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第五章
第28話 ……ノエは四百年も何をしていたの?
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「――結局リリとニックさんには挨拶できなかったなぁ」
ノエと二人、お城の外を歩きながら溜息を吐く。
本当はリリ達ともお別れをしたかったのだけど、ニックさんは用事でいなくてリリもお昼寝中だったから言うことができなかった。
「ま、外界に戻る前にまた会いにくればいいだろ?」
「その難易度が高いのに……」
ノエは当然のように言うけれど、私が外界に戻るということはスヴァインを見つけて種子を取り除いてもらった後ということになる。
けれどスヴァインを見つけるのは非常に難しいし、なんやかんやで寿命が縮まりまくっていそうな私の命がそれまで持つのかも怪しい。ノエはたくさん食べろと言っていたけれど、このペースで痩せ続けてしまったら一ヶ月持つのかどうか。そう考えると、これから会う人達との別れはすべて今生の別れになるんじゃないかという気もしてくる。
そうやって弱気なことを考えてしまっていたからか、行きはなんとも思わなかったこの森も不気味に感じた。お城の中にいても襲われたのに、外に出た今は更に襲われやすいんじゃ――そんなことを考えて、足が止まった。
嫌だ、怖い。この先に行きたくない。戻りたい。
戻ったらリリ達に迷惑をかけるって分かっているのに、それでも外にいるのが怖い。
「ほたる」
急に止まった私を不審に思ったのか、ノエがこちらを見る。
「大丈夫だよ。ほたるのことを見たことがない奴はほたるがそうだって分からない。それに俺より序列が高い奴だってあんまりいないんだから、俺の傍を離れなければ平気」
そう言いながら、ノエは私の前で目線を合わせるようにして屈んだ。
どうしてだろう。なんで何も言っていないのに、私が何を思っていたか分かるんだろう。ノエの青い瞳に映った私は、ほっとしたような表情をしていた。
「手繋いであげよっか?」
「なッ――……そこまで子供じゃない!」
からかうようなノエの言葉についつい言い返してしまう。けれど気付けば足は再びずいずいと前へと進んでいて、なんて私は単純なんだ、と我ながら呆れ返ってしまった。
「寂しくなったらいつでも手は繋いでやるからなー?」
「いらない! ノエの手冷たいからやだ!」
「なんだよ、この前は気に入ってたくせに」
「熱があったからですー! 平熱の時にあんな冷たい手はいりませーん」
さっきまでの不安はどこに行ってしまったのか。いつの間にか自然と笑いながら、お城からどんどん遠ざかっていた。
§ § §
お城を出て、多分一時間。あれからずっと私達は歩いていた。
森はとうに抜けて、今は開けた道を進んでいる。整備はそこまでされていないから、外界でいうところの田舎道というか、河川敷に近い感じ。
行きはよく見ることができなかった植物は歩きながらじっくり観察した。ぱっと見た感じは外界の植物とそう変わらなそうなのだけど、緑よりも黒に近くて、なんだかちょっと石っぽい雰囲気。まあ色なんてノクステルナの空の下じゃよく分からないんだけどね。
試しに触われば少し硬くはあるものの、ちゃんと植物らしい柔軟性もあった。なんだこれ、サボテンとか葉の固い観葉植物とかはこんな感じなのだろうか。触ったことがないからよく分からない。
とまあ、植物観察もすぐに飽きてしまって。
近くに家なんて一軒もないから、景色はほとんど変わらないまま。なんだか辺境の地を歩いている気分。ていうか。
「いつまで歩くの……?」
これだ。この疑問、そろそろ答えが欲しい。
ノエはうーんと首を捻って、「あともうちょい?」と答える。何故疑問形なんだ。
「ていうかさ、あの瞬間移動みたいなやつ使えばいいじゃん。あれ使えばすすいっと終わるんじゃないの?」
「ほたるできないじゃん」
「ノエが運んでよ」
「生き物は無理だよ」
ノエは何を当たり前のことをみたいな顔をしているけれど、私説明してもらってないからね。多分ノエはそのことを忘れているんだろうけれども。
「一体あれはどうなってるの? 直線移動しかできないみたいだけどさ」
「ん? そんなことないよ」
「でも前に私の部屋に来た時ちょっと止まったじゃん」
