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5章 忘れられた国
44話 深い仲
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遠征のメンバーが決まるなり、マルケンはすぐさま出発の指示を出した。
彼等が連れて来たのは三頭のジビナガシープ。隊の進行速度を統一する為には、二頭のジビナガシープにそれぞれ二人乗りをするしかない。そこでサミュエルはシリル、クローイはアレクシアの後ろに乗る運びとなった。
流れゆく景色はどこか懐かしい。あの村と出会う前に進んだ道を、今は引き返している。あの頃とは心持がまるで正反対である。当時は奪う為に進んでいた。今は取り戻す為に歩いている。
その事実に気付いた瞬間、サミュエルの肩はどっと重くなった。村長奪還作戦への同行を認められたのはサミュエルとクローイ、たった二人だけ。留守を任された他三人の期待を一身に背負っている。
重い。とにかく。恐ろしく。
取り返さなければあの村に未来はない。村長がいなければ村の運営は行き止まり、これ以上の発展は望めない。オンボロ小屋をたった二つ、それから簡素な物置場、数面の畑。たったそれだけで村を支えて行かなければならないのだ。
必ず成し遂げなければ。命に代えても。必ず取り戻さなければ。村長と、滅びの道を進む同郷の少年を。
■ ■
ジビナガシープを駆っただけあって、昼頃には城壁が遠くに確認できるようになった。あれこそがサミュエルの故郷、一一七番植民地である。
一度動物を止め、木陰に入る。さっと地面に降り立ったアレクシアは茶混じりの金色を揺らして、望遠鏡を掲げた。
「ひえぇ、でっかいなぁ。うちの二倍はあるんじゃない?」
「見張りは?」
片足を鐙《あぶみ》に、片足をぐるりと回して、マルケンは慎重にジビナガシープから降りる。ジビナガシープは主にキャラバン隊に伴う動物ではあるが、その男は騎乗に慣れていないらしい。マルケンの顔は少し強張っていた。
「こっちの面にはいなそうだよ、村長。城壁の上にもなし。ま、木モサモサしてるし、死角にいるかもだから、油断は禁物だけどね」
「分かった。……サミュエル君、道中で侵入経路に心当たりがあると言っていたね? それについて教えてもらえる?」
サミュエルは頷く。幼い頃――まだ城壁の中で暮らしていた頃のことを思い出す。薄れかけていた記憶に色を差し、朧を明確へと近付ける。
「下水道……街の地下には大きな下水管が敷かれていて、そこからなら街の中に出られる筈。大雨が降ると水が溜まり易い地形らしくて、排水にも気を遣っていたらしい」
「排水口か。マンホールみたいな形だと嬉しいんだけどな。そこへはどこから入る?」
「川に面した崖。そこと、確か繋がってた」
「よし、案内してくれ」
幼い記憶と現実に、齟齬は殆どなかった。城壁から南西へ数百メートル進むと、大きな川が流れていた。草地とほぼ同じ高さを、緩やかに進んでいる。
「大きな川だね。村の近くにある川の何倍あるんだろう」
クローイは目を細める。
サミュエルが所属する村近辺にも川がある。村の西側に位置しており、井戸が整備される前はアランがたびたび通っているのを目にしていた。
おそらく、位置から推測するに、目前の川と源流を共にするのだろう。
流れに従い、川沿いを歩いていると、やがて川は城壁から離れる。ぐちゃりと湾曲し、川岸に幅を持ち始める。足場には小石が目立ち始め、次第に草地と高さを違えるようになった。
草原から見ればここは谷――下水管を通し、かつ隠すにはちょうど良い立地であろう。
「下水道ってどんなの? 小さい感じ?」
アレクシアが問うてくる。サミュエルは一つ首を振ると、
「人が……大人が入れるくらいには大きかった気がする」
「下水道って言ってるんだから当然だろう」
サミュエルの言葉にシリルが付け加える。それがアレクシアの癇《かん》に障ったようで、彼女は赤い舌を突き出した。
「訊いてみただけですー! そのくらい知ってまーす!」
「どうだか」
肩を竦め、嘲笑を露わにするその様に、アレクシアはさらに苛立ちを露わにする。二人のやり取りを見ていると、脳裏にあの少年が思い起こされた。
サミュエルとイアン。二人は同郷の出であり、仲もそこそこよかった。同じ寝具の中で眠れるくらいには。もはや兄弟と称しても過言ではない間柄ではあったが、それでも感情を持つ人間同士である。すれ違いや諍いも発生した。
大半はサミュエルの「心無い」言葉にイアンが食って掛かり、そこから次第にエスカレートして喧嘩に発展する。丁度、目前の二人のように。
「お二人共、仲がいいんですね」
傍らのクローイがくすくすと笑う。それにシリルが跳ね上がり、真っ赤に染まった顔を振った。
「お、同じ時期に入植したというだけで、と、特にそんな……深い仲では……」
「深い仲でしょぉ? 一緒に汗水垂らしたじゃないか」
「ちょっと黙ってくれ!」
シリルとアレクシアは再び言い争いを始めそうな勢いだった。目的などそっち退けで。
「はいはい、そこまで。さっさと下水道見つけるぞー」
