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1章 ヴァーゲ交易港
15話 か弱い女の子
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「うわぁ、虫! すっごい虫!」
視界を解放した僕は歓声をあげていた。
灼熱の揺らぐ大地で見かけた、大型の昆虫。それが天井を覆い隠していたのである。鈍い羽音と共に。
「よーし、来たな。サクッとやるぞ!」
気合を入れ、オルティラは肩から剣を降ろす。片手が松明で塞がっているのも物ともせず、彼女は巣の中央付近にまで躍り出て、軽々と凶器を振り始めた。
なんて勇ましいのだろう。詠嘆する一方で、彼女の活躍は少しばかり迷惑でもあった。
入口付近よりも広い空間が確保されているとはいえ、閉所である事に変わりはない。そんな場所で剣を振り回されると、僕たちは動けなくなる。
いつ鈍器も同然の刃が飛んで来るとも限らないのだ。僕もカーンも壁際に避難せざるを得なかった。
「こうも一方的だと、やっぱり可哀想だね」
僕は、自分の腰に吊り下げた剣を抜く。昔から僕の手元にある細身の剣。柄頭に宝石を埋め込んだそれを、僕は壁に突き刺した。
ギギギ、と呻きがあがる。壁を伝って降りてきた砂虫だった。壁を伝って、ぼうっとしている僕たちに危害を加えようとしたのだろう。残念ながら、その戦法は見え見えだ。
オルティラを攻撃する虫たちよりも一回り小さい虫は、刃に貫かれて離れない。未練たらしく剣の先に貼り付いていた。それがせめてもの抵抗であるかのように。
「カーン、魔術使える?」
僕は剣を振る。痙攣した砂虫はすっぽ抜けて、どこかへと放り出された。
「用意はできております、リオ様」
掲げられたカーンの指先で、魔力が凝縮される。人間界の自然では、決して見られない濃度の魔力。虫の巣一つを破壊する程度なら、これで十分だろう。
準備は万端だ。僕は、次から次へと舞い降りる虫と対峙するオルティラへ目を向けた。
彼女は魔力の凝縮に気付いていないようだ。人間族とは、ここまで鈍いものなのか。呆れつつ、僕はうねる赤髪へ向けて声を張り上げた。
「オルティラ、伏せて!」
そう叫んだ瞬間、カーンの魔術が放たれた。
炎球は闇を照らし、一瞬の後に熱波が僕の肌を掠める。鬱陶しい光をちらつかせる視界に、ぼとぼとと、丸まった虫が次々と落ちてくる。
さながら、敗れ去る竜騎士のように。
羽音は完全に失われた。静まり返った暗闇に、ただプツプツと、弾ける音が響く。泥壁の僅かな手掛かりに燃え移った炎が、暗闇に淡い光を灯していた。
難を逃れた者がいるとは、到底思えない。そんな悲惨な状況が、目の前に広がっていた。
「バッカじゃねーの?」
弾けるように起き上がる赤髪。張り付く髪を掻き上げた彼女の額には、青筋が浮いていた。
「人の頭上に火ィ投げるとか、何考えてんの? 馬鹿なの?」
憤怒に身体を震わせるオルティラ。その顔は、まるで悪魔のようだった。降りた影が、それを助長する。
慄く僕の一方、相棒は恐ろしく不動だった。詰め寄る女性を見下ろして、彼は唸るように言う。
「リオ様が忠告なさっただろう」
「だとしても、間がなさすぎるよ、間が! もうちょっとさ、こう――か弱い女の子に対する優しさってモンを見せてくれたっていいじゃないか」
「か弱い? 鎧を着込んで大剣を振り回す女のどこが“か弱い”んだ」
「カーン殿はド真面目だな。モテないぞ。もうちょっと乗ってくれたっていいだろう。というか、さっきの何? バーンって、バーンって弾けたんだけど。あれが魔術ってやつ?」
憤慨から一転、興奮した様子を見せるオルティラ。その反応を見る限り、彼女は魔術を知らないようだ。
ここ百年で、人間界における魔術の研究は進んだものの、それが民間に広がるには、まだ時間が必要であるらしい。新しい玩具を前にした子供の如き様子のオルティラを見て、僕はそんなことを思った。