「ああ、狭いところは無理。ほたるだって全力疾走中に、狭い廊下で九十度曲がれって言われたら難しいだろ?」
確かにそれは難しい。不可能ではないのだろうけれど、高確率で壁に激突するか足首がおかしくなる気がする。
私がうーんと考えていると、ノエは「んで、どうやってるかだけど」と話を続けながら指を前に出した。
「こう」
「……おおう」
悲鳴を上げなかったのは褒めて欲しい。「こう」という声とともに、ノエの指がゆらゆらと揺れる黒い何かになってしまったのだ。この黒い何かは煙だと思っていたのだけれど、改めて見てみると形や動きは蝋燭の火に似ている。全く明るくない真っ黒な火、というのが近い気がするけれど、そんなものは存在しないのでなかなか良い喩えが見つからない。
まあ表現はともかく、これは一体なんなのだろう。そういえばノストノクスでも逆さまになっていた時にノエの足元がこんな感じになっていたな。なんなんだ、これ。そしてなんで逆さまになれるんだ。っていうかなんで逆さまになっていたんだ、ノエよ。
「吸血鬼って全身こうなれるのよ。特に名称はないけど、影って呼ぶ奴もいるな」
「へぇ。そういえば従属種の人も死んじゃった時こんな感じになってたかも」
「……うん、吸血鬼も最期は同じなんだけどどうして今死んだ時の話をするんだよ」
「他意はないよ?」
ノエは「本当に?」とでも言いたげな顔をしたけれど、すぐに気を取り直すように話を再開した。
「ま、従属種は全身影になれるのは一瞬だけなんだけどさ。んでその状態でこう、ぐわって。そうすると一気に進む」
「ぐわって何」
「あれ、擬音違う? 日本語ってそういうとこ難しいよな」
「そもそも擬音で済ませないで欲しいところなんだけど」
そしてその擬音が間違っているかどうかも私には判断できない。
それなのにノエは説明しきった感を出していて、「具体的には?」と聞いてもきょとんとした顔をするだけ。なるほど、それ以上の説明はないと。しかしいくら顔がいいからってきょとん顔で全部済ませられると思うなよ。
「じゃあ逆さまになれるのは?」
「なんつうか、『びたっ!』って感じ?」
「……ノエは四百年も何をしていたの?」
「どういう意味だよ」
馬鹿にしているんだよ。と心の中で言ってみたら、そういう雰囲気は感じ取ったらしい。ノエはじとっとした目で私を見ながら、「ほたるだって吸血鬼になったら分かる」だなんて不穏なことを言っている。私が吸血鬼にならないために動いてるって忘れているんじゃないかな、この人。
「流石謎に逆さまになる人は発想が素晴らしいわ」
「あれはほたるに人間じゃないって信じさせるためだよ」
「信じた後だったけど」
「念押しだよ、念押し」
――とまあ、それからしばらく意味のあるようなないような話をぐだぐだと続けていたら、少し先に大きい家みたいな建物が見えてきた。
ラミア様のお城と違って遠目でも木製だということが分かる。でもよく見ると全部家というよりは、一部は厩舎のようになっているような。
「あそこで馬車乗れるから」
ということは、ノエはあそこをずっと目指していたのか。でも馬車ならラミア様も持っているらしいのに、どうしてわざわざこんな遠くで借りるんだろう。
そんな私の疑問が顔に出ていたのか、ノエは「ラミア様のだと目立つだろ」と補足する。
「でもあそこの人は平気なの? その……私がいても」
馬車があるということは人がいるということだ。そして馬車に乗るということは傍に御者がいる。
一瞬ならまだしも、移動中ずっと見知らぬ人と一緒にいなければならないという状況はちょっと、いや、かなり不安だ。いくら匂い玉で従属種のふりができるとしても、長時間近くにいたら嘘だって気付かれてしまいそう。
「大丈夫、大丈夫。まあ見てなさいって」
そう言うノエに連れられ、とうとう辿り着いた建物。手前にあるのは一軒家くらいの大きさで、遠くから見えた厩舎のような大きい建物は奥にあるようだ。
手前の建物の扉は開け放たれていて、ノエは挨拶もすることなく当然のように入っていく。中にはカウンターがあるから、ここは民家じゃなくてお店なのかな。
ノエはカウンターの向こうにいた人と何かを話すと、すぐに私を連れて建物の外に出た。そのまま少し待つと、奥から馬車がやって来る。屋根のないオープンカースタイルだ。
