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10 慰労会に向けて 〜噂の三人〜
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アーナルヤ王女が姉姫の婚礼後に行う慰労会の企画について、礼儀的に先触れを送ってから宰相府を訪問した。
ただでさえ忙しい行政官らは、この突撃訪問に余計な手間を取らされ、困惑したお歴々は、出仕したばかりの新人である七位爵に、王女の世話を押し付けることにしたのである。
宰相府の七位爵代表はヘルムーズ・ビアイシンであり、アーナルヤ王女の初恋のお相手だった。そんなこと、宰相府の誰もが知らないことだ。
ゆえに、この後、噂が広まるのは早かった。
姉姫ミフォーレ・ルナ・ヨゥ・アイスワーレの為の前祝会で、アーナルヤ王女がヘルムーズ・ビアイシンを見染めた、と。
そして、ヘルムーズ・ビアイシンはアーナルヤ王女からアプローチを受けて、婚約したばかりの令嬢を捨てた、と。
宮殿内の宰相府近くの庭園、宰相府内の談話室、内政官外交官が利用する喫茶室。
其処彼処で仲睦まじく会話する二人(以外に人はいても)の様子が、所用で訪れる貴族たちの目に止まる。
そして、ヘルムーズの婚約者、ウラミーナ・ソンダースが二人の間に何度も突撃して行けば、それを目撃した貴族たちにとっては、素晴らしき噂のネタとなるのは世の常であろう。
ビアイシン家としても『二人が恋仲』との噂を払拭したいが、噂の脚色と広がり方が家門の想定を遥かに超えていた。
つまり、後手に回り火消しに失敗している状況である。
「大変申し訳ございません。殿下の名誉に傷を付けるなど、ビアイシンの名折れに御座います」
国王に噂について謝罪に参内したビアイシン家当主が、その場で自身の首に縄を掛けたという、冗談にもならない忠誠を示し、この噂は収束しかけた。
ウラミーナさえ、婚約者の変更に頷いていれば。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「宰相府の慰労会は、官吏と苦楽を共になさる夫人だけではなく、彼らの子女もお招きするでしょう?小さな子もいるでしょうし、そうなると、人手は多いに越したことはなくてよ?」
「ですが、寝殿勤務の女中まで投入なさっては、寝殿での業務が滞るのではないかと」
「早めに臨時業務の有志を募れば良いのでは?」
「それなら、外殿勤務の者たちにも臨時業務の有志を募るべきかと」
「臨時業務ですから、給金は通常の1.3倍が良いでしょう」
「そんな募集をしたら、倍率が上がってしまうわ!それにお休みの希望も殺到するでしょう?どうすれば……」
宰相府内の応接室で雑務官たちとアーナルヤが慰労会に関する会議をしていると、部屋のドアがノックもなく開いた。
「ヘルムーズ様!!また王女様とご一緒なさってるの!?」
入室の許可もないのに、金切り声を上げてズカズカと入ってくるのは、ファナバーク伯爵令嬢ウラミーナ・ソンダースである。
「王女殿下だ、ウラミーナ・ソンダース。私は貴様を呼んでも居ないし、ここに入る許可も出していない。物知らずな上に、恥知らずなのか?早々に立ち去れ」
「婚約者として、婚儀に関するお話で参りましたのよ!」
応接室の机に手を叩きつけ、ヘルムーズの方へ身を乗り出しながら柳眉を吊りあげるウラミーナに、その場に居る七位爵全員が慌てて書類をかき集めた。
アーナルヤは、無表情で彼らを眺めるしか出来ずにいると、深い溜め息を吐いたヘルムーズが無機質な目でウラミーナに視線を送る。
「我々の婚約は白紙、貴様は既に我が家の分家の者と婚約しているハズだが?」
「何故伯爵家の私が格下の男爵家なんかに嫁がなくてはなりませんの!?貴方が心変わりなさったからでしょう!?王女様に言い寄られたから!!」
鈍い音をたてながら何度も机を叩き、最後はアーナルヤに指を突きつけるウラミーナの姿に、彼女は初めて無表情が崩れ困惑を表に出した。
「え?わたくし……?ビアイシン卿、わたくしのせいなの?貴方たちの婚約が……」
「いえ、違います。家門間の契約に基づき、私よりも分家のサーレン男爵家嫡男との婚姻が妥当と判断されたに過ぎません」
「そんなワケないわ!!私の嫁ぎ先はワルエトージ侯爵こそ相応しいでしょう!!」
ウラミーナがスッと背筋を正し、腰と胸に手を当てて言い切ると、再び溜め息を深く吐いて、ヘルムーズが立ち上がる。
「何を言うかと思えば……貴様は王太子妃殿下や王女殿下の為に死ねるのか?例えば、隣国と戦争になったとする。その際、妃殿下や王女殿下の身代わりを務めることが出来るか?身代わりとして、隣国の兵士に辱められ、嬲りものにされ、それでも処刑されることが誉れと言い切ることが出来るのか?」
「「え……?」」
アーナルヤはヘルムーズのその言葉に衝撃を受けで呆然とし、ウラミーナは何を言われているのか分からない様子で首を傾げながら疑問符を口に出した。
「私の妻となるのであれば、王家に二心なくお仕えせねばならない。甘ったれな伯爵家の末子など、我が家には向いておらん。さっさと身の程を弁えて、分家に嫁げ」
「ヒドイ!!ヒドイわー!!やっぱり王女様に心変わりなさったのよ!!不貞ですわー!」
