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私、人材を得る
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「すみません、誰かいませんか?」
朝早くから屋敷の門を叩く音と声が聞こえた。女性の声だ。
そういえば、この屋敷にいた使用人は全員、隠居した父の方について行ってしまったのだ。屋敷に住んでいるのは、私と万葉の二人だけ。
私は来客を出迎えるために、門の方に向かった。
門を開けると、そこには女の子がひとり立っていた。
私と同じ十代後半くらいだろうか? 長い黒髪に小さな顔。目は何か探るように、こちらを見つめている。可愛い感じがするけど、どこか地味な印象を受ける顔立ちだった。
「……周公瑾様にお会いしたいのですが。取り次いでいただけますか?」
私のことを使用人だと思っているんだろう。彼女はそう言った。
「私が周公瑾です」
と言ったら、彼女は疑うように私の顔を見つめていた。しばらくして、彼女の中の『周瑜公瑾』と合致したようで、慌てて頭を下げた。
「ご無礼をいたしました。私の姓は李、名を燐玉と申します。以後、お見知りおきください」
自己紹介された。今まで会ってきた人たちが個性的過ぎて、なんだか地味に普通なのが新鮮に感じる。
「で、私に何か御用でしょうか?」
「周公瑾様が人を集めていると聞き、お仕えしたく参りました」
さっそく、募集の噂が効いたらしい。以前、商人の紅さんにお願いしたけれど、こうも早く応募してくれるとは予想外だった。
私は彼女を客間に案内した。後ろを歩く燐玉さんは何かをチェックするように、ちらちらと屋敷を見回しながら歩いている。
その途中で、万葉と出くわした。寝起きなんだろう、欠伸をしながら不機嫌な表情で挨拶した。彼女は寝起きが非常に悪い。そして、私の背後にいる見知らぬ女子に気がついた。少し間があった。なんだか、微妙な時間だった。
「……なんだ、美周郎。逢引か?」
……十歳の女の子が朝っぱらから言うセリフじゃない。というか、後ろの燐玉さんは燐玉さんで、こんな幼い女の子がいることに驚き、軽く軽蔑するような目で私を見ている。なんか、色々と誤解されているようだ。外見イケメン男子、中身は二十九歳女子の私は悲しくなった。
「彼女は李燐玉さん。さっそく、応募にしてくれた人だよ」
そう言うと、万葉は寝起きの不機嫌な中で値踏みするように燐玉さんを見つめた。そして、自分も燐玉さんの登用を見定めると言い、支度してくると自分の部屋へ戻って行った。
「あの子は華万葉と言って、私の食客をしています」
と告げると、何かを思い出したように「ああ、あの賭け碁の娘ですか」と呟いた。どうやら、万葉は『賭け碁の娘』として、この城街では認識されているようだ。
燐玉さんと私が客間に入るころに、万葉もやって来た。普段、来ている薄い灰色の道士服に羽扇を手にしている。さきほどまで、寝起きの悪かった十歳の女の子とは思えないほど、この部屋の中で偉そうに堂々としていた。
燐玉さんを椅子に座らせ、卓を挟むようにして、私と万葉が並んで椅子に腰掛ける。
最初にお茶を飲みながら、燐玉さんの事を語ってもらった。
燐玉さんは学者の家に生れた。そして、彼女も他の門下生に混じって、学問に勤しんだ。いずれ、この学んだことを世に役立てようと思っていたけれど、時代が悪かった。
この世界では世襲や縁故採用が当たり前で、『郷挙里選』という上の人間や名門の人が同じ故郷や学問所の知り合いを推薦したり、『孝廉』といった徳があって評判のある人物を推薦されるのが、この世界での役人の採用方式だった。