するとノエは馬車に乗っていた御者さんにまっすぐ近付いていく。挨拶をするのかと思って私もその後を追ったら、ノエの方を見た御者さんの様子が何やらおかしいことに気が付いた。これは――。
「……やっぱり」
横から覗き込んだノエの瞳が紫色になっている。しかしすぐに元の青い目に戻って、「さ、行こうか」と私を促した。
「御者さんは平気なの?」
「勿論」
馬車はボックス席のようになっていて、私とノエは向かい合わせになるように座った。ノエがトントンと自分の椅子の背中部分を叩くと、その向こうにいた御者さんが手綱を操り馬車が動き出す。ちらりと見えた彼の手元はしっかりしていそうだったから、多分正気だとは思うんだけど。
「そんなほいほい洗脳みたいなことしていいの? 業務外は禁止なんでしょ?」
「一応これも業務だしな」
「……お金はちゃんと払うんだよ?」
「当たり前だろ」
あ、お金あるんだ。そしてちゃんと払う気はあるんだ。
ノエのことだからてっきり面倒臭いって言って良くてもツケにしそうだと思っていたけれど、意外とまともで私は安心しました。
「そういえばほたる疲れた? 体力落ちてない?」
「それがそうでもないんだよね。不思議」
「あー、そっちかー」
「何、そっちって」
あちゃー、とでも言い出しそうなノエの様子に首を傾げる。そっちってどっちだ。
「種子の影響で元気になってる。その分栄養は取られてるけど」
「……良いこと?」
「良くはない」
「ですよねー」
話している内容は深刻なはずなのに、ノエの適当な雰囲気のせいで軽く話せる。深刻になりすぎないという点では良いのかもしれないけれど、もうちょっと真面目な感じを出してもいいんじゃないかな。
そりゃノエのことだからきっと色々考えた上でこの態度なんだろうなとは思うよ? でもその色々を知らない私が重大な問題を軽く捉えちゃったらどうするの、みたいなさ。……ノエは気にしなさそうだな。私が自分でしっかりしよう。
「そういえば、まずはどこに向かってるの? ラミア様がつけてくれた印って一個じゃなかった気がするんだけど」
しっかり者の第一歩、目的地の確認をしてみる。多分目的地に近付けばノエは教えてくれるのだろうけれど、逆に言えばこの適当男はそれまで詳細の共有というものをしてくれないんだろう。意地悪じゃないことは勿論分かっている、ただのうっかりだ。
ただそのうっかりさんに任せっきりな私はじゃあ何なんだという話になってしまうので、しっかり者として自分から逐一確認することにした。まあノクステルナの地理の話なんてされても「へぇ、そうなんだ!」で終わりそうな気もするけれど。
ノエは私の決意を悟る様子もなく地図を出すと、「ここだよ」と指差しながら教えてくれた。聞けば答えてくれるんだよなぁ。
「今はここから北西にある街に向かってる。もしスヴァインが一人で隠れて生活してるなら、なんでも揃うようなところじゃないと生きづらいじゃん?」
「……一人じゃない可能性があるの?」
街があるんだ、と思ったものの。そしてノエの言うことも尤もだと思ったのだけれども。
もし一人だったら、ということは一人じゃない可能性もあるということだ。逃亡者だからてっきり一人で生活しているのかと考えていたのに。
「いくらでも協力者は作れるよ。正真正銘アイリスの子だからな」
「おおう……」
そういえばそうだ。スヴァインは吸血鬼全体の序列で言うと第一位。つまり真祖以外のすべての吸血鬼を催眠で操ることができる。協力者なんて人間でも吸血鬼でも関係なく簡単に作れるのだ。
そう考えると、街で生活している可能性もぐっと低くなってしまう。人里離れたところで生活していたとしても、協力者がいれば食糧や物資の調達に困ることはないだろう。しかもその協力者には自覚がないかもしれない。自覚がなければ、疑われることも少なくなる。
改めて思うけれど、とんでもない人を探そうとしてるんだな。本当に見つけることができるのだろうか。
私がそう不安になったのに気が付いたのか、ノエは「焦ってもしょうがないよ」と苦笑を浮かべた。
「元々こっちから探し出せるとはあまり思ってないしな。そろそろノストノクスが色々公表してるはずだから、向こうから来てくれるのをのんびり待とうじゃない。あ、おやつ食べる?」
「緊張感ないなぁ……」
現実はノエの言う通りとはいえ、なんだか不安に思っている私が馬鹿みたいじゃないか。でもお陰で少し気持ちが楽になったから、ノエに差し出されたクッキーをいただくことにする。
