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最終章
第68話 使うって、何を……?
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土を蹴る音が耳朶を打つ。頬に風が突き刺さる。荒野の中を、駆け抜けていく。
今影になれば命を落としかねないと言われているから、脚を使ってがむしゃらに。
『――追ってどうする?』
『……分からない。でも、今行かなきゃ絶対後悔する』
私の言葉を聞いたクラトスはとても呆れた顔をしていたけれど。
『君が行ったらノエは狼狽えるだろうな。この目で見れないのは残念だが、まあ十分だ』
そう言った彼の顔は、少し楽しそうで。
『……いいの?』
『元より君がその気になれば我々は逆らえない。奴はわざと君にその術を教えていないのだろうが、それで満足した方が悪い。第一明確に持ちかけられたのは交換だけで、何が何でもここに留めろとは言われていないしな』
――きっとクラトスが私の言葉を受け入れてくれたのは、私のためではないのだろう。でも彼にどんな思惑があったとしても、私を行かせてくれるならなんでもいい。
クラトスに教えてもらったノエ達の居場所は、ここからそう遠くなかった。そこはかつてスヴァインがラーシュとオッドを殺した場所。元々何もなかったけれど、今では大きな二つの墓標が向かい合うように立てられているそうだ。
見ればすぐに分かると言われたから、前方だけを見据えてひたすらに進む。いくら人間だった頃よりも速く走れると言ったって、影の速さにはかなわない。
早く、早く。脚を強く蹴り出せ、腕をもっと速く振れ。両腕を飲み込む痛みは、限界を感じる私に檄を飛ばす。
腕を振るたびに鳴るのはちぎれた鎖の奏でる音。鍵はノエが持っていて手元にないから、クラトス達が手枷の鎖を無理矢理壊してくれた。
それがなんだかノエの気持ちを裏切るようで、か細く高い音はすすり泣く声にも聞こえた。そんなことをしないでと、ノエの想いに応えたいと思う私が涙を流す。
けれどそんな罪悪感は、すぐに焦燥感に飲まれて消えた。
裏切らなければ二度と会えないのなら。たとえ怒られても、嫌われても、私にはこの脚を止めることはできない。
早く――。
§ § §
目印の墓標が視界に飛び込んできた直後。人の身長の三倍はありそうなその大きな墓標の間に、見慣れた二人の人影を見つけた。
響いているのは金属を打ち付ける音。それに混じって微かに聞こえるのは二人の声だろうか。声の方を見たいのに、あちらこちらに動いてしまって視線が定まらない。
「――左手に何を隠している?」
やっと聞き取れたのはスヴァインの声。
問いながら腕を振り切ったスヴァインは、ノエから距離を置くように大きく飛び退いた。それがノエの振るった槍を避けようとしての行動だと気付くのと同時に、何かがぼとりと落ちる音が鼓膜を揺らす。
その音の数は、彼らの動きと合わない。だって二人はもう動いていない。じゃあ一体何が――音のした方へと吸い込まれた視線。そこにあったのは、誰かの腕で。
「ノエ!」
思わず名前を呼べば、ノエが驚いたようにこちらに振り返る。その身体がよろけたのは、きっとあるはずのものがないから。
「ほたる……!? なんでここに――ッ!?」
ノエが言い切るのを待たず、バランスを崩した身体を支えるようにしがみつく。近くで見たノエの左腕には肘から先がなくて、さっき見たばかりの腕を思い出しながら顔を顰めた。
「ノエ……腕……腕が……」
「平気平気、くっそ痛いけど」
「平気じゃない……!」
悲鳴のような声を上げながら、少し離れたところにいるスヴァインを睨みつけた。
「なんでこんなことするの……!」
「自分を殺そうとした相手に何をしたっていいだろう」
「それはあなたがノエを殺そうとするからでしょ!?」
私が声を張り上げれば、スヴァインはおかしそうに嘲笑った。
「それが分かっているなら喚くな。俺達は殺し合いをしているんだ、たかが腕の一本なんて些末な問題だろう」
