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5章 忘れられた国
47話 いざ、侵入!
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しばらく進んでいると、梯子に張り付いたアレクシアがあっと声を挙げた。これまで覗いてきた穴とは様子が違う――そう言って、彼女は器用に両足を柱に絡ませて腕を放す。頭上に持ち上げられた手は天井を弄っていた。
「どうした、アレクシア」
「扉です。いや、扉というか……蓋? そんなのがあります」
しんと静寂が戻る。蓋に耳を貼り付けていたアレクシアはそうっと声を出す。
「人はいないみたい」
「位置的にはそろそろ城内だね。城の……まあ端ではあるけど、敷地内には出られそうだ。どうだろう」
マルケンは天井を見上げる。アレクシアはランプの仄かな光を頼りに可動部を探り当てると、それを押し上げた。
差し込む光は殆どない。余程外れに出たのか、室内に出たのか。現状においては判別つけづらかった。
「んー、見た感じ室内っぽいけど、入っちゃ駄目?」
「室内?」
「うん。あのね、かなり暗い。見えない程じゃないけど……一つ角向こうにしか明かりが見えないくらいには暗いかな」
「よし、なら出てみよう」
蓋は小さな埃を散らしつつ、ゆっくりと開いていく。湿った冷ややかな空気が、下水道へ流れ込む。
安全を素早く確認したアレクシアはさっと地上へ舞い上がると、
「大丈夫、上がって来ていいよ」
と呼び掛けた。マルケンが梯子を登り、次いでクローイ、サミュエル、殿《しんがり》にシリルが付くことになった。梯子はひやりとした金属製で、足を掛ける度に軋む。長い事放置されているのだろう、節々が錆びついていた。
地上へ飛び上がったサミュエルを出迎えたのは薄暗い空間だ。下水道程ではないが、張り詰めた空気が蔓延している。
壁には煉瓦が積まれ、古びた木棚が所狭しと、詰め込むようにに並べられていた。部屋にあるのは、たったそれだけである。棚――空の棚。埃を被るだけの、ボロ臭い棚だけだ。
「ここは倉庫かな? こんなに大きな村の倉庫にしては、物が殆どないけど」
「んー、間違えたかね。ちょっと先を見て来るよ」
そう言うなりアレクシアは軽快に歩き出す。シリルもまたそれを追う。
ここは敵の本拠地である。地下下水道ならばまだしも、城内部において単独行動は危険だと踏んだのだろう。無言のまま、同郷の彼等は様子見へ向かった。
残されたクローイは物珍しげに辺りを見回っていた。
「……ここ、いい匂いがしますね。こう、ご飯みたいな」
少しでも匂いを掴もうとしているのか、クローイは鼻を動かす。こうしてわんぱくに、活発に調査を続けるクローイは珍しい。村ではなかなか目にしない光景である。
「村長」
アレクシア達が戻って来る。
「どうやらここ、大きな建物の中みたい。位置的に――街の西側」
「城か。……マップを見ても間違いなさそうだ。よくピンポイントで入れたなぁ。でかしたぞ」
「へへー」
城。そう聞いて、サミュエルの背は否応なしに張る。夢にまで見た城、その内部。自分は今、その中にいる。平穏を乱す敵として。
その事実にサミュエルは、恐れるどころか高揚していた。略奪以上の激情。己の中にも野蛮の血が流れている。その事実を辟易すると共に誇らしくもあった。
「サミュエル君、城の案内は?」
「無理。入ったこと、ないし」
「そうか。……ナビ子、ポリさんの座標、高さ含めて送れないか?」
マルケンは空に呼び掛ける。その傍ら、サミュエルは先を覗くことにした。
部屋の入口は一つ。扉はない。そこから顔を出せば、螺旋階段が見て取れる。地下か、あるいは地上一階か。横へ進む道が見られない以上、とにかく上へと進むしかなさそうだ。
「すごく大きな建物ですよね」
こっそりと、クローイの声が聞こえる。このような巨大な建造物を訪ねるのは初めてなのかもしれない、興奮が滲み出ていた。その気持ちは、苦しい程によく分かる。先程より感じる高揚は、これが原因なのかもしれない。
