の自宅でのことを思い出して、尾城は気持ちが一気に暗くなった。ただでさえ親に子が殺されたという話をするのは辛いのに、それが娘まで既に亡くしている相手だったのだからなんと声をかけたらいいのか分からなくなる。
実際、東海林の父親に詰め寄られた尾城は何も言うことができなかった。犯人を見つけるのが自分の仕事なのだから、いつもであれば任せて欲しいと言うくらいできたはずだ。それなのに何も言えなかったのは、その言葉の重さを改めて実感してしまったからだった。
今更そんなことを思うだなんて情けなさすぎる――自分の弱さが嫌になって、尾城は慌てて首を振った。結局東海林の自宅では河野に助け舟を出してもらえてどうにか乗り切ることができた。それなのに今もまだそれを引き摺っているだなんて他でもない河野に思われたくない。
尾城は気持ちを切り替えるように話題を探すと、いつもの調子になるように声を作った。
「しかし高二かぁ……まあ、悩み多き年頃ではありますよね。高校生活では一番楽しい時期だと思いますけど」
東海林の妹の自殺した年齢を口にして、ほんの少しだけおどけてみせる。言ってから不謹慎だと怒られそうだと気付いたが、河野はそれよりも尾城の言っている意味の方が気になったらしい。「あ?」と無愛想な声を出しながら、片眉を大きく上げた。
「なんで一番楽しいんだよ」
「え? だって一年生はまだ勉強とか環境に慣れてないでしょ? で、三年になれば受験一色。一番遊べてイベントに集中できるのが高二じゃないっすか」
「ほー、そういうもんか」
「そうですよ。でもまあこの高校、進学校ってほどでもないようなので三年生でも楽しいかもしれませんけどね。卒業後就職する生徒も多いみたいですし……」
無事気持ちを切り替えられたことに安堵しながら話していた尾城だったが、話しながら妙な感覚を覚えて思わず言葉を止めた。
これは既視感だ――そう思い至ると、何に対する既視感なのか必死に思考を巡らせる。急に黙り込んだ自分に河野が訝しげな目を向けているのは分かっていたが、この後に続くであろう彼の問いに答えるためにも、その正体を知る方が先決だった。
「どうした?」
「いえ……ああ、そっか。そういえばこの高校の名前見覚えあるんだ」
尾城の視線の先には、手帳にメモされた東海林美亜の高校の名前があった。
「そりゃあるだろ、調べてんだから」
「そうじゃなくて最近の話ですよ。いつだったかな……――あ!」
「んだよ、うるせぇな」
「さっき見たんですよ、これ! 八尾の個人情報聞いてる時に!」
「は?」
意味が分からないとばかりに顔を顰める河野を横目に、尾城は自分の記憶を手繰り寄せた。
確か八尾から話を聞いている最中のことだ。彼が東京ではなく千葉県出身だと知った時に、話の流れで通っていた高校の名前を聞いていたのだ。その時も聞き覚えがあるとは思ったが、職業柄色々な学校名に聞き覚えがあるのは当然だと思って気にしなかった。だが今は何故あの時気付かなかったのかと自分を怒鳴りつけたくてしょうがない。
尾城は興奮と苛立ちを抑えながら、未だ自分の言葉を待つ河野へと向き直った。
「だから、八尾もこの高校の卒業生なんです! しかも東海林卓の妹と同い年……もしかして、妹繋がりとかじゃないですか?」
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