Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

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5章 忘れられた国

40話 踏み出せない

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 長らく友人を見ていない。

 サミュエルは石の剣を片手に、村中を彷徨っていた。

 黄昏時、空は色づき、辺りは次第に暗くなっている。森にはすっかり陽が届かなくなっていることだろう。

 友人イアンは森林に行き慣れている。それを買われて『罠師』の任を与えられたのだろうが、だからと言って習慣を違えるような愚行は冒さない筈だ。

 闇に飲まれた森は恐ろしい。知覚至らぬ暗がりで、肉に飢えた獣が臥せっていないとも限らないのだ。ましてやその中を一人で、大した明かりなく歩き回るなど、森の恩恵に授かる者として、あってはならない選択である。

 村の中央付近に辿り着くと、そこには既に数人が集まっていた。

 ナビ子、クローイ、ルシンダ。「女性陣」もしくは「女子組」と称される彼女等は、平焼きパンを焼きながら駄弁に興じていた。

「でも村長さん、しっかりした人だよ。空から見ているみたいに、この村のことを把握してるし、ちゃんと私達のこと考えてるんだなぁって分かるし……」

「ポヤポヤしてるくせにね。でもっ、優柔不断は許せないわ!」

「わ、私は好きだよ、そういうとこ」

「わたくしは無理。イラッイラするわ。もっとスパッと決められないかしら」

 話題はどうやら、村の運営を取り仕切る長への評価のようだった。

 サミュエルとイアンは襲撃者である。村長を誘拐し、この村を破壊しようとした。そのような人物を、あの男は嫌な顔一つせず受け入れ、今やサミュエルに剣を持たせるようになった。

 それに対して思うところがない訳ではない。イアンこそすっかり懐いているが、サミュエルの方はというと、心を許しきれずにいた。

 理由は不明である。だがおそらくは、「お人好し」の裏、腹の内、それを未だに見極められていないからであろう。

 何もないのかもしれない。しかし、何かあるかもしれない。その二極で揺れ動いている。

 正規の入植者とは違うのだ。取り入るのが上手い、あの少年とも。

「あっ、サミュエル君。そろそろご飯できるよ」

 顔を上げた黒髪の女性が、にこりと笑む。『木工師』クローイ。この村における二番目の入植者だ。

 サミュエルは一つ頭を振って、改めて向き直る。

「……イアン、見てない?」

「イアン君? 見てないけど……」

 クローイの視線がルシンダ、ナビ子をなぞる。だがどれも、望む答えを持ってはいなかった。皆一様に首を振り、あるいは傾げる。

「見てないわよ。罠でも見に行ったんじゃない?」

「……この時間なら帰ってる」

 声色は自然と沈む。それに感化されたのか、クローイは眉尻を下げると、

「何かあったのかな……探しに行く?」

「そうね。……そういえば、村長もしばらく見てないわね」

「村長さんなら、さっきアランさんの畑仕事を見てたよ」

「飽きないわねぇ」

 呆れた表情を見せるルシンダ。その傍らではクローイとナビ子が苦い笑みを浮かべていた。

 アランはこの村における一人目の入植者だと聞く。それだけ『農民』としての働きを目にしているにも関わらず、あの男は仕事の見学に訪れるのだ。サミュエルにはそれが、ただただ奇怪に映った。

「じゃあわたくし、イアンの様子を見てくるわ。どうせ、いつもの森にいるのでしょう」

「わ、私も行くよ、ルシンダちゃん!」

「クローイは待ってなさいな」

「森なら、私だって経験あるもん」

 その時、背後から草を踏みしめる音が聞こえた。アランだった。畑仕事を終え、食事を探しているらしい。掛かる声に応じつつ、彼は視線を動かす。

「あいつらは? まだ帰ってないのか」

「あいつ、ら……?」

 繰り返すナビ子。その声には強い戸惑いが宿っている。サミュエルは全てを察した。

「村長とイアン。あいつら、川を見に行くとか言ってたけど……大丈夫なんかな」

「えっ、あ、アランさん、村長さんと一緒にいたんじゃ――」

 目を丸めるクローイに、アランは怪訝そうな顔を見せる。

「なんだよ、そんな顔して。村長となら、大分前に別れたよ。あー、イアンが何か呼びに来てたな。その後は知らねぇ」

 イアンは村長と共にいる。そして、長らく姿を見ていない。サミュエルは薄ら寒い思いだった。

 何かよからぬ事が起こっているのではないか。いや、もはや発生したと見て間違いないであろう。現に片割れの少年がいないのだから。

「二人は一緒にいる……」

「サミュエル君、何か知ってるんですか? 心当たりが……もし、少しでもあるなら、何でもいいです。言ってください!」

 ナビ子の視線が突き刺さる、相変わらず目敏い。村長の補佐を担うだけあって、村人の顔色には敏感なのだろう。

「……知らない。何も、知らない」

「知らないなら仕方ないわね」

 ルシンダが間に割って入る。介入に安堵する一方、サミュエルの胸は、水を含んだかのように重くなっていた。

 知らないなら仕方ない。その言葉は、サミュエルが正直者であることを前提に発せられている。偽言の可能性を排除して相手の肩を持つ、ありにも危険な行為だ。

 息が詰まる。サミュエルは嘘を吐いていた。
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