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新菜いに/丹㑚仁戻

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第二章 狩る者と狩られる者の探り合い

【第四話 約束】4-3 所詮世の中顔か!

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 壱政様から新道具を受け取った夜。この日の私はおしゃれなカフェの中にいた。椅子にはこれまで持っていなかった和傘と黒いボディバックを掛け、なんちゃらノンファットミルクホットチョコレートみたいな名前の、もはや呪文としか思えない飲み物をいただいている。
 これにしたのはミルクホットチョコレートだけ読解できたからだ。だから濃厚なミルクチョコレートのドリンクが来ると思っていたんだけど、これ普通にココアだな。口当たりがさらっとしているもの。

 もうお気付きかもしれないが、私は普段こういうおしゃれなカフェには入らない。ハンバーガー、牛丼、ラーメン、あと焼き肉。日本に来たらそういうお店をローテーションするのが私の楽しみなのだ。
 じゃあなんで慣れないことしているかだって? そんなの愚問、キョウと待ち合わせているからだ。昨日解散する時に、次は店で待ちたいとごねて指差したのがこのお店だった。ぱっと見おしゃれだから選んだのだけれど、まさか商品名までおしゃれさ重視とは思わなかったよね。
 でもここにしたのは正解だったかもしれない。周りは若者が多くてデートスポットって感じがする。さっきからちらちらと店の外を見てキョウが来るのを待っているけれど、そんな私って傍から見たら彼氏の到着を待つ女の子じゃん。へへ、なんかいい。

「――あ!」

 そうして少し待っていたら、店の入り口に黒ずくめのイケメンが現れた。店に入った瞬間少し嫌そうな顔をしたけれど、そんな顔もおしゃれな照明の下ではよく映える。
 今日の彼は短めのダボッとしたパーカーのような上着を着ているものの、その上からでも分かるスタイルの良さが際立っていた。鍛えられた肉体は多少布で隠したところで隠しきれない。その上イケメンなものだから、全身真っ黒で惹いた人目はすぐにそのお顔に引き寄せられていた。

 キョウはざっと店内を見渡した後、すぐに私に気付いて嫌そうな顔のままつかつかと歩いてきた。結構距離があったのにすぐに見つけられたのはきっと私が吸血鬼で、彼がそれを感知することができるから。そういえばそのへん後で説明しろって言われて忘れてたな。私も詳しいことは知らないんだけど。

「……またそんなもの飲んでるのか」
「美味しいよ? 商品名は詐欺っぽいけど」

 私が答えると、キョウは「詐欺?」と怪訝そうな表情を浮かべた。だから近くにあったメニューを取って説明すれば、「別に詐欺じゃないだろ」と溜息を吐かれる。

「なんで? だってミルクホットチョコって書いてるのにこれココアじゃん。コクが少ないもん」
「〝ノンファットミルク〟だろ」
「のん……?」

 ノンファットミルクという単語は分かる。これでも複数言語喋れるしね。いやしかし今それを言われても納得がいかないと思ってメニューをまじまじと見れば、確かにこの呪文はそう読むことができる。なるほど、私のカタカナ読解力が弱っていたらしい。

「カンマ打って欲しい……っていうかキョン、普通にこれが読めるってことはこういうお店よく来るの? 彼女?」
「関係ないだろ」

 そう言ってお店から出ようとするキョウはまるで誤魔化しているかのよう。え、彼女いるの? こんな無愛想なのに?

「所詮世の中顔か! いいと思います!」
「喚いてないでさっさとしろ」

 怒られたので仕方なくカップを返却してお店の外に出る。和傘とバッグを忘れずに持ち、キョウの後を追えばちゃんと立ち止まって待ってくれている彼がいた。あらやだ、やり方がクール系彼氏みたい。

「で? その傘が〝荷物〟か?」
「ううん、これは私の。キョウに持って欲しいのはこっち」

 そう言いながら黒いボディバッグを渡せば、キョウは受け取りつつもあからさまに顔を顰めた。

「こんなもの自分で持てばいいだろ」
「持ってもいいんだけど、持ってると動きが制限されちゃうの」

 立ち話もなんだからと、見廻りのため歩きながらキョウと話を続ける。

「その中の物がね、上位種を捕まえるのに便利なんだ。でも私も上位種だから同じ影響を受けるっていうか」
「そういう言い方をするってことは、まだ中身は見るなってことか?」
「いや、いいよ? 往来で出すと変な目で見られるかなって思ってそれに入れてきただけだから」

 私の言葉を聞いたキョウは不思議そうな顔をしながらバッグのファスナーを開けた。暗がりでよく見えないのか、中身を確かめるようにバッグの中に手を突っ込む。同時に鳴るのはガチャリという少し重たい金属音。その音と感触で正体が分かったらしいキョウは、更に疑問が増えたという顔をしてこちらを見た。