「でも……!」
「それにそいつのしようとしていたことを考えれば、この状況に感謝してもらってもいいと思うがな」
「感謝……?」
「黙っとけ、スヴァイン。ほたるも下がってろ、平気だから」
「平気じゃない……! 腕がないんだよ!?」
「運が良ければ後で押し付ければくっつくよ。それよりほたるの方が危ない。序列が近いから死にはしないけど、それでも俺の血は今のほたるには毒だから」
そう言うノエに押しのけられ、私は下がるしかなかった。
ぼたぼたと垂れる血は地面を汚して、その染みを見ているとどうしようもなく不安になる。自分のシャツの裾を引きちぎったノエがそれを腕に巻きつけると、流れ落ちる血の量は確かに減ったけれど。同時にそうしなければならないという事実が、余計に私の不安を駆り立てた。
吸血鬼の怪我は本当にすぐ治る。本来あるべきものを失った傷口は、それでもちゃんと塞がるのだろう。けれどその間に流れっぱなしになってしまう血の量が良くないから、ノエはわざわざ止血したんだ。その場で落ちた腕をつけようとしないのは、きっとスヴァインがずっとノエを見ているから。
ノエが自分の腕を取りに動けないのなら、せめて私が――少し離れたところにある彼の腕に向かって走る。運が良ければくっつくということなら、なるべく早い方がいいだろう。
近くで見た血まみれの腕はとても恐ろしかったけれど、これはノエの腕だと言い聞かせて覚悟を決める。恐る恐るそれに触れれば思っていた以上の重さがあって驚いたものの、それでも意を決して腕を持ち上げるとぽとりと何かが落ちた。
それは紙に包まれた棒状のもの。手のひらに収まりそうな大きさで、一見すると包装された洋菓子にも見える。でも金属の部品のようなものが付いているから多分違うのだろう。これは一体何だろうと思いながら、ノエの腕を抱えたまま手を伸ばした。
「それに触るな!」
ノエの怒鳴り声で身体が固まる。咄嗟に彼の方を見れば、言い聞かせるように小さく首を横に振っていた。私は何がなんだか分からなくて、ノエの腕を抱き締めたまま彼の顔を見返すことしかできなかった。
「下手に触れればお前の腕が吹き飛ぶぞ、ほたる」
「え……?」
「黙ってろって言っただろ!」
ノエが怒声を上げながらスヴァインに向かう。右手だけで槍を操り、スヴァインを貫こうと振りかざす。
恐らく、人間だったら見えていないだろう速さ。けれどスヴァインは口元に笑みを浮かべながらそれを避けて、そのままノエのお腹を蹴り飛ばした。
「ノエ!」
大きく飛ばされたノエは両足で着地こそしたものの、その場で膝をついて何度も咳き込んだ。
駆け寄りたいのに、動けない。動こうと思えば動けるのに、自分のどの行動が迷惑になってしまうのか分からなくて。
「片手で殺せると思われていたとはな。最初から左手もまともに使っていればまだ違ったかもしれないのに」
「ッうるせぇ……!」
「最初から……?」
スヴァインの言っている意味がよく分からない。ノエが左腕を使えなくなったのは、切り落とされたからじゃないの?
「ああ、そういうことか。……俺に使う気はなかったんだな?」
スヴァインの声が急に低くなった。顔は笑っているのに、声だけが暗い感情を孕んでいて。
その感情の正体を知りたかったけれど、それよりも今は彼の言ったことの方が気になる。聞かなきゃいけない――そんな予感が、胸にあった。
「使うって、何を……?」
「爆薬だ。こいつは自分の腕ごと吹き飛ばす気だったんだ――アイリスをな」
「え……?」
ノエがアイリスを殺す気だったということだろうか。でも、そんなこと聞いていない。
聞いていないけれど――。
『大丈夫、そこはうまくやるよ。だからほたるは気にしない』
ノエの言葉が脳裏に蘇る。こんな騒ぎを起こしたら誰かが火種としてアイリスに消されるんじゃないか――そう不安になった私に、ノエが言った言葉。
うまくやるっていうのは、誰かを殺せと言われる前にアイリスを殺そうとしていたってこと?