なかなか学問で身をたてるのは難しいのではないかと思っていたところに、周家の若君が人材を探しているというのを聞いた。
美男だけれど変わり者との噂の人だが、領内の統治や施策は良いものを行なっているように彼女は感じた。もしかしたら、文官の一人として雇ってもらえるかもしれない。
そんな気持ちで、我が屋敷の門を叩いたようだ。
『美男だけど変わり者』……という私の評判には思うところはある。
学者の家で学問をしていたのなら読み書きはできるだろうし、計算なんかもできれば上出来だ。何よりも、やっぱり、人手は欲しい。別段、断る理由もない。
隣に座っている万葉は羽扇を仰ぎながら、いくつか質問をした。燐玉さんは冷静に答えていた。その中で、計算もできるのも分かった。
「雇っていいんじゃないか」
万葉の答えだった。なら、決定だ。
私が採用することを告げると、燐玉さんは最初は少し驚いた顔をしたが、嬉しそうに礼を言った。
「女だから、断れるかと思いました」
と雇用条件、主にお給料や仕事内容の話をしているときに、そう燐玉さんは言った。
前世の私からすると違和感はないけれど、この世界でこういった仕事をする中では女性は論外な風潮がある。よほど高貴の出か富豪でないと、そうそう役人になどなれないそうだ。
さっそく、燐玉さんには働いてもらおうと思い、執務室代わりに使っている部屋に案内した。
最初の採用者が決まってから、しばらく登用の状況は芳しくなかった。
まずは万葉、燐玉さんの見る目が厳しいのと、その二人に判断されるのが我慢ならないという人が跡を絶たなかった。
確かに、燐玉さんの言った通りの世界の常識なら、十歳の女の子と十七歳くらいの男女に判別されるのはたまったものじゃないだろう。
しかし、それでも万葉と燐玉さんの能力と人を見る目は確かだった。彼女たちのおかげで私の仕事は、かなり軽減されてきている。今まで仕事を任していた文官の人に比べれば、三倍以上の効率化と正確さを発揮していた。というか、この世界の文官たちはおざなりなところが多々ある。
そんな感じで、私と万葉、燐玉さんは領内の農業開発、商業開発、治水、水路開発、軍事改革など多岐にわたる分野で仕事をこなしていっているけれど、三人では限界があった。
そんな折、ようやく万葉のお眼鏡にかなった人材がやって来た。その数、三人。最終選考という意味で、私と燐玉さんが立ち会うことになった。
最初に紹介されたのは、二十歳くらいの綺麗な女性だった。
「楚 沙羅で~す。今まで用心棒とかやってました。よろしく~」
すごく軽い感じで自己紹介された。心なしか、ちょっとお酒臭かった。腰にぶら下げている革袋からもお酒の匂いがした。
しかし、私はピンときてしまった。身長はそれほど高くないし、簡素な戦袍からは細身の感じがする。が、きっと、脱ぐと腹筋とかがシックスパックとかの人だ。胸も大きそうだけど、なんか鳩胸のような気がしてならない。いわば、引き締まった筋肉質な女性だ。
さらに私の目を引いたものは、背負っている剣だった。
剣……と呼んでもいいんだろうか? というくらいデカい。おそらく、沙羅さんの身の丈くらいはある鉄の塊を無理やり剣のようにした感じだった。
「あ~、これぐらいにしないとアタシの力に耐えられないんだよね~」
そう言いながら、沙羅さんは軽々と剣を振ると、近くにあった庭の大石を斬った。斬ったというより、叩き潰した結果、斬れた感じ。かなりの達人……だろう。というか、剣で石を叩き斬るというのを、私は生まれて初めて目の前で見た。
