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4話 相棒
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ろくな処置を施していないにも関わらず、サミュエルの回復力は目を見張るものがあった。
最初こそ高熱に魘されたり、傷に響くのか言葉を発することが出来なかったりと、ひどく不自由そうであったが、季節を一つ超す頃には容体が落ち着いていた。
「もう少しで旅立ちから一年経つのに、『プレイヤー』の手掛かりすら見つけられてないなんて」
「何年も続いてるだけあるね、この風習。そう簡単にはいかないってか……」
早春。
未だ染み渡るような寒さの残る、春の季節の初め。
雪が解け、若葉がふつふつと顔を出し始める頃。イアンとサミュエルはやっとのことで旅支度を始めていた。
ワーウルフの毛皮と萎びた草木で作った簡素なシェルターを解体し、焚き火の痕跡を消す。冬の厳しい寒さから身を挺して守ってくれた英雄達とも、ここでお別れだ。
何となく名残惜しさを感じつつ、イアンは延焼避けの石を転がした。
「サミュー、体調は悪くない?」
「大丈夫」
短く言葉を交わし、サミュエルは右目を覆っていた包帯を外す。すっかり傷は塞がり、引き攣れるような火傷とワーウルフの爪の痕を薄らと残すのみとなった。
包帯を巻いていた為か、型のついてしまった髪型を手直ししてやると、隻眼が居心地悪そうに逸れる。
「……僕のこと、置いて行ってもよかったのに」
長い睫毛が、宝石の上に影を作る。
「そうしたら、丸々ひと季節を無駄にすることもなかった」
それは幾度となく考えたことだった。高熱に震える相棒を見下ろして、今にも消えそうな焚き火をかき混ぜて、あるいは凍り付いたワーウルフの肉を切り捌《さ》いて。
動けないサミュエルを見捨てれば、念願であった外の世界を、遠征という任すら忘れて思う存分探検することが出来る。楔のような使命に囚われず、きっと気持ちがよいことだろう。
「バーカ、そんなこと、する訳ないじゃん」
しかし、それは出来なかった。選べなかった。
「おれはサミューと冒険したくて選んだんだよ。それなのに途中で捨てるとか、ありえないじゃん」
サミュエルの容姿、そして戦闘力。才色に富む少年は、紛うことなく優良物件だった。折角手に入れたそれを、みすみす逃がす訳にはいかない――そういう下心もさることながら、単純に離れ難かったのだ。
ああ、醜い。何て醜い執着だ。
じっとこちらを見据える宝石に笑みを返して、イアンは内心眉を顰める。心とはまるで正反対の表情を作る顔に、今はただ感謝するのみだった。
「……僕、友達、イアンだけだから」
「ん?」
「だから、遊べなくなると、とても困る……」
「えっ、突然子供になるじゃん。何?」
絶賛ネガティブキャンペーンを実施するサミュエルは、鉄の胸当てに腕を通す。視界の狭い右側に紐やベルトが集中していなかったことが幸いしてか、彼の旅支度は難なく完了する。
「王様になるんでしょ、そんな弱気でどうするのさ」
「それは小さい頃の夢だよ。……でも、そっか、王様か」
「下剋上する?」
「出来る訳ないだろ。僕はただ、早く国に戻って……」
サミュエルの声は尻すぼみになる。ふつふつと沸き上がる嗜虐心に導かれるまませっつくと、サミュエルは観念したように両手を挙げた。
「今度は、イアンの目的について行きたい」
『プレイヤー』を捕らえ、王に献上する。それは表面上においては二人の目標であるが、実質サミュエルの目標である。イアンは確かに『プレイヤー』を捜索してはいるものの、それは己が国から解放される為の手段に過ぎない。
行きつく先が違うのだ、イアンとサミュエルは。
「よく覚えてたね」
「大事な相棒の夢だ、当然だよ」
サミュエルはフと口角を持ち上げる。昔のような、爛漫とした笑顔とは正反対だ。控え目で、どこか羞恥を帯びた魔性の笑みから目を逸らすと、サミュエルは愛用の弓矢を持ち上げた。
「さて、行こう。いつまでも道草は食っていられない」
隻眼の視界になったサミュエル。時折木の根に爪先を引っ掛ける素振りを見せるが、危惧していたほど支障はないようである。
身体能力の高い彼だ、しばらくイアンがサポートしてやれば、すぐに順応するだろう。
「……相棒、か」
枯れていた心に火が灯る。
相棒。そう呼ばれるだけで、救われたような気がした。