そんなことできるのだろうか。そんなことをして、ノエが無事に済むのだろうか。
いや、無事で済むはずがない。だってノエは自分の腕ごと――。
「ノエ、死ぬ気だったの……?」
恐る恐る尋ねながらノエを見る。彼はまだ屈んだままだったものの、噎せるのは落ち着いたらしい。それには安心したけれど、ノエがしようとしていたことが気になって手のひらに汗が滲んだ。
「んなわけないだろ。そんなことしたらほたる嫌がるじゃん」
そう言ってこちらを向いたノエは、困ったように眉根を寄せていた。その表情が意味するのはきっと、彼の言葉に嘘はないということ。そう気付いたと同時に、身体の緊張が少しだけ解けるのが分かった。
「でも……じゃあ、腕ごとって……」
「そのくらいしないと、多分アイリスは殺せないから。言っただろ? アイリスに疑われないのは多分無理だって。しょうがないとはいえこんなやり方したら嫌でも気を引くだろうから、保険としてこのくらいの用意はしておかないと。できればこの状況でやり合いたくないけど、少しでも勝率は上げておきたいじゃん?」
ノエが言うと、スヴァインが声を上げて笑った。
「まあ、間違ってはいないな。お前が何を企んでいるかは知らないが、アイリスを騙すのはまず無理だ。それにあの人の行動を誘導することはお前にはできないだろうから、自分から捨て身でいくしかない。――だがあんな量の爆薬じゃあ精々接した部分を破壊する程度。命惜しさに減らしたんだろうが、急所を狙えない限り殺すことはできないぞ?」
「分かってるっつーの」
「分かっていない。お前じゃあ、アイリスは殺せない」
「やってみなきゃ分かんないだろうが」
ノエの言葉に、スヴァインが笑みを深くする。
「分かるさ。何故ならお前は、アイリスに会う前に死ぬからだ」
「それこそまだ分かんないだろ」
自分を睨みつけるノエを無視してスヴァインが私の方を見る。その目は、紫色で。
「ほたる」
「ッ――よせ! 目ぇ閉じろ、ほたる!」
ノエが慌てたように身体を起こす。その光景を視界の端で捉えながら、しっかりと抱いていたはずのノエの腕が私の手から落ちた。
「この男を壊せ」
何を言っているの――そう言いたかったのに、もう声は出せなかった。
今影になれば命を落としかねないと言われているから、脚を使ってがむしゃらに。
『――追ってどうする?』
『……分からない。でも、今行かなきゃ絶対後悔する』
私の言葉を聞いたクラトスはとても呆れた顔をしていたけれど。
『君が行ったらノエは狼狽えるだろうな。この目で見れないのは残念だが、まあ十分だ』
そう言った彼の顔は、少し楽しそうで。
『……いいの?』
『元より君がその気になれば我々は逆らえない。奴はわざと君にその術を教えていないのだろうが、それで満足した方が悪い。第一明確に持ちかけられたのは交換だけで、何が何でもここに留めろとは言われていないしな』
――きっとクラトスが私の言葉を受け入れてくれたのは、私のためではないのだろう。でも彼にどんな思惑があったとしても、私を行かせてくれるならなんでもいい。
クラトスに教えてもらったノエ達の居場所は、ここからそう遠くなかった。そこはかつてスヴァインがラーシュとオッドを殺した場所。元々何もなかったけれど、今では大きな二つの墓標が向かい合うように立てられているそうだ。
見ればすぐに分かると言われたから、前方だけを見据えてひたすらに進む。いくら人間だった頃よりも速く走れると言ったって、影の速さにはかなわない。
早く、早く。脚を強く蹴り出せ、腕をもっと速く振れ。両腕を飲み込む痛みは、限界を感じる私に檄を飛ばす。
腕を振るたびに鳴るのはちぎれた鎖の奏でる音。鍵はノエが持っていて手元にないから、クラトス達が手枷の鎖を無理矢理壊してくれた。
それがなんだかノエの気持ちを裏切るようで、か細く高い音はすすり泣く声にも聞こえた。そんなことをしないでと、ノエの想いに応えたいと思う私が涙を流す。
けれどそんな罪悪感は、すぐに焦燥感に飲まれて消えた。
裏切らなければ二度と会えないのなら。たとえ怒られても、嫌われても、私にはこの脚を止めることはできない。
早く――。
§ § §
目印の墓標が視界に飛び込んできた直後。人の身長の三倍はありそうなその大きな墓標の間に、見慣れた二人の人影を見つけた。
響いているのは金属を打ち付ける音。それに混じって微かに聞こえるのは二人の声だろうか。声の方を見たいのに、あちらこちらに動いてしまって視線が定まらない。