微笑ましい感覚を抱いていた僕の一方、カーンはまるでぴくりともしなかった。興奮に鼻を膨らませる女戦士から視線を逸らせて、黙殺する。しかしオルティラはというと、沈黙を却って是と解釈したようで、ただ一人で盛り上がっていた。
「凄いな、あんなのが使えるんだ。流石は魔族ってところか!」
その言葉に、僕は固まる。カーンの様子も途端に張り詰めた。オルティラもまた、やってしまったと言わんばかりの皺を口角に寄せた。
「あ、ごめん。言っちゃ駄目だったヤツ?」
片手に剣を煌めかせたカーンが、戦士との距離を詰める。重く、甲高い金属の音が鳴る。火花が散る。大剣と薄刃。それが交わり、男と女が睨み合う。
このまま放っておいたら、血みどろの戦いに発展してしまいそうだ。
「待って、待って。そんなことしてる場合じゃないよ!」
「ですが――」
カーンは不満を露わにする。しかし、僕が折れないと知るや否や、渋々剣を引いた。オルティラもまた、大剣を肩に乗せる。その姿勢は戦う意志のない表れである。――そのはずなのに、彼女の瞳は不意打ちを臭わせて止まない。耽々と獲物を狙う、獣そのものだった。
再び火花をちらつかせないよう、僕は二人の間に割って入る。相棒との軽い押問答を経て、僕はやっとのことでオルティラと向き合った。
「えっと……聞きたいことはあるけど、まずは仕事を済ませよう。まだ女王が残っているんでしょう?」
砂虫の群れは「女王」と呼ばれる、他個体よりも大きな個体を中心として構成されているらしい。
産卵の能力を持つのは女王のみ、という話もあるようだが、真偽の程は定かではない。ただ、女王を潰さない限り、群れを壊滅したと言えない事は確かだった。
「いやぁ、ボクは大人だねぇ。どこかの誰かさんと違って」
「オルティラ、煽らないで!」
これ以上カーンの気分を悪くされては敵わない。僕はケタケタと笑うオルティラを何とかして止めようとする。すると彼女は、代わりに僕を馬鹿にした態度で頭を撫で回してきた。
そんな時、どこからか小さな音が聞こえてきた。薄い葉が擦れる。小さな爪が砂壁を掻く。その音は、これまでに出会って来た虫の大半が発していた音だった。
生き残りがいたようだ。
見渡す僕の視界に飛び込んできたのは、壁に空いた穴から覗く、二つの半球。地面に転がる砂虫よりもずっと大きなその背では、小さな羽――どこからどう見ても、飛行能力を失った薄羽が擦れていた。
威嚇しているのか、それとも嘆いているのか。大きな身体を重たそうに引き摺って、砂虫はゆっくりとこちらに歩み寄る。
「残党か」
一寸の躊躇いなく振り降ろされた大剣が、砂虫の頭を割る。地面に伏せた肉体から、粘着質な緑色が流れ出る。それでも、虫は動いていた。か細い足で地面を掻き、死の淵で懸命にもがいていた。
そこへもう一度、オルティラは鉄槌を加えた。今度こそ、大きな砂虫は沈黙した。
「これが女王かな? 他より大きいし」
オルティラは自らの身体に大剣を立て掛け、張っていた肩を降ろす。
砂虫の巣の破壊。その仕事の一部である群れの蹂躙は、終えたも同然だ。少なくとも、見える範囲では。
随分と呆気なかった。こんな事ならば、僕たちが付いて来る必要はなかったかもしれない。僕は深く息を吐いた。
「オルティラ一人でも十分だったんじゃない?」
「そうだね」
隠すことなく言ってのけるそれには、流石の僕もカチンと来た。しかし、彼女の誘いが、出航を待つ暇潰しとなったのも確かである。
「終わったならいいけどさ……。あ、卵の処理をしないと。どこかに植え付けられているかも」
「ああ、忘れてた。……ボク、やって来てよ」
「嫌だよ。オルティラの仕事でしょ?」
「三人の仕事ですよぅ」
文句を垂れるオルティラだったが、彼女の手は次の準備に取り掛かっていた。
腰に捧げていた袋を探り、石を取り出す。人間界では今なお流通する火打石だ。
彼女が照明としていた松明は消えていた。カーンが魔術を放ち、それに驚いたオルティラが松明を落とした際に、身体を窄めてしまったのだろう。それに再び命を吹き込んだ。
鮮やかな光が生まれる。眩しい。目を細めた僕の前で、炎を手にした女戦士がゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと奥を見てくるわ」
