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4章 人民よ、健やかに
37話 軟弱男子は迂回する
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畑の拡張、《石材》の採取、《井戸》と《石臼》の作成。そして製粉。
立て続けに作業を終えると、すっかり日が暮れてしまった。入植八日目、それが終わりを迎えようとしている。
外を照らす明かりは《焚き火》と、畑の傍に設置した《石の灯篭》のみだ。小屋の中にランプは設置してあるものの、その照度は仄かと評するに相応しい。少し距離を置くだけで、すっかり闇に包まれてしまう。
いくら村の中とは言え、薄暗いと危険もある。せめて足元が見える程度の明るさは確保した方がよいだろう。
村中を歩き、効率のよい配置を考えていると、《焚き火》を設置した女子部屋付近から、朗らかな歓声が聞こえて来た。
《平焼きパン》――この村において初となる食事らしい食事に、皆舌鼓を打っていたのである。小麦粉に水を加え、練る。たったそれだけの、味付けの一つもされていない生地を、薄く切った石板の上で焼く。
あまりにも簡素で質素な食事ではあったが、それでも彼等は満足したらしい。一日の疲れなど全て吹き飛んだと言わんばかりの表情に、俺の身体も軽くなるようだった。
「村長さんもいかがですか?」
二枚の《平焼きパン》を手に、ナビ子が歩み寄って来る。
「素朴で案外美味しいですよ」
「俺、それ食べられないって……ナビ子さんが言ったんですよ?」
「あー、そうでしたね」
失礼しました。そう微笑んで、ナビ子はパンを頬張る。食事の様子を見せつけに来たと解されても文句は言えない状況だ。
俺は、胸の内に湧き上がる違和感を無視できなかった。普段のナビ子なら、ナビゲーションを掌《つかさど》るナビ子ならば、きっと仕出かさない失言である。
案外人間味のあるAI――そう流せたら、どれだけよかったことか。
「ナビ子さんでも忘れること、あるんですねぇ」
「……忘れることもありますよ、最近は忙しかったですもん」
「そんなもの、ですか……」
各プレイヤー村に配備される『ナビ子』の基盤は共通である。
性格や外見という点に違いはあれど、彼女の知識量や初期設定に差はない筈だ。疑い様もなく、さも当然のように全てをインプットされている。つまり忘れようがない。
ナビ子が「俺が食事を摂れない」ことを、たまたま失念する訳がない。
「私を、この忠実なるナビ子を疑っておられるのですか?」
ナビ子の視線が冷たくなる。ナビゲーションの時と同じ、温かくありながら冷たい目。作り物の微笑だ。
「忘れることくらいありますよ。私だって人間なんですから」
悲しいかな、そう撥ね付けられると言及できない。どこにでもいる軟弱男子には、たとえゲームの中であっても尋問は難しいのだ。
「この状況……俺が食事できないという現象、他のプレイヤーのところでは確認できないらしいですね。マルケンさんから聞きましたよ。かつてそういうバグが発生していた、と」
「バグ? ――ああ。過去、そのような報告はありましたね」
応じるナビ子は、他人事のようだった。
だからどうした、それが何と関係する。口には出さないが、彼女の態度はそう物語っていた。
「設定が変更される。それも勝手に。俺も、多分それなんだと思います」
これまで得た知見を元に、改めて考察を提示する。
「マルチサーバーで遊ぶなら、他のプレイヤーと同じ状態じゃないとフェアじゃない。だから、もし出来るなら、変えてもらいたい……なぁって。改めてお願いしたいんですけど」
イアンとサミュエルそれぞれに与える役職を公開した時、俺はナビ子に要求した。設定を変更し、「村長への暴力」権限を村人に付与せよ、と。
あの時はシステムの申し子であるナビ子にも、設定へのアクセス権があるとばかり思い込んでいた。だがそれは、よくよく考えれば妙なのである。
いくらナビ子が、俺と同じメタフィクションの存在であったとしても、あくまで彼女は二次元の存在だ。
俺とは違う。
俺のように、外から「ゲーム」を見ることは出来ない。完全なる「メタ存在」ではないのだ。
そのような彼女が設定に関与するなど、平生であれば異常である。彼女がやるべきことはナビゲーションであり、遊び方の管理ではないのだ。
「もしかして、ナビ子さんが初期設定から弄ってたりして? ……なんちゃって、そんな訳ないですよねぇ。そうする理由、ないですもんね」
口元に笑み、目を細める。決して尋問している訳ではないのだ。それを暗に伝える。
しかしナビ子の顔はみるみるうちに青ざめていく。いくら陽気な俺でも、それに対面してはヘラヘラとしていられない。明らかな異常が、彼女の身に起こったのだ。
「……マジで?」
ナビ子は応えなかった。視線を外して肩を竦める。その仕草はまるで、悪戯を暴かれた子供のようだった。