「お酒が毎日飲めれば、それでいいから」
という雇用条件で採用は決まった。よほど、お酒が好きらしい。彼女には軍事方面を担当してもらうことにしよう。
次に出てきたのは、私と同じくらいの背の高さの少年だった。年は私より二、三歳ほど下に見える。
「姓は岳、名を雲、字を飛天と言います! ぜひ、字の方で呼んでください、将軍!」
キラッキッラとした純真な黒い瞳が、私を見ていた。うん、近い。近いよ、キミ。それと、私は将軍じゃない。おそらく、私自身なんの官職も肩書もないんだと思う。
勢いが良すぎる少年を制するようにしながら、私はなぜ字の方がいいのか訊いてみた。
「もちろん、カッコいいからです!」
ドヤァって感じで答えられた。あれ? なんか昔の周瑜くんに似てる? 何か奥底で同じ厨二病的な臭いを感じてしまった。
そんな飛天くんは蘆江の西にある険しい山中で狩人として生活していた。弓が得意で、短剣も扱える。
見せてもらった弓の技は、確かに凄かった。
飛天くんは二百歩ほど離れた庭の木に吊るした的を見事に射抜いた。さらに上空に向かって高々と打ち上げられた矢が曲線を描き、さきほど沙羅さんが叩き斬った石の割れ目の真ん中に突き立った。それを十回繰り返し、打ち損じはなかった。
なんで、そんな凄腕の持ち主が、ここに来たのか? 他に仕官先とかあったと思うので訊いてみた。
「周将軍の噂は俺の住んでいる山まで届いています! 雷に打たれても無傷で、しかも、炎すら将軍の身を避けるとか! あと、常勝の女軍師を圧倒的な軍略で負かしたとか……」
ああ、なんかやめて! 恥ずかしい! 訊いた自分がバカでした! なんか、変な汗が出てきたわ!
……そんな周将軍に憧れて、飛天くんはやって来たらしい。なんか、断りづらいし、弓の腕は常人離れしているようなので、こちらも武官として採用。
最後に長身の男性だった。手には槍を持ち、馬を一頭連れている。沙羅さんと同じような簡素な戦袍を身に着けている。
「姓は蘆、名を信、字を令徳と申します」
落ち着いた声で、自己紹介をした。年は十八歳。東方の出身だという。スッとした薄い感じのイケメンだった。
家は下級役人で自分も民のために役に立ちたいと思って民政官を目指し、学問に打ち込んでいた。が、燐玉さんと同様に時代が悪かった。
黄巾の乱と呼ばれる叛乱によって、若い蘆信さんは兵士として徴発された。そして、彼自身が軍人として強かった。
個人的な武勇もさることながら、うまく民兵を指揮して、叛徒の軍を何度か蹴散らした。
それ以来、彼の軍才ばかり重宝されるようになった。民政がやりたいと望んでも聞いてもらえなかったらしく、点々と城や街を渡り歩いた。けれども、どこに行っても、彼の要望は通らず、常に軍人として重用される。
「この時世なので戦には抵抗はありませんが、本当は軍人ではなく文官として民のために働きたいのです……」
と蘆信さんは寂しそうな笑みを浮かべながら言った。みんな、自分の武官としての才だけを見て、やりたいことをさせてくれない。そんな諦めに似た感じの表情だった。ここでもダメだったら、また違う土地に行くようなことを呟いていた。いつか、自分の望みが叶う土地を目指して……。
ただ、うちでは事情が違った。
「民政をやりたい? 文官をやりたい? 雇いましょう! 今すぐにでも雇いましょう、周公瑾様!」
燐玉さんだった。
仕事の時以外は大人しい燐玉さんが目の色を変えて、訴える。無理もないと私は思った。現在、書類作成や資料整理などの業務は、燐玉さんに集中している。