マルケンの一言に、村人はすぐさま口を噤む。面持ちが変わった。よく訓練された動物のようなに素早い転換である。あのちっぽけな村では、到底成し得ない芸当だ。
圧倒されると同時に、サミュエルは薄ら寒さを覚えた。
彼等が連れて来たのは三頭のジビナガシープ。隊の進行速度を統一する為には、二頭のジビナガシープにそれぞれ二人乗りをするしかない。そこでサミュエルはシリル、クローイはアレクシアの後ろに乗る運びとなった。
流れゆく景色はどこか懐かしい。あの村と出会う前に進んだ道を、今は引き返している。あの頃とは心持がまるで正反対である。当時は奪う為に進んでいた。今は取り戻す為に歩いている。
その事実に気付いた瞬間、サミュエルの肩はどっと重くなった。村長奪還作戦への同行を認められたのはサミュエルとクローイ、たった二人だけ。留守を任された他三人の期待を一身に背負っている。
重い。とにかく。恐ろしく。
取り返さなければあの村に未来はない。村長がいなければ村の運営は行き止まり、これ以上の発展は望めない。オンボロ小屋をたった二つ、それから簡素な物置場、数面の畑。たったそれだけで村を支えて行かなければならないのだ。
必ず成し遂げなければ。命に代えても。必ず取り戻さなければ。村長と、滅びの道を進む同郷の少年を。
■ ■
ジビナガシープを駆っただけあって、昼頃には城壁が遠くに確認できるようになった。あれこそがサミュエルの故郷、一一七番植民地である。
一度動物を止め、木陰に入る。さっと地面に降り立ったアレクシアは茶混じりの金色を揺らして、望遠鏡を掲げた。
「ひえぇ、でっかいなぁ。うちの二倍はあるんじゃない?」
「見張りは?」
片足を鐙《あぶみ》に、片足をぐるりと回して、マルケンは慎重にジビナガシープから降りる。ジビナガシープは主にキャラバン隊に伴う動物ではあるが、その男は騎乗に慣れていないらしい。マルケンの顔は少し強張っていた。
「こっちの面にはいなそうだよ、村長。城壁の上にもなし。ま、木モサモサしてるし、死角にいるかもだから、油断は禁物だけどね」
「分かった。……サミュエル君、道中で侵入経路に心当たりがあると言っていたね? それについて教えてもらえる?」
サミュエルは頷く。幼い頃――まだ城壁の中で暮らしていた頃のことを思い出す。薄れかけていた記憶に色を差し、朧を明確へと近付ける。
「下水道……街の地下には大きな下水管が敷かれていて、そこからなら街の中に出られる筈。大雨が降ると水が溜まり易い地形らしくて、排水にも気を遣っていたらしい」
「排水口か。マンホールみたいな形だと嬉しいんだけどな。そこへはどこから入る?」
「川に面した崖。そこと、確か繋がってた」
「よし、案内してくれ」
幼い記憶と現実に、齟齬は殆どなかった。城壁から南西へ数百メートル進むと、大きな川が流れていた。草地とほぼ同じ高さを、緩やかに進んでいる。
「大きな川だね。村の近くにある川の何倍あるんだろう」
クローイは目を細める。
サミュエルが所属する村近辺にも川がある。村の西側に位置しており、井戸が整備される前はアランがたびたび通っているのを目にしていた。
おそらく、位置から推測するに、目前の川と源流を共にするのだろう。
流れに従い、川沿いを歩いていると、やがて川は城壁から離れる。ぐちゃりと湾曲し、川岸に幅を持ち始める。足場には小石が目立ち始め、次第に草地と高さを違えるようになった。
草原から見ればここは谷――下水管を通し、かつ隠すにはちょうど良い立地であろう。
「下水道ってどんなの? 小さい感じ?」
アレクシアが問うてくる。サミュエルは一つ首を振ると、
「人が……大人が入れるくらいには大きかった気がする」
「下水道って言ってるんだから当然だろう」
サミュエルの言葉にシリルが付け加える。それがアレクシアの癇《かん》に障ったようで、彼女は赤い舌を突き出した。
「訊いてみただけですー! そのくらい知ってまーす!」
「どうだか」
肩を竦め、嘲笑を露わにするその様に、アレクシアはさらに苛立ちを露わにする。二人のやり取りを見ていると、脳裏にあの少年が思い起こされた。
サミュエルとイアン。二人は同郷の出であり、仲もそこそこよかった。同じ寝具の中で眠れるくらいには。もはや兄弟と称しても過言ではない間柄ではあったが、それでも感情を持つ人間同士である。すれ違いや諍いも発生した。
大半はサミュエルの「心無い」言葉にイアンが食って掛かり、そこから次第にエスカレートして喧嘩に発展する。丁度、目前の二人のように。
「お二人共、仲がいいんですね」
傍らのクローイがくすくすと笑う。それにシリルが跳ね上がり、真っ赤に染まった顔を振った。
「お、同じ時期に入植したというだけで、と、特にそんな……深い仲では……」
「深い仲でしょぉ? 一緒に汗水垂らしたじゃないか」
「ちょっと黙ってくれ!」
シリルとアレクシアは再び言い争いを始めそうな勢いだった。目的などそっち退けで。
「はいはい、そこまで。さっさと下水道見つけるぞー」
マルケンの一言に、村人はすぐさま口を噤む。面持ちが変わった。よく訓練された動物のようなに素早い転換である。あのちっぽけな村では、到底成し得ない芸当だ。
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