「バレてしまっては仕方ありません。そうです。お察しの通り、私が設定を変更しました」
立て続けに作業を終えると、すっかり日が暮れてしまった。入植八日目、それが終わりを迎えようとしている。
外を照らす明かりは《焚き火》と、畑の傍に設置した《石の灯篭》のみだ。小屋の中にランプは設置してあるものの、その照度は仄かと評するに相応しい。少し距離を置くだけで、すっかり闇に包まれてしまう。
いくら村の中とは言え、薄暗いと危険もある。せめて足元が見える程度の明るさは確保した方がよいだろう。
村中を歩き、効率のよい配置を考えていると、《焚き火》を設置した女子部屋付近から、朗らかな歓声が聞こえて来た。
《平焼きパン》――この村において初となる食事らしい食事に、皆舌鼓を打っていたのである。小麦粉に水を加え、練る。たったそれだけの、味付けの一つもされていない生地を、薄く切った石板の上で焼く。
あまりにも簡素で質素な食事ではあったが、それでも彼等は満足したらしい。一日の疲れなど全て吹き飛んだと言わんばかりの表情に、俺の身体も軽くなるようだった。
「村長さんもいかがですか?」
二枚の《平焼きパン》を手に、ナビ子が歩み寄って来る。
「素朴で案外美味しいですよ」
「俺、それ食べられないって……ナビ子さんが言ったんですよ?」
「あー、そうでしたね」
失礼しました。そう微笑んで、ナビ子はパンを頬張る。食事の様子を見せつけに来たと解されても文句は言えない状況だ。
俺は、胸の内に湧き上がる違和感を無視できなかった。普段のナビ子なら、ナビゲーションを掌《つかさど》るナビ子ならば、きっと仕出かさない失言である。
案外人間味のあるAI――そう流せたら、どれだけよかったことか。
「ナビ子さんでも忘れること、あるんですねぇ」
「……忘れることもありますよ、最近は忙しかったですもん」
「そんなもの、ですか……」
各プレイヤー村に配備される『ナビ子』の基盤は共通である。
性格や外見という点に違いはあれど、彼女の知識量や初期設定に差はない筈だ。疑い様もなく、さも当然のように全てをインプットされている。つまり忘れようがない。
ナビ子が「俺が食事を摂れない」ことを、たまたま失念する訳がない。
「私を、この忠実なるナビ子を疑っておられるのですか?」
ナビ子の視線が冷たくなる。ナビゲーションの時と同じ、温かくありながら冷たい目。作り物の微笑だ。
「忘れることくらいありますよ。私だって人間なんですから」
悲しいかな、そう撥ね付けられると言及できない。どこにでもいる軟弱男子には、たとえゲームの中であっても尋問は難しいのだ。
「この状況……俺が食事できないという現象、他のプレイヤーのところでは確認できないらしいですね。マルケンさんから聞きましたよ。かつてそういうバグが発生していた、と」
「バグ? ――ああ。過去、そのような報告はありましたね」
応じるナビ子は、他人事のようだった。
だからどうした、それが何と関係する。口には出さないが、彼女の態度はそう物語っていた。
「設定が変更される。それも勝手に。俺も、多分それなんだと思います」
これまで得た知見を元に、改めて考察を提示する。
「マルチサーバーで遊ぶなら、他のプレイヤーと同じ状態じゃないとフェアじゃない。だから、もし出来るなら、変えてもらいたい……なぁって。改めてお願いしたいんですけど」
イアンとサミュエルそれぞれに与える役職を公開した時、俺はナビ子に要求した。設定を変更し、「村長への暴力」権限を村人に付与せよ、と。
あの時はシステムの申し子であるナビ子にも、設定へのアクセス権があるとばかり思い込んでいた。だがそれは、よくよく考えれば妙なのである。
いくらナビ子が、俺と同じメタフィクションの存在であったとしても、あくまで彼女は二次元の存在だ。
俺とは違う。
俺のように、外から「ゲーム」を見ることは出来ない。完全なる「メタ存在」ではないのだ。
そのような彼女が設定に関与するなど、平生であれば異常である。彼女がやるべきことはナビゲーションであり、遊び方の管理ではないのだ。
「もしかして、ナビ子さんが初期設定から弄ってたりして? ……なんちゃって、そんな訳ないですよねぇ。そうする理由、ないですもんね」
口元に笑み、目を細める。決して尋問している訳ではないのだ。それを暗に伝える。
しかしナビ子の顔はみるみるうちに青ざめていく。いくら陽気な俺でも、それに対面してはヘラヘラとしていられない。明らかな異常が、彼女の身に起こったのだ。
「……マジで?」
ナビ子は応えなかった。視線を外して肩を竦める。その仕草はまるで、悪戯を暴かれた子供のようだった。
「バレてしまっては仕方ありません。そうです。お察しの通り、私が設定を変更しました」
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