「村長さん、何でこんな場所に連れて来られたのかな。村長さんじゃないと駄目な理由があるのかな……」
「さあね」
クローイが村長と呼ぶ、阿呆面の腑抜けた男。彼をこっそりと真似た経験が、サミュエルにはある。
あの男は、村人に採取などの指示を飛ばす際、事前にマーキングを行う。忙しい男に代わり、自分がそれを行ってみようと思ったのだが、どれだけ件の枝で触れても、マーキングは出来なかった。白透明の枠が、どうしても現れなかった。
これは村長にしか出来ないのであろう。村長には、村長にしか成し得ない事柄があるのだろう。それを狙って村長――『プレイヤー』の収集をしているのだとしたら。
「……あの男じゃないと駄目な理由はないと思う。命令は『プレイヤー』の拉致だったから」
「そっか」
クローイは呟いて、階段を見上げる。そこにあるのは石製の道。ただそれだけである。どの階層まで続くのか、そもそもこの城はどれだけの階層に別れているのか。それすら定かではない。
ただおそらくは、二階か三階か。もっと上があるかもしれない。
「投獄するなら、上か下かどちらか……いや、インフラを整備するくらいだ、それだけ凝った作りをするだろう。となると、やっぱり上かな」
クローイの隣に並ぶマルケンが、顎を摩る。だがそれに疑問を呈するのはアレクシアだ。
「そもそも、その――ポリ? 彼が本当に幽閉されてるのかすら、分かってないんじゃ?」
アレクシアが、億劫そうに剣の柄を撫でる。対するマルケンは頬を掻いて、
「探知もそこまで正確には出来ないからなぁ。動いているのか、一ヶ所に留まっているのか。それも正直分からない。ただ、まあ、城内にいることは確かだろう」
「手分けする?」
「……戦力は、あまり分散させたくない」
ここは敵の本拠地だ。そこへ乗り込むのはたった五人、しかもうち二人――マルケン巡査部長とクローイの実力は不明である。サミュエル自身の剣が効くかも分からない。そのような状態で分断するのは下策であるように思えた。
「とりあえず行こう。話はそれからだ」
「ナビ子が聞いたら呆れそう」
カラカラとアレクシアは笑みを零す。
とにかく行動、それがマルケンの理念であるようだ。ひたすら考え悩む某村の長とは、まるで正反対だ。こちらの方が共感は出来る、大きな背を見ながら、サミュエルは軽い羨望を抱いていた。
「どうした、アレクシア」
「扉です。いや、扉というか……蓋? そんなのがあります」
しんと静寂が戻る。蓋に耳を貼り付けていたアレクシアはそうっと声を出す。
「人はいないみたい」
「位置的にはそろそろ城内だね。城の……まあ端ではあるけど、敷地内には出られそうだ。どうだろう」
マルケンは天井を見上げる。アレクシアはランプの仄かな光を頼りに可動部を探り当てると、それを押し上げた。
差し込む光は殆どない。余程外れに出たのか、室内に出たのか。現状においては判別つけづらかった。
「んー、見た感じ室内っぽいけど、入っちゃ駄目?」
「室内?」
「うん。あのね、かなり暗い。見えない程じゃないけど……一つ角向こうにしか明かりが見えないくらいには暗いかな」
「よし、なら出てみよう」
蓋は小さな埃を散らしつつ、ゆっくりと開いていく。湿った冷ややかな空気が、下水道へ流れ込む。
安全を素早く確認したアレクシアはさっと地上へ舞い上がると、
「大丈夫、上がって来ていいよ」
と呼び掛けた。マルケンが梯子を登り、次いでクローイ、サミュエル、殿《しんがり》にシリルが付くことになった。梯子はひやりとした金属製で、足を掛ける度に軋む。長い事放置されているのだろう、節々が錆びついていた。
地上へ飛び上がったサミュエルを出迎えたのは薄暗い空間だ。下水道程ではないが、張り詰めた空気が蔓延している。
壁には煉瓦が積まれ、古びた木棚が所狭しと、詰め込むようにに並べられていた。部屋にあるのは、たったそれだけである。棚――空の棚。埃を被るだけの、ボロ臭い棚だけだ。
「ここは倉庫かな? こんなに大きな村の倉庫にしては、物が殆どないけど」
「んー、間違えたかね。ちょっと先を見て来るよ」
そう言うなりアレクシアは軽快に歩き出す。シリルもまたそれを追う。