「そこ、入れるの?」
オルティラが覗き込む穴――それは、先程彼女の手によって命を叩き潰された女王虫が出て来た穴だった。
いくら大きな女王とはいえ、移動のために、人が立って入ることが出来る程の穴を用いるわけではない。
彼女の胸ほどの高さにあるそれは、大人ならば、四つん這いで通過するのがやっとの寸法だ。僕だったら、もっと余裕を持って侵入することが可能だろう。
「僕、行ってこようか?」
「是非ともお願いしたい所だけど、まだ私も死にたくないんでね。大人しく行ってくるよ。火は持って行くから、手でも繋いで待ってて」
そう笑いつつ、オルティラはひょいと穴に乗り上げる。だが砂の壁に肩をぶつけ、あるいは腰周りを擦りつける。
彼女の防具は明らかに枷となっていた。鎧がなければ、より容易に潜入することができただろうに。
「ああ、もう。邪魔臭い。鎧なんて絶対着ない! ただ格好いいだけじゃん!」
まさか鎧の制作者も、それを纏って砂虫の巣に踏み入られるだなんて、思ってもみなかっただろう。とんだとばっちりだ。
文句を垂れるオルティラは、格闘の末、穴の中へと吸い込まれていった。
空間から光が消える。代わりに、僕の視界の端で一つの光が灯った。カーンの指先から下がる小さな石。それは白く、淡く輝いていた。
魔力を注ぐと光る、不思議な石。炎ほどの明度は確保できないものの、木や布、油などの道具を用意する必要がないため、こういった際――緊急を要する際には重宝する。
ぼんやりと映し出される闇の中で、僕はカーンに尋ねた。
「ねえ、カーン。あの虫、魔力を持っているよね」
「はい」
「虫って魔力を持つの?」
「個体によっては、可能性もあります」
そうだとしても、どこか妙だった。
僕は虫に近付く。よく見ようと身を屈めると、カーンが止めに入った。
しかし今回は、いつもとは少し様子が違った。ただ制止するだけではない。彼は足を以って器用に虫の身体を転がす。淡い光に照らされて、暗く入り組む断面が露わになった。
「御指示を、リオ様」
視界を解放した僕は歓声をあげていた。
灼熱の揺らぐ大地で見かけた、大型の昆虫。それが天井を覆い隠していたのである。鈍い羽音と共に。
「よーし、来たな。サクッとやるぞ!」
気合を入れ、オルティラは肩から剣を降ろす。片手が松明で塞がっているのも物ともせず、彼女は巣の中央付近にまで躍り出て、軽々と凶器を振り始めた。
なんて勇ましいのだろう。詠嘆する一方で、彼女の活躍は少しばかり迷惑でもあった。
入口付近よりも広い空間が確保されているとはいえ、閉所である事に変わりはない。そんな場所で剣を振り回されると、僕たちは動けなくなる。
いつ鈍器も同然の刃が飛んで来るとも限らないのだ。僕もカーンも壁際に避難せざるを得なかった。
「こうも一方的だと、やっぱり可哀想だね」
僕は、自分の腰に吊り下げた剣を抜く。昔から僕の手元にある細身の剣。柄頭に宝石を埋め込んだそれを、僕は壁に突き刺した。
ギギギ、と呻きがあがる。壁を伝って降りてきた砂虫だった。壁を伝って、ぼうっとしている僕たちに危害を加えようとしたのだろう。残念ながら、その戦法は見え見えだ。
オルティラを攻撃する虫たちよりも一回り小さい虫は、刃に貫かれて離れない。未練たらしく剣の先に貼り付いていた。それがせめてもの抵抗であるかのように。
「カーン、魔術使える?」
僕は剣を振る。痙攣した砂虫はすっぽ抜けて、どこかへと放り出された。
「用意はできております、リオ様」
掲げられたカーンの指先で、魔力が凝縮される。人間界の自然では、決して見られない濃度の魔力。虫の巣一つを破壊する程度なら、これで十分だろう。
準備は万端だ。僕は、次から次へと舞い降りる虫と対峙するオルティラへ目を向けた。
彼女は魔力の凝縮に気付いていないようだ。人間族とは、ここまで鈍いものなのか。呆れつつ、僕はうねる赤髪へ向けて声を張り上げた。
「オルティラ、伏せて!」
そう叫んだ瞬間、カーンの魔術が放たれた。