「――左手に何を隠している?」
やっと聞き取れたのはスヴァインの声。
問いながら腕を振り切ったスヴァインは、ノエから距離を置くように大きく飛び退いた。それがノエの振るった槍を避けようとしての行動だと気付くのと同時に、何かがぼとりと落ちる音が鼓膜を揺らす。
その音の数は、彼らの動きと合わない。だって二人はもう動いていない。じゃあ一体何が――音のした方へと吸い込まれた視線。そこにあったのは、誰かの腕で。
「ノエ!」
思わず名前を呼べば、ノエが驚いたようにこちらに振り返る。その身体がよろけたのは、きっとあるはずのものがないから。
「ほたる……!? なんでここに――ッ!?」
ノエが言い切るのを待たず、バランスを崩した身体を支えるようにしがみつく。近くで見たノエの左腕には肘から先がなくて、さっき見たばかりの腕を思い出しながら顔を顰めた。
「ノエ……腕……腕が……」
「平気平気、くっそ痛いけど」
「平気じゃない……!」
悲鳴のような声を上げながら、少し離れたところにいるスヴァインを睨みつけた。
「なんでこんなことするの……!」
「自分を殺そうとした相手に何をしたっていいだろう」
「それはあなたがノエを殺そうとするからでしょ!?」
私が声を張り上げれば、スヴァインはおかしそうに嘲笑った。
「それが分かっているなら喚くな。俺達は殺し合いをしているんだ、たかが腕の一本なんて些末な問題だろう」
「でも……!」
「それにそいつのしようとしていたことを考えれば、この状況に感謝してもらってもいいと思うがな」
「感謝……?」
「黙っとけ、スヴァイン。ほたるも下がってろ、平気だから」
「平気じゃない……! 腕がないんだよ!?」
「運が良ければ後で押し付ければくっつくよ。それよりほたるの方が危ない。序列が近いから死にはしないけど、それでも俺の血は今のほたるには毒だから」
そう言うノエに押しのけられ、私は下がるしかなかった。
ぼたぼたと垂れる血は地面を汚して、その染みを見ているとどうしようもなく不安になる。自分のシャツの裾を引きちぎったノエがそれを腕に巻きつけると、流れ落ちる血の量は確かに減ったけれど。同時にそうしなければならないという事実が、余計に私の不安を駆り立てた。
吸血鬼の怪我は本当にすぐ治る。本来あるべきものを失った傷口は、それでもちゃんと塞がるのだろう。けれどその間に流れっぱなしになってしまう血の量が良くないから、ノエはわざわざ止血したんだ。その場で落ちた腕をつけようとしないのは、きっとスヴァインがずっとノエを見ているから。
ノエが自分の腕を取りに動けないのなら、せめて私が――少し離れたところにある彼の腕に向かって走る。運が良ければくっつくということなら、なるべく早い方がいいだろう。
近くで見た血まみれの腕はとても恐ろしかったけれど、これはノエの腕だと言い聞かせて覚悟を決める。恐る恐るそれに触れれば思っていた以上の重さがあって驚いたものの、それでも意を決して腕を持ち上げるとぽとりと何かが落ちた。
それは紙に包まれた棒状のもの。手のひらに収まりそうな大きさで、一見すると包装された洋菓子にも見える。でも金属の部品のようなものが付いているから多分違うのだろう。これは一体何だろうと思いながら、ノエの腕を抱えたまま手を伸ばした。
「それに触るな!」
ノエの怒鳴り声で身体が固まる。咄嗟に彼の方を見れば、言い聞かせるように小さく首を横に振っていた。私は何がなんだか分からなくて、ノエの腕を抱き締めたまま彼の顔を見返すことしかできなかった。
「下手に触れればお前の腕が吹き飛ぶぞ、ほたる」
「え……?」
「黙ってろって言っただろ!」
ノエが怒声を上げながらスヴァインに向かう。右手だけで槍を操り、スヴァインを貫こうと振りかざす。
恐らく、人間だったら見えていないだろう速さ。けれどスヴァインは口元に笑みを浮かべながらそれを避けて、そのままノエのお腹を蹴り飛ばした。
「ノエ!」
大きく飛ばされたノエは両足で着地こそしたものの、その場で膝をついて何度も咳き込んだ。
駆け寄りたいのに、動けない。動こうと思えば動けるのに、自分のどの行動が迷惑になってしまうのか分からなくて。
「片手で殺せると思われていたとはな。最初から左手もまともに使っていればまだ違ったかもしれないのに」
「ッうるせぇ……!」
「最初から……?」
スヴァインの言っている意味がよく分からない。ノエが左腕を使えなくなったのは、切り落とされたからじゃないの?
