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5 王家フリークの一端 〜出会い〜

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 王宮から初めてヘルムーズ・ビアイシン個人の名で招待状が届いたのは、二年前の夏の終わり、第一王女輿入れ前に開かれた祝宴の時で、彼にとっては忘れられない思い出の一つである。

 その夜は感動し過ぎて鼻血を出し、家中かちゅうの者を慌てさせた。
 家族からはいまだに笑い話のネタにされている。

 祝宴パーティ当日、王族方へと挨拶をし、婚約者のウラミーナの為に第二王子に、一応自分も第二王女へとダンスを申し込んだ。
 
 彼の認識では、ダンスパートナーに選ばれる可能性は底辺だろうと思っていた為、かなり気楽な申し出であった。

 宰相府の同輩や先輩などに挨拶をしたり、ビアイシン家と縁を持つ家門と歓談したりと社交を繰り広げていると、王族専従の執事からヘルムーズとウラミーナに声が掛けられる。

 何事かと思えば、ダンスの順であると言われ、第二王子がウラミーナを、自身がアーナルヤ王女をエスコートして、舞踏場ボールルームに足を踏み入れた。

 まさかの展開にヘルムーズの内心は驚天動地である。が、何度か目にした姫君方のダンスはしっかり観察しており、手首の角度、背に添える手の位置、体の向きと寄せ方、歩幅、そしてターンは分析済み。

 あらゆる面でアーナルヤ王女が安定するダンスを模索していた為、慌てることなく実践すれば良い。
 もっとも、浮かれていたことは間違いなかったが。

 ダンスが進むにつれ、視線は合わなくなったが、軽快なステップを踏むアーナルヤ王女にヘルムーズは喜びを押し隠した。

 家訓その五、ダンスに於いては王家の方々を不快にすることまかりならん!のビアイシン家ならば当然である。

 しかし、終盤に差し掛かる頃になって、彼女の目元、口元がひくりひくりと痙攣するのが視界に飛び込んできた。

 疲労から顔のあちこちが痙攣することを、自身の経験で知っているヘルムーズは内心で狼狽する。

(何たることだ!)

 疲れたとは言い出せなかったであろうアーナルヤ王女に、無遠慮にもダンスを申し込んだことを謝罪すれば、返された言葉はこちらの体面を気遣ったもの。

 彼女の王族としての矜持に、心の底から感動した瞬間だった。

 若き王女が疲れを隠して社交に励むと知った今、なんとしてでも舞踏場ボールルームから連れ出さなくては。と、使命感をたぎらせる。

「殿下はお疲れのご様子。よろしければ、臣がお席までお送り致しましょう」

 その言葉をアーナルヤ王女が微笑んで受け入れ、王族席までのエスコートを許された。

 王族席へと送る間、彼女に声を掛けてくる者たちは『遠慮』という言葉を知らないのだろうか?と、ヘルムーズはそんなことを考える。

「殿下」「殿下」と次々に声が掛かり、その都度、「殿下はお疲れのご様子」と伝えて、歩みを止めることはしない。

「ビアイシン卿は、心配性なの?」

 何度目かの「殿下はお疲れのご様子」を口にした時、楽しげに声を掛けられた。

「ダンスでお疲れになられたと愚考致しましたが、見当違いでしたか?」

 すると柔らかな笑顔を向けられる。まさしく天上の笑みで、周囲の者が見惚れて動きを止めた。

「いいえ。疲れた……のでしょうね。わたくしらしくない動きだったもの。卿の心遣い、嬉しく思うわ」

(尊き御身が、臣如きに笑顔と感謝を向けて下さった。これほどの幸せはない!)

 だと言うのに、それを伝える言葉が咄嗟に出て来なかったのは、天にも昇りそうなほどに浮かれたからである。

 王族席階下に控えるアーナルヤの侍女に彼女を託し、「ほぅ……」と溜め息を洩らすアーナルヤと見つめ合い。

「わたくしの些細な動きで疲れを察するとは、観察眼が優れているのではなくて?」

 にこやかに告げる言葉は、周囲の者の耳に届いた様子でザワりと揺れた。

「臣には勿体ないお言葉で御座います。殿下の素晴らしいステップを、愚鈍なる臣が乱したのが原因ですので」

「まぁ!違くてよ?ダンスがとても楽しくて、少し羽目を外してしまったわ。卿こそ、わたくしに振り回されて、目を回したのではないかしら」

 目をみはり、アーナルヤの真意を探るが、邪心のない笑みである。

 侍女の手を借りゆっくりときざはしを登り、優雅に裾を捌いて椅子に腰を下ろした。

「卿は他者をおもんばかる心を持っているのね」

 褒め言葉を噛み締めながら、ヘルムーズは一礼してその場を去ろうと、一歩足を下げる。

「ビアイシン卿、喉が渇いたの」

 声を掛けられて足を縦に開いた不自然な体勢のまま顔を上げると、晴れやかな笑顔のアーナルヤから、何か難題を与えられた気になった。

「お酒ではなく、さっぱりしたものがいいわ」

「侍女殿に申し付けられては如何でしょう」

 下げた足を戻したものの、ヘルムーズにとってはここまで送ることが第一命題で、それ以降の会話に意味を見出せずにいる。

 相手は至上の存在たる王家の姫君。
 自分と話すことに、なんの益があるのか?
 引き止められるのは何故か?

 思考を巡らしつつ周囲に目を向けると、伯爵家以下の者達が、徐々に集まり始めている。

 更に視線をあちこちに飛ばせば、国王は宰相と何やら話し込んでいて、王后は王太子妃とその母親と歓談していた。

 主役の第一王女は別れを惜しむ友人たちと、ダンスを待ち望む者たちに囲まれていて、王太子は隣国の高官と談笑中。

 第二王子は舞踏場ボールルームでどこぞの令嬢とダンスの最中だった。

 つまり、王族席でフリーなのは、アーナルヤ王女だけである。

 折角の休憩時間を、今度はお喋りという社交に引き摺り込まれる恐れがあった。

(殿下の休憩時間をお守りしなくては!)

 次の命題は休息をおびやかす者たちを排除せよ!と、王家至上主義なビアイシン家の血が使命感に火をけたのである。

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