そのまま馬車にコトコト揺られながら、私達はゆっくりと街を目指した。
ノエと二人、お城の外を歩きながら溜息を吐く。
本当はリリ達ともお別れをしたかったのだけど、ニックさんは用事でいなくてリリもお昼寝中だったから言うことができなかった。
「ま、外界に戻る前にまた会いにくればいいだろ?」
「その難易度が高いのに……」
ノエは当然のように言うけれど、私が外界に戻るということはスヴァインを見つけて種子を取り除いてもらった後ということになる。
けれどスヴァインを見つけるのは非常に難しいし、なんやかんやで寿命が縮まりまくっていそうな私の命がそれまで持つのかも怪しい。ノエはたくさん食べろと言っていたけれど、このペースで痩せ続けてしまったら一ヶ月持つのかどうか。そう考えると、これから会う人達との別れはすべて今生の別れになるんじゃないかという気もしてくる。
そうやって弱気なことを考えてしまっていたからか、行きはなんとも思わなかったこの森も不気味に感じた。お城の中にいても襲われたのに、外に出た今は更に襲われやすいんじゃ――そんなことを考えて、足が止まった。
嫌だ、怖い。この先に行きたくない。戻りたい。
戻ったらリリ達に迷惑をかけるって分かっているのに、それでも外にいるのが怖い。
「ほたる」
急に止まった私を不審に思ったのか、ノエがこちらを見る。
「大丈夫だよ。ほたるのことを見たことがない奴はほたるがそうだって分からない。それに俺より序列が高い奴だってあんまりいないんだから、俺の傍を離れなければ平気」
そう言いながら、ノエは私の前で目線を合わせるようにして屈んだ。
どうしてだろう。なんで何も言っていないのに、私が何を思っていたか分かるんだろう。ノエの青い瞳に映った私は、ほっとしたような表情をしていた。
「手繋いであげよっか?」
「なッ――……そこまで子供じゃない!」
からかうようなノエの言葉についつい言い返してしまう。けれど気付けば足は再びずいずいと前へと進んでいて、なんて私は単純なんだ、と我ながら呆れ返ってしまった。
「寂しくなったらいつでも手は繋いでやるからなー?」
「いらない! ノエの手冷たいからやだ!」
「なんだよ、この前は気に入ってたくせに」
「熱があったからですー! 平熱の時にあんな冷たい手はいりませーん」
さっきまでの不安はどこに行ってしまったのか。いつの間にか自然と笑いながら、お城からどんどん遠ざかっていた。
§ § §
お城を出て、多分一時間。あれからずっと私達は歩いていた。
森はとうに抜けて、今は開けた道を進んでいる。整備はそこまでされていないから、外界でいうところの田舎道というか、河川敷に近い感じ。
行きはよく見ることができなかった植物は歩きながらじっくり観察した。ぱっと見た感じは外界の植物とそう変わらなそうなのだけど、緑よりも黒に近くて、なんだかちょっと石っぽい雰囲気。まあ色なんてノクステルナの空の下じゃよく分からないんだけどね。
試しに触われば少し硬くはあるものの、ちゃんと植物らしい柔軟性もあった。なんだこれ、サボテンとか葉の固い観葉植物とかはこんな感じなのだろうか。触ったことがないからよく分からない。
とまあ、植物観察もすぐに飽きてしまって。
近くに家なんて一軒もないから、景色はほとんど変わらないまま。なんだか辺境の地を歩いている気分。ていうか。
「いつまで歩くの……?」
これだ。この疑問、そろそろ答えが欲しい。
ノエはうーんと首を捻って、「あともうちょい?」と答える。何故疑問形なんだ。
「ていうかさ、あの瞬間移動みたいなやつ使えばいいじゃん。あれ使えばすすいっと終わるんじゃないの?」
「ほたるできないじゃん」
「ノエが運んでよ」
「生き物は無理だよ」
ノエは何を当たり前のことをみたいな顔をしているけれど、私説明してもらってないからね。多分ノエはそのことを忘れているんだろうけれども。
「一体あれはどうなってるの? 直線移動しかできないみたいだけどさ」
「ん? そんなことないよ」
「でも前に私の部屋に来た時ちょっと止まったじゃん」
「ああ、狭いところは無理。ほたるだって全力疾走中に、狭い廊下で九十度曲がれって言われたら難しいだろ?」
確かにそれは難しい。不可能ではないのだろうけれど、高確率で壁に激突するか足首がおかしくなる気がする。