炎球は闇を照らし、一瞬の後に熱波が僕の肌を掠める。鬱陶しい光をちらつかせる視界に、ぼとぼとと、丸まった虫が次々と落ちてくる。
さながら、敗れ去る竜騎士のように。
羽音は完全に失われた。静まり返った暗闇に、ただプツプツと、弾ける音が響く。泥壁の僅かな手掛かりに燃え移った炎が、暗闇に淡い光を灯していた。
難を逃れた者がいるとは、到底思えない。そんな悲惨な状況が、目の前に広がっていた。
「バッカじゃねーの?」
弾けるように起き上がる赤髪。張り付く髪を掻き上げた彼女の額には、青筋が浮いていた。
「人の頭上に火ィ投げるとか、何考えてんの? 馬鹿なの?」
憤怒に身体を震わせるオルティラ。その顔は、まるで悪魔のようだった。降りた影が、それを助長する。
慄く僕の一方、相棒は恐ろしく不動だった。詰め寄る女性を見下ろして、彼は唸るように言う。
「リオ様が忠告なさっただろう」
「だとしても、間がなさすぎるよ、間が! もうちょっとさ、こう――か弱い女の子に対する優しさってモンを見せてくれたっていいじゃないか」
「か弱い? 鎧を着込んで大剣を振り回す女のどこが“か弱い”んだ」
「カーン殿はド真面目だな。モテないぞ。もうちょっと乗ってくれたっていいだろう。というか、さっきの何? バーンって、バーンって弾けたんだけど。あれが魔術ってやつ?」
憤慨から一転、興奮した様子を見せるオルティラ。その反応を見る限り、彼女は魔術を知らないようだ。
ここ百年で、人間界における魔術の研究は進んだものの、それが民間に広がるには、まだ時間が必要であるらしい。新しい玩具を前にした子供の如き様子のオルティラを見て、僕はそんなことを思った。
微笑ましい感覚を抱いていた僕の一方、カーンはまるでぴくりともしなかった。興奮に鼻を膨らませる女戦士から視線を逸らせて、黙殺する。しかしオルティラはというと、沈黙を却って是と解釈したようで、ただ一人で盛り上がっていた。
「凄いな、あんなのが使えるんだ。流石は魔族ってところか!」
その言葉に、僕は固まる。カーンの様子も途端に張り詰めた。オルティラもまた、やってしまったと言わんばかりの皺を口角に寄せた。
「あ、ごめん。言っちゃ駄目だったヤツ?」
片手に剣を煌めかせたカーンが、戦士との距離を詰める。重く、甲高い金属の音が鳴る。火花が散る。大剣と薄刃。それが交わり、男と女が睨み合う。
このまま放っておいたら、血みどろの戦いに発展してしまいそうだ。
「待って、待って。そんなことしてる場合じゃないよ!」
「ですが――」
カーンは不満を露わにする。しかし、僕が折れないと知るや否や、渋々剣を引いた。オルティラもまた、大剣を肩に乗せる。その姿勢は戦う意志のない表れである。――そのはずなのに、彼女の瞳は不意打ちを臭わせて止まない。耽々と獲物を狙う、獣そのものだった。
再び火花をちらつかせないよう、僕は二人の間に割って入る。相棒との軽い押問答を経て、僕はやっとのことでオルティラと向き合った。
「えっと……聞きたいことはあるけど、まずは仕事を済ませよう。まだ女王が残っているんでしょう?」
砂虫の群れは「女王」と呼ばれる、他個体よりも大きな個体を中心として構成されているらしい。
産卵の能力を持つのは女王のみ、という話もあるようだが、真偽の程は定かではない。ただ、女王を潰さない限り、群れを壊滅したと言えない事は確かだった。
「いやぁ、ボクは大人だねぇ。どこかの誰かさんと違って」
「オルティラ、煽らないで!」
これ以上カーンの気分を悪くされては敵わない。僕はケタケタと笑うオルティラを何とかして止めようとする。すると彼女は、代わりに僕を馬鹿にした態度で頭を撫で回してきた。
そんな時、どこからか小さな音が聞こえてきた。薄い葉が擦れる。小さな爪が砂壁を掻く。その音は、これまでに出会って来た虫の大半が発していた音だった。
生き残りがいたようだ。
見渡す僕の視界に飛び込んできたのは、壁に空いた穴から覗く、二つの半球。地面に転がる砂虫よりもずっと大きなその背では、小さな羽――どこからどう見ても、飛行能力を失った薄羽が擦れていた。