ここは敵の本拠地である。地下下水道ならばまだしも、城内部において単独行動は危険だと踏んだのだろう。無言のまま、同郷の彼等は様子見へ向かった。
残されたクローイは物珍しげに辺りを見回っていた。
「……ここ、いい匂いがしますね。こう、ご飯みたいな」
少しでも匂いを掴もうとしているのか、クローイは鼻を動かす。こうしてわんぱくに、活発に調査を続けるクローイは珍しい。村ではなかなか目にしない光景である。
「村長」
アレクシア達が戻って来る。
「どうやらここ、大きな建物の中みたい。位置的に――街の西側」
「城か。……マップを見ても間違いなさそうだ。よくピンポイントで入れたなぁ。でかしたぞ」
「へへー」
城。そう聞いて、サミュエルの背は否応なしに張る。夢にまで見た城、その内部。自分は今、その中にいる。平穏を乱す敵として。
その事実にサミュエルは、恐れるどころか高揚していた。略奪以上の激情。己の中にも野蛮の血が流れている。その事実を辟易すると共に誇らしくもあった。
「サミュエル君、城の案内は?」
「無理。入ったこと、ないし」
「そうか。……ナビ子、ポリさんの座標、高さ含めて送れないか?」
マルケンは空に呼び掛ける。その傍ら、サミュエルは先を覗くことにした。
部屋の入口は一つ。扉はない。そこから顔を出せば、螺旋階段が見て取れる。地下か、あるいは地上一階か。横へ進む道が見られない以上、とにかく上へと進むしかなさそうだ。
「すごく大きな建物ですよね」
こっそりと、クローイの声が聞こえる。このような巨大な建造物を訪ねるのは初めてなのかもしれない、興奮が滲み出ていた。その気持ちは、苦しい程によく分かる。先程より感じる高揚は、これが原因なのかもしれない。
「村長さん、何でこんな場所に連れて来られたのかな。村長さんじゃないと駄目な理由があるのかな……」
「さあね」
クローイが村長と呼ぶ、阿呆面の腑抜けた男。彼をこっそりと真似た経験が、サミュエルにはある。
あの男は、村人に採取などの指示を飛ばす際、事前にマーキングを行う。忙しい男に代わり、自分がそれを行ってみようと思ったのだが、どれだけ件の枝で触れても、マーキングは出来なかった。白透明の枠が、どうしても現れなかった。
これは村長にしか出来ないのであろう。村長には、村長にしか成し得ない事柄があるのだろう。それを狙って村長――『プレイヤー』の収集をしているのだとしたら。
「……あの男じゃないと駄目な理由はないと思う。命令は『プレイヤー』の拉致だったから」
「そっか」
クローイは呟いて、階段を見上げる。そこにあるのは石製の道。ただそれだけである。どの階層まで続くのか、そもそもこの城はどれだけの階層に別れているのか。それすら定かではない。
ただおそらくは、二階か三階か。もっと上があるかもしれない。
「投獄するなら、上か下かどちらか……いや、インフラを整備するくらいだ、それだけ凝った作りをするだろう。となると、やっぱり上かな」
クローイの隣に並ぶマルケンが、顎を摩る。だがそれに疑問を呈するのはアレクシアだ。
「そもそも、その――ポリ? 彼が本当に幽閉されてるのかすら、分かってないんじゃ?」
アレクシアが、億劫そうに剣の柄を撫でる。対するマルケンは頬を掻いて、
「探知もそこまで正確には出来ないからなぁ。動いているのか、一ヶ所に留まっているのか。それも正直分からない。ただ、まあ、城内にいることは確かだろう」
「手分けする?」
「……戦力は、あまり分散させたくない」
ここは敵の本拠地だ。そこへ乗り込むのはたった五人、しかもうち二人――マルケン巡査部長とクローイの実力は不明である。サミュエル自身の剣が効くかも分からない。そのような状態で分断するのは下策であるように思えた。
「とりあえず行こう。話はそれからだ」
「ナビ子が聞いたら呆れそう」
カラカラとアレクシアは笑みを零す。
とにかく行動、それがマルケンの理念であるようだ。ひたすら考え悩む某村の長とは、まるで正反対だ。こちらの方が共感は出来る、大きな背を見ながら、サミュエルは軽い羨望を抱いていた。
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