私がうーんと考えていると、ノエは「んで、どうやってるかだけど」と話を続けながら指を前に出した。
「こう」
「……おおう」
悲鳴を上げなかったのは褒めて欲しい。「こう」という声とともに、ノエの指がゆらゆらと揺れる黒い何かになってしまったのだ。この黒い何かは煙だと思っていたのだけれど、改めて見てみると形や動きは蝋燭の火に似ている。全く明るくない真っ黒な火、というのが近い気がするけれど、そんなものは存在しないのでなかなか良い喩えが見つからない。
まあ表現はともかく、これは一体なんなのだろう。そういえばノストノクスでも逆さまになっていた時にノエの足元がこんな感じになっていたな。なんなんだ、これ。そしてなんで逆さまになれるんだ。っていうかなんで逆さまになっていたんだ、ノエよ。
「吸血鬼って全身こうなれるのよ。特に名称はないけど、影って呼ぶ奴もいるな」
「へぇ。そういえば従属種の人も死んじゃった時こんな感じになってたかも」
「……うん、吸血鬼も最期は同じなんだけどどうして今死んだ時の話をするんだよ」
「他意はないよ?」
ノエは「本当に?」とでも言いたげな顔をしたけれど、すぐに気を取り直すように話を再開した。
「ま、従属種は全身影になれるのは一瞬だけなんだけどさ。んでその状態でこう、ぐわって。そうすると一気に進む」
「ぐわって何」
「あれ、擬音違う? 日本語ってそういうとこ難しいよな」
「そもそも擬音で済ませないで欲しいところなんだけど」
そしてその擬音が間違っているかどうかも私には判断できない。
それなのにノエは説明しきった感を出していて、「具体的には?」と聞いてもきょとんとした顔をするだけ。なるほど、それ以上の説明はないと。しかしいくら顔がいいからってきょとん顔で全部済ませられると思うなよ。
「じゃあ逆さまになれるのは?」
「なんつうか、『びたっ!』って感じ?」
「……ノエは四百年も何をしていたの?」
「どういう意味だよ」
馬鹿にしているんだよ。と心の中で言ってみたら、そういう雰囲気は感じ取ったらしい。ノエはじとっとした目で私を見ながら、「ほたるだって吸血鬼になったら分かる」だなんて不穏なことを言っている。私が吸血鬼にならないために動いてるって忘れているんじゃないかな、この人。
「流石謎に逆さまになる人は発想が素晴らしいわ」
「あれはほたるに人間じゃないって信じさせるためだよ」
「信じた後だったけど」
「念押しだよ、念押し」
――とまあ、それからしばらく意味のあるようなないような話をぐだぐだと続けていたら、少し先に大きい家みたいな建物が見えてきた。
ラミア様のお城と違って遠目でも木製だということが分かる。でもよく見ると全部家というよりは、一部は厩舎のようになっているような。
「あそこで馬車乗れるから」
ということは、ノエはあそこをずっと目指していたのか。でも馬車ならラミア様も持っているらしいのに、どうしてわざわざこんな遠くで借りるんだろう。
そんな私の疑問が顔に出ていたのか、ノエは「ラミア様のだと目立つだろ」と補足する。
「でもあそこの人は平気なの? その……私がいても」
馬車があるということは人がいるということだ。そして馬車に乗るということは傍に御者がいる。
一瞬ならまだしも、移動中ずっと見知らぬ人と一緒にいなければならないという状況はちょっと、いや、かなり不安だ。いくら匂い玉で従属種のふりができるとしても、長時間近くにいたら嘘だって気付かれてしまいそう。
「大丈夫、大丈夫。まあ見てなさいって」
そう言うノエに連れられ、とうとう辿り着いた建物。手前にあるのは一軒家くらいの大きさで、遠くから見えた厩舎のような大きい建物は奥にあるようだ。
手前の建物の扉は開け放たれていて、ノエは挨拶もすることなく当然のように入っていく。中にはカウンターがあるから、ここは民家じゃなくてお店なのかな。
ノエはカウンターの向こうにいた人と何かを話すと、すぐに私を連れて建物の外に出た。そのまま少し待つと、奥から馬車がやって来る。屋根のないオープンカースタイルだ。
するとノエは馬車に乗っていた御者さんにまっすぐ近付いていく。挨拶をするのかと思って私もその後を追ったら、ノエの方を見た御者さんの様子が何やらおかしいことに気が付いた。これは――。
「……やっぱり」
