マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

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第六章

第39話 ……いつまで続けるの?

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 お腹が空いた。けれどここに食べるものはないから、どうかお腹に鳴らないでくれと心の中で話しかける。
 だって、多分ノエの方がお腹を空かせている。

 ノエと話をしてしばらくした後、またあのリードという男達が来てノエを連れて行った。最初の時と同じくらいの時間で戻ってはきたし、傷も塞がってはいたのだけれど、どう見ても出ていく前よりも調子が悪そうで。
 ノエに理由を尋ねれば、傷を治すほど消耗するから仕方のないことだと言う。血を飲めば良くなるらしいけれど、ここにはノエの飲める血がない。恐らくリード達はノエがなかなか口を割らないから、こうして飢えるのを狙っているのだろうとノエは言った。

『でも飢えでノエが死んじゃったらどうするの? リード達だってノエのこと殺す気はないんでしょ?』
『あいつらは俺が死ぬわけないと思ってるんだよ。ほたるっていう従属種が傍にいるからな』

 曰く、吸血鬼は従属種の血を飲めるのだそうだ。彼らは吸血鬼として半端だから、血の序列に関係なく飲んでも問題ないのだとか。
 ノエが最初に嘘を吐いたらしく、リード達は私のことをノエがラミア様から預かった大事なものだと思っているらしい。だからノエが私の血を口にすることは避けるだろうと考えているし、もし飲んでしまったとしても、それはそれでノエの弱味になる。だから私達を引き剥がさず、こうして何度もノエを檻に戻しているそうだ。

 でもそれは間違っている。ノエが私の血を飲むことは絶対にない。
 だって私は従属種ではなく種子持ちだ。ノエは吸血鬼だから種子持ちの血だって飲むことができるけれど、それは種子の序列が自分より低い場合だけ。そうでなければ街で出会った男のように、私の血を口にしただけで命を落としてしまいかねない。
 私の中の種子の序列は全体で第一位、対してノエ自身は第四位。序列が近ければ私の血を飲んでも死なないらしいけれど、毒になるのは確実。
 ノエは私の親が誰か分からない時から、私の血を飲んだら自分は死ぬかもしれないと言っていた。つまりノエより高い序列の種子の中に、彼を死に至らしめるものがあるのだろう。そして私の種子は恐らく存在する中で一番高い序列を持つ。それが意味するのは、私の血はノエを殺せるということ。

 なんで私はスヴァインの子なのだろう。隣でノエがどんどん弱っていくのが分かるのに、私は私の血を差し出すこともできない。ノエが彼らに話さないことの中には私のことも含まれているのに、守られるばかりで何もできない。

「――ノエ、大丈夫……?」

 覗き込んだ顔は疲れていそうだったけれど、私の方に視線を向けたノエはすぐに安心させるように笑みを浮かべた。

「大丈夫よ、メシ食えないのは慣れてる」
「……慣れてるの? ラミア様がくれなかったの?」
「子どもの頃の話だよ。一週間くらい泥水しか飲めなかった時もあるし、その時に比べたらまだ全然」

 なんで子どもの頃にそんな目に遭うんだと言いたかったけれど、それよりも今はノエの身体の方が大事で。

「少しでも何か話したら、ちょっとノエのご飯をもらえたりしない?」
「何を話すのよ。話せることなんてないだろ?」
「そうかもしれないけど……このまま何回も同じことをされたら……」
「ほたるは気にしない。俺にもちょっと考えがあるんだよ」
「考え?」

 私が問うと、ノエが「そりゃそうよ」と笑う。

「理由がなきゃこんなずっとやられっぱなしは嫌でしょ」
「理由があっても嫌だよ。……その理由がなければ、ノエは痛い思いしなくていいの?」

 ノエは少し目を見開いたかと思うと、私の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

「このくらい平気だから、ほたるがそんな痛そうな顔しない」

 ノエはそう言うけれど、気にしないわけにはいかない。確かにここに戻ってくる時のノエの傷はもう全部治っているから、実際に彼がどんなことをされているのかは私には分からない。でも汚れていく服やノエの顔色を見ていると、私が想像もしないようなことをされているんじゃないかと思わずにはいられなかった。

「あのリードって人に催眠かけられないの?」
「あいつは無理、俺と序列一緒だから」
「同じ序列でもできるんじゃなかったっけ?」
「五分五分ってとこかな。それにあいつにできたとしても残りがいるだろ? リードの後ろで顔隠してる奴らは俺より序列低いんだけど、でも向こうも俺対策で視界潰してるから今んとこ無理なんだよなー」

 ああ、なるほど。それでリードって人以外は顔を隠していたのか。
 彼らの格好の理由は分かったものの、それは今何の役にも立たない。私が知りたいのは、いつまでノエがこんなことをされなければならないのかということ。ノエにははぐらかされてしまったけれど、状況もよく理解できないまま弱っていく姿を見るのは嫌だ。

「……いつまで続けるの?」

 確信があるわけではないけれど、ノエは恐らく自分の意思でいつでもどうにかできる手段を持っている気がする。そうでなければ『理由がなきゃこんなずっとやられっぱなしは嫌でしょ』だなんて発言にはならない。
 ノエはちょっと驚いたような顔をしたけれど、すぐに「もう少しかな」と静かに言った。