威嚇しているのか、それとも嘆いているのか。大きな身体を重たそうに引き摺って、砂虫はゆっくりとこちらに歩み寄る。
「残党か」
一寸の躊躇いなく振り降ろされた大剣が、砂虫の頭を割る。地面に伏せた肉体から、粘着質な緑色が流れ出る。それでも、虫は動いていた。か細い足で地面を掻き、死の淵で懸命にもがいていた。
そこへもう一度、オルティラは鉄槌を加えた。今度こそ、大きな砂虫は沈黙した。
「これが女王かな? 他より大きいし」
オルティラは自らの身体に大剣を立て掛け、張っていた肩を降ろす。
砂虫の巣の破壊。その仕事の一部である群れの蹂躙は、終えたも同然だ。少なくとも、見える範囲では。
随分と呆気なかった。こんな事ならば、僕たちが付いて来る必要はなかったかもしれない。僕は深く息を吐いた。
「オルティラ一人でも十分だったんじゃない?」
「そうだね」
隠すことなく言ってのけるそれには、流石の僕もカチンと来た。しかし、彼女の誘いが、出航を待つ暇潰しとなったのも確かである。
「終わったならいいけどさ……。あ、卵の処理をしないと。どこかに植え付けられているかも」
「ああ、忘れてた。……ボク、やって来てよ」
「嫌だよ。オルティラの仕事でしょ?」
「三人の仕事ですよぅ」
文句を垂れるオルティラだったが、彼女の手は次の準備に取り掛かっていた。
腰に捧げていた袋を探り、石を取り出す。人間界では今なお流通する火打石だ。
彼女が照明としていた松明は消えていた。カーンが魔術を放ち、それに驚いたオルティラが松明を落とした際に、身体を窄めてしまったのだろう。それに再び命を吹き込んだ。
鮮やかな光が生まれる。眩しい。目を細めた僕の前で、炎を手にした女戦士がゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと奥を見てくるわ」
「そこ、入れるの?」
オルティラが覗き込む穴――それは、先程彼女の手によって命を叩き潰された女王虫が出て来た穴だった。
いくら大きな女王とはいえ、移動のために、人が立って入ることが出来る程の穴を用いるわけではない。
彼女の胸ほどの高さにあるそれは、大人ならば、四つん這いで通過するのがやっとの寸法だ。僕だったら、もっと余裕を持って侵入することが可能だろう。
「僕、行ってこようか?」
「是非ともお願いしたい所だけど、まだ私も死にたくないんでね。大人しく行ってくるよ。火は持って行くから、手でも繋いで待ってて」
そう笑いつつ、オルティラはひょいと穴に乗り上げる。だが砂の壁に肩をぶつけ、あるいは腰周りを擦りつける。
彼女の防具は明らかに枷となっていた。鎧がなければ、より容易に潜入することができただろうに。
「ああ、もう。邪魔臭い。鎧なんて絶対着ない! ただ格好いいだけじゃん!」
まさか鎧の制作者も、それを纏って砂虫の巣に踏み入られるだなんて、思ってもみなかっただろう。とんだとばっちりだ。
文句を垂れるオルティラは、格闘の末、穴の中へと吸い込まれていった。
空間から光が消える。代わりに、僕の視界の端で一つの光が灯った。カーンの指先から下がる小さな石。それは白く、淡く輝いていた。
魔力を注ぐと光る、不思議な石。炎ほどの明度は確保できないものの、木や布、油などの道具を用意する必要がないため、こういった際――緊急を要する際には重宝する。
ぼんやりと映し出される闇の中で、僕はカーンに尋ねた。
「ねえ、カーン。あの虫、魔力を持っているよね」
「はい」
「虫って魔力を持つの?」
「個体によっては、可能性もあります」
そうだとしても、どこか妙だった。
僕は虫に近付く。よく見ようと身を屈めると、カーンが止めに入った。
しかし今回は、いつもとは少し様子が違った。ただ制止するだけではない。彼は足を以って器用に虫の身体を転がす。淡い光に照らされて、暗く入り組む断面が露わになった。
「御指示を、リオ様」
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