横から覗き込んだノエの瞳が紫色になっている。しかしすぐに元の青い目に戻って、「さ、行こうか」と私を促した。
「御者さんは平気なの?」
「勿論」
馬車はボックス席のようになっていて、私とノエは向かい合わせになるように座った。ノエがトントンと自分の椅子の背中部分を叩くと、その向こうにいた御者さんが手綱を操り馬車が動き出す。ちらりと見えた彼の手元はしっかりしていそうだったから、多分正気だとは思うんだけど。
「そんなほいほい洗脳みたいなことしていいの? 業務外は禁止なんでしょ?」
「一応これも業務だしな」
「……お金はちゃんと払うんだよ?」
「当たり前だろ」
あ、お金あるんだ。そしてちゃんと払う気はあるんだ。
ノエのことだからてっきり面倒臭いって言って良くてもツケにしそうだと思っていたけれど、意外とまともで私は安心しました。
「そういえばほたる疲れた? 体力落ちてない?」
「それがそうでもないんだよね。不思議」
「あー、そっちかー」
「何、そっちって」
あちゃー、とでも言い出しそうなノエの様子に首を傾げる。そっちってどっちだ。
「種子の影響で元気になってる。その分栄養は取られてるけど」
「……良いこと?」
「良くはない」
「ですよねー」
話している内容は深刻なはずなのに、ノエの適当な雰囲気のせいで軽く話せる。深刻になりすぎないという点では良いのかもしれないけれど、もうちょっと真面目な感じを出してもいいんじゃないかな。
そりゃノエのことだからきっと色々考えた上でこの態度なんだろうなとは思うよ? でもその色々を知らない私が重大な問題を軽く捉えちゃったらどうするの、みたいなさ。……ノエは気にしなさそうだな。私が自分でしっかりしよう。
「そういえば、まずはどこに向かってるの? ラミア様がつけてくれた印って一個じゃなかった気がするんだけど」
しっかり者の第一歩、目的地の確認をしてみる。多分目的地に近付けばノエは教えてくれるのだろうけれど、逆に言えばこの適当男はそれまで詳細の共有というものをしてくれないんだろう。意地悪じゃないことは勿論分かっている、ただのうっかりだ。
ただそのうっかりさんに任せっきりな私はじゃあ何なんだという話になってしまうので、しっかり者として自分から逐一確認することにした。まあノクステルナの地理の話なんてされても「へぇ、そうなんだ!」で終わりそうな気もするけれど。
ノエは私の決意を悟る様子もなく地図を出すと、「ここだよ」と指差しながら教えてくれた。聞けば答えてくれるんだよなぁ。
「今はここから北西にある街に向かってる。もしスヴァインが一人で隠れて生活してるなら、なんでも揃うようなところじゃないと生きづらいじゃん?」
「……一人じゃない可能性があるの?」
街があるんだ、と思ったものの。そしてノエの言うことも尤もだと思ったのだけれども。
もし一人だったら、ということは一人じゃない可能性もあるということだ。逃亡者だからてっきり一人で生活しているのかと考えていたのに。
「いくらでも協力者は作れるよ。正真正銘アイリスの子だからな」
「おおう……」
そういえばそうだ。スヴァインは吸血鬼全体の序列で言うと第一位。つまり真祖以外のすべての吸血鬼を催眠で操ることができる。協力者なんて人間でも吸血鬼でも関係なく簡単に作れるのだ。
そう考えると、街で生活している可能性もぐっと低くなってしまう。人里離れたところで生活していたとしても、協力者がいれば食糧や物資の調達に困ることはないだろう。しかもその協力者には自覚がないかもしれない。自覚がなければ、疑われることも少なくなる。
改めて思うけれど、とんでもない人を探そうとしてるんだな。本当に見つけることができるのだろうか。
私がそう不安になったのに気が付いたのか、ノエは「焦ってもしょうがないよ」と苦笑を浮かべた。
「元々こっちから探し出せるとはあまり思ってないしな。そろそろノストノクスが色々公表してるはずだから、向こうから来てくれるのをのんびり待とうじゃない。あ、おやつ食べる?」
「緊張感ないなぁ……」
現実はノエの言う通りとはいえ、なんだか不安に思っている私が馬鹿みたいじゃないか。でもお陰で少し気持ちが楽になったから、ノエに差し出されたクッキーをいただくことにする。
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