私は業務の現場に行ったり、募った兵の調練などで時々しか手伝えない。万葉は優秀とはいえ、まだ十歳。書類の山を処理など、すぐに飽きる。そして、必ず、私と一日一回は碁の対局を望む。彼女の機嫌を直すためには欠かせないことだった。燐玉さんも万葉の仕事ぶりや完璧さを見ているだけに、渋々許可している。
今まで入った全員が逃げ出した地獄の職場に一人でも多く引きずり込んで働かせたい。そんな燐玉さんの圧をモロに感じた。
見つけ出した万葉はどちらでもいいような感じで伝えたので、蘆信さんは文武を担う貴重な人として採用された。
珍しく上機嫌な燐玉さんが蘆信さんを仕事場に嬉々とした感じで案内し始めた。さっそく、働いてもらうようだった。願わくば、燐玉さんのお眼鏡にかなう人でありますように……。
私は心の中でお祈りをした。彼女の期待に外れた場合、そのぼやきや苦情は全部、私に向けられるのだ。
こうして、私の下に新たな人材が四人ほど追加された。
そして、紅さんと風鈴を中心とした忍のおかげで、今、起きている出来事の情報が正確に入ってきた。
現在は西方にある長安に遷都した董卓が無茶苦茶な政治をしていて、今までの流通していた五銖銭を廃止したせいで、貨幣経済が大混乱になった。
さらに朝廷が機能不全を起こしているので、各地の豪族や名家が独自の動きを見せていた。
反董卓連合軍の盟主だった袁紹は河北の豪族や太守が混乱している隙に領地を掌握して、北方の公孫瓚と対決する姿勢を見せている。
袁術は自分の領地である汝南に帰って来るなり、「兄の袁本初は妾の子供で、わしが正統な袁家の後継だ!」と公言した。いきなり、兄弟喧嘩を始めた。
そんな袁家の兄弟喧嘩に巻き込まれる形で、敵と味方がはっきりとし始めた。
袁紹の幼馴染みで反董卓連合軍では参謀的な立場にあった曹操は河北に味方して、その一部の太守になった。
袁紹とは同盟関係にあった荊州の劉表は、必然的に袁術の敵となる。
その劉表と敵対関係にあった孫策くんのお父さん、孫堅さんは流れから袁術側につくことになった。
もともと、反董卓連合軍解散の頃から孫堅さんと劉表の間では何か因縁があったらしい。お互いが敵になるのは避けられないことだと、万葉は語っていた。
そんなある日、私に孫策くんから一通の書簡が届く。
長沙へ遊びに来ないかというお誘いの手紙だった。
朝早くから屋敷の門を叩く音と声が聞こえた。女性の声だ。
そういえば、この屋敷にいた使用人は全員、隠居した父の方について行ってしまったのだ。屋敷に住んでいるのは、私と万葉の二人だけ。
私は来客を出迎えるために、門の方に向かった。
門を開けると、そこには女の子がひとり立っていた。
私と同じ十代後半くらいだろうか? 長い黒髪に小さな顔。目は何か探るように、こちらを見つめている。可愛い感じがするけど、どこか地味な印象を受ける顔立ちだった。
「……周公瑾様にお会いしたいのですが。取り次いでいただけますか?」
私のことを使用人だと思っているんだろう。彼女はそう言った。
「私が周公瑾です」
と言ったら、彼女は疑うように私の顔を見つめていた。しばらくして、彼女の中の『周瑜公瑾』と合致したようで、慌てて頭を下げた。
「ご無礼をいたしました。私の姓は李、名を燐玉と申します。以後、お見知りおきください」
自己紹介された。今まで会ってきた人たちが個性的過ぎて、なんだか地味に普通なのが新鮮に感じる。
「で、私に何か御用でしょうか?」
「周公瑾様が人を集めていると聞き、お仕えしたく参りました」
さっそく、募集の噂が効いたらしい。以前、商人の紅さんにお願いしたけれど、こうも早く応募してくれるとは予想外だった。