涙声で叫びながら応接室から飛び出して行くウラミーナを、その場に居る全ての人間が呆気にとられて見送った。
ただでさえ忙しい行政官らは、この突撃訪問に余計な手間を取らされ、困惑したお歴々は、出仕したばかりの新人である七位爵に、王女の世話を押し付けることにしたのである。
宰相府の七位爵代表はヘルムーズ・ビアイシンであり、アーナルヤ王女の初恋のお相手だった。そんなこと、宰相府の誰もが知らないことだ。
ゆえに、この後、噂が広まるのは早かった。
姉姫ミフォーレ・ルナ・ヨゥ・アイスワーレの為の前祝会で、アーナルヤ王女がヘルムーズ・ビアイシンを見染めた、と。
そして、ヘルムーズ・ビアイシンはアーナルヤ王女からアプローチを受けて、婚約したばかりの令嬢を捨てた、と。
宮殿内の宰相府近くの庭園、宰相府内の談話室、内政官外交官が利用する喫茶室。
其処彼処で仲睦まじく会話する二人(以外に人はいても)の様子が、所用で訪れる貴族たちの目に止まる。
そして、ヘルムーズの婚約者、ウラミーナ・ソンダースが二人の間に何度も突撃して行けば、それを目撃した貴族たちにとっては、素晴らしき噂のネタとなるのは世の常であろう。
ビアイシン家としても『二人が恋仲』との噂を払拭したいが、噂の脚色と広がり方が家門の想定を遥かに超えていた。
つまり、後手に回り火消しに失敗している状況である。
「大変申し訳ございません。殿下の名誉に傷を付けるなど、ビアイシンの名折れに御座います」
国王に噂について謝罪に参内したビアイシン家当主が、その場で自身の首に縄を掛けたという、冗談にもならない忠誠を示し、この噂は収束しかけた。
ウラミーナさえ、婚約者の変更に頷いていれば。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「宰相府の慰労会は、官吏と苦楽を共になさる夫人だけではなく、彼らの子女もお招きするでしょう?小さな子もいるでしょうし、そうなると、人手は多いに越したことはなくてよ?」
「ですが、寝殿勤務の女中まで投入なさっては、寝殿での業務が滞るのではないかと」
「早めに臨時業務の有志を募れば良いのでは?」
「それなら、外殿勤務の者たちにも臨時業務の有志を募るべきかと」
「臨時業務ですから、給金は通常の1.3倍が良いでしょう」
「そんな募集をしたら、倍率が上がってしまうわ!それにお休みの希望も殺到するでしょう?どうすれば……」
宰相府内の応接室で雑務官たちとアーナルヤが慰労会に関する会議をしていると、部屋のドアがノックもなく開いた。
「ヘルムーズ様!!また王女様とご一緒なさってるの!?」
入室の許可もないのに、金切り声を上げてズカズカと入ってくるのは、ファナバーク伯爵令嬢ウラミーナ・ソンダースである。
「王女殿下だ、ウラミーナ・ソンダース。私は貴様を呼んでも居ないし、ここに入る許可も出していない。物知らずな上に、恥知らずなのか?早々に立ち去れ」
「婚約者として、婚儀に関するお話で参りましたのよ!」
応接室の机に手を叩きつけ、ヘルムーズの方へ身を乗り出しながら柳眉を吊りあげるウラミーナに、その場に居る七位爵全員が慌てて書類をかき集めた。
アーナルヤは、無表情で彼らを眺めるしか出来ずにいると、深い溜め息を吐いたヘルムーズが無機質な目でウラミーナに視線を送る。
「我々の婚約は白紙、貴様は既に我が家の分家の者と婚約しているハズだが?」
「何故伯爵家の私が格下の男爵家なんかに嫁がなくてはなりませんの!?貴方が心変わりなさったからでしょう!?王女様に言い寄られたから!!」
鈍い音をたてながら何度も机を叩き、最後はアーナルヤに指を突きつけるウラミーナの姿に、彼女は初めて無表情が崩れ困惑を表に出した。
「え?わたくし……?ビアイシン卿、わたくしのせいなの?貴方たちの婚約が……」
「いえ、違います。家門間の契約に基づき、私よりも分家のサーレン男爵家嫡男との婚姻が妥当と判断されたに過ぎません」
「そんなワケないわ!!私の嫁ぎ先はワルエトージ侯爵こそ相応しいでしょう!!」
ウラミーナがスッと背筋を正し、腰と胸に手を当てて言い切ると、再び溜め息を深く吐いて、ヘルムーズが立ち上がる。
「何を言うかと思えば……貴様は王太子妃殿下や王女殿下の為に死ねるのか?例えば、隣国と戦争になったとする。その際、妃殿下や王女殿下の身代わりを務めることが出来るか?身代わりとして、隣国の兵士に辱められ、嬲りものにされ、それでも処刑されることが誉れと言い切ることが出来るのか?」
「「え……?」」
アーナルヤはヘルムーズのその言葉に衝撃を受けで呆然とし、ウラミーナは何を言われているのか分からない様子で首を傾げながら疑問符を口に出した。
「私の妻となるのであれば、王家に二心なくお仕えせねばならない。甘ったれな伯爵家の末子など、我が家には向いておらん。さっさと身の程を弁えて、分家に嫁げ」
「ヒドイ!!ヒドイわー!!やっぱり王女様に心変わりなさったのよ!!不貞ですわー!」
涙声で叫びながら応接室から飛び出して行くウラミーナを、その場に居る全ての人間が呆気にとられて見送った。
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