サミュエルの人生は、イアンという存在に出会った為に狂った。自分の評価を操作され、『プレイヤー』の捕縛という難題を下され、顔に一生ものの傷を負う。近い将来自らを、あるいは『友人』を失うかもしれない。
あの日、ダージリン教会を訪れなかったら。イアンと出会わなかったら。彼は遠征に志願するなどという愚行に走らず、仲睦まじい両親に囲まれて健やかに育っていたかもしれない。
それなのに――イアンは思う。なぜ、その未来を捨てたのだろうか。
分からない――イアンは眉を顰める。なぜ、自分を選んだのだろうか。
己に出来ることと言えば、サミュエルの熱意を裏切らないことだけだ。義理とか人情とか、そういうものは全く興味すら湧かないが、なぜだかサミュエルの声には答えなければいけないような気がした。
そんなことを思いながら歩いていると、木々の向こうに光が見えた。ようやく草原地帯に抜けられたらしい。森林地帯は食料こそ多いものの、視界が悪くて敵わない。
思いの外力がこもっていたのか、肩がぴしりと悲鳴を上げる。身体を揺らして筋肉をほぐしながら、草原の様子を窺う。
春の季節らしく、草地にはところどころ黄色い花が見て取れる。若木が伸び、吹き抜ける暖かい風がカサカサと葉を揺らしている。
洩れ出た歓声は、果たしてどちらのものだったろうか。
祖国カップランドの周りにも草原は広がっているが、どこか人工的で死んでいるように見えた。しかし目前の景色はと言えば自然のまま、手付かずのまま朗々としてそこに広がっている。
これだ。イアンは思った。これが、己の求めていた景色だ。
思わず生唾を飲むイアンの横で、サミュエルがゆらりと指を持ち上げる。
「村だ」
草原の先に小屋が見えた。
遠目に見える家は一つのみ。周りにいる村人も片手で数えられる程度だ。あのくらいならば、病み上がりのサミュエルでも攻略出来るだろう。得られるものは少ないかもしれないが、『プレイヤー』に関する手掛かりが望めるならば襲撃の価値はある。
「サミュー、あそこにしよう」
「あそこ?」
「襲撃」
そう言うと、サミュエルはその顔を強張らせる。微かに尻込みする様子の相棒を横目に、イアンは歩みを進めた。
サミュエル。
「おれこそがサミューの相棒だ」なんて胸を張って言えないけど、相棒だと言ってくれて嬉しかった。
おれはいつまでも、お前の相棒で居続けたい。だからどうか――どうかお前だけは、おれの敵にならないでくれ。
最初こそ高熱に魘されたり、傷に響くのか言葉を発することが出来なかったりと、ひどく不自由そうであったが、季節を一つ超す頃には容体が落ち着いていた。
「もう少しで旅立ちから一年経つのに、『プレイヤー』の手掛かりすら見つけられてないなんて」
「何年も続いてるだけあるね、この風習。そう簡単にはいかないってか……」
早春。
未だ染み渡るような寒さの残る、春の季節の初め。
雪が解け、若葉がふつふつと顔を出し始める頃。イアンとサミュエルはやっとのことで旅支度を始めていた。
ワーウルフの毛皮と萎びた草木で作った簡素なシェルターを解体し、焚き火の痕跡を消す。冬の厳しい寒さから身を挺して守ってくれた英雄達とも、ここでお別れだ。
何となく名残惜しさを感じつつ、イアンは延焼避けの石を転がした。
「サミュー、体調は悪くない?」
「大丈夫」
短く言葉を交わし、サミュエルは右目を覆っていた包帯を外す。すっかり傷は塞がり、引き攣れるような火傷とワーウルフの爪の痕を薄らと残すのみとなった。
包帯を巻いていた為か、型のついてしまった髪型を手直ししてやると、隻眼が居心地悪そうに逸れる。
「……僕のこと、置いて行ってもよかったのに」
長い睫毛が、宝石の上に影を作る。
「そうしたら、丸々ひと季節を無駄にすることもなかった」
それは幾度となく考えたことだった。高熱に震える相棒を見下ろして、今にも消えそうな焚き火をかき混ぜて、あるいは凍り付いたワーウルフの肉を切り捌《さ》いて。
動けないサミュエルを見捨てれば、念願であった外の世界を、遠征という任すら忘れて思う存分探検することが出来る。楔のような使命に囚われず、きっと気持ちがよいことだろう。
「バーカ、そんなこと、する訳ないじゃん」
しかし、それは出来なかった。選べなかった。
「おれはサミューと冒険したくて選んだんだよ。それなのに途中で捨てるとか、ありえないじゃん」
サミュエルの容姿、そして戦闘力。才色に富む少年は、紛うことなく優良物件だった。折角手に入れたそれを、みすみす逃がす訳にはいかない――そういう下心もさることながら、単純に離れ難かったのだ。