「ああ、そういうことか。……俺に使う気はなかったんだな?」
スヴァインの声が急に低くなった。顔は笑っているのに、声だけが暗い感情を孕んでいて。
その感情の正体を知りたかったけれど、それよりも今は彼の言ったことの方が気になる。聞かなきゃいけない――そんな予感が、胸にあった。
「使うって、何を……?」
「爆薬だ。こいつは自分の腕ごと吹き飛ばす気だったんだ――アイリスをな」
「え……?」
ノエがアイリスを殺す気だったということだろうか。でも、そんなこと聞いていない。
聞いていないけれど――。
『大丈夫、そこはうまくやるよ。だからほたるは気にしない』
ノエの言葉が脳裏に蘇る。こんな騒ぎを起こしたら誰かが火種としてアイリスに消されるんじゃないか――そう不安になった私に、ノエが言った言葉。
うまくやるっていうのは、誰かを殺せと言われる前にアイリスを殺そうとしていたってこと?
そんなことできるのだろうか。そんなことをして、ノエが無事に済むのだろうか。
いや、無事で済むはずがない。だってノエは自分の腕ごと――。
「ノエ、死ぬ気だったの……?」
恐る恐る尋ねながらノエを見る。彼はまだ屈んだままだったものの、噎せるのは落ち着いたらしい。それには安心したけれど、ノエがしようとしていたことが気になって手のひらに汗が滲んだ。
「んなわけないだろ。そんなことしたらほたる嫌がるじゃん」
そう言ってこちらを向いたノエは、困ったように眉根を寄せていた。その表情が意味するのはきっと、彼の言葉に嘘はないということ。そう気付いたと同時に、身体の緊張が少しだけ解けるのが分かった。
「でも……じゃあ、腕ごとって……」
「そのくらいしないと、多分アイリスは殺せないから。言っただろ? アイリスに疑われないのは多分無理だって。しょうがないとはいえこんなやり方したら嫌でも気を引くだろうから、保険としてこのくらいの用意はしておかないと。できればこの状況でやり合いたくないけど、少しでも勝率は上げておきたいじゃん?」
ノエが言うと、スヴァインが声を上げて笑った。
「まあ、間違ってはいないな。お前が何を企んでいるかは知らないが、アイリスを騙すのはまず無理だ。それにあの人の行動を誘導することはお前にはできないだろうから、自分から捨て身でいくしかない。――だがあんな量の爆薬じゃあ精々接した部分を破壊する程度。命惜しさに減らしたんだろうが、急所を狙えない限り殺すことはできないぞ?」
「分かってるっつーの」
「分かっていない。お前じゃあ、アイリスは殺せない」
「やってみなきゃ分かんないだろうが」
ノエの言葉に、スヴァインが笑みを深くする。
「分かるさ。何故ならお前は、アイリスに会う前に死ぬからだ」
「それこそまだ分かんないだろ」
自分を睨みつけるノエを無視してスヴァインが私の方を見る。その目は、紫色で。
「ほたる」
「ッ――よせ! 目ぇ閉じろ、ほたる!」
ノエが慌てたように身体を起こす。その光景を視界の端で捉えながら、しっかりと抱いていたはずのノエの腕が私の手から落ちた。
「この男を壊せ」
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