私は彼女を客間に案内した。後ろを歩く燐玉さんは何かをチェックするように、ちらちらと屋敷を見回しながら歩いている。
その途中で、万葉と出くわした。寝起きなんだろう、欠伸をしながら不機嫌な表情で挨拶した。彼女は寝起きが非常に悪い。そして、私の背後にいる見知らぬ女子に気がついた。少し間があった。なんだか、微妙な時間だった。
「……なんだ、美周郎。逢引か?」
……十歳の女の子が朝っぱらから言うセリフじゃない。というか、後ろの燐玉さんは燐玉さんで、こんな幼い女の子がいることに驚き、軽く軽蔑するような目で私を見ている。なんか、色々と誤解されているようだ。外見イケメン男子、中身は二十九歳女子の私は悲しくなった。
「彼女は李燐玉さん。さっそく、応募にしてくれた人だよ」
そう言うと、万葉は寝起きの不機嫌な中で値踏みするように燐玉さんを見つめた。そして、自分も燐玉さんの登用を見定めると言い、支度してくると自分の部屋へ戻って行った。
「あの子は華万葉と言って、私の食客をしています」
と告げると、何かを思い出したように「ああ、あの賭け碁の娘ですか」と呟いた。どうやら、万葉は『賭け碁の娘』として、この城街では認識されているようだ。
燐玉さんと私が客間に入るころに、万葉もやって来た。普段、来ている薄い灰色の道士服に羽扇を手にしている。さきほどまで、寝起きの悪かった十歳の女の子とは思えないほど、この部屋の中で偉そうに堂々としていた。
燐玉さんを椅子に座らせ、卓を挟むようにして、私と万葉が並んで椅子に腰掛ける。
最初にお茶を飲みながら、燐玉さんの事を語ってもらった。
燐玉さんは学者の家に生れた。そして、彼女も他の門下生に混じって、学問に勤しんだ。いずれ、この学んだことを世に役立てようと思っていたけれど、時代が悪かった。
この世界では世襲や縁故採用が当たり前で、『郷挙里選』という上の人間や名門の人が同じ故郷や学問所の知り合いを推薦したり、『孝廉』といった徳があって評判のある人物を推薦されるのが、この世界での役人の採用方式だった。
なかなか学問で身をたてるのは難しいのではないかと思っていたところに、周家の若君が人材を探しているというのを聞いた。
美男だけれど変わり者との噂の人だが、領内の統治や施策は良いものを行なっているように彼女は感じた。もしかしたら、文官の一人として雇ってもらえるかもしれない。
そんな気持ちで、我が屋敷の門を叩いたようだ。
『美男だけど変わり者』……という私の評判には思うところはある。
学者の家で学問をしていたのなら読み書きはできるだろうし、計算なんかもできれば上出来だ。何よりも、やっぱり、人手は欲しい。別段、断る理由もない。
隣に座っている万葉は羽扇を仰ぎながら、いくつか質問をした。燐玉さんは冷静に答えていた。その中で、計算もできるのも分かった。
「雇っていいんじゃないか」
万葉の答えだった。なら、決定だ。
私が採用することを告げると、燐玉さんは最初は少し驚いた顔をしたが、嬉しそうに礼を言った。
「女だから、断れるかと思いました」
と雇用条件、主にお給料や仕事内容の話をしているときに、そう燐玉さんは言った。
前世の私からすると違和感はないけれど、この世界でこういった仕事をする中では女性は論外な風潮がある。よほど高貴の出か富豪でないと、そうそう役人になどなれないそうだ。
さっそく、燐玉さんには働いてもらおうと思い、執務室代わりに使っている部屋に案内した。
最初の採用者が決まってから、しばらく登用の状況は芳しくなかった。
まずは万葉、燐玉さんの見る目が厳しいのと、その二人に判断されるのが我慢ならないという人が跡を絶たなかった。