ああ、醜い。何て醜い執着だ。
じっとこちらを見据える宝石に笑みを返して、イアンは内心眉を顰める。心とはまるで正反対の表情を作る顔に、今はただ感謝するのみだった。
「……僕、友達、イアンだけだから」
「ん?」
「だから、遊べなくなると、とても困る……」
「えっ、突然子供になるじゃん。何?」
絶賛ネガティブキャンペーンを実施するサミュエルは、鉄の胸当てに腕を通す。視界の狭い右側に紐やベルトが集中していなかったことが幸いしてか、彼の旅支度は難なく完了する。
「王様になるんでしょ、そんな弱気でどうするのさ」
「それは小さい頃の夢だよ。……でも、そっか、王様か」
「下剋上する?」
「出来る訳ないだろ。僕はただ、早く国に戻って……」
サミュエルの声は尻すぼみになる。ふつふつと沸き上がる嗜虐心に導かれるまませっつくと、サミュエルは観念したように両手を挙げた。
「今度は、イアンの目的について行きたい」
『プレイヤー』を捕らえ、王に献上する。それは表面上においては二人の目標であるが、実質サミュエルの目標である。イアンは確かに『プレイヤー』を捜索してはいるものの、それは己が国から解放される為の手段に過ぎない。
行きつく先が違うのだ、イアンとサミュエルは。
「よく覚えてたね」
「大事な相棒の夢だ、当然だよ」
サミュエルはフと口角を持ち上げる。昔のような、爛漫とした笑顔とは正反対だ。控え目で、どこか羞恥を帯びた魔性の笑みから目を逸らすと、サミュエルは愛用の弓矢を持ち上げた。
「さて、行こう。いつまでも道草は食っていられない」
隻眼の視界になったサミュエル。時折木の根に爪先を引っ掛ける素振りを見せるが、危惧していたほど支障はないようである。
身体能力の高い彼だ、しばらくイアンがサポートしてやれば、すぐに順応するだろう。
「……相棒、か」
枯れていた心に火が灯る。
相棒。そう呼ばれるだけで、救われたような気がした。
サミュエルの人生は、イアンという存在に出会った為に狂った。自分の評価を操作され、『プレイヤー』の捕縛という難題を下され、顔に一生ものの傷を負う。近い将来自らを、あるいは『友人』を失うかもしれない。
あの日、ダージリン教会を訪れなかったら。イアンと出会わなかったら。彼は遠征に志願するなどという愚行に走らず、仲睦まじい両親に囲まれて健やかに育っていたかもしれない。
それなのに――イアンは思う。なぜ、その未来を捨てたのだろうか。
分からない――イアンは眉を顰める。なぜ、自分を選んだのだろうか。
己に出来ることと言えば、サミュエルの熱意を裏切らないことだけだ。義理とか人情とか、そういうものは全く興味すら湧かないが、なぜだかサミュエルの声には答えなければいけないような気がした。
そんなことを思いながら歩いていると、木々の向こうに光が見えた。ようやく草原地帯に抜けられたらしい。森林地帯は食料こそ多いものの、視界が悪くて敵わない。
思いの外力がこもっていたのか、肩がぴしりと悲鳴を上げる。身体を揺らして筋肉をほぐしながら、草原の様子を窺う。
春の季節らしく、草地にはところどころ黄色い花が見て取れる。若木が伸び、吹き抜ける暖かい風がカサカサと葉を揺らしている。
洩れ出た歓声は、果たしてどちらのものだったろうか。
祖国カップランドの周りにも草原は広がっているが、どこか人工的で死んでいるように見えた。しかし目前の景色はと言えば自然のまま、手付かずのまま朗々としてそこに広がっている。
これだ。イアンは思った。これが、己の求めていた景色だ。
思わず生唾を飲むイアンの横で、サミュエルがゆらりと指を持ち上げる。
「村だ」
草原の先に小屋が見えた。
遠目に見える家は一つのみ。周りにいる村人も片手で数えられる程度だ。あのくらいならば、病み上がりのサミュエルでも攻略出来るだろう。得られるものは少ないかもしれないが、『プレイヤー』に関する手掛かりが望めるならば襲撃の価値はある。
「サミュー、あそこにしよう」
「あそこ?」
「襲撃」
そう言うと、サミュエルはその顔を強張らせる。微かに尻込みする様子の相棒を横目に、イアンは歩みを進めた。
サミュエル。
「おれこそがサミューの相棒だ」なんて胸を張って言えないけど、相棒だと言ってくれて嬉しかった。
おれはいつまでも、お前の相棒で居続けたい。だからどうか――どうかお前だけは、おれの敵にならないでくれ。
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