「ただの手錠か? 往来で出さない方がいいって意味は分かるが……随分丈夫そうだってこと以外何も変わったところはないぞ」
「素材が特別なの。人間にとってはただの鉄だけど、私達にとっては毒と一緒」
「へえ……ならアンタで試そうか?」
「やだキョンキョン、そういう趣味があるの? か弱い女の子を暗がりに連れ込んで手錠かけたい派? それとも衆人環視の中でプレイを楽しみたい派?」
「チッ……クソが」

 あ、イラッとした顔。舌打ちもそうだけど人にクソとか言っちゃ駄目だよ。

「少しは真面目に話せないのか? 俺にこんなものを渡したってことは、アンタは俺にこれを使われたって文句は言えないぞ?」
「でもわざわざ言うってことは、キョンにはそんな気ないんでしょ?」
「そう思わせようとしてるだけかもな?」

 ニヤッとキョウが少し悪い顔をする。いやあ、顔が良いとどんな表情でも絵になるから素晴らしい。それに彼がそうした理由も考えると愚かで可愛いぞ。流石に本人には言わないけど。

「それ反撃のつもり? 残念だけど鍵は私が持ってるから意味ないんだなぁ」
「……毒なんじゃないのか?」

 お、不満そうな顔に変わった。キョウって基本的に無表情か顰めっ面だけど、なんだかんだ表情豊かな気がする。

「ただ触れてる分には全然平気。でも影になると――あ、この間拠点で私ぶわって黒い煙になったの覚えてる? あれのこと影って言うの。で、この手枷を付けたまま影になるとそれはもう大変。大抵の吸血鬼はそれを知ってるから影になろうとするのを防げるんだ」
「確かにそれなら便利そうだが……アンタがずっと持ってたっていいんだろ? なんで俺に持たせる?」
「影になるたびにそれ放り投げるの? そしたら結局キョンキョンに拾ってもらわらなきゃいけないじゃん」
「そんな頻繁になる予定があるのか?」

 キョウの雰囲気が硬くなる。険しい顔でこちらを見てくるのは、私の様子から何かを探ろうとしているのだろう。

「吸血鬼を――上位種を相手にするならね。影には影でしか追いつけない」
「仮にアンタが追いついたとしても、その時俺が近くにいるとも限らないだろ。その間はどうするんだ」

 影同士の追いかけっこに人間は参加できない。キョウの足がいくら速かろうと、人間の出せる速度では追いつくまでに時間がかかるだろう。
 そんなキョウの心配が分かった私は、「そこでこちら!」と和傘を胸元の高さまで掲げた。

「傘?」
「そう、こちらの一見おしゃれで可愛い和傘! 実は仕込み傘となっております。ここでは出せませんが中には刀が仕込んでおりまして、素材は一般的な日本刀と同じでございますが私の腕を持ってすれば相手をスパンッと一刀両断することが可能なのです! いやぁ、あっぱれな切れ味! そして私!」

 ふっ、決まったぜ――と思いながらキョウを見れば、彼の顔はいつもどおり。つまり無表情。なんだこいつ、客としてのポテンシャル低いな。

「それができるなら枷なんていらないだろ」
「と思うじゃん? 斬ったところで死なないんですよ、我々」
「は……?」
「首を斬り落とされても急いでちゃんと処置すれば助かることもあるしね。だから殺意なく斬れるんだけどまあそれは置いといて……つまりこれで動きは止められるけど、それは一時的な話なんだよね。深手を追えば影にはなりづらいけど、時間が経てば治っちゃうしさ」

 私が説明するごとにキョウの端正な顔が歪んでいく。なるほど、この男にはテレビショッピングな語り口よりスプラッタホラー的な話の方が効くのか。この嫌そうな顔は苦手ってことだと思うから、今度そういう演出でもしてみようかしら。

「話は分かった。……アンタ達は、不死なのか?」
「まさか! ちゃんと死ぬよ。刀は殺すのに向かないだけ」
「ならなんでそんなの使うんだよ。弱点が分かってるなら効率の良い武器が作れるはずだろ」
「吸血鬼を殺すことに特化した武器はちゃんと存在するよ。だけど罪人だからって全員いきなり殺して良いわけじゃないの。捕まえて、裁判して、ちゃんと罪に応じた罰を与えなきゃいけない。だから動きを封じられるけど殺傷能力の低い刀が捕縛時には便利なのです」

 結構真面目なことを言ったはずなのに、キョウの表情が曇ったのはなんでだろう。
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