確かに、燐玉さんの言った通りの世界の常識なら、十歳の女の子と十七歳くらいの男女に判別されるのはたまったものじゃないだろう。
しかし、それでも万葉と燐玉さんの能力と人を見る目は確かだった。彼女たちのおかげで私の仕事は、かなり軽減されてきている。今まで仕事を任していた文官の人に比べれば、三倍以上の効率化と正確さを発揮していた。というか、この世界の文官たちはおざなりなところが多々ある。
そんな感じで、私と万葉、燐玉さんは領内の農業開発、商業開発、治水、水路開発、軍事改革など多岐にわたる分野で仕事をこなしていっているけれど、三人では限界があった。
そんな折、ようやく万葉のお眼鏡にかなった人材がやって来た。その数、三人。最終選考という意味で、私と燐玉さんが立ち会うことになった。
最初に紹介されたのは、二十歳くらいの綺麗な女性だった。
「楚 沙羅で~す。今まで用心棒とかやってました。よろしく~」
すごく軽い感じで自己紹介された。心なしか、ちょっとお酒臭かった。腰にぶら下げている革袋からもお酒の匂いがした。
しかし、私はピンときてしまった。身長はそれほど高くないし、簡素な戦袍からは細身の感じがする。が、きっと、脱ぐと腹筋とかがシックスパックとかの人だ。胸も大きそうだけど、なんか鳩胸のような気がしてならない。いわば、引き締まった筋肉質な女性だ。
さらに私の目を引いたものは、背負っている剣だった。
剣……と呼んでもいいんだろうか? というくらいデカい。おそらく、沙羅さんの身の丈くらいはある鉄の塊を無理やり剣のようにした感じだった。
「あ~、これぐらいにしないとアタシの力に耐えられないんだよね~」
そう言いながら、沙羅さんは軽々と剣を振ると、近くにあった庭の大石を斬った。斬ったというより、叩き潰した結果、斬れた感じ。かなりの達人……だろう。というか、剣で石を叩き斬るというのを、私は生まれて初めて目の前で見た。
「お酒が毎日飲めれば、それでいいから」
という雇用条件で採用は決まった。よほど、お酒が好きらしい。彼女には軍事方面を担当してもらうことにしよう。
次に出てきたのは、私と同じくらいの背の高さの少年だった。年は私より二、三歳ほど下に見える。
「姓は岳、名を雲、字を飛天と言います! ぜひ、字の方で呼んでください、将軍!」
キラッキッラとした純真な黒い瞳が、私を見ていた。うん、近い。近いよ、キミ。それと、私は将軍じゃない。おそらく、私自身なんの官職も肩書もないんだと思う。
勢いが良すぎる少年を制するようにしながら、私はなぜ字の方がいいのか訊いてみた。
「もちろん、カッコいいからです!」
ドヤァって感じで答えられた。あれ? なんか昔の周瑜くんに似てる? 何か奥底で同じ厨二病的な臭いを感じてしまった。
そんな飛天くんは蘆江の西にある険しい山中で狩人として生活していた。弓が得意で、短剣も扱える。
見せてもらった弓の技は、確かに凄かった。
飛天くんは二百歩ほど離れた庭の木に吊るした的を見事に射抜いた。さらに上空に向かって高々と打ち上げられた矢が曲線を描き、さきほど沙羅さんが叩き斬った石の割れ目の真ん中に突き立った。それを十回繰り返し、打ち損じはなかった。
なんで、そんな凄腕の持ち主が、ここに来たのか? 他に仕官先とかあったと思うので訊いてみた。
「周将軍の噂は俺の住んでいる山まで届いています! 雷に打たれても無傷で、しかも、炎すら将軍の身を避けるとか! あと、常勝の女軍師を圧倒的な軍略で負かしたとか……」
ああ、なんかやめて! 恥ずかしい! 訊いた自分がバカでした! なんか、変な汗が出てきたわ!