「ちょっと知りたいことがあるんだよ。それが分かったらさっさとこんなところ出ていこう。ああ、勿論その前にほたるに何かされそうだったらそっち優先するから」
「……自分のことは優先しないの?」
「仕事だからな。今は無理」

 ノエはちゃらんぽらんなくせに、仕事に対してだけはそれがない。けれどそれはちゃんと真面目に取り組んでいるというより、縛られているように思える。だって普段のノエだったら嫌な思いをする前にこんな場所からさっさと遠ざかるはずだ。
 それなのに仕事だと言って、拷問のような真似まで受け入れている。そんなの、真面目だなんて言葉はふさわしくない。

 だけど私はそれ以上ノエを説得できそうな言葉が思いつかなくて、ただその隣で目を伏せるしかなかった。


 § § §


「――あー……しんど……」

 それからもノエは出ていったり戻ってきたり。つまりその分、身体は消耗している。
 これで戻ってくるのは五度目だ。ノエはいよいよ身体がしんどくなってきたみたいで、もう起き上がろうとすらしていなかった。

「ノエ……まだ駄目なの……?」
「もうちょい……あとちょっとで向こうが出てくる……」

 向こう、というのが何なのかは分からなかったけれど、ノエがまだ耐えようとしているのは明らかだった。
 私はノエの血まみれの手を握って、自分の膝に乗せる。特に意味はなかったけれど、弱っているノエを見ていたらなんだかそうしたくなったのだ。

「ほたるさ……」
「なに?」
「ちょっと血ぃちょうだい」
「何馬鹿なこと言ってるの? そんなことしたらノエが死んじゃうじゃん!」
「大丈夫大丈夫。俺ももうちょいもたせないと流石にまずい」
「大丈夫じゃない!」

 もたせないとまずいというのは、折角ここまで耐えたのにその目的が叶わなかったら嫌だということだろう。それは分かるけれど、今のノエは判断力が鈍っているとしか思えなかった。
 だってどう考えても私の血はノエにとって毒になる。それはきっと、彼を殺せるほどに。
 ノエのもたせたいという発言は、もしかしたら飲んでも実際に死ぬまで時間がかかるという意味があるのかもしれない。その間に処置ができれば助かるということなのかもしれない。
 だとしても私はノエに自分の血をあげるわけにはいかなかった。

「私だってできればあげたいよ……それでノエのしんどいのが治るんだったらいくらでもあげる。だけど違うでしょ? 私の血なんて飲んだら、ノエは……」
「……まあ、そうか。でもこのままだとどうしようもないから、本当にまずくなったら勝手にもらうと思う」
「だから駄目だって! そんなの――」

 ノエに対する言葉を止めたのは、扉を開ける音が聞こえたからだ。
 もう何度も聞いた、嫌な音。私が思わず口を噤んだのは日本語を聞かれないためだけじゃなくて、またノエが連れて行かれると思ったから。

 さっき戻ってきたばかりなのにどうして? もうこれ以上何かされたら、いくらノエだってただじゃ済まないんじゃないの?

 握ったままだったノエの手に力を込める。最初にノエが何か言ってくれたお陰か、彼らは今のところ私には手を出してこない。だったら私がノエにしがみついていれば彼らの邪魔になって、もう少し後にしようって諦めてくれるかもしれない。

 いつでもノエにしがみつけるようにしながら、檻の外を睨みつける。
 そこに現れたのはいつもの三人。けれど今回は二人多い。そして二人共顔を隠してはいなかった。

「――――」

 二人のうち一人の男が私を見て何かを言う。何を言われているかは分からなかったけれど、聞き覚えのある声に私の心臓がどきりと跳ねた。
 この男の声は知っている。最近聞いたばかりの――街で、ノエに話しかけてきた声だ。

 男の言葉を聞くと、もう一人の男がにやりと笑った。そしてノエの方を向き、楽しそうに口を開く。

「残念だったな、ノエ。お前は必死で隠したのに、うちの者が顔を知っていたなんて」
「……ソロモン様ってリードと仲良いんでしたっけ?」
「そんな冗談を言っていられる状況か?」

 ノエの言葉を聞く限り、この男はソロモンという名前なのだろう。わざわざ日本語で話すのは私にも分かるようにするためだろうか。もしそうならそれはきっと親切心じゃない。本当に親切なら、ノエに対してこんなに不快な笑顔を向けない。

「まさか従属種のふりをさせるとはな。ラミアも困った奴だ」
「お陰でリード達はすっかり騙せましたよ。アンタさえそいつを連れてこなけりゃバレなかったのに」
「時間の問題だと分かっていただろう? 折角の餌があるのに飢えても食おうとしないのは、食ったら自分が死ぬからだ。まあそれがなくても、この娘が匂いを借りた従属種を見たことがある奴がいてな。外見が一致しないと聞いてもしやと思ったんだ」
「……へぇ?」

 ノエが興味深そうに片眉を上げる。未だに身体を起こせないのに、表情だけはいつもどおりだ。
 ソロモンという男はそれが気に入らないのか、眉を顰めてノエを見る。しかしすぐにその視線をずらして、私の顔をじっと見据えた。

「さて、スヴァインの子。お前には死んでもらおうか」

 ああ、良かった――自分に向けられたその言葉を聞いて、私の胸には安堵が広がった。
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