……そんな周将軍に憧れて、飛天くんはやって来たらしい。なんか、断りづらいし、弓の腕は常人離れしているようなので、こちらも武官として採用。
最後に長身の男性だった。手には槍を持ち、馬を一頭連れている。沙羅さんと同じような簡素な戦袍を身に着けている。
「姓は蘆、名を信、字を令徳と申します」
落ち着いた声で、自己紹介をした。年は十八歳。東方の出身だという。スッとした薄い感じのイケメンだった。
家は下級役人で自分も民のために役に立ちたいと思って民政官を目指し、学問に打ち込んでいた。が、燐玉さんと同様に時代が悪かった。
黄巾の乱と呼ばれる叛乱によって、若い蘆信さんは兵士として徴発された。そして、彼自身が軍人として強かった。
個人的な武勇もさることながら、うまく民兵を指揮して、叛徒の軍を何度か蹴散らした。
それ以来、彼の軍才ばかり重宝されるようになった。民政がやりたいと望んでも聞いてもらえなかったらしく、点々と城や街を渡り歩いた。けれども、どこに行っても、彼の要望は通らず、常に軍人として重用される。
「この時世なので戦には抵抗はありませんが、本当は軍人ではなく文官として民のために働きたいのです……」
と蘆信さんは寂しそうな笑みを浮かべながら言った。みんな、自分の武官としての才だけを見て、やりたいことをさせてくれない。そんな諦めに似た感じの表情だった。ここでもダメだったら、また違う土地に行くようなことを呟いていた。いつか、自分の望みが叶う土地を目指して……。
ただ、うちでは事情が違った。
「民政をやりたい? 文官をやりたい? 雇いましょう! 今すぐにでも雇いましょう、周公瑾様!」
燐玉さんだった。
仕事の時以外は大人しい燐玉さんが目の色を変えて、訴える。無理もないと私は思った。現在、書類作成や資料整理などの業務は、燐玉さんに集中している。
私は業務の現場に行ったり、募った兵の調練などで時々しか手伝えない。万葉は優秀とはいえ、まだ十歳。書類の山を処理など、すぐに飽きる。そして、必ず、私と一日一回は碁の対局を望む。彼女の機嫌を直すためには欠かせないことだった。燐玉さんも万葉の仕事ぶりや完璧さを見ているだけに、渋々許可している。
今まで入った全員が逃げ出した地獄の職場に一人でも多く引きずり込んで働かせたい。そんな燐玉さんの圧をモロに感じた。
見つけ出した万葉はどちらでもいいような感じで伝えたので、蘆信さんは文武を担う貴重な人として採用された。
珍しく上機嫌な燐玉さんが蘆信さんを仕事場に嬉々とした感じで案内し始めた。さっそく、働いてもらうようだった。願わくば、燐玉さんのお眼鏡にかなう人でありますように……。
私は心の中でお祈りをした。彼女の期待に外れた場合、そのぼやきや苦情は全部、私に向けられるのだ。
こうして、私の下に新たな人材が四人ほど追加された。
そして、紅さんと風鈴を中心とした忍のおかげで、今、起きている出来事の情報が正確に入ってきた。
現在は西方にある長安に遷都した董卓が無茶苦茶な政治をしていて、今までの流通していた五銖銭を廃止したせいで、貨幣経済が大混乱になった。
さらに朝廷が機能不全を起こしているので、各地の豪族や名家が独自の動きを見せていた。
反董卓連合軍の盟主だった袁紹は河北の豪族や太守が混乱している隙に領地を掌握して、北方の公孫瓚と対決する姿勢を見せている。
袁術は自分の領地である汝南に帰って来るなり、「兄の袁本初は妾の子供で、わしが正統な袁家の後継だ!」と公言した。いきなり、兄弟喧嘩を始めた。
そんな袁家の兄弟喧嘩に巻き込まれる形で、敵と味方がはっきりとし始めた。
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袁紹とは同盟関係にあった荊州の劉表は、必然的に袁術の敵となる。
その劉表と敵対関係にあった孫策くんのお父さん、孫堅さんは流れから袁術側につくことになった。
もともと、反董卓連合軍解散の頃から孫堅さんと劉表の間では何か因縁があったらしい。お互いが敵になるのは避けられないことだと、万葉は語っていた。
そんなある日、私に孫策くんから一通の書簡が届く。
長沙へ遊びに来ないかというお誘いの手紙だった。
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その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
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